日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。


モスクワ定点観測5 2009年3月 危機も栄華も油価次第

―――でも抵抗力をつけたロシアーー―

                                          

(これは2009年のロシア事情。2008年9月のリーマン危機のあおりで石油価格が急落したことで、ロシアのGDPは26%も下落した直後。社会での前向きな変化は続いている。ビジネス・スクールの学生は、西側なみの経営マインドを備えているし、街では車が人に譲るようになっていた)

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2009年3月上旬、2週間モスクワに滞在し、70名ほどの専門家、市民の話を聞いてきた。油価暴落、西欧資本市場での金づまりのあおりで昨秋から始まった、ロシアの経済危機のマグニチュードを測るためだ。

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前の年9月米国でのリーマン・ブラザーズ破綻が起こした金融危機から半年。油価が急落したことで、ロシアもGDPが26%も下落する被害を受けた。しかし、1年前に来た時に比べてモスクワの街頭風景にさしたる変化はない。車が少なくなって、あの悪名高い渋滞が緩和されたこと、野犬が増えたこと、それくらいだ。野犬は捨てられたばかりのようで、まだ人なつっこい。この10年くらいの間に広がった中級レストランのチェーン店は満員だ。

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2月には、経済危機のあおりでプーチン首相が早期辞任するのではないかとの観測がロシアのマスコミをにぎわせたが、肝心の経済が今下げ止ったこともあって、その議論もすぼんだ。借り換えができなくなっている西欧への負債も何とか返済できるだろうし―中には債権者と返済繰り延べで合意した銀行・企業もある―、ルーブルも40%切り下がったところで下げ止った。デフォルトを起こし、ルーブルは4分の1に切り下がった98年8月の危機に比べれば、ロシアははるかに抵抗力をつけている。今残る問題は、今年GDPの8%には達しようという財政赤字の財源をどうするか、国債でそれを賄った場合インフレを激化させないかということだが、それも油価が回復すれば解決されるだろう。

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(モスクワ大学がある雀丘から眺めた高層ビル街Citi)

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新しい社会の芽

今回は、モスクワ大学のビジネス・スクールで大学院生を相手に2週間集中講義をやった。僕の方からは大量生産で付加価値生産を飛躍的に向上させたイギリスの産業革命、そしてそれを可能にしたイギリス国家の成り立ちについて説明し、その後は学生にロシアの将来へ向けてのビジネス・プランをいくつか作らせたのだ。輸出できる工業製品を開発すること、輸入代替できる工業製品を開発すること、将来に備えてロシアも代替エネルギー源を開発すること、この3つについてそれぞれビジネス・プランを作ることとし、学生はその3つのグループに分かれて成果を競い合ったのである。

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その結果輸出については床板パネル、輸入代替については小型発電設備、代替エネルギー源については海外での事業を請け負うエンジニアリング企業の設立が提案され、3つのグループともパワーポイントを駆使して仲間を前にプレゼンテーションをし、僕も含めて大議論の末、最終バージョンを作った。原料の入手先、工場の立地、出荷の経路、港に至るまで、よく調査し考えたプランが提示された。

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彼らはモノづくりの厳しさ、企業内ガバナンス、海外での販路開拓の厳しさについては認識が足りない。だがそんなことは日本の学生も同じこと、ロシアの学生の場合いいことは、議論が活発なことだ。そして収益計算であるとか財務諸表の作成であるとか、西側のビジネス・スクールで教えるであろうようなことは、当然のことながらもう身につけている。彼らはソ連時代を知らない世代、資源をすべて政府に集中する共産主義集権経済を僕が説明すると本能的な嫌悪感、違和感を示す世代だ。

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青年は確かに変わって来ている。だが、一筋縄でいく連中ではない。西側の言う「自由」、「民主」という美しい言葉の裏の二枚舌、偽善はすぐ見破る者達だ。そして贈賄を社会の必要悪とみなし、借金を返せなければ延滞を申し入れて当然だと思っている。こうした連中を納得させるのは骨が折れる。だが、彼らはソ連時代ほど、我々と違う世界に暮らしているわけでも、もうなくなった。

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今回、一番「いいな」と感じたのは、モスクワが歩行者優先の世界になっていたことだ。ソ連の時代、乗用車は特権階級の持ち物であることが多く、歩行者というか車も持てない者の権利は無視されていた。92年以降の混乱の中、乗用車が急増したが、それは成金、マフィアが所有していることが多く、富を誇示し、ベンツやBMWやSUVを戦車のように縦横無尽に飛ばしていたものだ。横断歩道でも構わずに、彼らは突っ切った。

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半年ぶりのモスクワで驚いたことに、これがすっかり歩行者優先の世界に変わっていたのだ。僕が横断歩道の脇で立ってでもいようものなら、車の方で止まって、運転者が「早く渡れ」と手を振る。東京の方がよほど危ない(2026年注:その後日本でも、同じ状況になった)。

聞いて見ると、数ヶ月前新しい法律ができて、歩行者優先に違反した車には3千円くらいの罰金が課されることになったのだそうだ。警官が見てなければ大丈夫だろう、と僕は言ったのだが、そこは職務に忠実、というか「罰金」稼ぎに目がないロシアの警官のことだから、物陰に隠れていた警官につかまって罰金を私的に取られたモスクワっ子は数多いのだそうだ。車を持っていない市民も、そういう状況であることを知ったので、自分の権利を行使するようになった。

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だから、メドベジェフ大統領の好きな「法治国家」の表れとして、歩行者優先がまず実現したのだけれど、何はどうあれ、こうやって市民社会的な習慣が定着していくのはいいことだ。人々は直に、罰金が嫌でこうなったことなど忘れ、譲るのが当然だから譲るのだと思うようになるからだ。ロシアの社会も、薄皮を剥くように少しずつ少しずつ変わっていく。石油の重要性が変わらない限り、ロシアの経済はこれからも伸びる。ビジネスにおいても、ロシアの意義は益々増大していくだろう。

(2026年10月注:何度も言うように、2022年からのウクライナ戦争は、こうした前向きの変化を破壊した)

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リーマン危機の余波

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一方、昨年の秋からロシア政府当局者のマインドは、危機一色だ。原油価格高騰であれだけの栄華を誇り、「アメリカ一極主義」を口を極めて罵っていたのが、油価急落ですっかりおとなしくなってしまった。今では、「アメリカ経済の回復」を心から願っている様だ。

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政府関係者が受けたショックは大きかった。僕の友人に言わせれば、「全ての資金源が一度に涸れた感じ」だったからだ。まず7月以来株価が急落したことで、外国資金が引き上げた。次に原油価格が急落したことで、資源ファクターにおそらく70%近くは依存している税収[1]が急減した。更に、これまで西欧で短期資金を低金利で借り上げ、ロシア内外での企業吸収合併用資金、ロシア国内での消費者ローン、不動産ローンなどに使っていたのが、サブプライムのあおりの金づまりで、借り換えができなくなった。このためロシア国内でも不良資産が増加し、銀行は融資を停止した。

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ロシア企業の中には運転資金を銀行に依存するところが増えていたし、鉄鋼のようにEU市場への輸出に依存していた部門もあったから、金づまりとEU不況のあおりで実体経済も縮小を始めた。これらの状況の中で、経済発展省は2月中旬、本年GDP成長率見通しをマイナス2.2%に引き下げた。

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ロシア政府は、資源輸出収入からこれまで積み立ててきた「安定化基金」も使って、西側並みの救済措置に乗り出した。昨年秋政府は計260億ドルの公的資金を3大銀行に供与し、金詰りを解消しようとしたのだ。

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だが、ルーブルが昨年8月からこの1月末まで計40%もの下落を続ける中、3大銀行は政府から受けた救済資金の価値を保全するためドルに投資し、ルーブル下落を更に速めただけでなく、金詰まりを一向に解消しようとしなかった。マスコミは3大銀行の行動を国賊だと言わんばかりに非難したが、銀行としてみればやむにやまれぬ行動だったろう。

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98年8月の金融危機ではルーブル切り下げがほぼ瞬時に行われたので、半年もたつとアパレルや食品など輸入代替産業が急伸してきたのだが、今回はルーブルは半年もかけてゆっくりと下落した。ロシアのエコノミストの中には、急な切り下げを主張する者も多かったが、メドベジェフ大統領もプーチン首相も、「切り下げは徐々に」と公言した。急激に切り下げれば対外債務額が急増し(ルーブル・ベースで)返済できない銀行・企業が増えるだろうし、食品でさえその40%近くを輸入に依存している(価格ベース)今のロシア経済では、急な切り下げはインフレを一気に激化させて社会不安を招く。こうしてルーブルの切り下げは徐々に進行したし、設備投資のための資金は金づまりで得られないから、輸入代替生産は伸びていない。

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対外返済資金は足りているのか?

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この3~4年、ロシア経済は高油価と世界的な金余りの中で、異常とも言える繁栄を続けてきた。2000年~2008年の間にロシアのGDPは名目ベースで5倍にもなったのである[3]。

ルーブル・レートが上昇を続ける中で、ロシアの銀行は西欧資本市場で低金利の短期資本を借りあさっては、国内で消費者ローン、住宅ローンなどとして長期・高金利で貸し出した。国民は住宅、自動車をローンで買いあさり、モスクワの一角には「シティー」と呼ばれる汐留ばりの高層ビル群がその威容を現した。ロシアの企業は資金を借りては、国内外の企業の買収・合併を繰り返した。

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だが昨年8月、グルジア戦争、油価の暴落、西欧資本市場の金づまりという三重苦が一時にやってきた時、ロシアの銀行は西欧で短期資本を借り替えては以前の債務を返済していくやり方がもうできなくなった。西欧からの資本流入が停止したばかりか返済義務ばかりが残り、他方不良債権が増加したのである。

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1998年8月には、規模は今より小さかったが、同じようなことが起きている。利回りのいいロシア政府国債を担保に西欧資本市場で資金を借りては、また政府国債を買い増していく、ロシアの銀行のビジネス・モデルが挫折したのだ。アジア金融危機のあおりの金づまりの犠牲となって、ロシア政府はデフォルトを宣言し、ルーブルは短期間で4分の1に切り下げられた。今回は、大丈夫なのか?

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ロシアの対外債務は現在4.000億ドル強と推定される。外貨準備は4.000億ドルを切っている。ならば返済資金が足りないかというと、そこは微妙なところだ。なぜなら4.000億ドルを今年一気に返さなければならないわけではなく、トロイカ・ディアログ投資信託社のチーフ・エコノミスト、ガヴリレンコフ氏の推計では「元本分1170億ドル、利子支払いを含めて1400億ドル分くらいが本年の返済分で、700億ドル以上の純資本流出はないだろう」[4]ということだからだ。

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それに、価格は下がったにしても資源を輸出して得る外貨が毎日流入してきている。報道によれば、1月初旬1週間で外貨準備は5億ドル増えている。国民が財布の緒をしめ輸入が急減したために、油価が30ドル近辺でも年間で250億ドルは貯まるということなのだ。1月の消費は増加しているが、これは在庫品が割引価格で売り出されていることが大きな要因だ。

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そして西欧から借りた金を返せずに困っているロシア人は、手をこまねいて自滅を待っているわけではない。貸し手に延滞を要求し始めている。例えば報道によれば3月、Mirax Groupがロンドンで、1億8千万ドルの債務支払い繰り延べ合意に達した。2007年3月、3年間の期限で発行した債券の償還を繰り延べたのだ(但し返済額を割り増し)。

「今払うカネがない。もしお望みなら破産したことにして担保の株券や地所を差し上げてもいいが、あんたはそれで本当にいいのかね? ウチの株券や地所をもらって、それをどうこうできるのかね?」と言わんばかりに、ロシア人からじっと目をみつめられた西欧の銀行家は、相手を破産させて完全な損失を蒙るよりはましとばかりに、債務支払いの延滞に応ずるのだ。

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2月初旬、日本経済新聞が第一面で「ロシアのリスケ」の可能性を報じた。その日のうちにユーロは暴落し、ロシア政府は記者会見をやってそのような可能性を否定する大騒ぎになった。これは誤報だったということにされてしまったが、確かにロシア政府が民間債務を代表して一括リスケ交渉をするようなことにはなっていないものの個々の銀行・企業はリスケ交渉をやっているのだ。だから、今年の返済は当初予想より楽になるかもしれない。

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そして、「対外債務」とは言いながら、実はそれは他ならぬロシア人自身が海外に逃避させた資金(脱税などのために)がまたロシアに再投資されている分も多いはずなのだ。正確な推測は不可能なのだが、2月27日付モスコフスキー・コムソモーレツ紙はクリチェフスキーという経済学者の言として、「2008年1~9月、ロシアの企業は海外のタックス・ヘブンから815億ドル、つまりロシアの対外借り入れの54.6%を得ている。これが全てロシア人自身の資金だとすると、ロシアの民間借り入れの半分は、在外のロシア資金から行っていることになる」と報じている。ロシアのメディアが、「政府は大金持ちが自分で自分に返済するために救済資金をくれてやっている」と批判する所以である。これも、対外債務返済の切実さを減殺する要因だ。

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財政赤字がどこまでインフレを激化させるかが問題

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だから心配なのは対外返済よりも、税収が激減したことで生ずる財政赤字が経済にどんな影響を及ぼすかの方なのだ。クドリン財務相は、「09年の政府歳入額は、昨年11月に採択した当初予算案の42%にしかならないだろう」と述べている。3月の修正案では、歳入見積もりを右クドリンの発言よりは大きい6.7兆ルーブル(約19兆円)とし、歳出9.1兆ルーブルを予定しているので、差し引き約2.4兆ルーブル、つまり約7兆円分が不足する。大統領府のドヴォルコーヴィチ経済問題補佐官は、「09年の財政赤字はGDPの8%以内に収めるべきだ」と言っているから、大体平仄があう。

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この2.4兆ルーブル、つまり約700億ドル分をどこから見つけてくるか? 本来なら石油収入の余剰分から積み立ててきた「安定化基金」こそ、その財源となるべきだろう。ところが、「安定化基金」のうちかなりは昨年秋以降の救済措置で使われたり、使途を既に決められてしまったりしたものと思われる。

報道された救済措置を合算すると(二重計算があると思うが)1.700億ドルにもなる。これに、本年2月クドリン財務相が言及した、銀行への400億ドルの追加措置を加えると、「安定化基金」の総額を上回るほどの規模になる。

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これは荒っぽい計算であるにしても、財政赤字を賄う財源が足りない、ということは言えるのでないか? これは、政府予算から給料をもらう者が勤労人口の3人に1人に達しているロシアでは由々しき問題だ。プーチン首相が大統領の頃から引き上げてきた公務員賃金や年金などが予定通り引き上げられない、いやそれどころか遅配も出てくる、ということになったら、彼の権威にも傷がつく。

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では、どうしたらいいのか? 一つはロシア政府が国債を大増発することだ。できれば外国で、ドルやユーロ・ベースで発行したいところだ。だが金融危機の今、そんな国債を買う者は海外にあまりいない。

だから、ロシアの中央銀行がルーブル紙幣を大増刷して政府国債をどんどん買い上げるしか道はない。しかし、GDPの8%分も増刷すればインフレは激化し、それによってルーブル・レートは更に下落してインフレを一層激しいものとするだろう。2月のレヴァダ基金調査によれば、職を失うことを心配する者(27%)より、インフレを懸念する者の方がはるかに多い(41%)。

もっとも、1998年8月の金融破綻ではルーブルは4分の1にも切り下がったのに、インフレ率は80%に「しか」ならなかった。今回は通貨介入に使える外貨準備がまだ2.000億ドルも残っているから、それほどのインフレにはならないかもしれないが。

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今のところ政治・社会不安は表面化せず

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2月中旬にはルーブルの下落は止まり、3月には株価も上昇に転じた。ルーブルの下落が止まったために、銀行も融資を再開し始めている。これをもって「ロシア経済は底を打った」と評する専門家さえ出始めた。前記ガヴリレンコフ氏は、09年のGDP成長率はプラス3%にはなるだろう、と言っている。

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このような状況下で、政治の方はどんな様子だろうか? 昨年5月、プーチン大統領は「自分は憲法を守って二期で辞める」というかねての言葉を守り、側近の一人メドベジェフを大統領に仕立て、自分はその下で首相となって経済を担当するようになった。その体制で早や11ヶ月になる。このメドベジェフ大統領・プーチン首相の二両連結(Tandem)政権は、いつかは2人、あるいはその側近の間の摩擦が激しくなって瓦解するのではないかと言われながら続いてきた。それはまあその通りで、メドベジェフ大統領はかつてのプーチン・チームの上に乗って仕事をしているようなものなのだ。

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だがプーチン首相への支持率も経済危機の結果、下落した。前期レヴァダ゙基金[5]の調査では昨年2月の62%から14%下がって48%になっている。だが同じ調査で、「プーチンがかなりの権力を保全している」と見る国民は45%もいる一方、「メドベジェフが真の権力を保持している」と見る国民は12%しかいないからたいしたものだ。

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メドベジェフ大統領は最近、独自色・積極性を強めようとしており、本来プーチン首相が担当している経済問題についても積極的に発言するようになった。彼は国営テレビで毎月2~3回を目標にレギュラーなインタビューを開始し、2月15日の第1回目には「経済危機についてはオープンで率直な議論を」呼びかけた。これまでは、2000年から2008年にかけロシアのGDPを5倍にもしたプーチン氏の権威に傷がつくのを避けるため、「危機」という言葉をマスコミで使うのは避けられていたのだが、メドベジェフ大統領はそのタブーを破ったのだ。

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そしてメドベジェフの大統領府は、「シラビキ」と言われる諜報機関出身者に大きく依存していたプーチン大統領第2期目との差異を強調するかのように、高級官僚にふさわしい人材の「100人リスト」、「1000人リスト」などを作っては公表を始めた。100人リストの場合、170名ほどのオピニオン・リーダーに依頼して自分の知人の中からふさわしいと思う人材を推薦してもらったそうだ。「シラビキ」はこの中には少なくて、実業家などが随分入っている。

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メドベジェフ大統領は2月中旬、「地元民の生活向上が不十分な」知事4名を更迭したが、知事の人事を起案するのは大統領府のスルコフ第一副長官で、後任知事の中にはプーチン首相の朋友の息子が入っていたりしたから、メドベジェフ大統領がその腕力を発揮したものとは受け取られていない。

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だからメドベジェフ大統領については、相変わらず「自分のチームを作れていない」ことが、彼に対する真剣な評価を妨げている。前記レヴァダ基金の調査によれば、2月下旬彼への支持率は39%にしかなっていない[6]。「真摯で知的で」だけでは、時には鉄の政治力をリーダーに求めるロシア人には物足りないのだ。

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今回僕が驚いたのは、プーチン首相が経済危機の責任をとって、あるいは大きなダメージを負う前に早期辞任して次期大統領選に向けて力を温存しておくべきではないか、というようなことがマスコミでおおっぴらに議論されていたことだ。メドベジェフ側がしかけているとは思わないが、「オープンで率直な議論が必要だ」という彼の言葉がマスコミの大胆さをあおっていることは間違いない。プーチン首相が早期辞任すれば、後任はシュヴァーロフ第一副首相だ、セルゲイ・イワノフ副首相だ、クドリン副首相兼財務相だ、セーチン副首相だ、或いは全くのダーク・ホースだと、議論が一時喧しかった。

だがそうした議論ももう熱がさめている。肝心のプーチン首相が早期辞任の動きは一切見せていないし、仮に首相が代わったところで経済が良くなるわけでもない。「肝心なのはアメリカ経済の復活なのだ(石油価格が上がるから)」ということは、ロシアの専門家が異口同音に繰り返すところだ。

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国民はこれまでプーチン首相を強く支持していたが、生活が良くなってきたのは高い油価のせいであることは、タクシーの運転手に至るまで知っていた。彼らは消費者ローンが使えるうちに、とばかり消費に励み、今は「やはり危機が来た」と財布の緒を締めている。危機が来たのは天体の法則のようなもので、プーチン首相やメドベジェフ大統領のせいではない、と彼らは思っているのだ。もっとも経済危機の中で上層部が腐敗を続けたり、格差を見せ付けるようなことをすれば、国民も政府を非難し始めるだろうが。

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98年8月金融危機ではルーブルが4分の1にも切り下がり、インフレは80%に達したが、これでも政治情勢は荒れなかった。一つには、野党が今の支配・利権構造の中に絡み取られていることが大きい。そして経済悪化を利用してのしあがる力量を持つポピュリスト政治家が目下いないことも、「灰色の安定感」を助長している。国民も、エリツィンを熱狂的に支持したあげく、あの90年代の大混乱に投げ込まれたことをまだよく覚えているのだ。[7]

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広大なロシアでは、経済が荒れるとすぐ、「地方の知事が独立傾向を強めるのではないか」という懸念を皆持つが、ロシアの地方は「独立」しようとしても、中央からの補助金なしにはやっていけないところが大半だ。それに今の知事は、プーチン大統領に実質的に任命された者が圧倒的多数だから、その面でもモスクワに頭が上がらない。

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だから、モスクワの雰囲気は盛り上がらないのだ。今の日本と同じで方向性が感じられない。「まるで灰色のゼリーの中をいつまでも泳いでいくみたい」という女性がいるかと思えば、「今のロシアには国はあっても国家がない」と吐き捨てる男性がいる。地方は大統領府(メドベジェフ大統領)、首相府(プーチン首相)のどちらを向いたらいいのかわからないでいる。「プーチン政権もメドベジェフ政権も、戦略家と言える人物がいない。状況に反応し、資金を配ってきただけだ」と極論を吐く者もいた。「もう『戦略』のことなど語っている余裕はない。今はどうやってサヴァイヴァルするかが、問題なのだ」と新ハムレットばりの言葉を吐く友人もいて、これがまあ(全世界的に)正しいのだろう。

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また戦争はあるのか?

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2008年8月のグルジア戦争や、今年2009年1月ウクライナをめぐる天然ガス騒動は記憶に新しい。双方とも、ソ連が崩壊した後の周辺諸国がNATOに傾いたことが、背景にある。ならば、同じことは今後も繰り返されるのだろうか? 答えを一言で言えば、「その可能性は当面薄い。ロシア指導部自身も、国内の北コーカサス地方の方に注目している」ということだ。

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なぜかと言うと、まず米国のオバマ政権が経済再建とアフガニスタン情勢の安定化を最大課題にしていて、対外関係の多くは話し合い重視の姿勢で当面乗り切ろうとしていることがある。ブッシュ政権が力で広めようとした民主化についても、オバマ政権は「まず安定化と開発。民主化はその成果としてついてくる」という姿勢だ。ブッシュ政権が「イランのミサイルを迎撃するため」、ポーランド、チェコに配備しようとしたミサイル防衛装備(MD)も、恐らく核兵器削減交渉の中に組み込まれていくだろう。

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グルジアのサカシヴィリ大統領は、南オセチア、アプハジアという分離派地域を平定することを公約として当選し、これを実現するため米国、NATOに擦り寄った。それに対して両地域は国境を接するロシアへの依存を深め、サカシヴィリ側と挑発合戦となった。どちらが先に手を出したのかは果てしのない議論になるが、サカシヴィリ側はおそらく米国による支援の可能性を過大評価していたのだろう。彼自身のエキセントリックな性格も禍し、西欧はもちろん米国世論も彼から離れた。サカシヴィリがロシアに雪辱戦をやろうとしても、西側の支援は得られないだろう。

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ウクライナはもともと国内が経済・文化面でロシア寄りの東部、西欧寄りの西部に分かれている上、ユシェンコ大統領とチモシェンコ首相、ヤヌコヴィチ等の有力政治家が虚虚実実の勢力争いを常に繰り広げている国だ。NATO加盟を支持する国民は30%もいないが、「ロシアかNATOか」という選択は内政の対立軸としては申し分ないテーゼで、いつも利用されている。だから1月の天然ガス騒動は、ロシアがウクライナのNATO加盟を止めようとして起きたものではない。もともとNATOの側は、ウクライナ加盟を現実の問題として考えてはいないのである。ロシア側にしてみれば、「NATO加盟、NATO加盟と言ってロシアを敵視するなら、NATO諸国なみのガス価格を払ってもらいますよ」というだけの話だ。

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ウクライナはフルシチョフの時代に、クリミア半島をロシア共和国から「もらった」。ソ連時代には単なる行政権の移動に過ぎなかったのが、今ではロシア・ウクライナ関係が荒れるたびにロシアの政治家が「クリミア半島を返せ」と言って利用する問題になった。そしてクリミア半島の端にあるセヴァストーポリ軍港は、ロシアの黒海艦隊の本拠地として今でも使われている。ウクライナからの借用契約は2017年で切れるが、この問題は両国の間で取引の大きな種になっていくだろう。だがロシアは米国と同じく経済問題に忙殺されているので、自分からウクライナにしかけることはないだろう。

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メドベジェフ大統領が2月、治安関係者を前にスピーチをした時、「経済不安が社会不安につながる可能性に用心せよ。特に北コーカサス地方に注意せよ」と言ったことがある。北コーカサス地方とはチェチェン、ダゲスタン、イングーシ、北オセチアなどのイスラム地域を意味する。このうちチェチェンはかつての内戦による破壊からはすっかり復興し、カディロフ大統領の強権支配の下に一応安定しているが、他の地域ではテロ、人質事件が起きている。ただこの地方の情勢が、国際情勢全体に大きな影響を及ぼすことはないだろう。


[1] 「資源ファクター」を狭義に解釈している政府の公的数字では、40%以下の依存率。

[2] ハイリスク・ハイリターンの投資をする「国民福祉基金」。

[3] もっともその大部分はインフレ分だ。ただルーブルのレートが一貫して上昇してきたために、名目ドル・ベースに換算しても同じくらいの伸びを示している。つまりロシア経済は、外からドル・ベースで見ても大きくなった。

[4] 3月5日、筆者に対しての説明。

[5] 中立系の世論調査機関。政府系の調査より、支持率は低く出やすい。

[6] プーチン首相は48%。

[7] 但し、2004年の大統領選挙でプーチンに対抗しようとして脱税を指摘され、シベリア送りになった元の「ユーコス」社長、ホドルコフスキーの将来に若干着目しておく必要がある。彼は2011年には刑期を終えるはずだったが、最近別の脱税容疑が発見されて裁判を受けており、その結果刑期が伸びて2012年の大統領選には出られないようになりつつある。

だがかつては「国民の資産を独り占めにした寡占資本家」として憎しみの対象だった彼も、モスクワでの裁判がテレビで放映されたことを契機に、受難の英雄の方向にイメージが急転回しつつある。当局が経済危機の責任を寡占資本家に被せようとして彼の裁判をプレイアップしたのが、逆目に出たのだ。

[8] いわゆる西欧の「国民国家」と言われるものだ。

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