日本は核武装より精密誘導兵器で
今回の北朝鮮ミサイル、核実験騒ぎでは、日本の国内で核武装論議が不思議に盛り上がっていないようで、僕の学生達に聞いても「そこまではいらないんじゃないですか。アメリカの核の傘はまだ破れていないと思うし、それに日本はNPT条約に入っていて核武装をしないと世界に約束しているじゃないですか」と言う。
僕もそれと大体同じ意見だ。それに世界では、(テロリストを除き)核兵器は使えないもの、前時代のものという認識がじわじわと広がりつつある。それよりも
①無人軍用機とか(アフガニスタンなどで米軍が使っている、空高く飛んでいる無人飛行機が自分のレーダーで探知するとか、地上からの情報などで敵のアジトにミサイルを発射するというやつ。現代の雷神だ)とか、
②巡航ミサイル(敵のレーダーでは探知できない100メートルほどの低空を、ジェット・エンジンで千キロ以上も飛んで、カーナビと同じGPSシステムの誘導で発射直前の敵国ミサイルを正確に爆撃できる。通常火薬を使ってだ。但し、途中にある山、高い建物などは事前に測定してデータベースに入れておき、巡航ミサイルがこれを自動的に回避して飛行するようにする)
の方にリアルな脅威感を持つ向きが増えている。
例えばロシアでは最近、この面でのロシア軍の後れがしきりに指摘されている。何かあるたび、昨年8月グルジア戦争のように、基本的には第2次大戦的発想の戦車軍をがらがらと引出し、血みどろの戦いをするしかないからだ。前線のロシア軍将校たちは、自軍の通信装置が機能しないために、グルジアの商業回線を使って携帯で仲間と連絡し合っていたのだから、何をか言わんやだ。
それは余談だが、日本もこれらの兵器を持てば(と言っても、開発に時間はかかる)、一定の抑止力になる。アメリカの核の傘に100%依存しているのでは、マッチョの国際社会では一人前と見てもらえない。
但し巡航ミサイルを持てば持ったで、どこから発射するのかという問題は残る。日本本土に配備すれば、敵国による事前攻撃や破壊工作の対象になる。潜水艦から発射するのが一番いいが、日本は長期の隠密潜航ができる原子力潜水艦を持っていない。
無人機を開発しても、制空権を持っていない空域へ飛ばせば、敵の戦闘機に簡単に撃ち落とされてしまう。
では核武装はどうなのか?
マスコミには、売らんかなで極端な議論で世論をあおり、部数や視聴率を伸ばして儲けようとするところがあるが、核武装のような問題は冷静、真剣に議論しないと我々自身の生死の問題につながる。
日本は先進国の中でも最たるポピュリズムの国で、議員たちは地元の要望を右から左に実現しないと次の選挙で通らない。以下で日本の核兵器保有の可能性を論ずるが、万が一核兵器を持つと決心する場合には(以下の議論では、核武装は当面不要という結論だが)、世論がマスコミに煽られ「あんな国はやっちまえ」となった時に、核武装した日本から核ミサイルが「右から左へ」発射されないよう、制度上の仕組みもよく設計しておかないといけない。
(1)自前の開発?
やむにやまれず、日本が独自核武装の決断をするとする。米国のキッシンジャーなどは何年も前から冷たく、「日本は(米国から放り出されて)核武装せざるを得なくなる」と言っている。日本が核武装したら米国はどうする、と言っていないところが不気味なのだが。
核武装の決断をするとまず、NPT(核不拡散)条約との兼ね合いが問題になる。新たに核武装しようとする国は、核平和利用についても他国の協力を得られなくなってしまうからだ。つまり、日本が国際社会、中でも米国の承認なしに核武装しようとすると、まずウラン燃料の供給が止まる可能性が大きい。日本は発電の30%以上を既に原発に依存しているから、違法な核武装は停電を意味する。
イスラエル、インド、パキスタンが既に核兵器を持っているのだから日本も、とか言って、米国を政治的に説得したとする。すると次に克服しなければならないのは、技術的な問題だ。
原爆にはウラン濃縮型とプルトニウム型の2種類があるのだそうだ。ウラン濃縮型はウランを99%くらいの純度に濃縮したものを爆発させる。ところが日本国内では、せいぜい5%くらいにまでしか濃縮できない。原発燃料用には、それで十分だからだ。それ以上濃縮するには遠心分離機を今イランがやっているように、何千台も回せばできることになっているが、そこは日本の技術にとっては未経験の地だ。
プルトニウム型は原発を燃やしてできる(らしい)プルトニウムを、周囲に巻いた爆薬を百万分の1秒の精度で瞬時爆発させ、それで核分裂・爆発を誘導する。これは今、北朝鮮が開発しているものだ。これはウラン濃縮型以上に、精密な技術を必要とする。ウラン濃縮型核兵器は実験を必要としないらしいが、プルトニウム型は何回も実験しないと実際に爆発するかどうかもわからない。
だが日本では、核実験できるような土地があるのかという問題がある。
(2)米軍核兵器への相乗り
「日本独自の核武装の前にもっと手早な手段があるではないか」ということで、最近議論に出てくるのが、米軍核兵器への相乗りだ。驚くべきことに、ドイツ本土には米軍の核兵器が冷戦時代から多数配備されており、今でもどこかの敵軍が侵攻してきた場合には、その鼻先で爆発させて、敵軍先頭集団をせん滅することになっている(これを戦術核兵器と言う)。そしてこれを使う時には、ドイツ政府の同意も必要となる。実際の使用にあたっては米独双方の意思が一致しなければならないのだが、これを彼らはdual key方式と呼んでいる。この方式は、英米の間でも取られていたことがある。
同じようなやり方を想定する日本の論者は、たとえば
①非核三原則のうち、「核兵器を日本の領土・領海に持ち込ませない」という原則を緩和して、米軍核兵器を日本の領土あるいは領海の艦艇に配備する
②米国原潜に配備されている大陸間弾道弾「トライデント」のうち数基を日本にも使わせてもらう
というようなことを提案している。
僕は、核兵器を日本の領土のどこかに常時配備しておくことは地元が認めないし、それに事前攻撃の対象、敵国スパイによる破壊工作の対象となるからまずいと思う。
領海のどこかに常時配備しておくのもいいが、公海に配備するのでも違いはないと思う。
「核兵器を日本の領土・領海に持ち込ませない」という原則を緩和するというのは、だから、核兵器を日本の領土・領海内に常備配備するためではなく、米軍航空機・艦船が核兵器を抱えたまま日本に寄港・着陸することを認めるためなのだろう。これで米軍の作戦も容易になり、それだけ核抑止力も機能するということだ。これなら僕も賛成だ。
ただ、その米軍の核兵器にドイツなみのdual key方式を適用できるかというと、そんなに簡単ではない。dual key方式を導入すれば、日本が米軍核兵器の使用に実質的な拒否権を持ってしまうので、米国は嫌がるだろう(ドイツでのように、日本本土で戦術核兵器を使用することはほとんどあるまい)。
では日本によるリクエスト方式とでもいうか、「●●●のどこを●日●時に核兵器で叩いてください」と要望を出すと、米国が核兵器を繰り出してくれるやり方?---こう書いただけでこれが夢想でしかないことがわかるだろう。ドイツの場合、本土で使うことを想定しているからこそ、dual key方式が続いているのだ。しかもおそらく米国は、ドイツから戦術核兵器を引き上げたがっている。老朽化していることも、その原因だ。
米国原潜のトライデントは長距離ミサイルで、ロシアに狙いをつけている。これが打ち上がっただけで、ロシアはおそらく米国への報復攻撃のボタンを押すだろう。だからいわゆる大陸間弾道弾ICBM, SLBMというやつは、それほど器用に使うことができないのだと思う。
それに「●●●を叩いてください」というのは、核の傘、拡大核抑止力という一般的な日米間の了解と限りなく似ている。
というわけで僕は今のところ、米国による核の傘の維持、ミサイル防衛(MD)能力の日米共同開発の継続、そして日本独自の巡航ミサイル開発・配備で十分だと思っている。 河東哲夫
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