国境の町ティフアナへの旅
近年のアメリカの多民族化には目を見はらされるものがあります。これまでは価値観が似ているヨーロッパからの移民が主であったのが、今ではヒスパニック系の移民が増えていることが特徴です。米国国勢調査によれば、ヒスパニックの人口は1990年の2200人から2004年には4100万にほぼ倍増し、総人口に占める比率は14%強で既に黒人を超えています。ハワイ、ニューメキシコ、カリフォルニア、テキサス州では、白人がマイノリティになっています。
つまりアメリカと言えばマッカーサーのような高圧的な白人を思い浮かべていた我々も、根本的な意識の転換を迫られているということです。我々の話しかける「アメリカ人」が一体どういうメンタリテイを持っていて、我々のすること言うことをどう捉えてどう反応してくるのかは、予測が非常に難しい時代になりました。
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全米で最大のヒスパニック人口1200万人を持っているのはカリフォルニア州です。ロサンゼルスは460万と、郡としては最大のヒスパニック人口を擁しています。アジア系についても事情は同じで、カリフォルニアは全米最大の500万人、ロサンゼルス郡は郡として全米最大の140万人のアジア系市民を抱えています。
そのロサンゼルスに来た以上はメキシコとの国境も見て置こうというわけで、友人夫妻に頼んで国境のメキシコ側の町ティフアナ(Tijuana)に、往復4時間かけて連れて行ってもらいました。そして途中のサン・ディエゴでは友人のそのまた友人である、メキシコ出身の画家と食事をともにしてメキシコ出身者の心象風景を教えてもらいました。
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ティフアナで
ティフアナという町は元々は牛の牧場だったようですが、アメリカが禁酒令の時代から自由に酒の飲めるところ(今でも高校生たちが年齢制限に関係なく自由に飲めるところとして、大挙してやってきます)、女性や麻薬を楽しめるところとして発展したようです。ですから、一部には罪悪の町、Sin cityとも言われていて、今でもその体質は残っており、町の奥まで入っていくと安全は保証されないようです。
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ここにはシーザー・ホテルというのがあって、そこで出したサラダがシーザー・サラダの発祥なのだそうです。その後、カリフォルニア住民のためのショッピング・センターとして発達し、紛いのブランドものとか、アメリカでは処方がないと買えない抗生物質を安く自由に買えることで人を集めていたようです。今でも松本キヨシのような大きな薬品スーパーが軒を並べています。その後カーター政権の時代にNAFTA(北米自由貿易協定)ができますと、米国への輸出を狙って日本の企業などが工場を作り、今のような大都市に発展したようです。
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ロサンゼルスから海岸沿いのハイウェーを突っ走ることほぼ2時間、国境に着きます。車でメキシコに入ると、またアメリカに帰って来る手続きが大変なので、ほとんどの人は国境の駐車場に車を置き、三々五々徒歩でパスコンを通ります。旅券を見せてくるくる回るバーを押すと、何のことはない、そこはもうメキシコ。
タクシーはアメリカと同じあの黄色の大きいゴキブリみたいな車体なのですが、カーラジオから流れ出てくるのはスペイン語の流行歌です。そして初乗りは六十円で、アメリカのほぼ十分の一になります。物価は安いのですが、あたりの様子はアメリカとは歴然たる差があります。サン・ディエゴが整然とした街であるだけに、ティフアナの、活気はあっても雑然とした様子は余計に目に付くのです。
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帰りのハイウェーには、「人間が横切るから注意」という標識がありました。これは、国境をくぐって密入国が盛んなところで、夜間入国してきたばかりのメキシコ人がハイウェーに飛び出すこともあるからなのだそうです。国境は3メートルほどの高さの金属板で延々と仕切られ、所々に監視塔が見えます。この金属板は、1991年の湾岸戦争の時に臨時滑走路として使われたものを利用しているそうです。
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メキシコ出身者の心象風景
メキシコ・インディアン系の画家と食事を共にしました。名をラウル・ゲレーロと言って、その端正なヨーロッパ的な顔立ちは、ハリウッドの映画に出てくるインディアンの酋長にそっくりでした。一般にメキシコ以南の原住民(インディアンと言われていますが)達は我々にも似てモンゴル系の血を思わせるのですが、北米のインディアンはどこか我々と違う形質を感じさせるものがあります。
これは、白人と混血した結果かもしれないし、あるいはもっと古い時代、ヨーロッパからやってきたケルト人あたりと混血した結果かもしれません。ボストンから車で一時間くらい北に行った林の中には、ルーン文字を刻んだケルトの石作りの大遺跡があるのですが、これはまだ発見が新しく、アメリカ史の中にきちんとは位置づけられていないのです。
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ラウルの家は、祖父母の時代にメキシコから移住してきたそうです。彼は、未だにメキシコとアメリカの社会の狭間で、悩んでいました。要するに、双方の社会のどちらにも居場所がない、ということにその悩みは尽きます。メキシコ系アメリカ人に対する呼び方からしてデリケートなものがあって、Mexicanと言うと差別用語なのだそうです。だから彼自身は嫌っているのですが、チカーノという言い方が今では通っています。
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ここで、彼の話を紹介します。「メキシコでは肌の色によって社会的地位が決まる。スペイン系、スペインと原住民の混血、そして純粋な原住民の間では歴然たる差がある。そして、自分の生活を握っているボスに対してはいつも卑屈にふるまっていないと生き残れない社会なのだ。芸術の世界も学歴主義だ。だから個人主義的なアメリカの社会とはそぐわない。キューバ人はもっと自己主張が強くて、同じスペイン語系でも違うところがある。
メキシコを捨てて移住すると、裏切り者と思われてもう帰ることはできなくなる。自分はカリフォルニア美大とカリフォルニア州立大バークレーを卒業したし、自分ではアメリカ人だと思っている。インディアンの血を引くと言ってもその考え方はもうわからない。ところが自分はメキシコの歴史に関心を持っていて、それを作品にも反映させているのだが、メキシコ・モチーフというものはアメリカ社会では受け入れられない。
ロサンゼルスでは、駐車場、レストラン、バス、あらゆるところで、スペイン語を話すと扱いが良くなる。それは、こういうところで働いているのは殆んどヒスパニックの人達だからだ。
彼らの集団主義的な価値観がアメリカ全体の価値観を変えていくかどうか、それはまだわからない。もしアメリカが帝国主義的な国になってしまったら、それもあり得るだろうが。
ああ、ところで俺はもっと霊感が欲しいと思って、この前ナヴァホ・インディアンの居住地にいるMedicine Man(まじない師)のところに行ってきたよ。彼のテントの前にはジープが沢山並んで、皆順番を待っていたな。」
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価値観の同化は可能か?
日本では意識されていませんが、アメリカがこれまでのリベラリズム、合理主義、個人主義を保ち続けるかどうかは、世界全体の運命にかかわってくることです。アメリカがこうした価値観を放棄して他人を力だけで押さえつけるような国になってしまったら(その後2026年の今の世界では、トランプ大統領の下、米国はまさにそういう国になってきた)、友好国はなくなってしまうでしょうし、例えば日本も国内におけるこれまでの素晴らしい自由度を維持することは難しくなるでしょう。だから、異なる価値観を持った新しい移民達をアメリカが同化できるかどうかに、僕は大きな関心を持っています。
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アメリカ自身、そのことをちゃんと意識していて、だからこそ真剣な努力を払ってきました。例えば学校ではバイリンガル教育と言って、スペイン語でも全ての教科を学べるようにしたのです。ただ、このようにしますと、生徒が一向に英語をマスターしないという問題が起こります。ですから、この頃では授業は英語だけでという方向にまた変わりました。
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そこにいくと、黄色人種は一応素直に同化してしまうようです。サン・ディエゴのカリフォルニア大学では、学生の45%がアジア系ないしアジアからの留学生なのだそうですが、彼らはアメリカの価値観を身につけていて摩擦は起こっていないそうです。
そして黄色人種はなぜか教育を重視します。一概には言えないのでしょうが、ヒスパニック系の若者はそれほど教育を重視していないそうです。彼らは移住してきたばかりの親達が小さな商店を苦労して切り盛りしてきたのを見ていますが、大学で学位を取ってもっといい生活をしようとするより、商店より「もっと儲かる仕事」を見つけようとする、安易な態度が勝っているそうです。
それは、「最初から諦めている」(ポモナ・カレッジの学者談)ためかもしれません。メキシコからリスクを取って移住してきた一代目は企業家精神を持っているが、二代目はそれに劣ることがある(同右)ためかもしれません。三世になるとさすがにスペイン語は忘れるそうですが、価値観、振る舞いには集団主義的なものが残り、いつも自分達だけで固まっているそうです。それでも、生きるために英語やWASP的な価値観、振る舞いを身につけ、いわば両刀遣いとして生きる者が多くなるそうです。
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ここにいくと黒人というのは、アメリカ社会で本当に興味ある存在です。彼らの多くはアフリカのどこから祖先が連れてこられたかわかりませんので、実は「最もアメリカ的な」(ポール渡辺マサチューセッツ州立大学教授の言葉)存在なのです。意識の上でも彼らはアメリカを自分の国と思い、アメリカを白人だけの国とは全然考えていません。
我々を帰りのロサンゼルス空港に送ってくれたのは黒人の運転手でしたが、大学中退の彼の英語は本当に格調が高く、アメリカ政治についても深く見据える姿勢が印象的でした。彼によれば、「カタリーナ・ハリケーンによる大被害の直後、ブッシュ大統領がカリフォルニアで遊説を続けていたのは非常に大きな過失だった。ニューオリンズの市長が民主党であることは報道されていないが、これが連邦政府が当初冷たかったことに、大きく関係しているだろう。今回の被害はニューオリンズばかり報道され、ブッシュ政権も黒人票を失わないために100億ドル単位の支援を約束しているが、ハリケーンで壊滅的打撃を受けたのは実はミシシッピー州なのだ、とにかく今度のブッシュ政権の対応が悪かったために、南部の黒人達は次回の大統領選ではもっと投票に来るだろう、そして共和党を南部から追い出すだろう」ということでした。
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黒人は、アジア系とは違ってハリウッドの映画にはほとんどいつも登場してきます。白人と黒人の間の違和感は、三十年前に比べると比べ物にならない程小さくなった感じがします。三十年くらい前から始まったスクールバスでの黒人・白人の同乗(バシングと言います)などのような意識的な努力、法制面での縛り、労働組合からの圧力等、多くのことがあってここまで来たのです。立派なことです。
違和感があるかないかという観点から言えば、アジア系アメリカ人と白人との関係も、昔よりはるかに自然になったでしょう。特に日系人はどこか高潔なところがある上に、アメリカ的にオープンで自由闊達な気風も身につけていますから、その高い能力もあいまって非常に立派な市民になったと言っていいでしょう。ロサンゼルスでは黒猫ヤマトの宅急便のトラックも走っていますが、外見はアメリカ的なデザインになっています。
(このあたり、黒人のオバマ政権を経て、これへの反発・反動がトランプ政権下では見られる。ただ、社会の基調は人種の違いを乗り越える方向にあると思う)



