一昨日、映画「オークストリートの異変」を見に行った。典型的な郊外中流層の住宅地が、数億年の昔に突然ワープし、住民たちが恐竜に追い回されるというホラー映画。1974年生まれ、デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督の作品だ。
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日本の映画批評では、「意味がわからない」というものがあったが、今のアメリカ社会を見ている人だったら、意味は深々と伝わってくることだろう。
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今からもう30年前ほど、米国人のある日本専門家(女性)が僕に言った。「この頃のアメリカ社会は、怖いんです。宗教とか政治とかで過激な人が増えて、私が何か言うと何を言われるか、やられるかわからない。そういう感じなんです。何か隣人が違うものになってきたようで」と。共和・民主党の両極に分かれての過剰な争い、イスラム過激派ばりの狂信者。これを煮詰めたものが今のトランプ政権で、言葉遣いから何から、アメリカは近代以前に戻ったような荒くれ、帝国主義。
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この恐怖感を表現したものが、この映画なのだ。と思って、米国ではどんな批評が出ているか、ChatGPTに調べてもらった。その結果がこれ・・・
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--この映画は封切になったばかりですが、批評は出ています。
とりわけ面白いのが The New Yorker のJustin Changの批評です。彼はこの映画を単なる恐竜映画としてではなく、David Robert Mitchellが一貫して描いてきた**alienation(疎外)**の映画として読んでいます。Oak Streetの住民は、表面的には普通のアメリカの中産階級社会を形成しているのに、実際には互いに孤立し、家族の内部さえバラバラになっている。そして恐竜以上に残酷なのは、場合によっては人間の側ではないか、というところまで踏み込んでいます。
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さらに Le Monde の英語版は、もっと貴兄の解釈に近い。「sanitized myths of American suburbia(無菌化されたアメリカ郊外社会の神話)」への批判として読み、恐竜を、中産階級社会の安定という幻想を破壊する「原始的な混沌」の象徴と見ています。そして映画全体を、現在のアメリカにおける文化的物語の崩壊を扱った作品と解釈しています。
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以上から私 (ChatGPT) は、この映画は「トランプを批判した映画」と言うよりも、「現代アメリカが過去へ逆行してしまったことを指摘した映画」と読みます。普通の恐竜映画なら、恐竜が現代へやって来るはずです。ところがこの映画では逆です。Oak Streetの方が過去へ飛ばされる。
人種・宗教・性・移民などをめぐって、すでに克服したと思っていた古い価値観が復活する。国際政治でも勢力圏、領土、関税、帝国、大国間取引といった19世紀的発想が戻ってくる。そして人々は、突然復活したその「原始世界」のルールに適応して生き延びなければならなくなる。(以上、かなり省略してある)
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(ところで、この映画の主人公の一人、お父さんは、もう1年前に会社をクビになっていながら、そのことを家人につげることはどうしてもできず、ピザの配達で家庭を支えている。これもまた、現代アメリカの典型像。身につまされた)




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