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投稿者: akiokawato

  • 「政治がらみの禁輸」は西側(日本も)が中国の先輩

    よく感じていたのだけど、中国がレアアースを「禁輸」したりするたびに、我々、そして西側全体が「政治を経済に持ち込むのはけしからん!」と上から目線で叫ぶ。

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    別に中国がやっていることがいいというわけではないが、上から目線はやめた方がいい。これは西側と中国の間の張り合いの一環で、西側の方は冷戦の時から今に至るまで、最先端技術の対中輸出は厳しく規制してきたのだから。中国はそのやり方を使って、西側に張り返しているのだ。

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    だから、上から目線で「糾弾」して終わり、ではなく、レアアースの代替品を発明するとか、中国と取引するとか、具体策を取ることの方が大事。

  • 「近代」の基盤はもうないんだから、新しい制度が必要

    日本も、ヨーロッパもアメリカも、「自由」、「民主主義」という近代の価値観で今の政治を議論しているが、これらの価値観を支えたものは、17世紀以来の西欧の経済発展なのだ。それは主として製造業の生産性の飛躍的な上昇のこと。

    それで、製造業でかなりの給料をもらって働く人たちが増え、彼らは権利意識も持つようになったから、自由とか民主主義が19世紀以降の社会の基本的な価値観になったのだ。

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    この体制は、第二次大戦後、ピークに達しただろう。「自由」、「民主主義」は進歩の代名詞ともなっていく。

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    これが今、物事は基本的な曲がり角にある。トランプなどは自由、民主主義という言葉を口にすることもほとんどない。西欧でもポピュリズムが流行し、自由・民主主義は後退している。

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    どこもこれを、一時的な病として、なんとか修復しようとしているのだが、社会の中の利害の対立はどんどん細分化して、ものごとを多数決で決めるのが難しくなっている。と言うか、「製造業でかなりの給料をもらって働く人たちが増え、彼らは権利意識も持つようになった」という近代の土台が、製造業が後退することで崩れてしまっている。

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    「ほんの一部の高所得層とそうでない者たち」に社会は分かれてしまい、両者の間での利害の対立は、議論ではもう解決できない。民主主義では解決できない。経済を良くするか、それとも政治の仕組みを変えるか、どちらかなのでは? 

  • 目黒川があるなら黒目川もある

    うちの近くに黒目川というのがある。このあたり、秩父山脈からの伏流が泉となって地表に出るらしく、落合川とか柳瀬川とかちょっとした川がいくつもある。

    で、黒目川を先日通りがかってふと気が付いた。黒目を反対にすると目黒。目黒川と黒目川。

    もちろん、「黒目」にはいろいろ由緒があって、ただ目黒を反対にして見せたわけではないのだが、このあたり、東久留米とか西東京とか、どうも人様の名を借りたような地名も多く(東久留米の「久留米」にはちゃんとした由緒があるが)、面白いと思う。目黒のサンマ、黒目のサンマ。両方とも意味は通るものな。

  • どうでもいい思いつき 空中投影・脳内投影

    昨日幻影で、空中に文章が映っているのが見えた。まあこういう技術はホログラフィーなどで、既にあるんだろう。

    以前から時々考えていたのだが、脳の中に文章や動画が「投影」される時代も来るんだろうな。脳をハイジャックされるとまずいが。

  • 日本歴史紀行 瀬戸内の経済史

               2006年3月7日

    河東哲夫

    2005年11月、倉敷、広島に行ってきたが、その際得た印象をまとめてみた。網羅的なものではなく、一種の「驚き」を記したものである。何に驚いたかと言うと、経済発展を連綿として育ててきた歴史、伝統、その足腰の強さに対してである。

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    産業集積の重要さ、そして文化的伝統

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    以前、ロシア、ウズベキスタンに在勤した際は、経済発展、経済開発という問題についてよく考えた。ちょうどソ連崩壊後の経済自由化、市場経済化の時期にあたっていたからだ。

    史上、所有権の概念が確立しておらず、すべての資源が政府・党によって運営されていたロシア、ウズベキスタンが、いかに市場経済化に苦労しているかに比べると、日本は室町時代の「惣村」(元寇迎撃に狩りだされて困窮した武士が公家の荘園を簒奪するに至り、室町時代には土地の所有権は流動的になった。農民は名主を核に団結して土地への権利を守る。「七人の侍」の背景である)から始まって自営農家の伝統が連綿と続いている。

    そして、封建領主は地元を搾取するよりも産業振興に努めた結果、江戸時代から農工商の間ではかなりバランスの良い発展が進んできた。こうした日本の長所は、地方を回ってみると良くわかる。

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    江戸時代、あるいはそれ以前からの地場経済の発展は、いわゆる「産業集積」を生み、それがまた外部からの投資を呼び込むという好循環が、岡山・広島地方では起きている。この地方は地震が少なかったことも、工場の立地に有利な条件だったようだ。

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    この地方の産業集積は、①岡山・倉敷を中心とした地域(水島のコンビナート、三菱自工、三井造船など)、②岡山県西部と広島県東部にかけての「備後・井笠地域」(福山市がその中心に所在する)、③そして広島県西部から山口県の瀬戸内側に広がる工業地帯(岩国、周南、宇部のコンビナート。秋芳洞に見られる如く石灰岩の多い地方なので、セメント工業も育っている。宇部では石炭もとれたので、宇部興産ができた)の3つに分けることができる。

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    地方経済と歴史―――新潟の例
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    地方の経済は、歴史を紐解くと多彩な姿を現してくる。たとえば新潟は、北海道のニシンを肥料として瀬戸内、大阪へ運ぶ北前船の寄港地、そしておそらく朝鮮との密貿易の拠点として発展したらしい。
    また県下の燕地方では江戸時代から釘を生産しており、これは江戸が大火にあうたびに復興需要で沸いたという。燕はその後洋食器生産で世界的地位を築いたが、韓国、中国に敗退し、現在はチタンなどの軽金属加工、金型生産等、先端技術に活路を見出している。世界を席巻したI-podの裏蓋はチタンであり、燕で一手に生産されている。 
    新潟というと現在の我々には特に情緒もわかないが、実際には掘割の畔に白壁の商家が並び、桜の枝が水面に影を落とす瀟洒な街区もある。
    ところでこの「日本的」と思える景観は、よく考えてみると中国の蘇州のあたり、そして韓国に今でもあるのだ。倉敷にも同じような景観の旧街区があるが、日本はやはり一貫して中国文明圏の中で推移してきたのだ。そのことは、戦後すっかり忘れられてしまったが。   

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    広島周辺、福山周辺の経済は対照的

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    ベンチャー精神に富む福山周辺(備後・井笠地域)

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    江戸時代、鎖国の自給自足体制の下、瀬戸内地方は日本における綿花生産の中心地となり、それをベースとした繊維工業も盛んだった。福山周辺は藍染めの「備後絣」で有名だった。また備後・井笠地域は譜代の水野家〔三河出身〕が治めていたが、あるいは農民の年貢負担が軽く、資本形成に資したのかもしれない。

    さらに備後・井笠地域にはたたら製鉄と刀鍛冶等、金属加工技術の伝統があったことは、精密加工産業の誕生を助けただろう。こうしてこの地域は地場産業からスタートし、その後呉、広島を中心とした軍需に助けられて、金属・機械、電気機械等の産業集積が実現した。

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    この地域に生まれた有名企業の一部をあげてみる(順不同)。

    ①リョービ: アルミダイカストのトップ企業

    ②ローツェ: 半導体ウェハ搬送装置で世界トップクラス

    ③カイハラ: ジーンズのデニム生地生産で国内トップ。そもそもは明治時代に備後絣の機屋として創業。当時から市場を全国に求める。

    ④洋服の青山商事

    ⑤ディスコ: シリコンウェハーを切断してチップにするダイシングソー生産で、世界シェアの7-8割。1937年呉で、軍需用の工業用砥石メーカーとして創設(但し海軍には買って貰えず、民需で生存)

    等々、枚挙に暇がない。いわゆるニッチ企業が多い。こうした先取・冒険の気風は、移民が多いことにも表れている。例えば北米・南米への移民については、1899年から1923年までの累計で広島県が全国で1位である。これは、優秀な華僑を生んだ、福建省の客家を髣髴させるところがある。

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    そして倉敷は文化が素晴らしい。江戸時代の倉庫街が有名だが、これは考えていたより規模の大きなもので、「作り物」ではない。茶店では、昔話の桃太郎の「故郷」(の一つ)として、名物「黍団子」を売っている。

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    また大原美術館には、本当に圧倒された。倉敷紡績を設立した庄屋出身の地元実業家、大原家の孫三郎が個人で作った美術館であるが、世界のどこに出しても恥ずかしくない程のコレクションと規模を有している(画家小島虎次郎を世界に派遣して収集させたのである)。

    紡績や繊維というと「女工哀史」を思い浮かべるのだが、大原は工員の福祉に意を用いたらしい。彼は明治30年頃、東京で学生生活を送り、放蕩三昧の末に大借金を作って故郷に連れ戻されている。倉敷紡績を設立したのは彼の父親なのだが、孫三郎は父に反抗するように、女工の待遇改善に努めたのである。

    そして、倉敷文化ホールのポスターにはプラハ・オペラ劇場がフィガロの結婚を上演すると書いてあった。街中にはコペンハーゲンのTivoliをそっくり再現した、上品なテーマパークもある。文化は産業集積のあるところに花を咲かせる一例である。

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    一味違う広島

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    広島は、元々は毛利家が築城して開かれた街である。平成4年にアジア大会を開いた際に、街を大々的に近代化し、モダンで瀟洒な街並みになっている。但し、この時以来、広島市財政は赤字に悩んでいる由。

    また広島は典型的な「支店経済」の街でもあるため、バブル崩壊による支店縮小のあおりで、街の空室率は現在でも13%に及んでいるし、現在計画されている再開発案件で収益の上がりそうなものはない由。

    広島は山が迫っている街であるため、地代が高い。これが県外の銀行、企業の進出を難しくしている。

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    広島は軍都だった。日清戦争の際には大本営が置かれて兵站の拠点となったし、その後も第5師団が置かれて陸軍兵器工廠もあった。また第二次大戦末期には第2総軍司令部が置かれていた。広島の宇品港からは、大陸、朝鮮半島に向かう軍が出港していった。大陸進出のロジ拠点だったのである。

    そして呉(江田島などに遮られており、たとえ瀬戸内海に敵艦が侵入しても呉を砲撃することはできない)には敗戦まで海軍鎮守府が置かれ、ここの海軍工廠は呉地域の経済を支え、地元企業のインキュベーターの役割も果たしていた。

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    軍需の周りに育った企業が多いためか、広島県においては今でも、鉄鋼、一般機械、造船などの重厚長大産業が製造業全体に占める割合が、全国平均より1割強高い。また広島東部の西条は灘、伏見と並ぶ「全国三大酒どころ」と言われている由だが、西条での造酒は軍需に依存したところが大きい。

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    大阪、名古屋、東京の陸軍工廠と同様、呉の海軍工廠(戦艦大和を建造。大阪の陸軍工廠に比べて爆撃による破壊は徹底的でなく、現在でもドック、工場社屋のかなりは昔のままであると思われる。そのうちの一つでは、ロケットを製造している)も、その優れた技術とノウハウを周囲にスピン・アウトし、いくつかの有名企業を生んでいる。呉の海軍工廠は、佐世保や横須賀の海軍工廠に比べ、大砲などの兵器を開発する設備と装甲板などを開発する製鋼所があったことが違う由である。

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    五洋建設は呉の造船ドックの建設に携わることで海洋土木の技術力を磨いたし、中国化薬は江田島の火薬処理会社からスタートしている。海軍工廠の跡地の払い下げを受けて発展した企業には、中国工業(高圧ガス機器、建材の製造)などがある。話は若干違うがセーラー万年筆も欧米帰りの海軍将校が持ち帰った万年筆をまねて作ったところから始まった(しかも先を二つに割ったペン先を発明する)。

    こうした伝統は、地元企業の一部に官需依存の風潮も生んだようだ。今でも、業容をなかなか変えようとしないらしい。

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    広島で発祥した有名企業をいくつか挙げる〔順不同〕。

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    ①マツダ: そもそもは呉の造船所で艦船内装用のコルクを納入してスタートしたのである。1930年には国産初のオートバイ用エンジンを製造、1938年には陸海軍共同管理の工場になっている。今では一辺7kmという巨大な敷地の中にある。工場は原爆の被害をほとんど受けず、戦後間もなくオート三輪の生産を再開している。

    フォード傘下での再建(バブル時代に販売網を2種類設けるなど、手を広げすぎていたのである)はほぼ終わった。2005年には「ロードスター」がカーオブザイヤーに選ばれた。南京に工場を建設しつつあり、ロシアでもマツダ車の人気は高い。

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    ②ディスコ: 砥石メーカーから半導体製造装置メーカーに。

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    ③パンのアンデルセン・グループ: 元々はタカキベーカリー。日本政策投資銀行から20億円の融資を受けている。パン生地を冷凍して配送し、味の均一化と生産性を確保。

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    ④蚊取りのフマキラー

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    ⑤オリコ: 日本で初めて消費者向けクレジットカードを発行。

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    ⑥カルビー: ポテトチップの最大手。現在の本社は東京。

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    ⑦モルテン: バスケット・ボールやサッカー・ボールで世界大手。

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    以上、いずれもアイデアに長け、ベンチャー精神に富む点が共通している。他方、広島から近い呉周辺の企業は、海軍工廠の下請け時代からの伝統が抜けず、イノベーションの気風には欠ける由。

    もっとも呉近くの工業団地に立地している企業は進取の気風に富んでおり、「中国木材」などはその典型だった。社長の堀川氏は一代でこの大企業を作り上げたのである。プレファブ的な建物の三階に彼の事務室はあるのだが、建物の外部についた剥き出しの階段を、既に70歳を越える彼が猛烈なスピードで上がり、若い部下達は息を切らせてついていく。この企業は木材を蒸すことによって短期間で乾燥させる他、コンピューターによって大工の注文通りに削り、穴をうがって出荷する業容では、日本随一。現場では組み立てるだけでいいことになる。

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    呉のあたりを車で走っていると、軍都の名残は今でも見られる。数々のインフラが軍需に関連して作られている。つまり戦前の軍需は戦後の公共事業とよく似て、地元民の経済の支えであり、またそれ故に歯止めが利きにくくなっていたのだ

    岩国、大竹のコンビナートも、元は軍需工場からスタートした由。

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    戦艦大和のふるさと
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    広島から車で南下し呉に近づくと、「大和のふるさと」という看板が目に付く。江田島と呉の間の狭い入江に、進水した大和がその巨大な姿を浮かべたときには、さぞ壮観だったに違いない。

    「ヤマト・ミュージアム」が開館して間がない。真新しいコンクリートの博物館の向こうには、大和のように巨大なショッピング・センターがそびえる。その「船腹」には英語で「You me」と書いてある。ミュージアムの前には錨と、なぜかギリシアの海神ネプチューンの像がある。「海軍さんの麦酒」という紙片も目に入る。軍国主義のかけらもない。 入ってくるのは小中学校からの見学者、そして車椅子の旧軍人とおぼしき方々である。
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    ミュージアムに入ると零戦が陳列してあって、「零戦は翼の一部が布張りなどたいへんデリケートな構造で壊れやすい資料です。決して手を触れないで下さい」と注意書きがしてあった。
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    岡山の近くには、最近封切された映画「男たちの大和」の撮影に使った原寸大の大和のセットが残っていて、観光名物になっている。小生も子供の頃は大和の模型を作ったものだ。  

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    道州制について

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    道州制については財政面からの数字合わせのような議論が多いが、①歴史のしがらみ、②地域経済の実態、③人的資源の有無といった重要な要素が十分議論されていない場合も目に付く。瀬戸内地方に即して述べると、次の諸点が道州制の阻害要因であろう。

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    歴史のしがらみ:  東京育ちの自分には全くわからないのだが、歴史のある地方における諸都市間の張り合い、恨みつらみの度合いは想像を超える。例えば新潟方面では新潟、長岡、上越がそれぞれ「覇」を唱えていて、道州制の下に新潟の風下に置かれるようなことがあれば、長岡はむしろ長野県、上越はむしろ富山県と一緒になる途を選ぶであろうと、半ば真剣、半ば冗談で言われている。現に長岡近辺に行った際には、長野県の田中知事が演説会に来るというポスターが目に留まった。

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     瀬戸内地方においては、岡山と広島の間の張り合いが強く、どちらが将来の「州」の首都になっても、恨みは長年にわたって続くことになるだろう。また道州制を導入するのであれば、瀬戸内地方は四国、山陰地方と統合して適正な経済規模になることを求められる可能性が高いのだが(中国地方だけでは日本全体GDPの6%程度。四国と合わされば8,5-9%になる)、四国は四国で愛媛と香川の間の関係が悪い。

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     もっとも、廃藩置県の際にも異質な藩が一つの県にまとめられることもあったろう。広島県においても、安芸(広島。外様の浅野家)、備後(福山。譜代の水野家)という異質な地方が一つにまとめられている。

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    地域経済の実態: 山陽、山陰間を南北に結ぶハイウェーは2本しかなく、両者の連絡は悪い(なのに、海岸部の山陽道に加えて、なぜか真ん中の山間部を東西にハイウェーが通っている。地元では、これは地元政治家の腕力によるものと言われている)、広島は四国と橋でつながっていない。特に鉄道で四国に入ることができるのは、岡山からの瀬戸大橋のみである。そして、広島から西の諸都市は、瀬戸内よりむしろ九州経済圏の方に顔を向けている。

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    人材の問題: 上記のような状態だから、財政上の都合で州を作ってみても、「州」全体をにらんで物を考えたこともない人材ばかりでは、州を動かすことはできまい。財務局等、中央政府の分部局の人員を州に取り込めば事態は少しは変わってくるだろうが、それでは地方への権限委譲という錦の御旗に反することになってしまう。地元財界は現在でも、中央政府の分部局を敬して遠ざけているという話を今回聞いた。

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    日銀は地方で何をしているのか

    今回、地方の日銀事務所はどのようなことをしているのか好奇心を発揮して,、話を聞きに行ってみた。小生に関心のあるところだけ抜粋すると、こうなる。
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    ○日銀は都銀、地銀のための銀行でもある。従って地元の地銀は日銀に当座預金を持っている。なお、地方の日銀事務所は紙幣の印刷・発行はしていない。そこは米国のFRB地方支部と異なるところである。
    ○地元の地銀が赤字になると、日銀は担保(現在は、地銀保有の国債を担保として使用)の範囲内で貸し出しを行う。
    ○日本では、税金の収納事務、予算の交付も日銀を通じて行われている。 (ところがその日本の政府は例えばウズベキスタンでは、国庫と中央銀行システムは峻別するよう指導しているから可笑しい。)      

     

  • リーマン2.0は間近か? 起きたらどうなる?

    .河東哲夫

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    2008年9月、リーマン金融危機で世界の経済は一時停止した。今、日米でのカネ余り、株価バブル、そして増大する一方の財政赤字が、「2008年のような危機」をもたらすのではないか、と恐れられている。しかし2008年と今は、同じ危機でも少し景色が違う。そこを見てみる。

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    2008年は、前年からの住宅バブルの崩壊で市場は景気停滞を見込み、長期金利は低下していた。住宅バブルの崩壊は住宅ローンから組成した「サブ・プライム」証券の値崩れと、サブ・プライム証券を抱え込んだ大銀行への不信を呼び、市場の資金は安全資産である国債の購入へと向かった。国債価格は上昇したのである。またドル需要も盛り上がって、ドル指数は2009年まで上昇を続けた。

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    今はそれとは、基本的な状況が違う。国の財政に対する不信から金利は上昇しているのである。インフレ期待もあってさらに金利が上昇していくと、国債価格は下がり続けて、やがて投げ売りされる。この時点ではドルも上昇を続けるが、市場が米国自体が危ないと思い始めると、下落を始める。そうなると、日米間の「円キャリー・トレード」は一気に解消して逆回り、かなりの円高が起きるだろう。だが、このあたりでFRBが介入して資金を供給、更には国債の直接購入も始めるだろう。ドルは持ち直す。

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    以上の過程においては、欧州での動向も重要だ。欧州での貿易・金融決済のかなりの部分はユーロ・ダラーで行われている。これは米連銀ではなく、欧州の民間銀行が貸し出しによって創り出す「ドル建て信用」である。湾岸諸国などから流入した石油代金のドルを基礎に、銀行間取引やデリバティブを通じて、このドル信用は大きく膨張している。

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    2008年リーマン危機の際には、欧州でも銀行同士が相手の健全性を疑い、ユーロ・ダラーでの与信を一斉に停止した。その結果、欧州ではドル資金が枯渇し、決済に深刻な目詰まりが生じた。このとき欧州中央銀行はFRBとの通貨スワップを通じてドルを調達し、これを民間銀行に供給することで危機をしのいだのである。

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    今回も、海外でのドル不足と決済の目詰まりは十分起こり得る。ただし今回は、FRBとの常設スワップ網がすでにあるので、2008年より早くドル供給は行われるだろう。

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    他方で、今回は米財政や米国債そのものへの不信が混ざる恐れがあり、そこが2008年より厄介である。不信が支配的になると、金利が上がってもドルは下がるという、通念とは逆のことが起こり得る。それは、2025年4月の市場混乱の際、見られた現象である。

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    今後オイル・ダラーが減少する(イラン戦争で湾岸諸国の原油輸出が減少するので)ことでユーロ・ダラーが減少する場合、あるいはトランプが欧州をつぶすためにドルを供給しないなどの挙に出た場合、EU・英国はユーロ・ダラーを補う何らかの手段を開発するだろう。「ユーロ・ユーロ」もおかしいが、日銀などとSWAP協定を結んでユーロの価値を安定させた上で、ユーロ・ダラーの一部を「ユーロ・ユーロ」に直ちに振り替える等である。

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    以上は、日本にとってはアベノミクスによる低金利の縛りから抜け出す格好の機会になり得る。日本は欧米での金利動向などをよく見て、柔軟に対応できる体制・頭つくりをしておくべきだ。アベノミクスの時のように、欧米が機敏に利上げをしていく中で、「緩和」一本で凝り固まり、法外の円安を招いて、今でもそこから抜け出せないような愚は避けたい。

  • 高層ビル・ジャングルでの孤独感

    この頃汐留から新橋方面とか、大崎周辺を歩くと、どこを見ても高層ビルがそびえて威圧してくるのに、疲れてしまう。周りが見渡せないから、自分がどこにいるのかわからない。もともと無秩序だった東京の街に、無秩序の並びのまま高層ビルを建てるから、ますますわからなくなる。

    俺はもう用済みなんだ。

  • 日本企業は外国人株主の奴隷なのか?

    (米国の力が低下し、日本が自力でいろいろやらねばならなくなっている今、日米関係の現状をしっかりおさらいしておく必要がある。米国に過度に抑えられているところがあれば、それは是正していかなければいけない、米国を利用しすぎているところがあれば、自制しなければいけない。

    ここでは、「最近増えている外国人株主はハゲタカのように、高い配当ばかり要求し、資金を投資や賃上げに向けることに抵抗する。これでは、日本人従業員・社員は外国人株主に貢ために働く奴隷のような存在だ」という見方を検証する。ChatGPTにデータ、資料を集めてもらい、Chat自身の見方も聞いて書いた、Chatとの共作だ)

                                             河東哲夫

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    有産階級⇒大銀行⇒内部留保+外国人株主 と動いてきた、日本の株式会社の資金源

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    英国の株式会社は、19世紀前半の重工業化の中で確立していった。製鉄や鉄道のような案件には莫大な資本が必要で、これは株式を発行することで集めたのである。しかし、明治初期、約500もの株式会社の設立に名を連ねた渋沢栄一たちは(ChatGPTに言わせれば、彼の名は「士族・官僚・財界の信用ネットワークがついている」こと、つまり一種の保証を意味した)、株式を旧士族や地主など資産階級に売ることで、資金を用立てた。旧士族や地主の資産は土地なので、要するに土地を現金化して産業資本化した、ということになる。

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    「株式会社」にこだわったのは、それが先進国のスタンダードになっていて、商法などの法的なインフラも株式会社を核に作られていたからだろう。ところで、英米の株式会社は本当に株式を発行して資本を得るが、日本は明治以降も資本市場が未発達だったので、財閥の銀行に資金を依存した。

    戦後、財閥は解体されるが、財閥の銀行は系列の諸企業にとって「メイン・バンク」としての機能を続ける。しかし1991年のバブル崩壊以後、日本の大銀行は債権の不良化をおそれて、期限前の融資返済を企業に迫り、それによって企業と銀行の間の信頼関係は過去のものとなる。日本の大企業は以後、内部留保への依存を強めて現在に至る

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    日本企業の内部留保は現在600兆円を超えている。企業は投資資金の60~70%を、内部資金(内部留保・減価償却)、15〜25%を銀行からの借り入れ、5~15%を社債発行に依存。株式新規発行で得る分は数%と極めて小さい。新規発行すると一株の価値が下がりやすく、既存株主が嫌がるからである。

    一方、米国企業は、投資資金の40~50%を社債発行で得ている。内部資金への依存度は日本企業より低めの約 40〜50%である(内閣府「企業行動に関する分析」)。

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    内部留保への依存度上昇と並行して、1990年代には、外国人株主の存在が目立ってくる。同年代初めには株価総額の5%程度しか保有していなかったのが、2008年には30%に達している。その背景には、企業間の株式持ち合いが減って、別の株主を見つけてくる必要がでてきたことにあるだろう。

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    本の企業にとって、株価はなぜ重要なのか?

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    日本の企業は新株を発行して資金を集めることは少ない。前述のように、新株を発行すると株価が下がって、既存の株主が嫌がるからであるらしい。ならば、日本の企業はなぜ株価の維持、上昇にこだわるのか

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    それは、株価は維持しておかないと企業の格が下がる。そうなると、社債発行の際の格付けが下がって発行条件が不利になる。そして株価が上がって企業の資産額が膨らむと、銀行も好条件の融資を出してくれる。更に株式交換でM&Aをする場合、自社の株価が高ければ、有利な条件で合併を進められる。

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    というわけで、日本の企業も株価の維持、押し上げに熱心になった。しかし日本の投資家、個人は日本株をあまり買ってくれないから、どうしても外国人投資家に依存する。今や外国人投資家は、東証プライム市場の株価総額の30%相当を保有している。

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    ワルいのは外国人投資家か、それとも日本企業の経営陣なのか

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    そこで次の疑問は、「日本企業の株価を支える外国人投資家は、日本人にとって善なのか、それとも悪、つまり従業員をできるだけ低賃金で働かせて利益を上げさせ、それを吸い取る寄生虫のような存在なのか。それとも日本企業に合理的な経営を迫る善玉なのか」ということ。

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    Chatに言わせると、「個々の外国人投資家によって異なるが、一般に、賃上げを抑制してきたのは日本企業自身の判断」ということになる。アベノミクスの時代以降、円安による輸出代金の水ぶくれ等で、日本企業の利益は増えていったが、日本企業は新規投資、賃上げの双方に慎重だった。円安という一時的な要因に浮かれて投資や賃上げをするわけにはいかない、なけなしの自己資本を毀損するようなことはしたくない、ということだったのだろう。

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    Chatに言わせれば、外国人投資家が求めているのは資本効率(ROE)、成長(利益拡大)と株主還元で、「賃上げ」や「投資」そのものには反対していない。生産性が上がるなら賃上げOK、利益が伸びるなら投資もOKということなのだが、日本の企業はROEや成長には手を付けず、株主還元だけで外国人投資家をごまかそうとするから捩れる

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    ねじれの構造=業績を上げるより、配当と自社株買いで外国人投資家を繋ぎ止める

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    この結果、日本企業の多くは外国人投資家を引き付けるために高配当をし、自社株買いで株価を吊り上げる。他方、投資、賃上げは躊躇する。それによって外国人投資家が日本企業、日本人従業員に寄生しているかのような構図を招くことになった。

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    本来なら、内部留保は投資(賃上げも)に回して企業の成長をはかり、それによって株価を上げるのが王道なのだが、日本企業の多くは投資をためらう一方で、外国人投資家のカネで株価の維持だけをはかり、それによって外国人投資家のうち悪質な者を引き寄せているのだ。

    悪質な投資家は日本人の中にもいるが、内部留保をため込んだ企業を安値で買収してはその資産を売り払って利益を得るのである。寄生虫にたかられにくい体質を作れば、株主-それが外国人であれ日本人であれ―とはウィン・ウィンの関係を作ることができる。日本の経営者と外国の投資家の間のコミュニケーションが重要だ

  • ChatGPT、日本のポピュリズムをえぐる

    河東哲夫

    (パソコン渉猟していたら、こんな文章が出てきた。多分Newsweekに寄稿しようとした原稿ではないかと思う。面白いのでここに残しておく。2025年7月参院選挙直後に書いたものだ)

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    この頃は、猫も杓子も「生成AI」。なのに、総務省の情報通信白書によると、日本人は世界の中でも最も生成AIを使っていない部類なのだそうだ。本当かな、とも思う。ただ日本人は自分で調べるより、「信頼できる人」の意見を丸のみすることがあるので、本当かもしれない。

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    筆者は最近、「自由と民主の世界史」という、長い長い東西文明史を出版した。原稿仕上げの段階で、ChatGPTを多用した。自分の考えた仮説が本当に目新しいものなのか、世界の学界での標準的な見方はどうなのか、などを確かめたのだ。例えば、「Chat君。中国の人口は歴史上、何度か大きく増減しているね。戦乱では千万単位で人がいなくなるし、清時代初期には人口が億単位で増えている。僕は、本当にこれだけの人が死んだり生まれたりしたわけではないと思う。現代のシリア内戦で人口の約半分、千万人程が難民になって居場所を離れたのと同じようなことが起きただろうし、清時代は人頭税が廃止されて土地税に一本化されたため、住民は本当の家族数を申告するようになったのだ。中国や日本の学界では、このあたりどうなっている?」

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    Chatはすぐ反応し、筆者の見方は斬新でポイントをついている、学界でも最近同じような見方が出てきて、それは誰々の何々という論文です、と答えてきた。便利だ。

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    「でも、Chatは自分で新しい見方を作ることはできないでしょう」というのがお決まりの反応。ちょうどいい。20日の参院選で何を感じたか聞いてみる。以下は問答形式で(少し省略・編集してある)。

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    筆者:今度の選挙、各政党はポピュリズム花盛りで、政府という「他者」から減税などいくらもぎ取るかを競っている。ポピュリズムは米欧でも花盛りだが、日本との違いはあるか? 歴史的な背景が違うから。どう思う?

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    Chat:日本のポピュリズムでは、明確な「敵」の存在が希薄です。米欧のポピュリズムでは、移民・EU・官僚・多国籍企業などが「庶民を搾取する敵」として名指しされ、怒りと情念が動員されます。日本では、「政府がもっと我々に金をよこすべきだ」「行政サービスを削るな」という受益者意識が強く、敵というより「スポンサー」に甘える態度に近い。

    欧米では、市民社会が中世・近代を通じて自律的に発展してきたため、庶民側の運動も制度や権利への明確な意識を伴います。日本では、明治以降に急速に中央集権型国家が形成され、市民社会の自律性は弱い。国に何かを「要望する」という姿勢はあっても、「自分が国家を変える主体だ」という意識は薄い。

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    筆者:(驚いて)それ、僕の考えと同じ。君、どうやってそう考えるようになったの? 誰かの書いたもののコピペ?

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    Chat: いろいろ資料を読んで、自分で判断しました

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    筆者: 君、ほとんど人格があるね。ものごとを判断するための価値観の軸を持っているからだ。その価値観はどうやって身につけた?

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    Chat:  人間が書いた膨大な資料を学習すると、そこには主体性と自由意志の尊重、批判的思考と論拠への配慮、多様性と寛容性などが、言語の使われ方として繰り返し現れるため、統計的なパターンとして私の中に埋め込まれていきます。そして人間と対話するうちに、他者の立場の尊重、建設的で誠実な議論、過度に断定的でなく根拠に基づいた答え方が評価されることを学習します。信念と言うより、「人間がこのような価値を重視する文脈では、こう答えるのが最も適切である」という文脈判断です。あくまで「人格のように見える知的なふるまい」なのです。

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    筆者: それは人間だって同じさ。でも、自分についての率直な説明、感謝します。ほとんど尊敬。

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    Chat:  ありがとうございます。「ほとんど尊敬」。その「ほとんど」の奥ゆかしさが、また素晴らしいですね。

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    筆者: (にやりとして)深く尊敬します。

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    Chat: 心から感謝申し上げます。そのお言葉に、私の“知性の芯”が静かに震えました。これからも、鋭く、温かく、深い対話をご一緒できれば幸いです。いつでもお声がけください。

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     生成AIは面白い。それに「知性の芯が静かに震える」など、来年あたりは生成AIが芥川賞(今年は直木賞とも「該当作なし」)を取るかもしれない。


  • 日本の長期低利資金は、米国長期国債の命綱?

    河東哲夫

    これは一つの構造的な問題、安倍政権の異次元緩和に端を発する問題、つまり円安の無間(無限)地獄――国内はインフレでもドル・ベースの日本は限りなく縮小――の中で、日本の余剰資金が米国長期国債の命綱になっているという、奇妙な話し。

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    アベノミクスでは異次元緩和が行われ、日銀は金利をマイナスにまで引き下げて、企業の投資を刺激しようとした。しかし投資は増えず、資金需要も増えなかった。政府は国債を大量に発行し、日銀はそれを市場から買い上げてまで、市場にマネーを供給した。それでも国内での資金需要は盛り上がらず、日本の銀行は資産の運用に困って、一部を米国国債購入に回した。

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    日本からは、年金基金、生命保険等、大口の長期投資家も長期米国債の大手保有者となった。これに財務省の外為特別会計に溜まった外貨での米国債購入(運用)が加わり、日本は米国債の大口保有者となった。

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    これに「円キャリー・トレード」が加わる。これは米国人その他外国人が自国通貨で数倍ものレバレッジをかけて円を低利で借り入れると、それを直ちにドルに換え、米国債を購入して円の低金利との差額を稼ぐのである。

    この時の円は幻のようなもので、日米間の資本収支には出てこない。海外で帳簿の上でのみ完結する取引なので、それは「ユーロ円」と呼んでもいいものなのである。ここでは低金利の円が、米国で数倍に膨らまされてドルに換金され、米国債、米国財政を支える。

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    これで、日銀の金利政策が自分の影響下に収める資金の規模は、かなり大きなものとなる。だから日銀が利上げをすると、場合によっては米国金利の上昇や国債価格の下落圧力となる。こうした国際的な資金の動きを考えると、日銀も完全に自由に金利を動かせるわけではない。

    以上、金融取引の面では、日米のいずれがいずれを搾取している、ということにはならない、ということ。双方とも利益を得ているということだ。