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投稿者: akiokawato

  • 格差? いや、所得税の殆どは富裕層が負担

    . 河東哲夫

    最近の先進国では「格差」の議論が盛んだ。物づくりが後退し、金融・IT等、所得が一部に集中しやすくなるからだ。米国では所得上位10%の者が所得の約45〜50%を得ており、それは英国では約35~40%、日本では約30~35%になっている(ChatGPT、UNDP)。ジニ係数でいくと(ゼロが完全平等、1が完全不平等)米国が約0.39〜0.42、英国が約0.34〜0.36、日本が 約0.32〜0.34になっている。

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    この結果、困窮層が分配を求めてポピュリスト政治家を議会に送り込む。米国ではトランプ、欧州ではドイツの「ドイツのための選択肢」、フランスでは国民連合等で、有権者の不満を解決するより、不満を煽り、外国に困窮のつけを回すことで票を稼ぐ。

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    それでも所得税は富裕層が多くを負担

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    この前数字を見て目を疑った。米国の金持ちは脱税、節税に励んでいることになっているが、何と所得上位1%の者が連邦所得税の約40~45%、上位10%の者が70%強を負担しているということなのだ(Internal Revenue Service等)。だからこそ米国の富裕層は常に減税を求め、社会保障のための増税には断固反対するのだ。

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    日本の場合、所得階層別の所得税負担率は数字が見当たらない。確定申告をしている者だけなら統計がある。それによれば、年収が1000万円以上の者が所得税の約60%を負担している(国税庁の「申告所得税標本調査」からChatGPTに計算してもらった)。所得400万以上を入れると、実に75%近くになる。

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    問題は確定申告などしない会社員が所得税収入の何%を負担しているかなのだが、いずれにしても住民税は累進税率ではないので、低所得層の負担感は強いだろう(me, too)。更に社会保険料(年金・医療・介護)で低所得層の負担感は更に強くなる。これは額に上限があるために、高所得者ほど負担率が下がるからである。そして若年層・現役世代はこれらの恩恵は受けていないのに、負担ばかり負わされる。国家は、これは税金ではなく「保険」なのだと言って逃げようとするが、国民は国が取るものは何でも「税金」だとして、「重税」に抗議する。

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    問題は、税であろうが保険であろうが、実際に恩恵も与えずカネばかり取り上げるシステムの方なのだ。但し、日本での医療はわりと公平で、しかも比較的に低料金。米国のように、医療で破産することはない。しかしこれも、あまり病気にかからない若年層・現役世代はそれほど受益していないのだ。

  • 能、狂言、浄瑠璃、歌舞伎、なぜ関西弁でないのか?

    (これは、2017年10月のメルマガ「文明の万華鏡」から復刻しました)

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    , 河東哲夫

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    NHKで狂言見ていてふと思う。狂言も、能も、浄瑠璃も歌舞伎も皆、京都、大阪で生まれているのに、なぜ京都弁、大阪弁を使わない? 狂言と来たら、「何々でござる」とか、「何々でそうらえ」とか固い標準文語。なぜ「何々どす」とか「何々してくれはりまっか?」と言わない? 吉本喜劇みたいになっちゃうから? 

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    いや、そうではあるまい。京都弁と今日呼ばれているものが室町時代にはなかったからではないかと思って、ウィキペディアを見てみたら、やっぱりそのようだ。何と「どす」「やす」「はる」などは幕末以降に成立・普及した言い回しだと書いてある。幕末の流行語尾が定着したんだね。

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    数年前、ジャズ歌手の伊藤君子が、「津軽弁ジャズ~ジャズだべ! ジャズださ!」というCDを出し、津軽弁とブルースが妙に似合っていたものだけれど、それと同じで、狂言はやはり河内弁あたりでやってもらうのが一番やんけえ。

    Amazon.co.jp: 津軽弁ジャズ~ジャズだべ! ジャズださ! – 伊藤君子: ミュージック

  • 大岡越前守と弁護士会館

    (これは数年前、メルマガ「文明の万華鏡」に書いたもの。あまり事情は変わっていないだろうから、ここに記録のためにアップしておく)

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    .                                河東哲夫

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    この前、イベントに出席するため初めて弁護士会館に行った。初めてなので、これまで前を通り過ぎるだけで入ったこともなかった法曹会館のことなのだろうと思って入って行ったら、なにやら様子が違う。弁護士会館は「あっちの方」なのだそうで、結局地下鉄一駅分を歩く破目になる。今、調べたら、法曹会館というのは、司法関係者の社交のための施設なのだそうで、結婚式場もあるらしい。

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    で弁護士会館は、霞が関の官庁街の一角、住所は霞が関1丁目1番地3号ということになっている。東京高裁の隣りにあるので、いかにも自然なロケーションに思えるが、法曹会館とは違って周囲の官庁ビルと同じスタイルの高層ビル。日弁連は行政機関ではない。それどころか、そのサイトには「時には国家権力と対決しなければならない弁護士等を指導・連絡・監督する日弁連が、国家機関の監督下にあれば、健全な司法制度の維持発展は望めません。」と立派なことが書いてある。それが、どうしてこんな行政機関地区のど真ん中に、行政機関のような顔をして鎮座しているのだろう。

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    まあそこらへんはむにゃむにゃということなのだろうが、イベントが終わって歩道に出ると、面白い標示板が立っていた。ここは江戸時代、かの名判官、大岡越前守の屋敷があったところだそうで。彼は江戸町奉行。町奉行は今の警視総監+都知事みたいな存在で、大岡越前守は時の将軍吉宗とコンビ。まるで安倍・小池タグ?

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    ところで越前守と言うから、てっきり今の福井の人かと思ったら無関係。彼は旗本の出身で、越前守は別に越前大名を意味しない。越前に在勤したことさえない。越前守は一種の称号で、自衛隊の護衛艦に「加賀」とか「いずも」とかの名がついているのと変わらないのだそうだ。

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    まあ弁護士会館が官庁街にあったり、越前守が実はただの称号だったり、名と体は違うかもしれないというものが、このあたり随分あるようだった。

  • 過去への安住と序列意識が日本を滅ぼす

    官僚OB達と話していると、危機意識が足りない感じがすることが多い。「国」というものはいつまでもあって、官僚はいつまでも日本を運営していくのだ、運営するための紐は自分達がすべてしっかり握っているのだ、というオーラが発散されている。でも、「国」とか政府というのは人間が作ったもの。1991年のソ連のように、崩壊しても何ら不思議でない。

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    同じ伝で、日本社会で強い序列意識は世界標準に適合していない。笑われたり、嫌われたりするもとだ。親会社の社員が下請け会社の社員を下に見たり、中国や韓国の企業を「新参者」だと馬鹿にしているうちにシャープのように身請けされたり。

  • 日本語の変容―「個」はますます後景へ

    (これは数年前書いたコラムですが、現在でも状況はほとんど同じなのでアップしておきます)

                                       河東哲夫

    日本語はどんどん変容していくし、それがいいか悪いかは個人の好みの問題なのだが、この頃どうしても気持ち悪くて仕方のないものがある。

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    それは、若い女性を中心に、「・・・でございます」、「・・・は・・・です」と言う時の、語尾の「す」が、なぜかすっとしないこと。「す」と「せ」の間の音、まるで中国語のiのような、どこか自信なげな、気を抜いたような音でごまかす。要するに、自分にはものごとを断定する資格はありません、生意気だと思わないでください、と言いたいようなのだ。友だち同士の会話なら勝手にしろということだが、これがNHKあたりで堂々と登場してくると、視聴料を払いたくなくなる。(ただ、これは世代の問題で、2026年現在の20代以下の人には目立たなくなっている)

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    同じ伝でいくと、この頃何でも、「私は・・・をしました」「私は・・・をしたいと思います」ではなくて、「私は・・・をさせていただきました」「私は・・・をさせていただきたいと思っております」という受け身の謙譲体になっていることも気に障る。錦織が「今日はジョコビッチに勝たせていただきました」と言うだろうか? 

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    自分は社会の一員で、自分が何かをできるのは皆さんのおかげだ、という気持ちはわかるが、そういう気持ちのない人までが、流行に負けてあたかも自分という主体がない、自分の意志というものがないような言葉を使うのは・・・聞いていて気持ちが悪い。

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    このように、日本の社会がぬるま湯の中で過度に丁寧になっている。店員が両手を腹の前に組んでお辞儀をするのも、以前はなかったこと。サービス業が厳しい競争に勝つために、どんどん礼儀を過剰にしている面もあるのだろうが、これでは世界での競争に勝つことはできない。自分の意見を言わない者、自分で強烈な欲望を持っていない者は、世界では二の次にされてしまう。

  • イラン戦争後の湾岸地域安全保障

    もう3月のことになるが、Andrew Korybkoという米系専門家が書いていた。「ロイター通信によれば、湾岸諸国では、今回事前の協議もなくイランとの戦争に引き込まれ、経済的にも軍事的にも被害を被った(湾岸諸国は本当に、折角築いた近代社会を失う瀬戸際に立たされている)ことで、米国に安全保障を依存するのでなく、イランを引き込んで湾岸に安全保障体制を構築することはできないのかとの意識が芽生えている」と。

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    米国抜きの安全保障体制」構築はNATOの欧州諸国でも、見られる意識で、世界中で流行になってきた。ただ、こういう意識は折に触れてこれまでも盛り上がったことが何回もあるが、そのたびに萎んでいる。

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    今回、湾岸地域の場合、もちろん対イラン戦争がどのような形で収束するかが重要。そしてイランと手を結ぶにしても、イランを信用できるかどうか、いざという場合、イランの軍事力に対抗できるものを湾岸諸国は持っていないのではないか(つまりイランに対する抑止力として、米軍の駐留は必要だということ)という疑問が残る。そしてイスラエルは、米軍の残留をめざして動くだろう。

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    そんな状況で、米軍抜きで「イラン・湾岸和解」を実現しようとするなら、やはり中国の関与が必要になるだろう。あるいは、今回の停戦交渉で仲介に動いているパキスタンが中国の代理人として、イラン・湾岸安全保障メカニズムに加わる。

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    もっともインドは、敵性国家のパキスタンと中国が、湾岸地域で地歩を確立することに、耐えられないだろう。その場合、湾岸地域の原油輸入主要国、つまり日本、韓国、豪州等も、湾岸地域の現状維持合意に加わるということになる。おおごとだ。

  • 夜泣きそば詩人 青木辰男

    (これは数年前のコラムの復刻です。こういうことは、古くならないので)

                                        河東哲夫

    いつのことだったか、日経文化欄で「夜泣きそば詩人の肖像」という記事があった。戦後中学を中退して働き、終生夜泣きそばの屋台で暮らしを立てていた人、青木辰男氏のことを、その弟が書いている。2009年に78歳で亡くなった時は孤独死。夏の盛りに死後10数日後、発見されたのだそうだ。

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    彼は詩人。もともと裕福な家に生まれたのが零落したので、その鋭敏な神経に研ぎ澄まされた言の葉からは、血が迸る。日経の記事では冒頭に、「わが息のみなもととじてこの遊星(ほし)よ無機も有機も呑む星として」という句があり、一気に引き込まれてしまった。

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    「春夜屋台車が軋むキリストを轢きマルクスを轢き」とか、「夕暮れの回廊のやわらかな下闇を 頭のない犬が通りすぎ やがて静寂のふかい夜がくる」とか、「眼のなかへ隕石がふりそそぐ」などなど――さっそくアマゾンから彼の詩集「--ある夜泣きそば屋の詩(うた) 断声」を取り寄せて読んでいる。内容も、実際の重量もずしりとこたえる黒い装丁の本だ。

    (今、この文章を編集していて、この本のことを全然思い出せない。自分ももう歳とっていて、メモリー素子はもういっぱい。1秒前に考えていたことを忘れる今日この頃だから、仕方ないか)

  • 現代にまで続く平家末裔

    (これは数年前書いたものの復刻です。国立劇場が閉鎖になっている以外は、変更はありません。それにしても、国立劇場の閉場は公演の機会もさることながら、謡などのスタッフの養成を大きく阻害するでしょう。青年たちが伝統文化に関心を示している今、本当にもったいないことです)

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    国立劇場の歌舞伎「義経千本桜」を見に行った。平氏の残党が「九州へ」落ちる(フィクション)義経一行に復讐を果たそうとして果たせない悲話「渡海屋・大物浦の段」のところだけでも、2時間程度。これで、全体6段あるうち2段目の、そのまた半分だというのだから恐れ入る。ワーグナーの「指環」シリーズの上をいく。

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    この歌舞伎では、フィクションとして平家の武将たちが生き延びていたことにしてあるが、実際、壇ノ浦で滅びたはずの平氏の流れは、日本の諸方に残っている。実際に血筋を引いたものか、あるいはフランチャイズのように名前だけ使っているものか、よくわからないところも多いらしいが。

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    日本の外交官で、日本に12音音階・音楽を初めて持ち込んだとされる作曲家の、戸田邦雄(これは筆名で、本名は戸田盛邦)という人がいる。ウィキペディアには、1938年に外務省に入り、ドイツ赴任中にカラヤンやフルトヴェングラーの演奏に接する、1944年、サイゴン(現在のホーチミン)に赴任、プノンペンで終戦を迎えた後、フランス軍によって抑留され、3年間をサイゴンにて送る、とある。

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    彼の書いた「外交官の耳、作曲家の眼」(2009年 ARTES)という本は面白いのだが、その57頁で彼は、自分の家の家系図によると祖先は「平清盛の弟か誰か」、家紋は揚羽蝶、つまり平氏だと明らかにしている。そして父方の祖父、尾崎三良は太政大臣三條実美(平安時代の藤原家の嫡流だそうだ)の家臣。三良はロンドンに留学して、伊藤博文留学時の先生の娘と結婚(その後離婚)、その長女が尾崎行雄(全く別の尾崎家)の夫人テオドーラになったそうだ(53頁)。

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    インターネットを見ると、戸田氏はむしろ清和源氏の流れということになっている。平氏とか源氏とか藤原家とか、もう要するに錚々たるフランチャイズみたいなもので、誰が誰だかわからない。この「外交官の耳、作曲家の眼」によると、かのオペラ「蝶々夫人」の蝶々夫人の家紋も揚羽蝶で、だから「蝶々さん」(そう言えば、本名何て言うのだろう?)なのだそうだ。

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    とすると、平氏の末裔も江戸末期にはいよいよ窮して、米国人の現地妻になってしまったことになる。義経千本桜の後篇として蝶々夫人を上演することにしたら、または全部をミュージカル仕立てにしたら、平家も随分人気が出るだろうに

  • 国立新美術館、そして六本木物語

    ――夏草や、強者どもの夢のあと――

    河東哲夫

    (これは、六本木の国立新美術館に初めて行ってみた、数年前の感想。そして六本木の、江戸時代からの歴史と、戦後の変転の記憶)

    この壮大な美術館は(建物自身が最高の美術品)、実質は大型の貸画廊。もともと、国内美術関係者の要望で作られたらしい。昔、演劇関係者の要望で国立劇場(今、閉場されているが)が建設されたのと同じような経緯を経たものらしい。英語ではMuseumではなく、Art Centerになっている。現代美術を紹介するためには、このように常に変転していく展示の方がいいのかも。

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    ガラス張りの館内から、平和そのものの外――芝生と茂る緑の木々を見ていると、この場所が秘めている昔のただならぬ因縁を思い出し、陳腐だが芭蕉の句を思う。夏草や、強者どもの夢のあと・・・

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    なぜ、強者どもなのか? このあたり、「蛇が池」とか「がま池」、そしていくつもの川が散在した水源地帯。龍土町のあたりも下がっていて、いかにも昔は池だったのではないかと思わせる。

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    江戸時代、そこに大名屋敷がいくつもできた。国立新美術館のある六本木7丁目のあたりは宇和島藩伊達家の上屋敷(大名とその家族の居場所。江戸城に至近。)があり(その跡からは、当時の豪勢な汁具類など発掘されていて、その写真はここで見ることができるhttp://www.isehanhonten.co.jp/museum/publication/pdf/vol19.pdf#search=’%E5%A4%A7%E5%90%8D%E5%B1%8B%E6%95%B7%E3%80%81%E5%85%AD%E6%9C%AC%E6%9C%A8%E4%B8%83%E4%B8%81%E7%9B%AE‘)。

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    明治になるとここは、首都防衛のための陸軍歩兵第3連隊の兵営となる。その立派な建物は戦後も残り、東大の生産技術研究所となり、僕も若い頃、その中庭で何も知らずテニスに興じたことがある。それがほぼ壊されて、今の美術館、そして隣の政策大学院大学になったというわけで、古い建物はほんの一部だけが残されて、美術館別館になっている。

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    そしてこの歩兵第3連隊こそは、外苑東通りの向こう側に駐屯していた歩兵第1連隊と語らって、首都防衛ならぬクーデター=二・二六事件を起こしたいわくつきの部隊である。歩兵第1連隊の駐屯地は、もと長州藩の下屋敷跡。戦後は米軍、その後2000年まで防衛庁で、現在はミッドタウンがそびえている。

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    その下を通る大江戸線というのは変わったルートで、終点の光が丘、清澄白河、途中の六本木など往時の軍施設をみごとに結んでいる。だから当時のトンネルを活用したのだという観測が絶えないのだが、その割には当時の軍関係者の証言も聞こえてこない。

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    いずれにしても、第1歩兵連隊と第3歩兵連隊の将校たちは、地元にあった日本最古のフランス料理屋「龍土軒」などに集まって(多分、今で言えば700円くらいのランチでもあったのだろう。もし公費でフル・コースでも食べていたのなら、貧民のためにクーデターを企てる資格などない)謀議をこらし、クーデターの挙に出て失敗した。

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    主謀者たちが処刑された陸軍刑務所は現在のNHKのところにあって、横の坂道の脇には慰霊塔がたっている。この将校たち、純粋な革命意欲に燃えていたのだろうが、他方、口さがない人は、彼らは軍の中で最優秀者のいく参謀本部に行けず、現場司令官止まりでいることに不満を持っていたのだ、とも言う。大きな組織ではどこにでもある話し。

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    戦後、このあたりは米軍のキャンプ地となり、野戦用テントが並んでいた時代もあったらしい。その名残は今でもあって、つい最近まで外苑東通りの防衛庁の角、その薄っぺたい塀を壁にしているかのように貼りついて、Joe‘s Pubというバーがずっとあった。ここは米軍黒人兵Joeに恋した日本人女性が、一緒に開いたバーだそうで、Joe‘s Pubというとニュー・ヨークで有名なライブ・バーがあるらしいが、そことは関係ない。うらぶれたいわくありげの二階建てで、入ってみようと思っているうちに、防衛庁移転で塀が取り壊されたせいか、なくなってしまった。

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    ところで、終戦直後の六本木はまだうらぶれた場所で、墓地が集まっていたらしい。今でも丹波谷に墓地がある。そのほとりに「金魚」というバーがあって、昔ここの現代歌舞伎のようなショー(阿国歌舞伎は女性だけでやったが、ここの歌舞伎はゲイの男だけで超現代的な舞台装置を駆使してやっていた)を見に行った時、舞台の後ろがやおら撥ね上がると、そこには墓地の無常の世界が広がっている、という演出があって、度肝を抜かれたことがある。

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    終戦直後、今の六本木の交差点にはドラム缶が置かれ、そこで住民が風呂につかっていた時代もあったと言う。多分、米軍兵士が駐屯していたためだろう、六本木にはニコラ・ザペッティが日本で初めて開いたピザ・ハウス「ニコラス・ピザハウス」や、イタリア料理の「キャンティ」などが店を出し、加賀まり子(厳格な家の二階の窓から、靴を手に持って屋根に脱出してやってきた)や力道山が夜な夜なたむろする。

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    終戦直後の東京は、生への執着、ヤミ市、軍事物資の横流し、右翼、左翼、米軍兵士と日本人慰安婦(パンパン)、その他、その他が相入り乱れ、ロマンとドラマを醸し出していた時代だった。

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    まあ、支離滅裂になったが、こんなわけで、美術館から外を見て、夏草や・・・と思った次第。今では毛利分家の上屋敷のあとが六本木ヒルズ、毛利本家下屋敷のあとがミッドタウン、そして宇和島藩上屋敷のあとは新美術館で、後2者は日本陸軍、二・二六事件、そして駐留米軍と少なからぬ関係のあった地ということなのだ。

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    六本木ヒルズから六本木通りを渡ったあたり、新宿方向を見渡せる高台がある。夜ここに立つと、西新宿にそびえ立つ高層ビルの一群が煌々と輝き、足元の暗い墓地の森、そしてその右側に広がる龍土町、戦後日米の入り混じった混乱を象徴する六本木と、波乱万丈のロマンの舞台として最適なのだ。昔、夏の休暇の間、炎天下の六本木界隈をてくてくと随分取材して歩き回り、「焼け跡のロメオとジュリエット」のような物語を書こうと思ったものだけれど、力及ばず今まで来ている。

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    だから、数年前翻訳したGercik女史(エストニアの方から上海を通って避難してきたユダヤ人家族の娘で、その後MITで日本との交流プログラムを差配した)の自伝的小説 “The Outsider”(日本語版「はぐれ者」)は、その遂げられなかった企ての実現なのだ。これは、東京の焼け跡やヤミ市や米軍基地を背景に展開する、ユダヤ人少女サラと日本人混血児の悲劇的なロマンなのだから。はぐれ者: 焼け跡の東京を駆け抜ける野生の少女サラの物語 | パトリシア・ガーシック, 河東哲夫 | 戯曲・シナリオ | Kindleストア | Amazon

  • 「リーマン2.0」が起きると、何がどう動く?

    今日、5月7日は日本の株式市場が活況で、平均株価は歴史的高値に達した。イランが停戦になりそうなことも、株価を押し上げる。

    しかし、日本、米国の金融市場は不穏な動きを示している。双方とも、長期金利が上昇、つまり双方の国債に対する信用が失墜しつつあることを示しているのだ。国債に高利をつけないと売れなくなる時代、そして高利をつける故に、のちの利払いが急増して日米両国の財政をひっ迫させていく時代が、すぐそこにやってきている。

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    これで、2008年9月のリーマン不況に似た「リーマン2.0」が起きるのだ、という声が日米双方で増えている。筆者もそのことを何度も書いた。

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    しかし2008年9月と比べてみると、現状は当時と随分違う。「何がどう動くか」ということについて、念入りにシミュレーションをしておく必要がある

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    まず、2008年9月との違いについて。2008年は住宅バブルの崩壊を受けて、市場は景気停滞を見込み、長期金利は低下していた。住宅バブルの崩壊は住宅ローンから組成した「サブ・プライム」証券の値崩れと、サブ・プライム証券を抱え込んだ大銀行への不信を呼び、市場の資金は安全資産である国債の購入へと向かっていたのである。つまり、国債価格は上昇していた。またドル需要も盛り上がって、ドル指数は2009年まで上昇を続けた

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    今はそれとは、基本的な状況が違う。国の財政に対する不信から金利は上昇しているのである。インフレ期待もあってさらに金利が上昇していくと、国債価格は下がり続けて、やがて投げ売りされる。この時点ではドルも上昇を続けるが、市場が米国自体が危ないと思い始めると、下落を始める。そうなると、日米間の「円キャリー・トレード」は一気に解消して逆回り、そしてかなりの円高が起きるだろう。

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    このあたりでFRBが介入して、資金を供給、更には国債の直接購入も始めるだろう。ドルは持ち直す。

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    以上の過程においては、欧州での動向も重要だ。欧州での貿易・金融決済のかなりの部分はユーロ・ダラーで行われている。これは米連銀ではなく、欧州の民間銀行が貸し出しによって創り出す「ドル建て信用」である。湾岸諸国などから流入した石油代金のドルを基礎に、銀行間取引やデリバティブを通じて、このドル信用は大きく膨張している。

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    リーマン危機の際には、銀行同士が相手の支払い能力を疑い、与信を一斉に停止した。その結果、欧州ではドル資金が枯渇し、決済に深刻な目詰まりが生じた。このとき欧州中央銀行はFRBとの通貨スワップを通じてドルを調達し、これを民間銀行に供給することで危機をしのいだのである。

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    今回も、海外でのドル不足と決済の目詰まりは十分起こり得る。ただし今回は、FRBとの常設スワップ網がすでにあるので、2008年より早くドル供給は行われるだろう。他方で、今回は米財政や米国債そのものへの不信が混ざる恐れがあり、そこが2008年より厄介である。(この箇所はChatGPTが提示した表現のまま)。

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    不信が支配的になると、金利が上がってもドルは下がるという、通念とは逆のことが起こり得る。それは、2025年4月の市場混乱の際、見られた現象である。

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    今後オイル・ダラーが減少することでユーロ・ダラーが減少する場合、あるいはトランプが欧州をつぶすためにドルを供給しないなどの挙に出た場合、EU・英国はユーロ・ダラーを補う何らかの手段を開発するだろう。「ユーロ・ユーロ」もおかしいが、日銀などとSWAP協定を結んでユーロの価値を安定させた上で、ユーロ・ダラーの一部を「ユーロ・ユーロ」に直ちに振り替える等である。

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    以上は、日本にとってはアベノミクスによる低金利の縛りから抜け出す格好の機会になり得る。日本は欧米での金利動向などをよく見て、柔軟に対応できる体制・頭つくりをしておくべきだ。アベノミクスの時のように、欧米が機敏に利上げをしていく中で、「緩和」一本で凝り固まり、法外の円安を招いて、今でもそこから抜け出せないような愚は避けたい。