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北方領土問題のトリセツ―政府の足を引っ張らない。商談では「いなす」-

                              河東哲夫

(これは本日配布の「ボストーク通信」に掲載されたものの原稿です)

 「プーチン大統領が北方領土を視察した」ということで、止まっていた「日ロ関係歌舞伎」の舞台はまた回り始めた。堂々巡りではあるが。無責任な言い方だが、1991年にソ連が崩壊してこの問題が動き始めてからの軌跡をたどると、そう言わざるを得ない。基本は、日本が返してくれと言っているのに対して、ロシアが気のあるふりを見せては日本から何かをせしめ、状況が悪くなると、「問題は解決ずみだ」と開き直る――この繰り返しなのだ。

 こういう時、「埒が明かない。もう北方領土は諦めて、ロシアと経済取り引きを進めよう」と言う人は、ビジネスでもお人好しの取り引きしかできない。

 ここで、北方領土問題をめぐり日ロのやり取りを振り返り、これから日ロ経済関係者はどう考え、どう振舞ったらいいのか、考えてみたい。

 

「国際法的に解決されている」わけではないことを示す共同資料集

 ゴルバチョフが社会の民主化、西側との協力強化を進めた1980年代末、日本政府も北方領土問題を含めてソ連との関係を進める好機ととらえ、これまでソ連がその存在すら否定していた北方領土問題について双方の認識の差を縮めるべく、外務次官級の協議を数回にわたって行った。その結果はソ連が崩壊した後、日本・ロシアの外務省が連名で1992年に日ロ両語で発刊した「日露間領土問題の歴史に関する共同作成資料集」に記述されている。

 ここでは、北方領土の諸島を日本領として認めた1855年の日魯通好条約が収録されている他、序文では、(第2次大戦終結時にソ連が占領したままの)北方領土についてはその帰属について両国間で話し合いが継続していることが記され、両国外務省が署名している。

プーチン時代になると、ロシアはこの資料集は「なかったことにしてくれ」と言ってきたが、今でも日本外務省のホームページで、読むことができるhttps://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/ryodo.html。ロシア側で当時の話し合いに加わっていた人たちの中には、今の外務省幹部もいるので、経緯をよく知っているだろう。

 国際的な慣行では、戦争後の領土・国境は平和条約で定める。日ソ間では1956年、戦争を終結し、国交を正常化する趣旨の共同宣言を発表し、双方議会の批准も得ているが、これは国境を最終的に定めるものではない。日ロは平和条約を結ばないと、終戦処理は完結しないのである。ロシアはいろいろ法的な説明をひねり出しているが、この問題は「国際法上、解決している」とはとても言えない。

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信頼感醸成・協力促進と失望の繰り返し

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ソ連崩壊後、計画経済を放棄したロシアは市場経済に転換する資本・経営ノウハウを欠き、国は大混乱に陥った。インフレは2年で6000%に及び、人々の生活は困窮をきわめた。エリツィン大統領は民主化・市場経済化を標榜して、西側の支援獲得に狂奔する。特に目をつけたのが日本-当時は世界2位の経済大国―で、エリツィンは北方領土問題解決に乗り出すそぶりを見せて日本からの協力を獲得する作戦に出た。

詳しい叙述は避けるが、この試みが一時勢いを失うと、1997年には当時の橋本竜太郎首相が、エリツィンと個人的信頼関係を築いて(そのためには、それまでの日本政府の対ロ政策であった「政経不可分」を明示的に下ろし、現在のJBICによる15億ドル相当の融資供与を約束した)北方領土問題を動かすという策に出る。彼は、同年11月クラスノヤルスクでエリツィンと会談。2000年までには平和条約を結ぶという言質を取って帰国した。

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以降、現在に至るまで、日ロ関係はこのクラスノヤルスク会談の基調-経済協力を通じて信頼関係を築き、領土問題の解決をはかる―が続く。「日本との関係をよろしくな」というのは、エリツィンのプーチンへの申し送り事項であったようだし、大統領に就任早々のプーチンは森喜朗・総理と特に信頼関係を築き、トヨタの進出も実現した。これもあり、西側とロシアの関係が悪化する中、メドベジェフ大統領が北方領土視察を行った2010年以降も、プーチンは北方領土視察を避けていた。

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日ロ関係は、安倍第2次政権で再びピークを築く。安倍総理は、プーチンと個人的信頼関係を築き、経済関係も進めることで、北方領土問題に最終的にけりをつけることを目標とした。プーチンも、安倍総理との間では口裏を合わせていたが―これを安倍総理側近は過大評価した―、ロシア政府部内では「日本は領土問題を棚上げして経済関係を進めることに合意した」というひねた見方が流布されていた。だからこそ、ウクライナ戦争で日本がロシアを制裁した時、ロシアは驚き、怒ったのである。

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何で今回北方領土へ?

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 ということで、プーチンがいつ日本に尻を見せても不思議でなかったのが、何で今北方領土に行ったのかと言うと・・・

 一つには9月中旬に議会の総選挙が予定されていることがある。全国を回って―それだけウクライナのドローンに攻撃される危険があるが―、与党へのテコ入れをはかるのである。ウクライナのドローンを警戒していたプーチンも、6月からは地方視察を増やしていて、北方領土視察は極東地方視察の一環となっている。テコ入れと言っても、今は戦争で、中央は地方政府の税収を取り上げる一方では、新規応募の兵士への報奨金支出など負担を押し付けているから、カネは出せない。さしずめ、北方領土は行くだけでも評価してもらえるから、コスパがいい。

 そして、反日姿勢を強める中国が、プーチンをけしかけた可能性もあるだろう。また、北方領土に中国が投資するための呼び水にもなる。

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今、日本ができること

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こういう時、日本が騒いでも、事態は全然良くならない。「ロシアが実効支配しているところに、大統領が行って何が悪い」とロシアに言われて、恥をさらすだけのことだ。

では制裁をする? するとロシアは、日本がこれまで多額の融資をつぎ込んだサハリンの石油・天然ガス施設を接収する挙に出るかもしれない。

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だからこういう時は、総理が世界に向けて発言する。ぶら下がりで言えばいいのだ。「ウクライナを武力で襲ったプーチンは、北方領土のことを思い出して急に怖くなったのでしょう。『日本が武力で島を取り返しに来たらどうしよう』と。大丈夫、日本はあくまでも話し合いでこの問題を解決しようとしています。プーチン大統領、あなたも早くウクライナを攻撃するのを止めて、話し合いに移りなさい。そうすれば、制裁も解けて、日本とも平和条約を結ぶ交渉を再開することができるでしょう」と。

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ロシアだけを相手にして理屈で攻めても、向こうに動く気がないのだから、意味がない。世界の世論を自分の方にくっつけるーこういうやり方を、日本はいい加減身につけるべきだ。河内女の気質を持つ高市総理だったら、できるだろう。

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商談でロシアに言いがかりをつけられた時のトリセツ

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 以上は、一種のきれいごと。現場でロシア人と商談をしている人たちの参考にはなるまい。「うまいことを言われてもねえ。日本とは領土問題があって、日本政府がいつも邪魔をしてくるから」と、ロシア側に言われたらどうする? 

 こういう時に、「いや、うちの政府は力がなくて。あんな問題、いつまで言っていてもしょうがないと、私は思っているんですよ」と合わせるのは下策。ロシア側には馬鹿にされるし、日本政府は察知して報復してくる。別件の大きな商談でJBICの融資が出なかったりしたら、どうする?

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 ロシア側は商談で、政治問題を片づけようとは思っていない。日本側に圧力をかけて、値引きとかいい条件を絞り出そうとしているのだ。だからそこは見すえて、こう言う。「まったくね。政治というのはどうしようもないですね。でも、我々は友人。どうです? ここは一つ、我々の友人関係のためにも、お値段は○○に引いておこうじゃありませんか。それに話がまとまってJBICの低利融資が出れば、お値段はさらに引くことができます。どうです?」。

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 煮ても焼いても食えないワル。日本人はこうならないと、「自分ファースト」の国ばかり増えるこれからの世界で、生き残ることはできない。

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 領土問題は未解決のままでとっておく。何も自分から、「こんなのは持っていても仕方ない。くれてやる」と言うことはない。世界で、日本が軽く見られ、別件でも毟り取られることになる。

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 ドイツは戦後、ソ連、ロシアと平和条約を結んでいない。1975年のヘルシンキ宣言で、国境の現状維持に賛成しているが、右宣言は平和的な交渉で国境線を変えることは禁じていない。だからロシアとの間では、カリーニングラード(以前はドイツ帝国のケーニヒスブルクで、哲学者カントの故地)の帰属は宙ぶらりんになっていて、情勢次第ではドイツは返還を求める交渉を提起することができる。北方領土にも、同じように対処したらいい。

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