河東哲夫
「中国の公衆トイレ」は、ひどいものの代名詞だった。扉のない個室。便器の周囲に散らばる排泄物。臭気。天安門前広場の一隅にあった公衆トイレの臭気は、百米ほどは届いていた。
ソ連もそうだったが、「公衆」と名がつくと、皆、自分のものではないと思って大事にしない。役人も、そんなことで評価が下がるわけでもないし、予算もついていないから、トイレの面倒は見ない。掃除人の仕事もいい加減。日本でも、終戦直後の公衆便所はひどいもので、それが急にきれいになってきたのは、近々30年ほどのことではないか?
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筆者は十年以上前、北京の裏町の公衆トイレで小用を足したことがある。後ろは長蛇の行列。先頭の者はもう前をはだけて「捧げ筒」の格好で迫ってくる。これのもたらす危機感は尋常なものではなかった。
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だから習近平国家主席は2015年、就任間もなく、「トイレ革命」をぶちあげた。その成果がどうなっているかは、まだ見に行っていないが、2023年11月11日付のEconomistは現状を報じている。
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—大都市の公衆トイレは改善されたし、農村地域でもこの5年で5000万(!)以上のトイレが改善されたことになっている。キャンペーンをやれば、官僚たちはその「成果」をちゃんと(作って)報告するものだ。
しかし資金が足りない。2015~2018年、中央政府は1億4000万ドル相当しか出資せず、この20倍以上の予算を地方政府に出せと言ってきた。地方政府はけちって、他の費目に流用するし、請負業者はくすねるから、パイプが劣悪だったり、北方の酷寒地域ではパイプが凍結したり、地方によっては水洗のための水が確保できなかったりで、瀋陽周辺ではこの5年で1億元を使って改善された8万のトイレのうち5万が使用されていない。そして農村の老人たちは、洋式便器になじめず、good old「和式」便器に回帰してしまう—
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かくてトイレ革命は、社会主義的官僚主義の欠点をあますところなく示して、便秘状態。同じようなことは、政府主導の中国経済全体でも起きているだろうから、トイレ革命始末記でも大いに参考になるのだ。




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