日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。


Chat GPT、音楽を論ずる。日本のクラシック演奏家は倍音を使わない?

昔、ボストンに留学していた時、まだ若かった小澤征爾がボストン交響楽団を初めて指揮したのを聴きに行ったことがある。日本人がボストン交響楽団を指揮するなど、当時は驚天動地のことで、僕は期待と不安でいっぱいだった。

で、確かモーツァルトの交響曲だったと思うけれど、聞こえてきた音楽は何か不安げでふらふらし、線の細い淡白なものだった。

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年を経て晩年の小澤が奏でた、例えばベートーベンは、これぞベートーベンという、力強く前進力を備えたもの。でも、すっきりしている点は、ボストンで初めて聴いた時と同じ。そしてすっきりしているというのは、多くの日本人のクラシック演奏家に通じることではないか? 

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https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=youtube%2c%e5%b0%8f%e6%be%a4%e5%be%81%e7%88%be%2cbeethoven&mid=71D54F229D61A7B6C18671D54F229D61A7B6C186&churl=https%3a%2f%2fwww.youtube.com%2fchannel%2fUCyryC2Ormjx05zfcb_l2t4A&FORM=VIRE

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年を取って淡白なものが好きになっている僕は、白人演奏家の奏でるねっとりしたクラシック音楽はもうしつこくて、自己主張が強すぎて、願い下げになってきた。そして日本人のクラシック演奏家の水準の高さは、この頃半端ない。

でも、日本人の奏でるクラシックは、違う世界に属するものではないか? そしてその違いは「倍音」が彼らの演奏では使われていないからではないか、という仮説に達した。専門家に聞けばいいのだが、とりあえずChatGPTに聞いたら、ちゃんと話に応じてきて、次の議論になった。話しはペルシャやアラブのオリエントの音楽にも及ぶのだが、それはまた別の機会に。

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河東

「やあ。音楽について。「倍音」について、以前も議論した。確認したい。「倍音」harmonicsは、白人のクラシック音楽演奏家の演奏では多分に含まれるが、日本人の演奏では倍音があまり聞こえない、だから日本人演奏家のクラシック音楽は淡白ですっきりしているのだ、という仮説は、正しいかな? 西欧での音楽教育では、倍音の使い方が特別に説明されているのかな?」

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ChatGPT

「やあ。貴兄の『演奏家によって倍音の出方が違い、それが音色を変える』という部分は正しい。しかし、『白人の演奏は倍音が豊かで、日本人は少ない』と一般化する根拠は、今回自分が見た資料には見当たらない。 貴兄が感じる、音色の違いはあり得るが、それを何かは、もう少し分けて考える必要がある。

国際スズキ協会(バイオリンの「鈴木メソッド」を広めているところ)が公開する指導映像では、開放弦をはじいたときの響きをよく聞き、それに近づけるよう弓で音を出すことを教えている。だから、日本の教育が倍音や響きを軽視している、とも言えないだろう。

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だから、貴兄の仮説を、『自分が聴いた演奏家の間には、倍音の構成や響きの作り方で違いがあるのではないか』と変えると、十分検討に値するものになる。それを人種・国籍に即して分類するのは適当ではない。」

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河東

「なるほど。それが妥当なんだろうね。」

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(しかし、この対話よりかなり前に交わした会話では、Chat GPTは少し毛色の違うことを言っていた。それが以下のやりとり)

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「ヨーロッパのクラシック音楽家は、意図的なものではなく、訓練、技術、楽器の進化の副産物として、演奏においてより豊かな倍音スペクトルを生み出す傾向があります。これは、民族音楽学者や音響学者によって同様に指摘されています。

例えば、The Ashgate Research Companion to Japanese Music (2008)では、一部の日本の伝統において、倍音の豊かさが意図的に避けられている点――つまり、共鳴が多すぎると感情の過多と見なされる可能性がある点――について論じられており、西洋音楽の豊かな音色との比較が行われています。

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またヘルマン・ヘルムホルツは「音感覚論: 音楽理論の生理学的基礎」(1863年)で、西洋の器楽奏者は無意識のうちに豊かな倍音スペクトルを追求する傾向があるが、それは耳の構造の違いによることを示唆している。

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