日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。


ピアニストのタッチとたゆたう詩情

タッチが素晴らしいピアニストは何人もいる。その中で、僕が最近はまっているのは小林愛実。一つの音でも、力を入れ、不意に抜く(感じ)と、支えを失った感情が宙にたゆたう。こういう芸を彼女は本能的にやっている。そして音色は、色のついた透明感、とでも言おうか。

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彼女はショパン弾きとして知られているけれど、シューベルトが素晴らしい。ある日、ソナタの20番イ長調を聴きに行った。その先は、小林愛実と言うよりシューベルト自身の音楽について。このソナタは、シューベルトがわずか31歳で死ぬ年に書かれたもの。

諸説あるが、第二楽章を聴いていると、死を完全に予知していたとしか思われない。

静かな諦念から始まるが、突然調整も脈絡もかなぐり捨てて音楽は荒れ狂う。なんで自分が死ななければならないんだ! 

小林愛実が強く打鍵しても、音の裏には虚無が漂う。シューベルトは狂う。叫ぶ。そして叫びはしばし中断する。「何を言おうが、もうおしまいなんだよ」---

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(次の演奏は小林愛実ではありませんが)

https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=youtube%2cschubert+sonate+Adur+D959&mid=5400364021AA0D4D6BA95400364021AA0D4D6BA9&churl=https%3a%2f%2fwww.youtube.com%2fchannel%2fUC4FVuqDaOBBYGVx-ljobaMA&FORM=VIRE

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