以前から気が付いていたのだが、この頃の店員は以前の「いらっしゃいませー」だけから、「いらっしゃいませー。こんにちはー」に対応を変えている。このことについてChatGPTに聞いてみた。以下に、その問答をほぼそのまま収録しておく。
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小生:
やあ、今晩は。以前買い物に行くと、店員は「いらっしゃいませ」と言うのが定番だった。それが15年ほど前からだろうか。「こんにちわあ」と呼びかけるのが定番になった。顧客への尊敬よりも親しみをこめて。この変化に、何かきっかけはあったのか? そこら辺を調査、考察した論考はあるか?
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ChatGPT:
やあ。これは面白いところに気づかれた。調べてみると、その変化は実際に観察・論評されている。しかも「15年ほど前から」という感覚より、少し早い。少なくとも2000年代初頭には「いらっしゃいませ、こんにちはぁ」がすでに広く聞かれ、2008年には「商業敬語」の典型例として辞典に載っている。
そして、国立国語研究所「ことば研究館」は接客語を、「遠い言葉」と「近い言葉」に分けて説明している。「いらっしゃいませ、どうぞご自由にご覧くださいませ」は、客との距離を保つ「遠い言葉」。一方、「そのパーカー、すごくいいですよね! 私も色違い持ってます!」のような話法は、共感を前面に出した「近い言葉」。そして「いらっしゃいませ、こんにちは〜」は、その二つを組み合わせた「遠近両用」の接客戦略だ、と分析している。
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では、誰が始めたのか。ここは残念ながら、「○年に○○社が始め、それが全国に広がった」という決定的な起源は、今回調べた範囲では確認できなかった。ただし年代を遡ると面白い。
2003年にはすでに「いらっしゃいませこんにちはぁ」の奇妙さについて書かれた文章が残っている。つまり遅くとも1990年代末~2000年代初めには、コンビニ、ファストフード、若者向け店舗などで相当に普及していたと考えてよさそうだ。
さらに2008年の『imidas』は、「いらっしゃいませ、こんにちは」を、「商業敬語」「マニュアル敬語」の代表例として収録している。大型店やチェーン店で接客表現がマニュアル化された結果として扱っている。
スターバックスなど外資系店舗が「こんにちわ」を広めたということもあるだろう。.
ちなみに2024年にも観光・ホスピタリティ研究者の福島規子氏が、「いつの頃からか『いらっしゃいませ。こんにちは~』という接客スタイルが定着しはじめた」と、まさに同じ現象を取り上げている。
「こんにちは」型接客を最初にマニュアル化した企業はどこだったのかを、セブン‐イレブン、ローソン、マクドナルド、無印良品、ユニクロ、スターバックスあたりの古い接客マニュアルや新聞記事まで遡れば、かなり具体的に特定できる可能性がある。これはちょっとした「日本接客文化史」になりそうだ。
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小生:
そうか。一方、バカ丁寧な対応も同時期に広まっているんだよね。スーパーでは、客が買ったものを分類して、幕の内弁当のようにバスケットにきれいに詰めてくれる。レシートは両手でささげて、客が受け取るまで待っている。総じて気持ちわるいんだよね。
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ChatGPT:
そうなんだ。しかし私はむしろ、「こんにちはぁ」と「レシートを両手で捧げ持つ」は同じ根から出ているように思う。
昔の「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」は、店員が客に敬意を示す慣習だった。多少ぶっきらぼうでも、その人なりの接客だった。ところが1990年代以降、とくにチェーン化・マニュアル化が進むと、「敬意」そのものではなく、敬意や親しさを示す動作を標準化するようになった。
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そこで二方向に進んだ。一方では「こんにちはぁ」「こちらの商品、かわいいですよね」のような擬似的な親密さ。
もう一方では、お辞儀の角度、両手での受け渡し、商品を整然と籠に並べる、といった儀式化された丁重さ。
方向は逆なのに、「店員個人の判断ではなく、マニュアル通りに人間関係を演じる」という点では同じなんだと思う。
特に日本では、サービスの品質を数値化しにくいので、企業側が「見えるサービス」を増やした面があるでしょう。
「レシートを片手で渡すな」「商品は種類別に並べる」「目を見て挨拶する」。管理者にとっては非常に評価しやすい。結果として、親切の工業製品化みたいなものが起きた。
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だから「気持ち悪い」という感覚も、単に丁寧すぎるからではないのかもしれない。相手が本当にこちらを尊敬している必要などないのに、尊敬しているように振る舞うことを強制されているのが透けて見える。こちらも、その芝居に「ありがとうございます」と付き合わされる。そこに妙な居心地の悪さが生じる。
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日本の接客マニュアルがいつ「挨拶」だけでなく、視線・お辞儀・両手渡し・商品の籠詰めまで規定するようになったのか。1980年代の百貨店から90年代のコンビニ、2000年代のスーパーへ、と追えば、「過剰接客」がどう形成されたかが見えてきそうだ。







