日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。


日本経済への処方箋--デンマークの場合に寄せて

(これは、旧ブログに2010年7月アップしたものの復刻です。数字は古くなっていますが、基本はそれほど変わりません)

                              

「もっといい生活」のモデルを持とう

(1)成長と分配の間を右往左往する、日本の経済政策

もうこの20年間、日本の名目GDPは増えていない。その間たとえば洋服とか肉の値段はずいぶん下がったので、それほど惨めな感じもしていないのだが、増えない税収をどう配分するかについて、社会各層の間での奪い合いは激しくなっている。老齢化が進行しており、若年世代は国民年金の負担に抗議の声をあげている。

.

小泉政権は構造改革、リストラ、円レートの低位維持によって経済の活力を回復させ、それによって税収も上げようとした。だが財政赤字削減のために同政権が道路族等の既得利権を崩そうとしたこと、また社会保障・医療補助の一部を削ったことへの反発が、自民党総理を一年ごとに代え、遂には2009年夏衆院選挙で与党交代まで実現するエネルギーを生み出した。

だが民主党がこども手当に見られるように、「成長よりも配分」に過度に傾いたことで、世論は財政赤字が心配になり、今度は増税だ、いやまだ増税は早すぎる、まず成長確保だ、あるいは増税を通して成長するのだと、極端論、あるいは謬論に惑わされている。

ここには、なぜ日本経済が今のような状況に陥っているのかについての根本的な理解が見られず、ただ右往左往している感がある。歴史認識が足りない。

.

単純化して言えば、日本は1985年プラザ合意(円の大幅切り上げを米にのまされた合意。日本が対米輸出に過度に依存し、米国の財政赤字・貿易赤字の際限なき拡大を生んだことが、その原因だった。現在の米中関係に酷似)の後始末に今でも悩んでいるのである。

.

つまり、プラザ合意で日本は、輸出よりも内需に依存して成長することを求められたのだったが、その「内需」が今にいたるも十分ではなく、成長を輸出に依存する体質は以前にも増して強くなってしまったのに、輸出産業が海外に流出してしまったり、海外の景気が落ちて輸出先がなくなったりしているから、にっちもさっちもいかなくなっているのである。

.

(2)作るだけで、需要面での政策が足りない

.

なぜ日本の内需は盛り上がらないのか? 2007年には家計貯蓄率が僅か2.2%にまで落ち、けっこうカネを使っているというのに。

ひとつには、日本政府の経済政策がいびつであることがある。つまり生産・供給面についての政策は経済・産業省が中心になって懸命にやるし、財政・金融面についての政策は財務省、日銀がしっかり支える。ところが需要面についてはどの役所も筋道立てては考えていないようだ。内需拡大と言っておきながら。

.

つまり生産・供給はきちんとしても、それを国内で消費しきれない。だから国債を発行して市場から余剰の資金(つまり消費や投資に向かいきれていない資金)を吸い上げては、予算として配分することで、貯蓄を強制的に消費・建設に回しているのだ。そしてそれでも余った分は輸出に向けられる。

.

確かに、輸出は必要だ。自分で輸入する分くらいの輸出はしていないと、経済が持たない。だが日本の輸出は輸入を賄って余りがある。その分はもっと輸入を増やすなり、収益を国内で投資・消費に向けるなりして、生活水準を上げていくことが、経済の目的ではないのか? 

.

これからの生活モデル、社会整備のモデル・目標を社会が共有していないから、需要が盛り上がらない。供給増大、競争力向上、あるいは財政バランスの回復だけに努力が集中して自己目的化し、需給ギャップを生じさせてしまう。いつも家計の財布のひもをきつく絞り、働け、働けと尻をたたく一方では、小遣いはぜんぜんくれない女と結婚しているようなものだ。

.

(3)「生活レベル大国」を目指し、そのためにカネを使おう

(イ)日本の戦後には坂の上の雲に相当するような、モデルがあった。目標があった。それはまず第一に戦前の都市中産階級の生活レベルを回復すること、次にテレビ、電気冷蔵庫、電気掃除機、電子レンジ、クーラーを買って、「お隣さんと同じ」になり、ピアノと車を買って隣りを抜き去ることだった。だが住宅は高いし、それに退職後は田舎に帰るかもしれないから、うさぎ小屋のままだったのだ。

.

モデル、目標・・・。「需要面での政策がない」と書いたが、経済学上の需要政策のことを言っているのではない。社会心理学上のことを言っている。つまり、われわれ自身が生活水準向上における当面のモデル、目標を持つことを言っているのである。

そしてその場合ヨーロッパ諸国(すべてではないが)における住宅水準、田園・都市景観、社会保障の水準(つまり住みやすさ、住み心地)は、目標とするに最も適しているのではないか? 日本と所得水準がほぼ同じであるし、米国よりは格差の小さな(特に北欧)社会だからだ。

.

広いリビング、家族それぞれのための個室、客が家族で何日も泊って行ける部屋をそなえた家、アパート、そして交通を妨げ、景観を害し、カラスをはびこらせる電柱・電線のない落ち着いた景観、人口は少なくても十分ある経済の活気、人口が少ないゆえに生ずる住みやすさ(経済で過当競争が少なくなり住み分けができている、渋滞がすくない、交通機関がすいている、託児・介護サービスが充実している等)などをわれわれが目標として共有し、それを実現する方向で政府や個人のカネを使っていったら、これまでのようなバラマキではない、消費が更なる消費と投資を呼ぶ、意味のある需要喚起ができるだろう。家が大きくなれば、そこに置けるモノも増えるので、需要は恒常的に高いレベルに移行するだろう。

.

ここに述べた政策のうちいくつかは既に施工されている。例えば一定以上の面積を持つ家を建てると、税の優遇措置が受けられるなど。だがそれら措置のほとんどは知られていない。もっと発信が必要なのだ。たとえば総理が「みんなでもっと、いい家に住もうじゃないか」というスローガンを広く行き渡らせることが必要だ。

.

(ロ)国債についてはあとで議論するが、市場金利を過度に押し上げないかぎり、増税よりましなものだろう。増税は経済を縮小スパイラルに陥れるが、(適度の)国債は経済を拡大させるからだ(注:金利が上昇してきた2026年現在、筆者の意見はこことは違う慎重なものに転じている)。

今のように需要が足りないときは、国債で資金を吸い上げ、生活水準をいちだんと高いレベルに移行させたうえで、経済をまわしていけばいいだろう。具体策はあとで論ずる。

.

(4)デンマーク・モデル?

.

品のいいデザイン、世界一と言えるほどおいしい食材の数々。シャイで親切な国民性。だが、この国が日本に似ていると思ったら大間違い。デンマークは小国だから、外国との関係なしには生きていけない。外国に取り囲まれているとは露知らぬかのように、「善い国」とだけ時々付き合っていけばいいと思っている日本人とは違う。デンマーク人は昔から、他を侵略し(アングロ・サクソンと言われる英国も、実はデンマークに支配権を乗っ取られたのだ)、あるいは他から侵略されて(近くは第2次大戦中、ドイツに占領されていた)生きてきた。

.

国内では昔から、英語やドイツ語のテレビを受信できたし、英語もドイツ語もデンマーク語に近いので学校で少し習っただけでできてしまう。輸出はGDPの33%分に相当し、これはドイツの約40%には及ばずとも、日本の約16%をはるかに上回る。自分の言語、自分の文化、自分の社会に強烈な誇りを持ちつつも、デンマーク人が生きていく上で外国で働くこと、外国人と通婚することは常にごく当たり前のオプションとしてある。つまり日本語で言う「国際化」された国なのだ。

そして人口が550万人だから、社会にいつもゆとりがある。過当競争があまりない。それでいて、大都市の繁華街にはにぎわいもある。

.

そして、北欧人はもともとはヴァイキングなのだから、日本人よりよほど自立心がある。個人と政府との関係ももっと合理的で、ドライである。

.

北欧というと、われわれはスウェーデンの方を思い浮かべがちだ。確かにスウェーデンは世界的大企業も多く(随分少なくなったが)、社会保障も整っている。自分はスウェーデンに在勤もした。だが今回は家内の国デンマークのことを少し真面目に勉強したので、そちらの方を紹介したい。

.

(イ)デンマークは、大企業こそ少ないものの工業国だし、食品の質の高さと美味しさは世界最高だ。工業製品も高い文化水準に支えられているので、性能はもちろんデザインの面では世界をリードしている(家具、Bang and Olufsenのオーディオ機器、Georg Jensenの装飾品等)。

.

(ロ)そしてデンマーク人の生活水準は高い。それも成金的でなく、質素さを維持しながらごく自然に高い水準で住んでいる。それは社会常識になっている。小中校教師で月給平均約60万円(ただしそのうち半分くらいは税金で持っていかれる)だが、それでも5 LDKくらいの広々とした家に住んで当然と、彼らは思っている。

介護つき(但し軽度のもの)老人ホームは市営のものでも待つことなしに入ることができ、1人で80平米ほどの1LDKを使うことができる(但し入居者の切実度に逆比例する料金が年金から差し引かれ、貯金を持っていると料金はさらに高くなる)。

街には石造りで高さ、様式の揃った家がならび、電信柱や電線はあっても景観を妨げないように按配されている。

.

(ハ)1990年以降、労働時間は週37時間で、毎年5週間プラス3日間の有給休暇が取れる。欧州ではこのような長期休暇は常識であり、「同僚に迷惑をかけるから」といった意識は見られない。

おそらく欧州では競争より住み分けが経済の原則になっていて、担当者が休暇のときはその担当の案件は誰も知らなくて当然、進まなくて当然、というぐあいに許容度が大きいからであろう。

.

(ニ)そして何よりも、高度な社会保障が経済の重荷になっていないようで、経済は活気があり(世界金融恐慌までは)、外国企業もデンマークに立地(して、EU全体をねらう)することを好んでいることが、われわれの関心をひく。日本の場合、大企業は多数あっても、それがもう生産の半分は外国に移してしまったがために、税収や雇用で以前ほど大企業に頼ることはできなくなっている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です