(これはメルマガ「文明の万華鏡」第169号からの転載です。序文の一部ですので、本格的論考ではありません)
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今は米国の劣化で、「世界が千々に乱れ、何がどうなるかわからない時代」になったわけで、一人では力の足りない日本はどうしようもないと言われていますが、実は戦前の日本も同様の境遇にあって、いろいろ努力して、当初は何とかなりそうでありました。
つまり日本は当時の超大国、英国と日英同盟を結んで日ロ戦争を乗り切りました。獲得した南満州での利権を守るため、つまり米国の進出を妨げるため、1907年から1916年にかけて、何と旧敵国のロシア帝国と四次にわたる協約を締結。満州には第三国の進出を許さないことを、明文でうたったわけです。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%9C%B2%E5%8D%94%E7%B4%84
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第1次世界大戦では勃発当初から英国を筆頭とする「連合国」の一員として参戦。中国、南太平洋でのドイツの植民地を奪い、漁夫の利を得ました。英国の要請で、軍艦を地中海に派遣しはしましたが、被害は最小限に止めています。
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第一次大戦後のアジアでは、英国の力が落ちたからでしょう。米国が大きく調整に乗り出しました。米国は1921年12月ワシントン会議で、四カ国条約(日米英仏)の調印に成功。四カ国が中心になって、太平洋の島々における相互の権利尊重と現状維持をはかることとなりました。
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その頃の日本陸軍は、それまでの長州閥、つまり山県有朋(1922年死去)の隠然たる支配を脱し、陸軍士官学校で純粋培養された永田鉄山たち軍人が権力を握っていったわけですが、彼らは満州での利権維持等を国是とし、そのために「総力戦体制」の樹立を意図しました。自分の力を過信した、無謀な軍国主義、破滅への道です。
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しかも、面白いことに日本は日ロ戦争以来、米欧、特に米国からの銀行融資に大きく依存していて、それでも日本陸軍の一部はお構いなしに米国との対決に向かって突き進んだわけです。そして、それを止めることは天皇にも、首相にもできない体制になっていたことが(法的・政治的に)、対米開戦という致命的な錯誤を生みました。
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混乱期にある今、我々は戦前と同じような錯誤――周囲の情勢がもたらす危険を過小評価し、自分の力を過大評価する者が、突進するのを誰も止められない――が繰り返されないような手立てを考えなければいけません。




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