河東哲夫
もしかすると、小泉政権時代の財政改革以降、高利を求めて米国に流出するようになっていた日本の(半)公的資金(郵貯とか年金基金とか)の一部が日本に復帰し始める―そういう転機が訪れているのかもしれない。これは今の過度の円安を鎮め(7月23日現在、そうなっていないが)、上昇する一方だった長期金利を抑え、政府の国債増発を可能にするだろう。
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7月10日、片山財務相は記者会見で、「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)をはじめとする年金基金が、日本の金融資産にさらなる投資をする方向で後押しする方策を追求したい」(日経)と述べた。直後に円はいったん円高方向に転じ、3%に迫ろうとしていた長期金利は現在、2.8%弱に下がっている。
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これは、日米金融関係の潮目の変化を意味するものになるかもしれない。今年に入ってから、ベッセント米財務長官が頻繁に片山財務相と会っているのがその証左なのかも。どういうことなのか、日本の経済史をふりかえってみる。
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国民の貯蓄が国内で活用されていた戦後経済
戦後の日本では、国民の貯蓄が企業や公的機関にまわるメカニズムが円滑に回ったことで、経済成長とインフラ建設がうまく進展した。銀行が集めた国民の貯蓄は、メイン・バンク制のならわしで(戦前の財閥の流れだろう)企業の運転・投資資金として流れた。また郵便貯金を原資とした財政投融資制度は第二予算のように機能し、多数の公団を通じて道路その他のインフラ建設などに向けられた。田中総理の「列島改造論」にも煽られて、日本の地方は様変わりの小ざっぱりとした様相を見せるようになった。
財政投融資はその最盛時の平成8年、総額約50兆円の投融資をしたが、それは国家予算一般会計の65%相当もの巨額なものであった。建設関係の巨額な資金が国会の監査を受けずに地方に流れる――与党議員にとっても甘露のようなものだっただろう。
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バブル崩壊と民営化
1990年代初め、バブルが崩壊し、この資金循環メカニズムに目詰まりが生じた。銀行は不良資産を抱えて、企業に融資するどころでなくなった。財政赤字が増大する一方、金利の低下で郵貯や年金基金は逆ザヤを抱えるようになる。小泉政権は財政赤字縮小を大看板とし、政府系金融機関・団体は民営化して、自力で稼ぐことを求めた。そこで彼らは、米国国債・社債への投資を増やした。つまり国民の貯蓄は、国内に有利な投資先がないために、外国、特に米国に向かったのである。
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アベノミクスが激化させた資金の流出
安倍政権下、日銀が極端な低金利政策=マイナス金利を数年にわたって施行したことは、円の海外流出を激化させた。外国人は低利の円をドルに換えて、高利のドル建て資産を購入して儲ける、「円キャリー・トレード」を展開した。円は下落の悪循環をたどり始めたのである。
これにより、ドルで測った日本の名目GDPは2012年から2024年にかけて約35%も縮小するという、奇妙なことが起きた。「日本での生活水準は落ちていないのに、外国に出てみるとホテルから食事まで、何から何まで別世界のように高い」という、倒錯した状況が出現したのである。
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高市・片山のT・Kラインによる対米しっぺ返し?
今回、片山財務相が年金基金GRIFの資金を、日本国債購入にもっと多く回すという政策変更を行ったことは、以上の文脈では画期的なことなのだ。それは、日本人の貯金が日本人ではなく、米国人の生活を良くするために使われていたのが(それは米国が強制したわけではない)、「金利収入は減少してもいいから(GRIFは2023年度、45兆円の利益を上げている)、日本国債を買ってください」という片山財務相の一言で、日本に還流してくることになるのである。
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何がどうなるか?
年金基金が日本国債を買うと、長期資本市場はそれだけ楽になり、長期金利は下がる。それは円レートに直接の影響は及ぼさない。そこでは短期金利が重要だからだ。しかし米国人による「円キャリー・トレード」が減少すると、円は円高方向に転じるだろう。
一方、これは米国経済、特に資本市場・株式市場にどんな影響を及ぼすだろう? 米国債は日本の半公的資金という買い手が減って、当然発行時の利回りを高く設定せざるを得なくなる。これは将来の利払い費を増価させ、米国財政を麻痺させる。ドルは信認を失って、減価していく。
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だからこそ、ベッセント財務長官は今年になって、片山財務相との会合を頻繁に行っているのでないか? 8月初め、米国では国債の借り換え・新規発行が大々的に行われる(年に数回)。この時躓くと、ドルは信認を失い急落しかねない。
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「カネの切れ目は縁の切れ目」となるか――日本とトランプ米国
「日本の自分勝手な方向転換が、中間選挙を前にして米国経済をつぶした」となると、トランプは怒るし、日本をたたいて選挙で勝とうとするだろう。高市総理はそこまで見すえているのか? 腰砕けになることがないよう、祈っている。




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