この8月は、バイロイトでワーグナーの「二―ベルングの指環」4作が初演されて150周年になるのだそうだ。
バイロイトや「指環」には思い出がある。外交官としての初任の地が西ドイツの首都ボンで、そこにはなんとライン川が流れていた。着いて早々行ってみて、「ああ、これがラインか。これがヨーロッパか。でも結構川幅狭いな」という感慨にひたったことを思い出す。狭いと言っても少し上流にいくとそこはDrachenfels(竜の岩)という火山丘が岸にそびえる滔々たる流れで、そこを渡し舟(フェリー)で渡るとけっこうな幅があったものだ。

火山丘と言ったが、このラインのあたりは昔、けっこう火山活動が盛んで、Drachenfelsのあたりは「七つの山」という地形になっていて、ここが白雪姫の小人たちが住んでいたところ。
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そしてワーグナーに話を戻すと、「ニーベルングの指環」の第1話「ラインの黄金」はまさに、この竜の岩のふもとのライン川、その水中から始まる。3人の「ラインの乙女」=妖精が色好きの男を愚弄する。
Wikipediaによれば、「ニーベルング族のアルベリヒは3人のラインの乙女たちに言い寄るが、乙女たちは彼を嘲弄する。憤るアルベリヒは河の底に眠る黄金を見つける。黄金の守護者でもあるラインの乙女たちから、『愛を断念する者だけが黄金を手にし、無限の権力を得て世界を支配する指環を造ることができる』『でもお前のような色ボケには無理な事』と聞かされたアルベリヒは、『ならば愛などいらぬ、力で全てを支配すればいい』と黄金を奪い、愛を呪う言葉を残して去る」ということ。
なんとなく、今のアメリカの指導者を思わせる。
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僕が「ラインの黄金」を初めてみたのは、モスクワのボリショイ劇場。当時のソ連では、ワーグナーはヒトラーと同一視され、しばらくご法度だったのが復活したのだ。で行くと、舞台の正面に確か透明なビニールのカーテンが下がって水を表し、その後ろで乙女=歌手たちが何と宙を舞っている。ベテランの歌手たちで重量があり、彼らをロープで吊り下げた滑車がギーギー言って、鑑賞を妨げた。
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次に見たのは、あこがれの本場バイロイト。モスクワから監督のヴィーラント・ワグナーに手紙で、「これこれこういう者ですが、昔からワーグナーが好きで、特にバイロイトの公演はいつか見たいと思っていました。ついては一枚、割り当てをお願いできませんか」と書くと、事務局から返事が来て、買うことができた。こうでもしないと、とても手に入らない。
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で、夏の休暇をとって、バイロイトの一番安い宿に泊まった。屋根裏。そして空いている時間は、公園のベンチで仕事のソ連関係の資料を読みふける。
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第一夜「ラインの黄金」、第二夜「ワルキューレ」と来て、これは素晴らしかった。僕はコンサートやオペラでは大半を居眠りで過ごすのだが、これだけは全部起きていた。
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で、第三夜の「ジークフリート」で問題が起きた。初めにヴィーラント・ワグナーさんが舞台に出てきて謝罪する。
「皆様にお詫びします。ジークフリート役の××は風邪で声があまり出ません。ご容赦願います」だと。普通、代役を出すものだけど。
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で、英雄ジークフリートのパートになると、音量がにわかに半分になって、これはボリショイの滑車の音より気になった。
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そんなところが僕の「指環」についての思い出だが、後にソ連の崩壊を扱った大河小説「遥かなる大地」(熊野洋の筆名)では、末尾でアイデアを使わせてもらった。
小説の主人公イリヤ―が暗殺されかけて意識を失い、モスクワが大水に覆われていくシーン。
種を明かすと、これは「指環」の第四作「神々の黄昏」の終幕で、神々の城ワルハラが崩壊し、ラインの水に覆われていく場面から盗用したもの。まあ、ソ連崩壊にふさわしいではないか。
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もっとも、今年は旱魃で、ラインの水も涸れているそうだから、どうしようもない。
気候変動は文明を破壊する。




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