(これは5月中旬、講談社の「現代ビジネス」に掲載した記事です。既に時がたっていますが、記録のためにアップしておきます)
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近づいたロシアの世替わり―プーチンの弱化と老化
河東哲夫
国の指導部で何か重大なことが起きている時、市中に何かの気配がみなぎる時がある。特にロシアでは、トップが代わることは、国の利権構造、職場での上下関係、その他すべてが様変わりになることを意味するだけに、人々は身構えるのだ。筆者は1991年のソ連崩壊前後のロシアに勤務していて何度か、それを感じた。そのたびにいろいろ嗅ぎまわり、多くの場合、それは筆者の「気のせい」で終わったのだが、今遠くの東京からロシアを見ていてその気配を感じている。いやそれどころか、ロシアの識者、ブロガーたちも、今やあからさまなプーチン・政権批判を繰り返すようになっている。世替わり。日本の幕末の「ええじゃないか」を思わせる時代がやってきたのだ。
気の抜けた戦勝記念日パレード
5月9日、赤の広場では恒例の戦勝記念日パレードが行われた。1991年ソ連共産党の崩壊でメーデー、そして11月の革命記念日がなくなった後は、最大の祭日。最新鋭のミサイルや戦車の行進、居並ぶ外国の賓客等々、華やかだった。それが今年の記念日は、ウクライナ戦争に出払っているのか、全部破壊されたのか知らないが、大型兵器は遂にひとつも登場せず、連隊登場の繰り返しで終わった(上空では戦闘機数機がデモ飛行をしたが)。外国の賓客は5名ほど。ウズベキスタン、カザフスタン、ベラルーシと旧ソ連諸国の指導者が、青空の下で驚くほど老齢化した顔を並べるのみ。外国賓客どころか、ロシア自身の指導部がその雁首を並べることもない。まるで一網打尽に爆殺されるのを恐れたよう。
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そして極めつけはプーチン大統領。いつもなら彼の発散する緊張感・権力のオーラは感じられず、テレビ・カメラはもう老人としか見えない彼の横顔を執拗に映し出す。傍らのミシュースチン首相、ボロージン下院議長、ヴァイノ大統領府長官は、晴れがましい式場で、何かを心配しているような顔を寄せ合っている(以上はYouTubeでロシア当局作成の録画による)。
――何かが変わった。権力がバラけ始めた、「主がいない」という直感。
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「『弱いプーチン』はいらない」
4月21日カーネギー財団のStanovaya女史は書いた。「プーチンは弱化した。彼を26年間支えてきたFSB(連邦保安庁)にとってさえ、『弱いプーチン』は要らない」という趣旨を。その通り。東西の時差が10時間に及ぶ大国を治めるには、自由とか民主主義とかの建前よりも、赤裸々な「力」が必要なのだ。
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では、今年になってから、西側メディアがプーチンの弱化を頻繁に報じるようになったのはなぜだろう? 一つはもちろん、ウクライナ戦争での行き詰まりである。ロシア軍は、目標であるドネツ州の全面制圧を未だに達成できていない。ロシアのドローンは今やウクライナが米国企業とともに開発した攻撃ドローン等によって、そのかなりが撃墜されている。
それどころか、ウクライナは欧州諸国からの資金と資材を受けて、様々のドローンを敏速に開発。これらはロシア領内深く進攻し、バルト海・黒海の原油・石油製品積み出し施設を執拗に攻撃して、積み出しを大きく阻害している。5月4日には、ウクライナのドローンが、モスクワ都心から10キロもない高層ビルに激突。4月28日にはプーチン自ら警備・警護担当諸省庁の長を集めて、警備強化に向けて檄を飛ばした直後のことだった。大統領が危険にさらされる機会を極力減らすためか、行事、会談の類は減少している。
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プーチンが急に弱く見えるようになった原因で一番大きいのは、トランプ大統領がイラン戦争にかまけて、ロシアに「かまう」のを止めたことだろう。これでプーチンが世界の報道に登場する機会は激減し、ロシア、ウクライナは世界の辺境に位置づけられることとなった。トランプはこれまでウクライナに、停戦交渉を阻害しないために、ロシア領内攻撃度をできるだけ控えるよう働きかけていたが、これももうない。ウクライナはドローン攻撃でも暗殺でも(モスクワでは今年に入っても、軍幹部が数名暗殺されている)やりたい放題。
プーチンはこれまで、「ロシアはウクライナで、実は米国と戦っているのだ」と言っては、ロシア人の愛国心をかき立ててきたが、その手はもう通じない。ロシアは、ウクライナと2人だけで戦場に立たされた。「弱いウクライナにさえ勝てない弱い男」プーチンと、一般のロシア人も考え始める。
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連邦保安庁(FSB)による統制の行き過ぎ
政治では、指導部が調子に乗って何かでやり過ぎると、反発が盛り上がって権力を失う、という例が多い。今のロシアはそれになりつつある。
戦争に乗じて保安庁、検察は社会の統制を強めてきた。その中で、今回社会がプーチン支持を急速に止める(支持率が70%台から公称60%台に下落している)契機になったのは、インターネットの規制である。インターネットはロシア人の生活に浸透し、電子取り引きは一般化しているし、タクシーもGPSや呼び出しチャットを使いこなす。一番インパクトが大きいのは、交信の情報秘匿が可能なTelegramという国産アプリで、これは公務員、軍人も日常に使う定番となっている。これをFSBがウクライナのドローン対策と称して停止する構えを見せたから、プーチン批判が一気に表面化した。インフルエンサーとして高名なVictoria Bonyaはアイルランド人の富豪の夫と住むモナコからプーチンに、「人々はあなたを怖がっている。あなたと普通の人の間には高い壁がある。人々は、どうやったらロシアを去れるか検索している」と呼びかけ、多数のviewerを得ている。プーチンの孤立は、モナコからも見て取れるのだろう。
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さらに以前は反政府運動家ナヴァルヌイを陥れ、告発までしていた政府寄り弁護士兼ブロガーのイリヤ・レメスローはSNSのTelegramで、「プーチンは辞任して、戦争犯罪人等として裁かれなければならない」と書き立て、直ちに精神病院に送られるも、1カ月後「出所」。今度は米国のワシントン・ポストとインタビューして(https://www.msn.com/en-us/news/world/pro-kremlin-lawyers-turn-against-putin-reveals-rift-in-russian-power-circles/ar-AA22uLaY?ocid=BingNewsSerp)、「今回の統制強化は連邦保安庁の第二局(警備局に相当)がやり過ぎたもので、大統領府で内政を司るキリエンコ第一次長などはそこまで統制を強めずとも、政治的な手段で事態を乗り切れると見ている」等、内情を露呈した。上層部が割れていることは、もはや明白である。
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高金利で止まった所得増
前記のStanovaya女史は言った。「プーチンの魔法が解けた」と。王様が裸でもばらまいてきた金貨がにわかに消えて、人々の目には王様の本当の姿が見えてきた。
ウクライナ戦争で、ロシアは空前の戦争景気を享受してきた。人々の実質可処分所得は毎年5~9%の増加を示したのである。ところがそれがインフレを惹起したため、2024年秋に中銀(ロシア銀行)は政策金利を21%に引き上げる。これで企業は投資や賃上げを控え、余った資金を銀行口座に寝かせて利子を稼ぐ挙に出た。他企業への決済や、賃金支払いも後回しにする(この面で、ロシアでは罰則が弱い)企業が続出している。賃上げの勢いは止まり、インフレに追い付かれようとしている。国民は経済の先行きを心配するようになり、支出を控えている。
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そして折あしく、9月18~20日には議会下院の総選挙が迫ってきているのだ。ロシアの選挙は当局が開票を操作しているから意味がないという声もあるが、近年は操作の度合いが小さくなっている。それに2011年の12月には、開票結果に不満の市民が全国的に抗議集会を繰り返し、モスクワではクレムリンの川向こうの広場で推計10万人が抗議の声を上げている。今回は、選挙が大規模にボイコットされる可能性もある。
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世替わりがあるのか
1991年8月、モスクワでクーデターが起きた時、筆者は現場にいた。ソ連を何とか維持するために民族共和国の権限を大幅に強化しようとしたゴルバチョフに、KGB、軍、内務省(警察)、議会の指導者たちは、それではソ連が分裂してしまうとして、ぐるになってクーデターをしかけた。筆者の住むアパートの横を早朝、戦車隊がゴロゴロと都心に向かい、クリミアで休養中のゴルバチョフはそこに監禁された。
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その日、モスクワで起きたことは忘れられない。市民の保守層に対する反感・不満が盛り上がり、彼らは公選で選んでいたエリツィン・ロシア社会主義共和国大統領が立てこもる同共和国議会の建物を何日も、夜を徹して守った(寒かったので、焚火をしていた)のである。
「自由」、「民主主義」が流行語となり、クーデターが失敗に終わったあとは、エリツィンがソ連共産党を超法規的に解散に追いやったし、保守の権力基盤であるKGBは解体された(消滅したわけではなく、今の連邦保安庁他のいくつかの組織に分割された)。
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今、プーチンに対する社会の反発は、実はKGBの後身であるFSBープーチンの唯一、かつ最大の権力基盤ーに向けられたものでもある。なぜそうなるかと言うと、内務省・警察が言ってみれば、体を使った犯罪を取り締まるのに対してFSBは、頭を使って権力を倒そうとする動きを取り締まるため、その要員は大卒の中でも選りすぐりのエリートで、これが国のあらゆる都市に支部を持ち、多くの大組織にエージェントを置いて、社会を見張っている。軍と比べて見ても、その社会把握度は断トツなのだ。だから、FSBが権力の基盤になる。
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ここが弱体化した1990年代は、企業の民営化等でもカネと暴力が支配し、社会の秩序は崩壊した。だから国民の多くは、2000年にKGB出身のプーチンが大統領に就任した時は、安心したのである。
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エリツィンがいない
ロシアが本格的に変るには、FSBに変わってもらわないといけない。彼らは統制体質が強く、経済も指令で動くものと思い込んでいるから、社会・経済を窒息させがちなのだ。しかしFSBを改革するには、1991年のエリツィンのように、国民の輿望を一身に集める(その後まもなくして国民はエリツィンに呆れて離れたが)抵抗運動の「核」が必要だ。それが今回はない。ホドルコフスキー(亡命している元石油大資本家)等の反政府勢力は、国民の支持を得ていない。国民は1990年代、「自由」、「民主主義」を唱えるエリートが国有財産の分捕り競争を展開し、経済、そして彼らの生活を破壊したことをまだ覚えているからだ。
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だから、プーチンが交替するにしても、それは当局のシナリオ通りに当面は展開することになるだろう。筆者が何度も言ってきたように、「国家評議会」(国の重要政策について関係諸省庁を指揮する権限を持つ)議長として院政を展開するのがその一つ。その場合、大統領に誰がなるかはそれほど重要ではなくなる。プーチンが任期途中で辞任した場合は、憲法の規定ではミシュースチン首相が大統領代行を務め、3カ月以内に大統領選挙をしなければならない。その時、現在の与党「ロシアの統一」は解体され、新たな与党が急遽作られるだろう。エリツィンがプーチンに後退した時は、「我が家ロシア」党に代わって、今の「統一ロシア」が形成されている。そしてその新たな与党の党首は、次の大統領の候補となり得る。
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彼、あるいは彼女を盛り上げるために、何か目立ったことが仕組まれるだろう。1999年エリツィンがプーチンに大統領職を禅譲する前は、プーチンは首相としては異例の、戦争(内戦)の指揮を委ねられ、チェチェン共和国の独立運動を徹底的につぶすことで、支持率を異常に上げたのだ。
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その彼、あるいは彼女が誰であるかは、何人か名が挙げられているが、いずれも根拠があるわけでもなく、まだわからない。けっこう、ダーク・ホースが突然台頭する例もある。ポピュリズムの時代、そこは日本と同じなのである。
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クーデター? あるいは混乱?
最近は、クーデターが起きると言う者が増えている。よく名が挙げられるのがショイグ国家安全保障会議書記。彼は以前プーチンに、後継がらみで遇せられていたのが、その後寵を失い、国防相から現在の職に実質降格されている。だからクーデター、というわけなのだろうが、彼は手勢を持っているまい。元国防相だと言っても、その前は緊急事態相を長年務め、軍に人脈を持っているわけではない。しかもモンゴル系のトゥーヴァ出身ということもあり、気が弱い面がある。誰かがクーデターを起こすよりも、FSBがプーチンに禅譲を迫れば十分なのだ。
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それよりも、プーチンが急死する等して権力が空白化する時がこわい。その時、ロシアは混乱するだろう。どこまで混乱するかはわからない。日本での政局程度のものから内戦まで、可能性の幅は広い。
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プーチンは何だったのか?
プーチンの業績は大きい。エリツィン期の混乱を収拾した。地方の首長が大統領を名乗ったり、独自の憲法を採択する動きはもはやない。市場経済のための法制も整えられた。そして何より、運よく石油価格の上昇に助けられて、インフラや国民生活の向上が目覚ましい。以前はろくな道路がなかった極東地方でも、立派なハイウェーが整備されつつある。保健・教育等にも、予算の重点配分が行われてきた。
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しかしプーチンも、ロシア経済の石油・天然ガス依存を克服することはできなかった。自前の製造業は、ロシアではもう望みはないだろう。国営企業でも資本規模を欠き、技術を西側に握られているからである。
大企業のほとんどは、いざとなると政府資金による救済を期待するメンタリティーが抜けておらず、ウクライナ戦争を契機に、昔のソ連時代の、経済を国家が統制するやり方が一部で戻ってきている。検察などは民営企業の落ち度を見つけては国家に接収する動きを強め、そのことをプーチンに誇らしげに報告したりしている。
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そしてプーチンは、その末期にウクライナで致命的な誤りを犯した。おそらくFSBの報告を信じて、ウクライナの占領は簡単だと思い込み、今の窮状を招いたのである。
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もともと彼の外貌、そしてメンタリティーは普通のロシア人とは異なる。彼の治下、ロシア人の所得が飛躍的に向上したのは、原油価格の上昇に助けられたものである。筆者が教えたロシアの学生にとって、プーチンはどこか関係ない、遠くの世界の人物だった。タクシー運転手に言わせれば、「石油価格が高ければ、あんなことはプーチンでなくとも、誰でもできるさ」なのである。「生活が悪くないから、プーチンでいい」がプーチン支持の実体だと思うが、これをプーチンは自ら破壊したのである。
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ロシアの冬は寒い。新設のハイウェーも、今はなめらかでも、数年後には氷でひび割れ、通行不能になるかもしれない。ロシアは、指導部主導で大規模な近代化投資をしては、それを放置して廃墟化させる歴史を繰り返してきた。26年に及んでいるプーチン時代も、ハイウェーとともに忘れられていく運命かもしれない。




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