経済的視点から見た中央アジア・その二
(「国際開発ジャーナル」07年1月号掲載)http://www.idj.co.jp
Japan-World Trends代表
河東哲夫
前回は中央アジアでのビジネスにおける心構えのようなことを書いたので、この号では中央アジアとの経済取引の可能性について説明したい。
中央アジアの天然資源 中央アジアは天然資源の宝庫である。石油を大量に輸出できるのは今のところカザフスタンだけだが、現在の生産量は世界全体の二%、埋蔵量は世界の三、五%、に及んでいる。一見大したものではないように見えるが、IEAが二〇三〇年の石油需要は現在より五十三%増加するとの見通しを発表している中、カザフスタンのような新規油田が果たす役割は数字以上のものがある。既存油田の生産量は、もう大幅には増えないからだ。
天然ガスを大量に輸出しているのは今のところトルクメニスタンだけだが、これからはカザフスタンの天然ガス輸出も増えると見込まれる。中央アジア全体の埋蔵量は世界の四、三%、生産量は世界全体の四、八%に達する。トルクメニスタンのガスの大部分は、ロシアを通じて旧ソ連圏諸国に売却されている。ロシアのガスプロム社はロシア産ガスを西欧諸国に高く売り、旧ソ連圏諸国にはトルクメニスタン、ウズベキスタンのガスを安価に供給しているのである。ガス・パイプラインをガスプロムに抑えられている中央アジア諸国は、この条件をのまざるを得ない。
この中央アジアの石油、天然ガスについては、日本企業がこれまで何度もプロジェクト化を企ててきたが、そのうち成立したものは僅かしかない。商談として成立しにくい要因としては、「地理的に遠いこと。内陸部にあって搬出するのに費用がかかること」がよく上げられるが、これはどうも表面的な理由であるらしい。地理的に遠くともスワップ取引の対象とすればいいのだが、今のところ中央アジア諸国側が契約の義務を遵守するかどうかについて確信が持てないとか、油質が合わない、あるいは取引が不透明でコンプライアンスを確保できないとかが真の理由となって、実現しにくいようだ。当面、日本企業はドリル、パイプライン用の鋼管やコンプレッサー、LNGプラント、そしてウズベキスタンなどに豊富にある褐炭を使った石炭火力発電設備などの輸出を心がける方が現実的だろう。
中央アジアの石油、天然ガスを搬出するパイプラインがどの国を通るかは、真に地政学的な問題だ。前出のようにほとんど全てのパイプラインはロシア領を経由している。このような状況は、中央アジアが対ロ依存を脱却しきれない理由の一つとなっている。カザフスタンは近い将来、バクー=トルコ間のパイプラインを使って石油を西側へ輸出する構えを示している。トルクメニスタンは既にイランにパイプラインで天然ガスを輸出しているが、イラン自身天然ガスの大生産国であるので、イラン経由で第三国に輸出することに期待は持てない。従ってニヤゾフ大統領は、アフガニスタン経由でインド洋に抜けるガス・パイプラインを建設する意欲を持っている。また同大統領は今年八月、中国へのパイプラインを建設して二〇〇九年から年間三百億立米の天然ガスを供給する意向を表明した。
世界が環境問題を抱えて原子力発電の意義を再評価している中、ウラン鉱石の供給が逼迫している。アラル海右岸の砂漠地帯では地下水が熱水となって地表に自噴しているが、この熱は地下のウラン鉱石によるものではないかと言われている。タジキスタンのホジェント(旧レニナバート)には、ウラン鉱石積み出しのための鉄道がロシアから入っている。つまりカザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタンを中心としてウラン鉱石が豊富に分布しているのであり、カザフスタンでの埋蔵量は豪州に次ぎ、世界第二位を誇る。ここのウラン鉱石は品位が低いものの、殆んど設備投資をすることなく安価に採掘できる鉱床にある。
二〇〇六年八月の小泉総理のカザフスタン、ウズベキスタン歴訪においては、ウラン開発についての協力が合意され、これは非常にタイミングの良いものだったが、もともとはそれ以前からJOGMECなどによる調査の下に日本の企業が商談をまとめていたものである。カザフスタンのウラン鉱石は、ロシアにとっても非常に大きな意味を持っている。というのは、原子力発電に多くを負い、これから原子力発電設備の輸出を増やそうというロシアにとって、ウラン鉱石の確保は焦眉の急になっているからである。資源大国ロシアでもウラン需要量の半分近くは現在、ロシアに「豊富にある」ミサイルの核弾頭を解体・希釈して得ていると言われる。
カザフスタンはそのロシアの足元を見透かし、ウラン鉱山をロシアに売り渡すまいとしている。日本との取引もそのような動きの一環として見るべきである。しかしそのカザフスタンもロシアに対して弱みを持っている。それは、ウラン鉱石を輸出する場合、ロシア領内の鉄道を通らざるを得ないこと、また地元で濃縮する設備がないことである。日本も、中央アジアで購入したウラン鉱石をロシアで濃縮しなければなるまい。
その他、中央アジアは金、非鉄金属、稀土類などにも恵まれているが、所有権が不明確なままだからこれへの直接投資はリスクがある。〇六年十月には、ウズベキスタンの金鉱山から合弁パートナーの米英企業が無理無体に追い出されたが、これは〇七年から法人使用の土地を民営化することが認められるようになるのに合わせ、ウズベク側が利権を独占するためであったとの観測が行われている。
中央アジアから輸入したいもの
中央アジア5カ国と日本の貿易は、年間五億ドル程度である。日本の消費財輸出の場合、正規ディーラーによるものは少なく、多くはイスタンブール、モスクワ、ドバイから小ロットで仕入れている。シルクロードの時代以来、この地方の人達は物流で食べているのだから、仕方あるまい。
では中央アジアから何を輸入できるだろうか。日本や欧米のように、自分達で使う以上に膨大な量の商品を生産している国など世界にそうありはしない。産業革命以前の社会は、必要なものは必要な量だけ作って、それでも心豊かに暮らしていたのである。そのような社会が食物や衣服を大量に輸出すれば、経済がおかしくなってしまう。にもかかわらず中央アジアから日本にもってきたらいいと思うものには、まず果物がある。中央アジアのメロンやスイカの美味しさは、味わったことのある者しかわかるまい。ただこれはやたら大きく、日持ちが悪いから、ナマのままでは輸出には適していないだろう。乾燥して菓子にし、美しい包装でもすれば、ブレークするかもしれない。同じ伝では馬肉のソーセージなども日本で味わいたいものだが、品質、検疫等の問題があるだろう。
中央アジアでは養蚕が盛んで、桑の木が多数ある。絹糸や桑の葉は最近、薬品の原料として注目されつつあり、付加価値の高い対日輸出品目になりえる。茶やワインも同様だ。中央アジアの服飾品は中世からその明るく豊かな色彩で際立っているが、それは現代ファッションに反映されている。ウズベキスタンはファッション・デザイナーを養成しており、中にはパリで活躍している者もいる。ファッションを買い取って大量生産することも可能だろう。
中央アジアに直接投資して現地生産を行っている日本企業もある。トップの者の了承を得れば、それは不可能なことではない。しかしたとえトップの者の了承を取っても、利権に連なる者達全部の事前了解を取ることは不可能であり、事業がスタートした後、彼らが協力を拒むと事業が成り立たなくなることも多い。繰り返すが直接投資は不可能なことではなく、カザフスタンの製鉄企業はミタル・スチールに買収されたし、カザフスタンの石油には欧米の石油企業が入り込んでウィンブルドン現象を呈している。ウズベキスタンでもネスレがミネラル・ウォーターを生産し、アフガニスタンの米兵などに輸出して利益を上げたし、ブリティッシュ・アメリカン煙草会社はウズベキスタン随一の煙草企業になっている。但し現地の経済の太宗が実質的には「計画経済」の下にある中、これら外国企業は市場経済と計画経済の境目にあって、時には厳しすぎる規制を受けたり、原材料の入手に手古摺ったり、四苦八苦している。 (了)
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コメント
2003年10月より前にウズベキスタンの直接投資受入れが伸びないのはIMF8条国でないからという意見が聞かれたものですが、8条国入りしても状況は変わりませんでした。
彼らは常に「うちには原材料と土地と建物と労働力がある。日本から資金と技術を提供してもらえれば大きなビジネスになる」と言いますが、周りが○○スタンの一筋縄でいかない国ばかりで輸送の手間とコストを考えると、同じ綿花でも海への直接の出口を持った中国やインド、パキスタン、エジプトにかないようがありません。
中央アジア製品のsomething specialがない限り、企業は進出の判断を下せないでしょう。域内共同市場も言うは易しで、ともすると6,000万の市場創出の役目を彼らに押し付けがちですが、何か突破口を開くきっかけを見つけたいものです。
「電波少年」様の言う通りだと思います。
民間でのビジネスが難しい国は、日本政府がまず水路を開かなければいけないと思います。具体的には、中央アジア諸国が共同で使えるような経済インフラ(例えば横断・縦断道路の一層の整備とか鉄道とか)を円借款で作っていくべきです。
ただトルクメニスタンのニヤーゾフ大統領が急死し、キルギスタン情勢も不安が続く今、中央アジアの喫緊の課題は安全保障、なかんずくアフガニスタン情勢の安定化だと思います。ただこれは日本には手の余る話で、アメリカ、NATO、インド、パキスタンなどを巻き込んでの荒業が必要となるでしょう。