イスラムも同じ人間
イスラム教というと、西側の連中もそして日本の我々も何か違和感をもって薄気味悪いもののように思う。だがウズベキスタンではイスラム教は生活の一部となってはいるものの、原理主義者はおらずそれほど厳しく戒律が守られているわけではない。
ペルシアの昔から酒と踊りは人生になくてならないものだったし、今ではロシアの影響だろうが、何かというとウォトカで乾杯だ。偉い詩人が僕に言った。「この地では、女性は神を、バラは女性を、ウグイスは恋する男女を象徴し、酒と音楽は欠かせないのだ」と。
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食事では豚肉を食べる者もいる。でもメッカの巡礼というと、昔江戸っ子が伊勢参りに目を輝かせたように行きたがる者が多いし、季節々々のお祭りもきちんと祝われる。十一月頃のラマダンが明けるとポトハーという日本の盆のような祭りがあるが、この時ウズベキスタンの人達は親族一同が集まってしばしコーランを唱えたあと、一緒にピラフ・・・プロフと言う・・・を食べるのだ。これは法事もかねていて、土間に立てたテントに民族衣装を着た家族が並び、弔問者が来るたびに僧侶が短い祈りをあげる。その僧侶は普通の人と同じ服装でちょっと見にはわからないが、かぶる帽子が違っているのだそうだ。
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で、この国でイスラム教は社会の脅威になるどころか、助け合いとか正直さといった価値観の源泉、社会の安定の源泉になっている。人間は結局どこも同じで、それはイスラム帝国華やかなりし頃のバグダットの繁栄を描いた「アラビアン・ナイト」をちょっと読めば、すぐわかる話しだ。今ではウズベキスタンの国民的詩人とされている十五世紀のナヴォイー・・・その墓はアフガニスタンのヘラートにある・・・の詩集を読んだことがあるけれど、それは何百人もの女性への愛をうたった詩が次から次へと続くもので、この人は一体どういう生活をしていた人かと思ってしまう。
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でも中近東や旧ソ連の人達は、時々どうしてあんなにアメリカを憎むのか? あの憎しみには、何か尋常でないものがある。まるで十字軍との戦い以来の千年もの怨念を引きずっているかのように。そしてこれに引き換え、キリスト教が良かったのか、ローマ法が良かったのか、それともゲルマン系白人の資質が優れているからなのか知らないが、「キリスト教的世界」が発展への活力をこの千年近くも保っているのは、これも驚くべきことだ。
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なぜこうなったのか? 「アラブが見た十字軍」という面白い本を僕は見つけた。マアルーフというレバノンのジャーナリストが最近フランスで出した本で、十字軍当時の資料を漁ってアラブの側から見た十字軍について書いているが(牟田口義郎、新川雅子訳。ちくま学芸文庫)、この終章に面白い箇所がある。
要約して言えば、「ヨーロッパの連中は法治主義で、それは刑法だけでなく所有権のような民事の部分にも及んでいる。彼らの支配に入った地域に住むイスラム教徒でさえ、その畑の所有権は保証されている。専制君主の恣意にさらされているイスラム教地域に住む同胞より、はるかにいい」ということになる。これを見て僕は、考え込んでしまった。
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イスラムの没落は、アジアとの通商路をヴァスコ・ダ・ガマに取られたためだけじゃない、ここでは個人の財産の権利、そしてそれとも絡むが歴史とか風土とか相続制度とか経済形態とか民族性とかの総体が問題になっていて、その背景には深い深いものがあるのだ。.
例えば相続制度について言えば、封建制度を経た日本、ヨーロッパでは長子相続が確立したが、遊牧民社会では相続のルールが不明確で相続争いが頻発した。中国の元朝の衰退を早めたのも、この相続争いなのだ。
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アメリカを異常なほど憎む人達を見ていると、こうした深い長い歴史は無視して、とにかくアメリカの「豊かさ」が憎くてたまらないようだ。自分達はアメリカ人と同等だ、なぜ同じくらい豊かになれない、という思いがそこにある。普通のアメリカ人がどんなに苦労して稼いでいるかを、彼らは全然知らない。アメリカは力づくで他人から富を取り上げているから豊かなのだ、俺達も同じようにやりたいのに肝心のアメリカが邪魔をする、という思いも彼らにあるのではないか? イスラムとキリスト教の長年の対立は、イデオロギーよりモノと富をめぐってのものではないかと僕は思っている。




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