日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。


止まらない日本の財政赤字と円安の元凶は

(これはChatGPTではなく、筆者「御親筆」。もちろん、データ、歴史についてはChatにも聞いている)

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日本政府は財政赤字を重ね、未返済の国債は2年分のGDPに匹敵する額に膨れ上がっている。一方日本には2400兆円の個人金融資産があり、これは近年年間50兆円以上増えている(株価上昇の効果もある)。

ところがこれのうちかなりの部分は海外に高金利を求めて流出してしまい、それがきりのない円安を呼ぶ。円安は輸出企業の利益は膨らませるが、輸入価格の上昇とそれに伴う国内インフレの増進を招く。

そしてアベノミクス以来続いている(やっと利上げに向かっているが)低金利も、「円キャリー取り引き」(低利の円を借りてドルに換え、高金利の債券・株に投資する動き)を生み、日本人自身による海外投資と合わせて、日本をすっかり低利の資金のATMのようにしてしまった。

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日本人は、国内に十分利子がつく投資案件、商品が少ないものだから海外に投資する。それは投資した者には利益をもたらすだろうが、その他の日本人は円安とインフレで苦しむ。こういうちぐはぐな構図になっている。

どうしてこんな捩れた構図になったのか、その大きな原因となった行財政改革の軌跡をたどってみる。

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バブル破裂-内需で経済を回す試みの失敗.

1985年のプラザ合意で円が2倍にも切り上がった日本は、輸出主導の経済成長はもうできなくなった。こういう時は、国内に積み上がった富(対米黒字を積み上げたものだ)を国内でぐるぐる回し(つまりもっと消費して日本の企業を支え、企業は賃金を払って、消費を確保するということ)、一方経常収支は何とか赤字にならないように維持して円の価値を維持する―ーこういうやり方で成長を維持できる。

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理論的にはそうだが、日本は財政を拡大し過ぎ、金利を下げ過ぎてバブルを生む。これが1990年以降破裂して、今に至る試行錯誤、七転八倒の苦しみが始まるのだ。そしてこの苦境を脱するために、1996年の橋本内閣以来、歴代の内閣が財政・金融政策を大きく変える。それが積み重なった結果は、地獄から抜けようとしてあがいた末、かえって深みにはまる蟻地獄のような現状。

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橋本内閣(1996~98年)の「六つの改革」

バブル崩壊と不況が、自民党の分裂と政権の喪失、そして村山社会党政権の成立につながったのだと思う。そして自民党が復活したのが、1996年1月からの橋本・自社さ連立政権。橋本総理は総選挙をすると、同年11月には自民党単独政権を立ち上げて、「六つの改革」を打ち出した。

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彼の基本的な考え方は97年1月の施政方針演説で示した、「世界が一体化し、人・モノ・資金・情報が自由に移動する中で・・・現在の日本の仕組みは活力ある発展を妨げている」ということにあった。

六つの改革の中に「行政改革」と「財政構造改革」があり、この中で財政投融資制度の改革が目玉として登場した。当時の財政投融資とは、郵便貯金・簡易保険・年金積立金が大蔵省資金運用部へ強制的に集められ、道路公団など特殊法人などへ流れる仕組みで(一部は国債購入に充てられていた)、当時(1996年)は一般会計支出が約75兆円に対し、約40.5兆円に達して、第二の予算と呼ばれていたのである。

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これで日本は一大土建国家と化し、道路・堤防などの建設で地方は大いに繁栄。自民党の建設・農林・郵政族議員、派閥の金城湯池となった。これは資金の浪費を生み、腐敗にもつながるということで、1997年の行政改革会議最終報告は、郵貯・年金資金の資金運用部への義務預託を廃止し、各機関が自主運用する方針を打ち出した。

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これを続く小渕・森内閣(1998~2001年)が引き継いで、2000年には財投改革関連法を採択。これを受けて、2001年4月1日から郵貯・年金の大蔵省資金運用部への義務預託は廃止され、財投資金は財投債・財投機関債(実質的には国債)などで調達する新制度へ移行した。

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自民党(利権)をぶっこわす小泉劇場

筆者は、財政投融資の改革は小泉政権がやったものとばかり思い込んでいたが、以上のとおり、流れは橋本政権の時に始まっていたわけだ。小泉総理と竹中平蔵大臣はその流れの中で実際に特殊法人の首を斬る、死刑で言えば執行人の役を担ったと言える。

それは当時、米国を中心として西側を風靡していた新自由主義経済政策の流れに位置づけられ、「官から民へ」、「中央から地方へ」を標語に、郵政民営化、道路関係四公団民営化、財政投融資改革で21の特別会計を18に統廃合するという激しいものだった。

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これによって、「第2の予算」とも呼ばれていた財政投融資は1996年の役40.5兆円から急減。2025年には12兆円になっている。

郵貯、年金基金はそれまで財務省から利子をつけて返済を得ていたのが、この時からは自主運用して利子を稼がなければならなくなった。今では郵貯の35%以上、年金基金GPIFの資産の約25%は外債で運用されている。そしてそのうちかなりの部分が米国債である。

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アベノミクス

アベノミクスは財政拡大、利下げで景気を刺激し(インフレ期待を高めて)、これからもっと儲かると企業に思い込ませて投資を増やさせ、それで経済成長率を上げようとしたものだ。しかし実際には日本の社会にはバブル崩壊以降のデフレ体質がしみ込んでいて、企業は賃上げもせず、投資も増やさず、一方流通業は値下げ競争に浸り、国民は値上げなど金輪際受け入れなかったから、アベノミクスは機能しなかった。財政拡大、利下げが急激な円安を呼ぶことで、輸出企業が息をついたことはプラスだったが。

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インフレは、2021年から原油価格が急騰し、合わせて22年3月には米国がそれまでのゼロ金利を脱して利上げに転じたことで「実現」する。しかし日本では低金利が続き、法人・個人とも余剰資金は海外で運用して利子を稼ぐことが増えた。低金利で景気を刺激しようとしたのがそうならず、資金は海外に漏出するという、倒錯した状況が生まれたのである。

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