日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。


米国旅行記3の1 2005年9月:ロサンゼルスと多民族化の心象風景

(ここでは、米国の多民族社会の心象風景が詳しく描かれる)

我々夫婦はハワイのあと、ロサンゼルスに飛びました。この機会に、米国西岸、カリフォルニアでの多民族化の実態を見聞してみたいと思ったのです。

ロサンゼルスには友人がいて、歓迎してくれました。アメリカ人と結婚している日本人の画家・写真家で、夫の引退とともにそれまでいたボストンを引き払って夫の故郷カリフォルニアに戻ってきたのです。

このカリフォルニアは、面積は日本にほぼ等しく、人口は三千六百万人で米国の州では最大、そしてGDPは世界で5位だそうですから、一州だけでフランス、イタリアなみの経済力を持っているのです(その後の円安で、2026年の今では日本のGDPをドル・ベースでやや上回る。4.1兆ドル)。ロサンゼルスは人口四百万人で、全米第二の大都市、スモッグに包まれ広い盆地に果てしなく広がっています。地元の人達は、ここを「内陸帝国」(Inland Empire)と呼んでいます。乾いた砂漠に栄えている全米第二の都市。水の供給を考えるだけでも、大変なことです。

 で、僕の友人夫妻はロサンゼルスから南へ一時間ほど下ったラグーナ・ビーチというリゾート・タウンに居を構えています。海岸からほど近い崖の中腹に、アメリカで言えば中産階級の上以上、日本で言えば上流階級そのものの人達の家が、様々の意匠で並んでいます。日本の標準では大きいものですが、住み込みの女中などがいなくてもやっていける程度の規模で抑えてあり、お城のような大邸宅(ボストン郊外などにはたくさんある)はこのあたりではありません。全体の印象は贅沢というよりは、質素なものです。それでも、友人夫妻は自分のアトリエを持ち、家を様々のアートで飾り、毎日太平洋に沈む夕日を満喫できるのですから、その生活はちょっとしたものでしょう。僕達夫妻は、友人が近くに借りてくれたホテル式コンドミニアムに寝泊りし、友人のセカンド・カーであるBMWのオープン・カーを下駄代わりに使って三日間を過すことになりました。

これまでは、日本での生活水準もなかなか上がったものだ、それも格差が小さいのだからたいしたものだ、と思っていたのですが、このカリフォルニアから帰って来ると、日本の生活水準はアメリカなら、やはり中流の下ぐらいだろうな、それでも全員が同じようなレベルだからそれでもいいかな、と思った次第です。アメリカに比べると日本の人口密度が大きいことは一目瞭然で、それを平均して高い水準に維持しているのは大変な業績です。

Segregationと繁栄

 ロサンゼルスでは、アメリカ社会の多民族化の実態とそれがピューリタン的な価値観に及ぼしている影響について調べたいと思っていました。ところが、今回滞在したオレンジ郡は名うての白人居住地帯。それも裕福な白人達の居住地帯だったのです。海を見下ろす高台には十億円もする、成金のお城がたっていますし、コンドミニアムでも白人しか見かけません。そして彼らはあのファスト・フードと脂っこいポテト・チップの食べすぎで風船のように膨れ上がった、一般アメリカ人とは違って、すらりとした北欧タイプなのです。よくアメリカ、イギリスのことをアングロサクソンと言いますが、本当のアングロサクソン人達はイギリスが北欧から来たバイキング=ノルマン人に征服された時に山の方に追いやられてしまい、イギリスの支配階級はそれ以来実際にはスカンジナビア人(デンマーク人は今でも、イギリスには特別の思い入れを持っています。ちょうどイギリス人がアメリカに対して持っているのと同じような)だったのですから、アメリカの上流に北欧タイプがいて不思議はありません。

 ビバリーヒルズに行ってみると、セミナーでも終わったのか、客がぞろぞろホテルから出てきて別の会場に移動していきます。それぞれ満ち足りた感じの白人ばかりで(もっとも日本でも、こういう時には自信たっぷりの日本人しか目にすることはありませんが)、稀に黒人が混ざっています。

白人二人に黒人の若い紳士が一人、連れ立って歩道を行きますが、黒人は話の輪に入れてもらえません。彼は一生懸命会話に耳をすましつつ、ついていくだけ。ボストンでも、白人中心の経済団体などに、黒人が申し訳のようにメンバーとして加えられているのはよくあることで、これもそうしたケースだったのでしょう。

 アメリカによくあるショッピング・センター「モール」を戸外にばらけたような、ビバリーヒルズの目抜き通り。一見瀟洒な、しかし個性のないブティックが並び、判で押したような同じ香水の匂いが漂ってくる、典型的なアメリカ風景。ヨーロッパ人が見たら、吐き気がしてくることでしょう。そしてその中を、現在の繁栄、自分の豊かさが永遠に続くと確信して疑ったこともない、といった風情の連中が歩いていきます。惨めな生活にあえぐ途上国の人達が、何か不公平なものを感じてアメリカに憎しみを感ずるようになるのは、一つにはこうしたことがあるからでしょう。

デベロッパーが作り出すSegregation(人種分住)

ロサンゼルスの街中に行くと、そこは全く多民族の社会で、市の人口の52%が「ヒスパニック」(中南米系、ここでは主としてメキシコ系)ですから、どちらがどちらに同化するのかわからない状況になっているのです。ところが、白人はロサンゼルスのヒスパニック居住区には中々行きたがらない。危ないというのです。こうなると、事態は「多民族化」と言うよりは、良く言われている「サラダ・ボール」現象を呈してきます。

 こうした差別化は、人種差別(Discrimination)というよりは人種分住(Segregation)と呼ぶ方がふさわしいでしょう。白人以外の者が引っ越してくると周辺の地価が下がるので、デベロッパーは意図的に人種毎の居住区を「設定」しようとします。

僕の知っているボストン近郊でも、ユダヤ人が集中的に住んでいる区域や、黒人中産階級が集まっている地域というように、住み分けが行われていました。こうした世界では、趣味の世界でも「住み分け」が行われていて、好みのスポーツも違っていたりするものです。クラシックのコンサートは、今でも白人が聴衆の殆んどを占めています。

 ただ、こうした住み分けが人種のラインに沿ってだけ行われているかというと、そこは段々変わりつつあります。白人だけが住んでいた郊外の住宅地に黒人やベトナム人が引っ越してくる例もちらほら出ています(但しここでは彼らは絶対少数派ですから、価値観、挙動においてWASP化が求められます)。

つまり住み分けは人種よりも所得水準、つまり所属「階級」に沿って行われる場合もあるようです。それでも、「ヒスパニック系の人が金持ちになっても、白人居住地区の高級レストランには行かない」という言葉が示すように、そのプロセスはのろのろしたものでしょう。

 ワシントン中央政界にもWASP以外の人材が進出しています。ロサンゼルスの市長には今年、史上初めて「ヒスパニック」がなりました。それでも、全米レベルでは人口の50%以上が白人である現状では、それ以外の人種が政治家に選ばれる機会は相対的に小さなものがあります。少数民族出身の政治家が社会全体の利益を調整しようとすると、別の少数民族が反発することもあるでしょうから、WASPはここではアメリカ社会の最大公約数のような存在になってきたのかもしれません。あたかも政治はWASPの天職であるかのような。

資本主義と原罪と

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ところが日本人や中国人は、こうした住み分けを意識してかしないでか、白人の居住区、白人のスポーツ、白人の趣味の世界へ平気で踏み込んでいきます。まるでTrickstar(いたずら好きの妖精)」であるかのように。いや、それも「近代化」、経済発展の必須条件だと思い込んでのことかもしれません。まあ、単に白人文化やスポーツが面白いからという人が大半でしょうが。

我々があえて見て見ぬふりをしていることが一つあります。それは、どの先進経済も、他の国、他の民族からの収奪を行うことで、その経済発展の端緒を築いているということです。アメリカはインディアンを殺し、今まで誰も住んでいなかったような居住区に追いやり、ハワイを併合しました。

イギリスはリバプールのジェントルマン達が奴隷貿易で巨万の富を築いたあと(奴隷に反対したことになっているアメリカ、ボストン界隈の大資本家も、実は奴隷貿易で大枚の利益を上げているのです)、背後のマンチェスターに大紡績工業地帯を築き、インドの綿織物には高関税をかけて壊滅させ、更には中国にアヘンを強引に売りつけて栄華を築きました。日本は、日清戦争や義和団事件での賠償金で工場を築き、朝鮮、満州などの地域に自分の経済を無理やり拡張しようとしたのです。

 つまり資本主義社会の栄華は、決して勤勉とか競争力とかだけで築かれてきたものではない。他者を収奪して財を築いた、あるいは今でも時々力で収奪している、こういった「原罪」を持っています。日本は、製造業の技術力・競争力で正直に食べているつもりでいますが、戦前はひどいことをしましたし、今でも世界での競争は決してきれいごとでは片付いていないのです。

 インドの人力車の車夫はこの上なく勤勉です。でも彼らの生活は走っても走っても良くならない。力で他者を収奪することなしには、経済を飛躍的に発展させることはなかなか難しいのです。平和な時代に、安い賃金で競争力を高め世界市場を制覇しようとしても、ブランド力や販売網のない新しい企業ではなかなかうまくはいかないのです。

ですから資本主義は、あるいは資本主義も、最後は力と力のぶつかり合いがものごとを決める、「肉食獣の世界」なのでしょう。日本のビジネスマンも何とかやっていますが、それは羊に牙をつけたようなもので、アメリカ人やヨーロッパ人の迫力にはなかなか敵わない。

 長年マルクシズムと付き合ったおかげで、物事の本質を見破ろうといつも心がけているロシア人達も、この辺は最初から十分心得ているようです。マフィアも交えての資産の奪い合い、撃ち合い、殺し合いの世界から勝ち上がってきたロシアの若手実業家ほど、肉食獣を彷彿させる人種はないでしょう。彼らは忙しい仕事のかたわら何人もの女性を囲い、レーシング・カーをぶっとばし、空手や射撃をたしなみ、アフリカのサファリに出かけるのです。明日をも知れない生活では、刹那の快感を求める気持ちが強くなるのです。(3-2に続く)