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現代にまで続く平家末裔

(これは数年前書いたものの復刻です。国立劇場が閉鎖になっている以外は、変更はありません。それにしても、国立劇場の閉場は公演の機会もさることながら、謡などのスタッフの養成を大きく阻害するでしょう。青年たちが伝統文化に関心を示している今、本当にもったいないことです)

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国立劇場の歌舞伎「義経千本桜」を見に行った。平氏の残党が「九州へ」落ちる(フィクション)義経一行に復讐を果たそうとして果たせない悲話「渡海屋・大物浦の段」のところだけでも、2時間程度。これで、全体6段あるうち2段目の、そのまた半分だというのだから恐れ入る。ワーグナーの「指環」シリーズの上をいく。

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この歌舞伎では、フィクションとして平家の武将たちが生き延びていたことにしてあるが、実際、壇ノ浦で滅びたはずの平氏の流れは、日本の諸方に残っている。実際に血筋を引いたものか、あるいはフランチャイズのように名前だけ使っているものか、よくわからないところも多いらしいが。

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日本の外交官で、日本に12音音階・音楽を初めて持ち込んだとされる作曲家の、戸田邦雄(これは筆名で、本名は戸田盛邦)という人がいる。ウィキペディアには、1938年に外務省に入り、ドイツ赴任中にカラヤンやフルトヴェングラーの演奏に接する、1944年、サイゴン(現在のホーチミン)に赴任、プノンペンで終戦を迎えた後、フランス軍によって抑留され、3年間をサイゴンにて送る、とある。

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彼の書いた「外交官の耳、作曲家の眼」(2009年 ARTES)という本は面白いのだが、その57頁で彼は、自分の家の家系図によると祖先は「平清盛の弟か誰か」、家紋は揚羽蝶、つまり平氏だと明らかにしている。そして父方の祖父、尾崎三良は太政大臣三條実美(平安時代の藤原家の嫡流だそうだ)の家臣。三良はロンドンに留学して、伊藤博文留学時の先生の娘と結婚(その後離婚)、その長女が尾崎行雄(全く別の尾崎家)の夫人テオドーラになったそうだ(53頁)。

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インターネットを見ると、戸田氏はむしろ清和源氏の流れということになっている。平氏とか源氏とか藤原家とか、もう要するに錚々たるフランチャイズみたいなもので、誰が誰だかわからない。この「外交官の耳、作曲家の眼」によると、かのオペラ「蝶々夫人」の蝶々夫人の家紋も揚羽蝶で、だから「蝶々さん」(そう言えば、本名何て言うのだろう?)なのだそうだ。

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とすると、平氏の末裔も江戸末期にはいよいよ窮して、米国人の現地妻になってしまったことになる。義経千本桜の後篇として蝶々夫人を上演することにしたら、または全部をミュージカル仕立てにしたら、平家も随分人気が出るだろうに