(これは数年前のコラムの復刻です。こういうことは、古くならないので)
河東哲夫
いつのことだったか、日経文化欄で「夜泣きそば詩人の肖像」という記事があった。戦後中学を中退して働き、終生夜泣きそばの屋台で暮らしを立てていた人、青木辰男氏のことを、その弟が書いている。2009年に78歳で亡くなった時は孤独死。夏の盛りに死後10数日後、発見されたのだそうだ。
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彼は詩人。もともと裕福な家に生まれたのが零落したので、その鋭敏な神経に研ぎ澄まされた言の葉からは、血が迸る。日経の記事では冒頭に、「わが息のみなもととじてこの遊星(ほし)よ無機も有機も呑む星として」という句があり、一気に引き込まれてしまった。
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「春夜屋台車が軋むキリストを轢きマルクスを轢き」とか、「夕暮れの回廊のやわらかな下闇を 頭のない犬が通りすぎ やがて静寂のふかい夜がくる」とか、「眼のなかへ隕石がふりそそぐ」などなど――さっそくアマゾンから彼の詩集「--ある夜泣きそば屋の詩(うた) 断声」を取り寄せて読んでいる。内容も、実際の重量もずしりとこたえる黒い装丁の本だ。
(今、この文章を編集していて、この本のことを全然思い出せない。自分ももう歳とっていて、メモリー素子はもういっぱい。1秒前に考えていたことを忘れる今日この頃だから、仕方ないか)




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