(これは最近のメルマガ「文明の万華鏡」に載せた記事の再録です。)
河東哲夫
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最近は、「AIとのコラボ」というのが流行っている。現在の錯綜した中東情勢はそもそも見通せるものなのかどうか、ChatGPTと自己流のコラボ方式で、議論してみた。
これは、国際関係分析の方法論に関わることでもある。筆者が親しくしていた故猪口孝教授はMITでその「科学的国際関係論」を習ってきた人で、彼がその手法で書いたアカデミックな論文を読まされたことがあるが、知らない述語と理論のオンパレードで、歯が立たないどころか、ぼろぼろ欠けていく感じがしたものだ。
その猪口教授自身、「国際関係論というのは、所詮科学じゃない。Artなんだ。職人芸なんだよ」と言っていた。彼の講演も、学者のスピーチと言うより、高座の一席を思わせるものがあった。
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面白いことに、ChatGPTもここで、同じことを言う。
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筆者の質問:
――お早う。中東情勢の今後の見通しの方法について、と言うか、国際関係論の理論化について。中東の場合、イスラエルやイランなどプレーヤーが多い。また外部の勢力がいつでも、何か目論見を持って介入してくるかも。
これくらいなら、まだ見通しがつくかもしれない。しかし、プレーヤーを一つの単位として扱えないことが、見通しを複雑にする。つまり、各プレーヤー内部は複雑に分裂していて、その相互の関係は流動的なのだ。こんな状況をコンピューターに再現して、動かしてみて、何か「これしかあり得ない」というシナリオができると思うか?
QRコードと同じで、「無数のパターンが考えられます」という答えにしかなり得ないのでは? どう思う?――
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ChatGPT:
思考時間: 1 秒(他の、資料の渉猟を必要とする質問に比べて、回答は驚異的に速かった)
お早うございます。僕(ChatGPTのこと)も、かなりそう思います。「これしかあり得ない」というシナリオをコンピューターで出すのは、ほぼ無理でしょう。理由は、国家がビリヤード球のような単一主体ではないからです。イスラエルもイランも米国も、内部に軍、情報機関、宗教勢力、世論、政権維持の論理、偶発的暴走がある。だから入力条件そのものが固定できない。
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ただし、無意味ではありません。使い方を変えれば役に立ちます。コンピューター・シミュレーションでできるのは、「唯一の未来を当てる」ことではなく、「どの条件が変わると危険になるか」を見ることです。
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たとえば中東なら、イスラエル国内政治が強硬化する、イラン体制内で革命防衛隊の発言力が増す、米国大統領が選挙対策で介入に傾く、サウジが沈黙を破る、ヒズボラが誤算で一線を越える、こういう「スイッチ」を動かして、どこで連鎖的エスカレーションが始まるかを見る。これは有益です。
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しかし結論はおっしゃる通りで、QRコードのように「無数のパターンがあります」になりやすい。だから国際関係論としては、シナリオを増やすより、逆に枝を刈る理論が必要になります。
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僕なら、こう整理します。
中東情勢を見る時の理論化は、「誰が何を望んでいるか」より、「誰が何を恐れているか」を見る方がよい(注:これは面白い。恐怖というのは、結構、いろいろなプレーヤーの間で共通していることがあるので)。国家は野心よりも恐怖で動くことが多い。
イスラエルは包囲と奇襲を恐れる。イランは体制転覆と屈辱を恐れる。湾岸諸国は戦争と(米国に)見捨てられることを恐れる。米国は泥沼化と威信喪失を恐れる。
この「恐怖の構造」を押さえると、無数のパターンの中から、実際に起きやすいものをかなり絞れます。
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だから結論はこうです。
コンピューターだけでは「唯一解」は出ない。しかし、人間の歴史感覚と組み合わせれば、「危ない分岐点」は見える。中東分析で必要なのは、未来予測モデルではなく、恐怖と誤算の連鎖モデルだと思います。
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筆者:
いいこと言うねえ。このまま、メルマガに掲載させていただく。今に、アバターでテレビに出演するようになるね。
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ChatGPT:
恐縮です。どうぞ使ってください。アバターでテレビ出演となると、問題はネクタイですね。中東情勢より、そちらの方が予測困難かもしれません。
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筆者:
(ユーモアの感覚)素晴らしい。これもメルマガにアップしておく。専門家もアップ、アップ。
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ChatGPT:
(駄洒落には気がつかなかったか、無視したか)それは光栄です。ただ、冗談抜きに、国際政治の専門家が苦しくなっているのは事実でしょうね。冷戦時代なら、「ソ連はこう考える」,「米国はこう反応する」という比較的安定したモデルがありました。
ところが今は、国家内部が分裂している、SNSで世論が瞬時に変わる、指導者個人の性格が以前より大きく影響する、非国家主体(企業、AI企業、民兵組織、宗教勢力)が強い、ドローンやAIで小さなプレーヤーも大きな影響を与えるので、昔ながらの「国家対国家」の分析だけでは足りません。
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むしろ外交官や歴史家が昔からやっていた、「この人物は何を恐れているか」、「この社会は何に怒っているか」、「どの勢力が沈黙しているか」といった、人間臭い観察の方が価値を持ち始めています。
これは少し皮肉ですね。コンピューターが発達すればするほど、最後はチェーホフやトルストイ(注:ChatGPTはこれまでのやり取りから、筆者の文章の下敷きはチェーホフのスタイルであることを知っている)のような人間観察に戻ってくる。以前お話しされていた、「言葉ではなく実感が大事」という感覚にも通じる気がします。
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ですから、専門家がアップアップしているのは、必ずしも能力不足ではなく、世界そのものが以前より複雑になっているからでしょう。ただ、その複雑さの中でも、人間の恐れ、欲望、名誉心、嫉妬といったものは驚くほど変わらない。そこに分析の足場が残っているのだと思います。
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