日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。


「宇宙」への投資は19世紀鉄道への投資に似たバブル

イーロン・マスクのSpaceX社は6月12日に株式上場(IPO)し、一挙に12兆円相当をも集めた。株価はその後少し下がったが、それでも7月中旬現在、株価総額は270兆円相当と、世界の企業の中で7~10位の座にある。

ちなみに、米国株式市場(S&P500)では上位10社で株価総額の4割近いウェイトを占める。それはすべてIT、AI関係の企業、そしてSpaceXなのである。

いかにもバブルだと思ったのだが、つらつら考えるうちに、特定産業分野が突然出現して彗星のごとき膨張を始める時、余剰資金がこれに集中するのは当然のこと。まさに19世紀半ばの英国で起きた鉄道建設ブームがその好例ではないかと思うに至った。

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文献をあたって数字を集めるのは大変なので(拙著の「『自由と民主』の世界史ー失われた近代を求めて」ではそれをやって消耗したのだが)、ChatGPTに頼んで以下の数字を集めてもらった。割と確かな数字を集めている。

1)英国鉄道建設投資は、1845年に約1,300万ポンド、1846年に3,000万ポンド、1847年に4,400万ポンドへ急増。

1847年の4,400万ポンドは、英国GDPのほぼ8%、同年の軍事予算の約2倍でした。投資額が1845年水準へ戻るのは1850年頃です。

つまり、1840年代英国の鉄道投資は、ピーク時にはGDP比7〜8%に達し、当時の総投資の半分近くを吸い込んだと見てよい

これは「余剰資金が新技術インフラに異常集中した」典型例です。ただし、17世紀オランダでのチューリップ投機のような単なる空騒ぎではなく、鉄道網という実物資産は残りました。鉄道網は一気に膨張し、1842年には英国の営業鉄道は1,951マイルだったのが、1850年には6,123マイルへほぼ3倍化しました。

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2)これは製鉄・機械産業を大きく押し上げました。特に1844〜1851年には、英国の銑鉄生産の約18%が鉄道関連に向かったとの整理があります。その後、1852年以降は輸出需要が伸び、国内鉄道向けは鉄生産の10%未満へ低下します。

ただし、製鉄業は鉄道だけで成り立ったわけではない。熱風炉などの技術革新、輸出市場、一般工業需要も重要でした。

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3)バブル化の背景

第一に、既存鉄道の収益が良かった。1843年に鉄道配当は額面比4.4%程度だったが、1847年には7.0%まで上昇していたとされます。これが「鉄道は確実に儲かる」という信念を生みました。

第二に、株式の仕組みが投機向きでした。鉄道会社の株は全額払い込みではなく、最初は10%程度の頭金で応募でき、残額は後で「コール」される仕組みでした。これは実質的にレバレッジ投資で、普通の中産階級まで巻き込みました。

第三に、議会承認が濫発されました。1846年には263件の鉄道設立法が通り、計画路線は約9,500マイルに達しました。約3分の1は結局建設されなかったとされます。

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4)バブル崩壊の様相

株価のピークは1845年8月頃。そこから11月末までに鉄道株は18.2%下落。その後も下げ続け、1850年4月までにピークから57.5%下落しました。

ただし実物投資は逆に遅れて増えます。株価は1845年から崩れ始めたのに、建設支出は1847年にピークを迎えた。これは今日のAIデータセンターや宇宙関連投資にも似た構造で、「市場価格の崩壊」と「既に契約された設備投資」は時間差で動くのです。

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5)バブル崩壊の原因

直接の理由は三つです。

一つは、建設費が予想より高かったこと。1845年計画では建設費は1マイルあたり約15,600ポンドと見込まれたが、実際の産業平均では1844〜1851年に3万〜3.5万ポンド台でした。

二つ目は、収入見通しの過大評価。鉄道の年間収入は1845年に1マイルあたり約3,470ポンドだったが、1850年には約2,080ポンドへ低下しました。新線・支線が増えて、交通量が薄まり、収益率が落ちたのです。

三つ目は金融環境です。1846〜47年の不作とアイルランド飢饉で食料輸入が増え、金流出が起き、イングランド銀行は1844年銀行条例の制約下で引き締めを迫られました。1847年には商業危機が発生し、政府が10月に銀行条例の制約を緩和してようやくパニックが収まりました。

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6)経済へのダメージ

株式市場は大損害を受けました。鉄道株は1850年までに半値以下となり、中産階級投資家の多くが痛手を受けました。

鉄道会社の配当も、1847年の7.0%から1852年には2.4%へ落ちました。

実体経済では、1847年の商業危機、信用収縮、商社・銀行の破綻が起きました。ただし1930年代型の長期恐慌ではありません。

鉄道建設そのものは続き、1850年には営業距離が大きく増え、長期的には英国経済の物流効率を高めました。

要するに、投資家には損、国民経済には後年プラスという、まさに技術バブルの典型です

以上は、SpaceXやAIデータ・センター建設ブームに、よく似ています。違いは、鉄道は「物理的ネットワーク効果」が比較的早く実現したこと。SpaceXやAIでは、将来収益の規模見積もりがそれほど確かではありません。

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