日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。


最新作「自由と民主の世界史-失われた近代を求めて」紹介

(2025年7月、藤原書店から「自由と民主の世界史-失われた近代を求めて」という、二巻本を出版しました。その内容は、以下の「はじめに」と「結辞」に紹介してありますので、ここに掲載します。合計8000円近くの高価な本ですので、お近くの公共図書館に発注していただければ、幸甚です)

はじめに

これは、戦後の日本で七十余年、うちヨーロッパ、アメリカ、中央アジア、ロシアで計二三年程勤務した、元外交官による文明論、経済・国家論である。

意味が瓦解した世界

筆者は二十年ほど前、「意味が解体する世界へ」(草思社)という本を出した。われわれが空気のように当たり前に吸ってきた今の文明、つまり国家とか自由、民主主義、そういった制度、価値観が崩れて、意味を失いつつあるのではないか、という予感を記した随筆だ。

そして今、世界はわれわれの眼前でがらがらと音を立て、本当に崩壊し始めた。自由と民主主義を背骨とするNATOなど世界の同盟体制は、きしみを立てている。十九世紀の産業革命以来、工業化が人間の生活水準を向上させ、次にそれが人々の権利意識をかき立てて民主主義を成立させるという、右肩上がりの進歩はもう止まった。先進諸国では製造業が海外に流出し、多くの人の生活は苦しくなっている。困窮した人たちにとって自由とか民主主義は空疎な言葉でしかなく、一見期待の持てそうなポピュリストの政治家を権力の地位につけてしまう。文明は右肩下がりの逆回転を始めたかに見える。

 価値観の瓦解に拍車をかけたのは、戦後八十余年、自由と民主主義の旗印を掲げて世界を先導してきた他ならぬアメリカが、この旗印を地に(おと)し泥にまみれさせてしまったことだ。アメリカは二〇〇三年、多国籍軍を募ってイラクに侵入、フセイン大統領を絞首刑に処した。「イラクが大量破壊兵器を保有している」というのがその理由だったが、その証拠は見つからなかった。「実力を行使してでも、自由と民主主義を中東に広める」というのも大義名分だったが、米軍がイスラム側捕虜に拷問を加える場面がSNSで広められて、米軍の信用は地に落ちたし、イラクでは民主主義の代わりに混乱が広がった。アメリカは自由と民主主義を広めると称して、贔屓の引き倒しで、自由と民主主義の旗に泥を塗ってしまったのである。

そして今のトランプ大統領は、自由と民主主義にもう見向きもしない。彼は二〇二五年一月、二期目の就任演説では米国領土の拡大を明言、デンマークにグリーンランドの譲渡を迫り、カナダに米国の五一番目の州になるよう圧力をかけ、ロシアのウクライナ領占拠を容認する方向での停戦をはかっている。

だから、「理想を掲げて右肩上がり」の世界はひとまず、休息。われわれ日本人としては、明治維新以降、学び、憧れ、敗戦後は米軍にさらにプッシュされた自由と民主主義、要するに近代西欧の価値観はナンボのものなのか、歴史上どうやって形成されてきて、誰が何のために(かつ)いできたものなのか、日本の自分にとってはどういう意味を持っているのか、これからも担いでいく価値があるのかどうかを、捉えなおすべき時なのだ。

そこで、歴史をさかのぼってメソポタミアにまで至り、自由と民主主義の価値観、これを可能とする国家の制度はどのように形成されてきたのかを振り返ってみる。これが、この長い本で試みたこと。それは、「国王Aが他の国の国王Bを殺すも、国内の叛乱でCに王位を奪われて・・・」という、われわれにはどうでもいい権力の歴史を追うものではない。

そしてこの本は、西欧の経済・社会史をイスラム地域、中国のそれと比較する。近代西欧の価値観は普遍性を持つ、それは自由を希求する人間の根源的なニーズに見合ったものだが、どの国でもそれを実現できるわけではない、そのためには一定の社会的な条件が必要である、ということがわかるだろう。

筆者はどういう人間なのか

元外交官がこういうことをするのは奇異に思われるかもしれない。しかし、筆者にとっては、ごく自然に欲求のおもむくままに勉強し、考えてきたら、この本ができた――こういうことなのである。

筆者は高校まで校則もなくリベラルな学校で過ごし、それは大学、米国への留学と続いた。一九六〇年代末の大学では、左翼系の学生運動が盛んで、そこでマルクス主義、社会主義経済なるものがあることを知ってソ連に関心を持つ。その時に、体制や価値観に対する関心がわいたと言っていいだろう。

一九七〇年外務省に入って以降は、アメリカ、ソ連・ロシア、ヨーロッパ、中央アジア、そしてもちろん東京での勤務を経る。外交官はカクテル・パーティーなど、一見華やかな活動のかげで、自分の勤務する国の歴史・社会を勉強し、経済・政治をつぶさに見ている。漫然と見ているだけでなく、その国と日本はどういう関係を結ぶべきかを考えている。そこで、政治・経済の力学を実学として学ぶのだ。

例えば筆者はソ連で、集権・計画経済が機能しない現場を見たし、税を集められなくなったソ連国家がいとも簡単に消滅する場にも居合わせた。「国家は一種の作り事。人間がどのようにでも作り変えることができる」ことを体感したものだ。

外交官と言っても東京では「官僚」なので、政策を立案する。その時、国会、政党、関係省庁、業界などと何をどう話し合い、利害を調整していくか、その手順、コツを学ぶ。ものごとは一人の政治家や官僚が決めるものではなく、国会議員、政党、関係省庁、マスコミなどがくんずほぐれつする中で決まってくるものであることを会得する。

こうした経験が、世界の歴史を見る時に、生きてくる。いろいろなことを額面通り、報道されている通りには受け取らない。「アテネは民主的だった」と言われても、その実態とウラを見る。

筆者は、研究ばかりやっていたわけではもちろんない。仕事のかたわら、毎日読む現地の新聞から面白いデータ、見方を書きぬいて残した。休暇の時には分厚い本を何冊も読んで、そこからもデータを集めた。

二〇二〇年コロナ禍で自宅蟄居を迫られた時に、こうやって集めたデータを整理し、追加して、この本を書き始めたのだ。今は便利で、高価な書籍は地元の図書館に頼んでおくと、他から探して貸してくれるし、ウィキペディアをはじめ、インターネットのおかげで調べごとは本当に簡単になった。

極めつけは生成AIで、この本を書き終えようとする頃登場したChatGPTとの対話は本当に楽しかった。「自分は、ナポレオン戦争などのための艦船、兵器生産が英国の産業革命を大きく進めたものと考えるが、どうか。その見方を支持するような資料を探して提示してくれ」と筆者が言うと回答を示してくれ、その気になればそれを別途チェックすることもできる。またある時はChatGPTが、「ものごとはそんな簡単ではないよ。これこれこういうこともある」と筆者をたしなめ、反証材料を提示してくる時もある。膨大なデータを持つChatと対話しながら本を書き進めるのは、スリリングな体験だった。

叙述の原則

では、この本の概要をご説明する前にまず、この本を書き下ろしていった時、心がけていたいくつかの原則をお話ししたい。

・「ぶつ切り(・・・・)の歴史」を避ける。歴史書など、史料、発掘成果が足りない時期は飛ばされる。例えばローマ帝国とフランク王国の間の期間など。できごとAとできごとBの間は、「しかるに」とか「そうこうするうちに」とかの接続詞でごまかされてしまい、途中の変化の経緯・背景はわからない。しかし、その間も人間は生きて活動していたのである。ローマ帝国とフランク王国は法制とか税制とかどこかでつながっていて、決して中世のルネサンスでローマ帝国の制度がにわかに思い起こされたものではない。

・「自由」とか「民主主義」とか「国民国家」とか「国際法」など、いかめしい言葉に惑わされない。感心し、憧れる前にまず、「これはナンボのものか」、「皆の役に立つものか」という気持ちで検査してみる。

・「ウラ」を見る。政治はただの理屈、理念では決まらない。ものごとには利権とか、有力者の間の好き嫌いなどのウラがあるし、さらにその背後にはその時々の経済・社会の大きなうねりがある。

・ウラのなかでも、特に「利権」に注目する。多くの美しい言葉のウラには、特定の人間たちの欲が隠れている。西欧中世の宗教戦争も、新教と旧教の間の聖戦と言うよりも、教会資産、十分の一税を収税する権利をめぐる面が大きかった。

・西欧や白人への、憧れを離れてものごとを考える。われわれは、金髪碧眼のゲルマン系に憧れを持つが、彼らはローマ帝国では野蛮人と見なされており、ローマの文明を破壊した人間たちなのだ。自由と民主主義の伝統は、彼らが進んだ経済を築いた十八世紀以降、革命や戦争などの流血を経てやっと確立したものである。

・同時に、西欧の白人が中国や日本を見る目には気をつける。以前は植民地主義時代の名残で白人たちは、「われわれは優れているから、近代文明を作ることができたのだ」という趣旨を恥ずかしげもなく公言していた。ところがこの三十年ほど、アジアの台頭を背景に、これを反省する動きが出ている。

例えば、アンドレ・グンダー・フランクは著書「リオリエント:アジア時代のグローバル・エコノミー」で、十九世紀半ばまで、中国とインドを合わせたGDPが世界全体の半分以上を占めていた、西欧はもっと謙虚でなければいけないと指摘している。またこの本(第Ⅱ巻)でも触れたジョゼフ・ニーダムは、いくつかの発明で中国が西欧を先行していたことを指摘して、称賛を送っている。

しかし、東と西の比較はもっと虚心坦懐に、どちらが優れている、劣っているの議論を離れてやるべきなのだ。中国に対して不自然に畏まって見せる白人は、演技しているので、気を付けないといけない。

この本の流れ

ということで、この本の流れを説明しよう。これは長くても、ほぼ三年にわたって新たに書き下ろしたものだから、流れにつながりがある。メソポタミアから始まってギリシャ・ローマ、西ローマ崩壊後の混沌期と続けたあとで、息抜きと言っては悪いが、オリエントに目を向ける。それは、歴史が古いオリエントの方からギリシャ・ローマに文化・文明が流れているし、西欧中世の十字軍の時代でもオリエントは先進文明地域であり続けたからである。そのオリエントが十六世紀ころを境に停滞の様相を強めた理由は、アジアとの通商利権を西欧に奪われて所得が減り、国内の構造が固定されたことによるだろう。

西欧中世: そして次に西欧中世に話は移る。フランク王国当時のヨーロッパ白人=ゲルマン系の社会での人間のあり方は後れたものであった。しかし十一世紀の農業革命を契機に西欧の経済は成長し、水力・風力を使った工業化の萌芽も見られるようになった。

これは、十四世紀のペスト禍で中断されるも、まさにペスト禍が領主の没落と封建制の終焉を招く。そして、この頃起きたルネサンスの機運で、インテリ層が教会への従属から解放されて、ものごとを自由に、合理的に考え始める。それが続く宗教改革で本格化したことが個人の力を解放する。

なお、西欧中世ではアルプス以北の国々より、むしろヴェネツィア、フィレンツェなど地中海の諸都市の方が西欧の政治・経済の主役であったことにも、大きなスペースを割いた。地中海諸都市がアントワープ、次いでアムステルダムに投資したことが、オランダの隆盛を招くし、オランダの資金は十八世紀には英国に投資されて大英帝国を成立させ、英国の資本は米国に投資されて米国の産業革命を起こすのである。

第Ⅱ巻 産業革命と近代の成立

第Ⅱ巻は主に、西欧、特に英国で産業革命が起きた背景、そして英国を筆頭に「自由」の名で人間の権利が重視され、それをベースに民主主義体制が成立していった過程を扱っている。

中国の発展モデル―それは有効か?

ここで、目を二千年前の中国に転じ、その経済発展と国家形成のプロセスをたどる。中国の経済は西暦千年ころの宋朝の時代に頂点に達し、その発展の様は西欧を五百年は先回るものであった。しかし中国ではその後も皇帝を頂点とする絶対主義的支配が延々と続いて、事業の自由な展開を阻害する。そして農民が低所得に止まったため国内市場の規模が伸びなかったことが、機械による大量生産=産業革命を阻害した。

近代国家の形成

西欧での「近代国家」の形成についても、ずいぶんスペースを使ったが、「国家はこうあるべきだ」というような、単一の結論は出していない。それでも、やはり税制が国家の基本を成す。たとえば近代英国はフランスのように徴税を民間に受託することはせず――ピンハネされやすかった――、自前の徴税機構を作り上げたことに、その強大化の秘密がある。近代の国家は徴税し、徴兵して戦争を戦うことにその最大の使命があったが、現代の国家は徴兵もままならず、社会保障や医療など国民にむしられるばかりでいる。

近代の価値観

西欧の白人に自立心が強い者が多いのは事実だが、しっかりした結論を出すことはできない。西欧が今のような取りすました「自由」、「個人主義」、「民主主義」を確立したのは十八世紀以降のことで、中世ゲルマンの社会では強い家父長制が支配的であった。つまり、個人主義や民主主義は西欧の白人に遺伝的に備わったものではなく、他の人種も条件が整えば――つまり古い利権構造が邪魔をせず、かつ経済的に自立できれば――自由民主・個人主義は採用し得る。ただ白人とアジア系諸人種の間では、形質的、気質的な違いはやはりある。

献辞

筆者は戦後のリベラル・教養主義の世代の末席をけがす者だ。東京大学の教養学科から始まって数十年にわたり公文俊平、筒井若水、渡邉昭夫などの先生方から薫陶をいただいた。また、同世代の学者の方々、特に最近悲劇的な死を遂げられた猪口孝教授に言及したい。彼は、Asia Barometerで、経済発展が価値観に及ぼす影響をつぶさに追った。また、戦後日本の中産階級文明を主導された辻井喬こと故堤清二氏にも、哀悼の意を表する。彼は、文化人としても一流、かつアイデアを自分の事業に展開する力を持っていた。この本が、そうした世代の記念碑の一つになることを切に願う。

最後に、この長大な本の出版を引き受けて下さった藤原書店の藤原良雄社長、丹念な編集をしていただいた刈屋琢氏に感謝の念を述べたい。そして五十年も連れ添って、ヨーロッパの人間主義、合理性、人道性を一貫して指し示してくれた家内のアンヌにも感謝を述べる。この本は、この東西二人の共作なのだ。

                       二〇二五年六月六日

                        河東哲夫

結辞

本当に、長い々々道だった。この本はコロナ禍が始まってから四年余にわたって書き継ぎ、書き直していたものだが、第一稿はジャングルのよう。方々に枝葉、下草が生い茂って、校正の時はナタを振るいながら道を切り開いていく感があった。

筆者は学者ではない。学者ではないのをいいことに、自己流の歴史論を展開してきた。事実関係、認識の誤りも多数あると思うので、ご叱正をお願いしたい。

筆者は、そもそも近代の価値観について本を書きたいと思っていたわけではない。欧米の白人の「個人主義」に関心があったのだ。筆者は小さい時から我が強く、集団行動が嫌いだった。日本ではそれはマイナスなのだが、欧米に出てみるとそれはむしろ標準だった。そこでは、人々は肩書をバックにするより、人間と人間の間のオープンなつきあい、つまり自分の自由と権利、他者の自由と権利、その双方を認めている。気持ちが良かった。

問題は、この違いは人種的、遺伝的なものなのかということである。筆者は、このことを長く考えていた。今言えるのは、白人はものごとを割り切って、時にはアグレッシブに見えることもあるのだが、自由、自分の権利を大事にする点では、日本人、そして他の人種との間に大きな違いはないだろう、自由と民主主義は白人の独占物ではない、ということだ。

日本での自由と民主主義にはまだ足らないところが多くある。多くの外国では「自由」は切実な問題で、いつも戦って勝ち取っていかなければならないものなのに、日本では敗戦後、米軍が与えてくれて以来、空気のように当然あって、考える必要もないものなのだ。

そして、組織や集団の中で生きていくことの多い日本人は、自分個人の意思、意見を持つ必要がないことが多い。外国は中国人も含めて、個人で生きている。いわば個人で店を張って生きている人間が多く、その中では日本人は自分で判断する力を持たないひ弱(・・)な存在に見えてしまう。

 他方、日本人は自分の殻に閉じこもり、他人、そして他人の集合体である社会=publicの都合、権利には無頓着なところもある。これらは変えていかないと、AIの通訳がいくら発達しても、日本人は同等の人間として扱ってもらえないことになる。

今、トランプやロシア、中国によって、近代の価値観が否定され、弱肉強食の世界が現れつつある。平和に安住していた日本ではそれに危機感を覚えて、戦前の超国家主義に立ち返ることを求める向きがある。

これは、無責任な態度だと思う。彼らの言う通り、反韓、反中、あるいは反米政策を強化していけば、われわれは無用な戦争に引きずりこまれてしまうだろう。日本の若い世代には、戦後の日本が確保した、「人間の自由・権利」という原則を是非維持し、超国家主義に対抗していってもらいたい。

そのためには、経済力の維持が必要だ。人口が減ることで自信を喪失するのではなく、もっとゆったりした豊かな生活ができるようになるチャンスだと思って、経済の効率化に努めるのだ。デンマークは人口小国だが、一人当たりGDPでは世界二位。日本も、人口がこれから一億人に減っても、デンマーク並み、七万二千ドルの一人当たりGDPを稼ぎ出せば、今より八十%も大きい七・二兆ドルのGDPを享受することができる。

この本は英語などにして――AIが助けてくれる――、世界にも発信していく。ものごとを黒と白に分けて対立的に考える、白人やユダヤ人の文化は、いらない対立・紛争を生む。そのあたりを宥めることは、これからの日本がやらなければいけないこと、できることだと思うので。

                   

二〇二五年六月六日

                      河東哲夫

・以下は、この本の英訳です。無料で閲覧できます。

https://docs.google.com/document/d/1hiRK7kjbX0Hxd2NOxPqtQlVWgjDHgKCr/edit

https://docs.google.com/document/d/1MB0Me9P5Lpa2HGceuJUdMqqQ2CRHQSxa/edit