Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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論文

2006年11月25日

ロシアとアジア

東アジアでのロシアとは何か ーパリのアメリカ人、アジアのロシア人
(善隣協会での講演)
11.1.2005
河東哲夫
 紹介にあずかりました河東でございます。 外務省には三十五年ぐらいいて、ソ連とロシアの在勤が合計で十一年間くらいだったのですが、二週間ぐらい前の日経新聞の夕刊を見ていたら、コラムにおもしろい話が出ていました。人間というのは一生のうちに一回か二回は大学で習ったことが全然役に立たなくなるときがある、と書いてあったのです。これはソ連崩壊後、世界中のソ連専門家が味わわされたことでしょう。  そういうわけで、私はロシア語は横において、中国語を勉強しております。これからの日本外交にとっては中国が非常に重要だというので、この一年の間に中国、台湾、韓国、ロシア、アメリカをまわって話を聞いて来ました。今日はロシアだけの話だとみなさんにそれほどご関心を持っていただけないかもしれないし、私自身もロシアだけという関心の持ち方はこの時代にふさわしくないと思っているので、今日本にとって一番重要な東アジアの中で、ロシアは我々にとって一体何なのか、というお話をしたいと思います。ロシアが太平洋岸に達したのはわずか十九世紀のことですが、それ以来ソ連崩壊までは東アジアにおいても重要なプレーヤーでした。  本日は、大体このプリントに沿ってお話しようと思うのですが、まず、東アジアそのものはどうなっているかということについてです。東アジアは言うまでもなく、数百年に一度の大変動をむかえていると思います。アヘン戦争で清は植民地主義の諸帝国にやられてしまいましたけれども、その前には中国を中心にしたアジア経済体制があったわけで、中国はその頃の地位を序々に回復しつつあるのです。  中国が台頭してきたせいで、植民地主義時代が本当に終わろうとしています。植民地時代というのは第二次大戦の終わりのときに一応終わったことになっていますけれども、金融とか軍事面、マスコミの面における欧米諸国の支配は、全然終わっていません。それが今回、中国という大きな国が出てきたことによって、もっと植民地主義の体制はこわれるだろう、と思います。  またアヘン戦争以前はアジアには中国を中心とした、冊封体制が機能していました。この冊封体制というのは、朝貢体制が経済面での対中従属であるのに比べて安全保障と政治面を含めた対中従属です。  要するに朝鮮、ベトナム、そういった中国の周辺国は中国に従属、忠誠を誓うことによって中国に守ってもらったのです。それが冊封体制です。古代アテネを中心とするデロス同盟もやはりアテネに対する従属と、それに対する引きかえの安全保障の体制です。つい最近はソ連を中心にしたワルシャワ条約機構というのもありました。  日本は中国の周辺の国でしたけれども、その中では唯一冊封体制にほとんど入っていませんでした。しかし漢の頃までは冊封体制に入っていたようです。九州の志賀島で発見された金印がそれを証明しています。  そのあと隋ができて、聖徳太子が初めての遣隋使を送ったころには日本は既に冊封体制をはずれていたようです。ですから「日出ずる国の天子が日没する国の天子に書をいたす」という外交文書は、日本は冊封体制の中にありませんよ、という明確な意思表示だったわけです。  それ以降、足利義満が勘合貿易をするまでは、日本は冊封体制の中に入っていませんでした。これは当時の東アジアではユニークな国の在り方だったと思います。  それで、日清戦争によって日本はその冊封体制を大きく食い破り、そのあと朝鮮を自ら服属させることによって、冊封体制をまったく駄目にしてしまうわけです。ですからその面でも、中国の日本に対するうらみというのはあるわけです。  台湾情勢はStatus quoが一番  さて現在、東アジアはどういう安定要因、不安定要因をかかえているか、ということです。中国が大きくなってきたように見えますから、我々はともすればパニックにおちいりがちなのですが、たとえば太平洋がなくなってアメリカがそばまで来たとする。そうすると日本はアメリカと中国とロシアという大きな国に囲まれた、まるでスイスみたいな感じに見えるわけです。  お配りした地図、これは同じく太平洋が干上がったとして、アメリカが日本のとなりまで来た地図です。ただ、大きさが調整してあって、この各国の大きさはGDPの大きさに大体合わせてあります。そうすると、日本はスイスみたいな存在では全然ありません。アメリカの約半分、中国の四倍、ロシアの十倍、ロシアはこの地図ではほとんど見えません。それから韓国、台湾が非常に大きな存在になっているわけです。  もちろん日本は政治力と軍事力において劣っておりますからこれほど大きくはないのですが、自然の地図ほどは小さくないのです。ですから現在の中国に対してそれほどパニックにおちいる必要はありません。  それに加えて申し上げれば、現在のアジアでは武力に訴えてまで現状を変更しようとする勢力はない、全ての勢力が現状(ステータス・クオ)の維持を望んでいる、ということは非常に大きな要因だと思います。  日本はもちろん、アジアの現状を武力で変えようなどとは思っていませんし、アメリカもそうです。アメリカは、台湾を中国が武力で攻略するのだけは防ぎたいと思っているだけです。  では、中国はどうかということなのですが、一般には中国が台湾を武力で併合してしまうんだ、とさかんに言われていますけれど、中国の専門家に意見を聞いてみますと、みんな否定します。  彼らが言うには、中国が現在一番必要なのは経済発展で、台湾に武力で侵攻したりすればアメリカとの武力衝突や制裁で、中国の経済がめちゃくちゃになる。そうなれば中国共産党の統治も危なくなると。ですから中国にとって台湾の情勢というのは現状が一番なのですと。ただ台湾がはやまって独立を宣言したりさえしなければいいのであって、中国人に言わせれば、アメリカもよくわかっているから、台湾の人たちが早まって独立なんか宣言しないように抑えていてくれているのだと。だから中国は、アメリカがアジアにいることを歓迎する、日米安保があることもその意味で支持している。とはっきり言い切ります。ですから、中国は台湾で現在のバランスをくずすつもりはまだないと思います。  では台湾当局はどう考えているかというと、台湾の陳総統、彼は二〇〇四年十二月の総選挙までは、早く独立するだとかそういうプロパガンダを使っておりましたが、肝心の総選挙で負けて、少数与党になってしまったものだから、独立を強調することをひかえてきました。  しかも台湾の多くの政府関係者、専門家の意見を聞いてみると、これもやはり現状維持しかしょうがないのだ、それが台湾にとって一番いいのだ、ということを言っております。彼らが言うには、独立を宣言したりすれば、それは当然中国が武力を行使する。これはたまらないと。その場合アメリカもそんなに助けてくれないかもしれない、とはっきり認識しています。  ただもちろん台湾人は、そういった自分の存在のあり方がちょっといやなのです。独立でもないし何なのだろうと。これは世界史上例がない存在です。ヴェニスにも似てないし、一体何なのだろう、ということで台湾の人たちはアイデンティティを気にしています。  それから韓国ですが、韓国は朝鮮半島統一を目指している、と言われます。しかし韓国の専門家の意見を聞くと、統一がそんなに早く実現したら実は困ると見ているようでした。例えば、ドイツの例をみますと、東ドイツが早くころがり込んできたせいで、ドイツは財政赤字に悩み、経済もそんなによくない。同じことが韓国に起こったら、せっかく苦労して築いた高い生活水準が三分の一以上下がってしまうではないか、これは困るんだと。徐々に交流を強めていきたい、と言っていました。  では中国が朝鮮半島についてどう見ているかということですが、中国にとって北朝鮮というのはバッファーステートです。韓国にいるアメリカ軍を中国は念頭に置いているから、米軍と直接対峙するような情勢は望ましくない。だとすれば、北朝鮮が今のままでも、とにかく安定して存在していてくれればいい、ということを専門家ははっきり言います。中国は朝鮮半島についても、現状維持を願っていると思います。  こうして現在の東アジアではすべての国が現状維持が望ましいと考えていると言えましょう。  読めない中国軍部の心中  では不安定要因は何だ、ということですが、それは中国の軍部がどういうことを考えているかわからないということです。  報道を見ていますと、ずいぶん戦闘的なことを言う将軍たちもいるし、錦涛主席の軍に対する抑えが、まだ江沢民前主席ほどではないと言われていますが、その中で中国軍の装備近代化を急ぐために予算はどんどん増やしています。装備を近代化するためにはさらにたくさんの年がかかりますが中国軍人の心中が読めないということは事実です。  それから中国の経済、これも伸びているように見えますけれども、実はかなり脆弱な面が多いので、これも不安定要因であるわけです。国営の銀行が大幅な不良債権をかかえているというのは誰もが知っていますし、現在毎年8%、9%に達している経済成長も、一皮むいてみると、張子の虎みたいなところがあってもろいんです。  なぜかというと経済成長の三分の一以上が建設によるわけです。建設というのは我々が実際に見てみると圧倒されてしまう上海の高層ビルの立ち並んだ姿であるとか、北京の高層マンション群であるわけですが、このまえ上海から帰ってきた人の話を聞くと、高層マンションは夜ほとんどあかりがついていなかったと。それは停電があるのは事実なのだけれども、投機のためにマンションを買っては高く売っている人がほとんどなんです。これは金持ちもそうだし、中産階級の人たちもそうです。  中国の建設というのは、バブル的な要素をかかえており、しかも建設資本の半分以上が投機のために中国に流れ込んでくる外国資本ですから、いざとなれば逃げ足が早いのです。それから成長率の半分ぐらいを占めている輸出、これもまた半分以上が外国資本によるものですから、やはり中国の経済の足腰はまだ非常に弱いのです。  部品生産がそれほどでもないし、中国人自身が、中国には資源も何もない、ただやっているのは組み立てだけですと卑下して言います。それは事実に近いのです。ですから中国経済が不安定要因の一つではあります。  それから日米安保の強化、これはラムスフェルド長官がすすめているトランスフォーメーションという、要するにアメリカ軍の世界の配置、それから軍の編成、兵器、すべてを見直して組み変えるということなのですが、この中でアメリカ陸軍の第一軍団の司令部が座間にもどって来るとか、原子力空母が横須賀を母港にする動きであるとか、そういったものに対して中国がどういう反応を示すかというのが一つのまだ読めない要因です。  それからアメリカの動向ですが、今の我々のアジアでの安全保障というのは中国が大きくなってくる中でアメリカに大きく頼っているわけです。ところが中国が大きくなってきたように見えるものだから、韓国も中国になびきつつあるし、ASEANも中国の方を見ながら色々外交をする、ということで、日本にとってはアメリカしか残っていないという情勢が現出しつつあると思います。  その中でアメリカがイラク戦争によって世界的信用を失ってしまったということは、非常に痛いことです。このまえチェイニー副大統領の主席補佐官が告発されましたけれど、今は同じ容疑でブッシュ大統領の補佐官が告発されるかどうかというところです。これは虚偽の証言をやって、それでイラク戦争を始めたかどうかといことですから、非常に大きなことだと思うのです。もしこれが本格化すると、ウォーターゲートをはるかに上回るマグニチュードを持ったスキャンダルになるかもしれません。  世界でアメリカの人気がこれだけおちている中で、これから二年以上もアメリカの外交の空白がもし続くとしたら、果たして大丈夫なのかと思います。すでにBBCとか国際世論の一部は、中国がアメリカにとってかわって世界の覇者になるのはいつか、という問題提起をし始めています。  ノムヒョン(盧武鉉)政権、これは経済が悪いものだから支持率がどんどん下がっています。そういう事もあって外交面で支持率を上げようとしています。彼らがやろうとしているのが北朝鮮との関係です。ですから発電所をつくってやるとか色々な経済協力のパッケージをぶち上げています。それから中国が韓国にとっても貿易相手ナンバーワン、韓国の直接投資相手のナンバーワンに数年前になったものですから、昔高句麗をとられていたようなことはすっかり忘れてしまって、中国に軸足をかけようとしているわけです。  韓国は昔と違ってずいぶん自由な社会になったのですが、自由を守るとか、中国の社会がまだ相変わらず自由を制限されていることは全然意識の外にあるのか、横から見ていると危ないなと思うようなことを新聞で色々読みます。  台湾の動向もだんだんよめなくなって来たと思います。台湾が中国本土に対する投資を九〇年代のはじめに解禁したときがありますけれど、あれで中国の急速な経済成長のひきがねが引かれたと思っているのですが、台湾は中国本土に直接投資をしているところとしてはナンバーワンです。  中国本土での生活水準が次第に上がってくると、台湾から中国の工場に派遣されて行った台湾の人たちがそのまま中国本土に居ついてしまう例が増えてきました。自分たちの息子とか娘を中国本土の大学へやって、将来に備えて人脈をつくらせることを始めた台湾の人もいるそうです。  二〇〇七年には台湾でまた総統選挙があります。現在の与党の民進党は支持率がとみに低下していますから国民党が政権を取り戻す可能性がささやかれています。国民党系の人達は本土との一体感が強い人達ですから、独立よりも協調に重点を置くかもしれない。その中で反日カードを使うことさえあるかもしれない、と思っています。  反日運動に過剰反応するな  ではその反日運動、これはアジアの不安定要因ではないのか、ということなのですが、私は反日を我々が不安定要因だとか言って心配して過度に反応するのは望ましくないと思います。一つには今年が六十周年だからなおさらそういう問題が出てくるし、日本が憲法改正そして安全保障理事会の常任理事国になる動きを本格化させたことが、やはり中国、韓国を本気で心配させた面もあると思います。  我々がいつも念頭に置いておかなければならないのは、中国人、韓国人に日本はどういうふうに見えるかということです。中国や韓国に行ってみると、日本は相変わらず海の向こうに壁のように立ちはだかっているものすごく大きな存在なのだと思います。要するに韓国経済の十倍だし、中国経済の四倍であるわけです。  しかも技術はほとんどすべて持っている。自衛隊は強くて、もし憲法が変わればどういうふうになるかわからない。彼らにしてみると、日本というのはアジアの現状を変えたいと思う国かもしれない、と思っているのだと思います。だから我々は中国、韓国がアジアの現状を変えようとすることを恐れていますけれど、中国、韓国の人たちは同じことを日本について、日本が思っている以上に恐怖感を持っているのだと思います。それが反日運動の一つの基盤にもなっていると思います。  またテレビを見ていると、中国で反日デモに出てきた学生たちは笑っていたし、現場にいた日本人留学生の話をあとから聞いてみても、みんな何に参加するのかわからずにとにかくアベックでピクニック気分で出掛けて行ったのだという学生もいます。反日運動の背景にはそういった対日恐怖心、ピクニック気分に加えて、中国社会、特に学生と青年の間にわだかまっている大きな不満もあると思います。  中国の学生の数が、この数年の間に百五十万人から三百五十万人に増えているので、これほど増えれば就職できない人たちも出てくる。彼らがインターネットでずいぶん反日をあおり立てている気味もあるのだそうです。反日についてはそういった三つの要因があります。アメリカで活躍している中国人達の動きもインターネットを通じて中国国内に影響を与えています。  ただそんなことよりも一番大事なのは、中国の普通の人たちがどういう気持ちで毎日暮らしているかということを認識することだと思います。  大都市だけ見てどうこう言うのは控えたいのですが、上海とか北京に行ってみると、そこの普通の人たちは、日本のことなど普段考えていませんよね。そんな時間はないですよ。彼らは医療保険もそんなによくないし、年金制度もくずれてしまったし、ということで少しでも多くかせいで、いいアパートを買って、それをいい値段で売って、というようなことを主に考えているのだと思います。ですから反日については、来年の動向をまた見ていく必要があると思います。  反日について我々は中国と韓国しか認識しませんけれども、一九七〇年代にはASEAN諸国で反日運動がありました。田中総理がインドネシアとタイを訪問したときに、今よりもっと激しい反日デモがあって、在留邦人の人たちは数日間家から外に出られなかったのです。それが今ではインドネシアやタイではそんな反日などという気配も見えないわけですから、中国、韓国についてももっと気長に考えていく必要があるのだと思います。  中国の大都市は中流社会  もちろん我々もアジア諸国に対する戦後処理があれでよかったのかどうかという事については、もっと虚心坦懐に考え直す必要があると思います。と言うのは、サンフランシスコ平和条約を見てもわかるように、アジア諸国の多くが日本に対する賠償要求を取り下げておりますが、あれは冷戦でソ連を主敵と認識したアメリカが、日本を盛り立てるためにアジア諸国に対して働きかけたことが大きな要因です。  アジアについては日本もあまり受身で対応していてもしょうがないので、これからどんどんアジア外交を積極化していかないといけないと思うのです。ただ日本での議論を見ていると、何かモラル的な背骨がないな、と感じます。  外務省をめぐる色々な政治家の話であるとか、ああいうのもモラル的な判断の基準というのがないのです。これから日本がアジアにおける外交を積極的に展開していくのであれば、やはりASEAN諸国であるとか韓国であるとか、そういった国に対して、日本というのは魅力的な国だな、というふうに思わせないといけません。いわゆるソフトパワーというものがないといけないと思います。  ここでお配りした資料をご覧いただきたいのですが、これは中央大学の猪口孝教授と東京大学の田中明彦教授が中心になって作られた、アジアバロメーターという大変すばらしい資料集です。  これは二〇〇三年、アジアの十ヶ国でこの二人の教授が世論調査をやったのです。それが普通の世論調査とは違って、アジアの人たちの生活意識についての調査なのです。たとえばどういう国のテレビを買っていますか、というような質問から始まって、あなたは隣り近所の人たちのほとんどを信用できますかとか、あなたの生活レベルは大体どのくらいに属すると思われますか、という質問です。  アジア全域十ヶ国において六八・九%の人が、自らを中流レベルと位置付けています。もちろん全体のレベルが低ければ、いくら中流だといっても我々の下流になってしまうのですが、いまや上海、北京その他の中国の大都市の生活を見ていたって、直感的に言えば彼らの生活はもう下層ではありません。我々の水準で言っても中産階級です。  一九七〇年位の日本の中産階級に相当します。その中で自分は中くらいだと感じているのだから、と言うことはアジアの大都市においてはすでに中産階級、中流社会が成立しつつあるのだということだと思っています。  言ってみれば中国とかそこら中に、日本とよく似た社会が成立しつつあります。これは我々のODAのおかげもあるし、我々の直接投資のせいでもあります。それからもちろんアメリカやヨーロッパの直接投資、彼ら自身が低賃金でよく働いたこと、そのおかげで戦後の日本によく似た右肩上がりの社会、所得のことばかり気にしている社会ができているのだと思います。  今の日本ほど自由を享受している社会はありません。アメリカ以上です。アメリカ人が日本にやって来て、今の日本は自分たちよりもっと自由だと私に言って帰って行きます。だから日本が現在持っている自由はものすごく貴重だと思うし、他のアジアの国に対してそのことを宣伝する価値はあると思います。  それから日本は言うまでもなく所得の格差が小さな社会です。これもまたアジアに対するセールスの材料になります。たとえばロシアとかアメリカとか中国は、格差がまだ大きな社会ですから、ちょっと差をつけることができると思います。そういったソフトパワーを日本とはこれからもっと意識して使っていかなければいけないと思います。  失敗したゴルバチョフ改革  そういった一般的な東アジアの情勢の中で、ロシアの話が全然出てこなかったのですが、残念ながら東アジアの情勢の中でロシアをどういうふうに位置づけていいかというのは、私もわからないし、ロシア人もわからないのではないかと思います。  ロシアの話をすると、西暦八百年ぐらいのルーリックのころにさかのぼらなくてはいけないのですが、ソ連のときまでで止めておきます。ソ連とは何だったのかそれが今ロシアとしてどんな国になっていて、果して自律的な経済発展をこれからダイナミックに進めていける体制にあるかどうかという話しです。  簡単に申し上げれば、プロレタリアート独裁の国で、べつにレーニンとかそういった革命家がえらいことを考えてそういうふうにしたというのではなくて、ロシア革命後の権力の真空の中で、労働者が自分たちの企業を全部簒奪し、所有者を追い出し、大きなアパートにはどんどん自分たちが一部屋一家族で住みつき、貴族の農地は農民が接収し、そういった状況の中で自然に起きたプロレタリアート独裁なのです。  これをあとに戻すことはもうできなかったものですから、共産党はその上にのっかって、すべての生産手段を国有にした上で独裁を展開しました。こうなると、社会は恐怖で統治されることになるわけです。なぜかというと、国民同士が相互に監視を始めるからです。  国民は自分たちの経済が色々なものをぶんどりあって仲良く分け合って成り立っていることを知っていますから、その中で一きれでも多くケーキを手に入れる隣人が出てくると、それをおかみに告げるのです。  たとえば、昔ロシアの農村に行ったことがありますけれど、そこに蜜蜂を飼っている農家がありました。その主人がぼやいて言うのですが、隣の家の主人が嫉妬深い奴で、家の蜜蜂がそこにとんでいくと手でプツンとつぶすんだと言うのです。それから自分の家庭菜園でつくったトマトをモスクワの自由市場に持って行きでもしようものなら、次の日には隣人から当局に対して密告がいくのです。  本来悪いことをやっているわけではないのですが、いかにも悪いことをやっているように密告する。少しでも自分の取り分が減らないように、お互いに密告しますから、警察もそれを反映して、要するに密告に従ってとりしまるわけです。  それがスターリンの恐怖政治だと言ったら簡単にしすぎてしまう話なのですが、とにかくみんな同じことをやっているのが一番安全で、みんなと少しでも違うことをやっていればそれは刺されるのだ、ということになりますから、ソ連の人たちは小学校のころから、みんなと同じことをやるんだよ、と言い聞かされて育ったのだそうです。  すべての生産手段、すべての富を国家が持っているものですから、国民は当然国家に依存します。アパートは無料でもらえたのですが、その順番はおかみのさじ加減次第。海の家山の家に行くのもこれも労働組合の幹部のさじ加減次第。ですから偉い音楽家の自伝を読んだことがありますけれども、彼女の友達は体を労働組合の幹部に売って海の家の切符を手に入れていたとか、そういうことさえ起きていた体制です。そのソ連がどうして崩壊したかということなのです。  非人間的な体制がいつまでももつはずがないということを言っていた方々がいますけれど、そんな抽象的なことではなくてやはり人為的なことによって崩壊しました。ひとことで言えば、ゴルバチョフの社会主義立て直しが失敗したわけです。どういうふうに失敗したかというと、共産党組織を破壊したことが一つの大きな理由です。  共産党というのはイデオロギーを宣伝しているだけではなくて、もっと大きな意味を持っていて、実際にはソ連の経済を統制、運営していたのが共産党の組織です。  共産党の組織というのは地方すみずみに至るまであって、たとえばモスクワの杉並区に相当するような区の党組織の文書を見ますと、モスクワの郊外の農園組織と契約を結んでいて、毎日の野菜の配達量まで、「杉並」区の共産党の支部が差配しているわけです。ところがその党が、ゴルバチョフの民主化に抵抗したわけです。ですからゴルバチョフは党を抑えてしまったのです。共産党が経済の運営をやることはまかりならん、というお達しを出したものですから、それを契機にしてソ連の経済は崩壊に向かいました。マフィアも流通面に出てきた。  それからもう一つは、ゴルバチョフが経済を自由化したあおりとして現金が市場にどんどん出てきてしまった。それまでは計画経済でもって企業と企業のやりとりはすべて銀行経由でしたから、現金は市場に出て来ませんでした。ところが自由化によって現金が大量に市場に出てきました。国民の手元にたまったのです。これがインフレ圧力になって、いざ価格が九二年一月に自由化されると一年半ぐらいの間に六千パーセントぐらいのインフレになってしまったわけです。  要するに日本の終戦直後と同じように通貨が市場にあふれて、ハイパーインフレになったのです。ゴルバチョフのやった規制緩和がこの二つの現象となってソ連の崩壊を助けたわけですが、これだけでは一つの国というのは倒れないと思います。これだけだったらソ連は今でもあったでしょう。やはりエリツィンが出てきて強引にソ連を分解してしまわなければ、ソ連は今でもあったと思います。  どういうふうに彼が破壊したかというと、自分が一番偉い大統領になるために、それまでもロシアの大統領だったのですが、ソ連の大統領ゴルバチョフの、ソ連の大統領という位を亡きものにするために、ソ連をつくっていた十五の共和国に対して、おまえのところは独立して主権をとれ、とどんどんけしかけたわけです。そんなわけで共和国は外国とも直接貿易を始めるし、中央政府に税金を払わなくなりました。これは非常に大きかった。  最後のとどめの一撃として、九一年十二月にロシアと白ロシアとカザフスタンとウクライナの大統領が白ロシアの森に集まって、ソ連をしゃにむに分解してしまったわけです。取締役会の一部が集まって、小数でもって会社の解散を宣言したようなものです。そういうわけでソ連は崩壊しました。  大衆は利用されるだけ  あまり詳しく話をするとロシア専門の話になってしまうので、これからの中国にもしかすると参考になるかもしれないので申し上げます。「改革学」と私は名付けているのですが、一般に改革とか革命が起こる場合、わりと共通した現象が起こることがあります。これは現在の小泉総理のやっておられる改革のときにも同じような現象が少しは生じています。  まず最初に抵抗勢力というのが現れます。改革をしようとする指導者は抵抗勢力を破壊しようとします。ところがうまくやらないと、抵抗勢力自体が自分の権力基盤であることがありますから、ゴルバチョフはまさにそれをやってしまったのです。共産党を破壊してしまったのです。  改革、革命の初期、大衆は拍手喝采します。これはなぜかというと、特にロシアの場合には大衆の依存体質が強いものですから、要するに国家というのは何かくれるものだ、と思っているわけです。そこでゴルバチョフみたいな若い指導者がペレストロイカというすばらしいことを言っている、これはきっと何かくれるに違いない、と思ったのです。ですから一応支持しました。  そうこうしているうちに、今度はエリツィンというもっと勇ましいことを言う人が出てきてゴルバチョフを批判して、ゴルバチョフの改革は生ぬるいなんて言い出したから、これはエリツィンの方がもっとたくさんくれるのだろうと思ってみんな支持してしまった。インテリの方はそれほどでもないけれど、とにかく自由と称するものをくれるそうだから欲しいと言いました。  インテリも物が欲しいですから、自由になれば、民主主義になれば、市場経済になれば、明日からベンツに乗れるのだろう、ソニーが買えるのだろう、と思ったわけです。インテリ、大衆とも、まさか自分たちの犠牲で改革が実現されることになるとは夢にも思っていないわけです。ですからあとで裏切られることになりました。  それからもう一つ改革、革命の特徴なのですが、微調整というのが不可能なのです。たとえば今日本では公務員の削減を言っていますが、これはたぶん各省庁とも一律に何パーセント削減、というふうになる可能性が多いと思います。たとえば外務省が忙しいから削減なんてとんでもない、むしろ十%増やしてくれ、と言ったって世論に批判されるだけです。改革のときには一気呵成に包丁よりも鉈でぶった切るしかないわけです。ロシアの場合も共産党は悪いやつだ、というプレゼンテーションで大衆をかきたてたわけです。  それから、改革や革命の結果、大衆が権力を掌握することはありません。一時掌握するように見えることはありますけれど、彼らは肉屋なら肉を切らなくてはいけない、もち屋はもちを焼かなくてはいけないので、政治なんかやっていられないから、結局権力は政治家に簒奪されます。大衆はそのエネルギーを利用されるだけです。  それから、大きな改革、革命のあとには若い世代が台頭します。ロシアでも九二年ごろにはどこの組織に行ってみても三十代の前半、後半の人たちがどんどんトップにつきました。四十代、五十代の人たちは永遠にチャンスを逃がしたかに見えました。現在そういった人たちが権力に戻って来ているのがロシアの政治なのです。  それから、大きな改革、革命の後には、しばしば富とか所有権の移動が起きます。明治維新のときには侍が資産をとられました。フランス革命のときには、教会の資産がとられましたし、貴族の資産がずいぶんとられました。しかしロシアの九二年のときには、富、所有権の移動というのが実質的にはあまり起きていません。  ソ連時代にエリートだった特に若い人たち、共産党の共産主義青年同盟というのがソ連時代にありましたけれど、ここの幹部になっていた三十代ぐらいの連中が、石油とかガスの利権をどんどん安く買い占めて、それで大金持ちになっているわけです。今シベリアに流刑されたホドルコフスキーとかそういった人たちです。  ですから所有権というのはソ連時代には共産党のおえら方に属していたし、ソ連の後も実質的には共産党にいた若い連中、年取った連中ということでそんなに変わっていません。一部新しいマフィア出身の資本家たちもいます。ですからそれだけロシアの今の革命というのは人民にしてみれば裏切られた革命というふうに言うことができます。  表向きだけの大衆消費社会  ではロシアははたして市場経済に移行できるのか、ということです。市場経済に移行しないと、やはり経済力というのは盛り返せないと思います。ここら辺になると細かくなりすぎてしまうのですが、ようするにロシアの経済というのは現在いいように見えます。年間七%~八%の成長率を示していますけれども、そのうちの半分ぐらいが石油価格上昇のあおりです。  肝心の物づくりはどうなっているかと言いますと、あまりかんばしくない。九八年に借金がたまり過ぎてルーブルを三分の一に切り下げたときがあって、そのときに輸入代替の産業が育ちました。それはいわゆる軽工業といわれるもので、家具、薬品、食品、建材、そういったものは国産品がいいのです。モスクワ郊外の大環状線をまわりますと、そういった物を売る大きなショッピングセンターがたくさん並んでいます。こんなことはソ連時代には考えられなかったことです。ただ、それ以上の物づくりになると駄目なのです。  もちろん製鉄とか重厚長大なものはあるのですが、日本の鉄鋼みたいな高張力綱板みたいなものはつくれないので、工事現場で使う厚板だとかいうものをつくっては、ヨーロッパに大量にダンピング輸出して嫌われているわけです。  それから石油精製化学も少し残っています。それはあるのだけれど、耐久消費財がのきなみ駄目ですね。もちろんテレビ生産は残っているし品質もどんどんよくなっていますし、冷蔵庫もそうなのですが、こういったものを買うのは大体所得の低い農村の人たちです。  その他の人は西側の耐久消費財を買っています。地方都市のデパートに行っても、そういった西側の耐久消費財が占領しています。ちなみに地方都市に行っても店の前の行列は全く見られなくなりました。  そのように消費生活はよくなりましたし、ロシアは工業生産の五十%以上が軍需関連だった経済はもう卒業して、表向きは大衆消費社会になりました。ただそれは石油を高値で輸出しそのかわりに耐久消費財を輸入して、それで市場経済的なものをまわしているだけです。ですからこれは市場経済というより、輸入品を市場で売っていますというだけの話です。そこでは需要供給の原則が働きます。それだけの話です。  市場経済というのは余剰がないとできません。コンビニの弁当と同じで、売れ残ったらどんどん値段を下げられるような余剰がないと駄目なのです。ところがソ連型の中央集権経済というのは、一品の余り物も出さない、余り物が出ても値段も下げないで捨てるという経済でしたから、これではなかなか伸びません。ところがロシアの企業は耐久消費財を自分でつくる力は今もないのです。  エンジニアは、戦闘機ばかりつくりたがるし、今まで戦闘機をつくっていた偉いおとうちゃんが電気釜をつくると、子供がいやがるのです。  それからロシアの企業はブランド力がないですよね。ということで、外国資本が入って来ないと、ロシアの耐久消費財の生産はうまくいかないと思います。ところがこれがなかなか入って来ません。トヨタはこの前行きましたけれど。やはり中国と比べてみると、中国は台湾、香港という資本の出し手がありましたけれど、それに相当する存在がロシアにはありません。  ロシアの資本家はキャッシュを持っていますが、彼らは、大体見ていると百%以上の利益率がないと投資しないのです。  それから経営者、労働者双方ともメンタリティがわりと社会主義的で、新しい付加価値をつくるというよりは、今あるものを分けるという方に心が働きます。それから、ロシアの法律面での改革はずいぶん進んできましたが、まだ不十分です。  ところが今さら政権が改革とか市場経済ということを言うと、国民がブーブー言うわけです。というのは九二年以降、改革と市場という二つのことばが言われたときに、いいことがあったときは全然ないからです。要するに国民は何ももらえなかったわけです。  役人の腐敗度はケタ違い  少しはしょりますけれど、現在モスクワに行ってみますと、「無気力なる繁栄」と私は名づけているのですが、要するに消費生活はいいのだけれどなんとなく盛り上がらない。気力がないのです。みんなこれは石油が高いからこうなっているのだ、ということをよく知っているし、役人がとみに腐敗の度を強めているみたいですね。そういうことばかり記事に出てきます。  ロシアの役人の腐敗度というのは、他の世界とはケタ違いですからね。わいろが年間四十兆円だなどという調査がありましたけれど、そうするとロシアのGDPと等しいから一体これは何なんだ、と思うのですが。とにかく農奴制が何百年も続いて、エリートと大衆がまったくかい離してしまったというのがものすごく大きいと思います。お互いにいなければいいと思っているのです。  要するにエリートの連中は大衆の連中はよけいだと。せっかくオレ達が石油でいい暮らしができるのに、彼らの年金を払わなきゃいけないからこんなに貧乏なのだと思うわけで、大衆は、エリートの連中が石油やガスをひとりじめして全部使ってしまうから、オレ達はこんなに貧乏なのだと。オレ達にこそ石油とガスを差配させてくれればすべてはうまくいくのだ、ということをはっきり言うわけです。  ですから現在のモスクワの状況はひとことで言えば「白け」です。ところがロシア周辺のウクライナとかグルジアとかキリギスで実際はそうではないのですがいかにも民主化革命が起きたように見えるものだから、モスクワでも一時、今年の四月ごろにさかんに論議が起こって、民主化革命が起きるのではないかといわれました。  ウクライナの革命はオレンジ革命と言われたから、ロシアで民主化革命が起きたらそれには何色の革命と言ったらいいだろう、という論議が非常にさかんでした。けれど私が六月に行ったころには、そんな論議はまったく下火になっていてもうありませんでした。エリートも大衆もすべてのイデオロギー、すべての理想に完全に愛想をつかしています。ですから革命など起こす気さえ起こらないであろうと思いました。  ただあまりロシアは駄目だと言い切ってもわからないので、たとえば中国の経済というのはWTOに中国が入ってから外国資本がずいぶん流れ込みましたけれども、ロシアが来年あたりWTOに加盟したらどうなるか、というのは見ていかなくてはいけないと思います。  時間が迫っているので少しはしょりまして、日ロ関係の政治的・経済的・軍事的意味に行きたいと思います。日ロ関係というのは戦争のときの抑留者、それから領土問題、それからもちろんソ連が中立条約をやぶって侵攻してきた経緯、色々あって複雑なのですが、たとえば中国に行って中国の専門家と国際政治の話をすると、ロシアのロの字も出てこないですよ。中国からはロシアは見えない。ものすごく小さな存在になってしまったのだと思います。  通常戦力はかつての四百万人から百十万人ぐらいに下がっていて、とてもロシア全土を手厚く防備できる体制にありません。  そうすると中国にとってロシアはますます見えなくなってくるわけです。と言うことは日本にとっても、ロシアカードというものの使う価値が減ってきたのだと思います。  我々がロシアとの関係を発展させたいと思っていたのは、一つには日本の外交でカードが増えますから、日本の国際的な立場がよくなるであろう、というのが一つと、もう一つは経済的に無視できない市場であるからです。  ただ、前者の外交カードとしての有効性がロシアには見えないのです。むこうも日本は外交カードとして見えないと言っていますから、私もあえてそう言うのですが、お互いに軽視し合っているわけです。  ロシア人に言わせれば、日本は完全にアメリカにくっついているから、日本のことなんか考えなくても、アメリカを通じて日本のことをやっていればいいのだと。カードとしては使えない。だから領土問題のことなど本気でとりくむ価値はないのだ、ということをはっきり言います。  ですからこちらも増々ロシアを軽視したくなるので、政治的にはこれからも軽視し合う関係が続くのではないかと思います。  ただ経済的には別につっぱる必要もないので、もうかる案件があればやったらいいと思います。ただもうかる案件があっても、国民の貯金とか国民の税金が一部入っている国際協力銀行の融資を大量に出したりとかそういったことは控えればいいので、商業ベースでもうかるものがあればどんどんやったらいいと思います。

文化的には尊敬し合う関係

というわけで、12月にはロシアとASEAN諸国の首脳会議がクアラルンプールで開かれますが、今のところロシアは東アジアにおけるメジャー・リーグには入れないままです。もともとロシアの中心部は欧露部にあり、貿易の半分以上EUと行なっています。極東の人口は700万人に満たず、隣で超大国に成長しつつある中国と当面はうまくやっていますが、心中は不安感と恐怖感でいっぱいです。中国との国境問題は片づいたことになっていますが、実際の線引きにはまだ手がつけられていないようです。朝鮮半島に関する六者協議には入っていますが、中国、アメリカと比べればその存在感は軽いものがあります。ロシア人は長年アジアを軽視し、自国内部の「アジア的要素」がロシアの社会・経済の発展を遅らせていると論じていましたが、今や多くのアジアの国はロシアを追い抜いてしまい、GDPではロシアは韓国と同じサイズに並ばれています。ですからロシアは、東アジアであまり手がかかり、足がかりを待っていません。この八月には中国と大規模な共同軍事演習をやりましたが、極東艦隊や極東軍区の兵力そのものは落ちています。一九九八年には散々運動をしたあげくにAPECに入りましたが、目立つ活動はしていません。
 サハリンの石油、天然ガスは大きな足がかりになりますが、天然ガスはまだ引き取り先が十分にはありません。東シベリアの石油や天然ガスは深鉱がまだ不十分で、現状では収益性のあるプロジェクトにはなりません。では何もないのかと言えばそれは言い過ぎになり、例えばASEAN諸国でロシアの安価で性能の高い兵器に関心をみせるところはあります。ASEAN諸国にとっては、ロシアは中国のカウンターバランスになるように見えるのかもしれませんが、ロシアにはそれだけの力はなく、本当に力を持っているアメリカは、ロシア兵器の購入にはいい顔をしないでしょう。アメリカの西岸は金、石油を足がかりにあれだけ発展しましたが、それは私企業を中心にしたものであり、未だに政府主導の性格が強いロシアでは太平洋岸をそこまで発展させることはできないでしょう。というわけで当面、東アジアにおいてはロシアは、主要なプレーヤーにはならないと思います。
 ただ文化的にはロシアと日本はお互いに尊敬し合う関係です。いまやむしろロシア人の方が日本文化を、我々がロシア文化を尊敬しているよりもっと尊敬していると思います。
 モスクワでは日本文化ブームというか、ブームどころか完全に定着してしまったから、日本文化というのは世界の中のメジャーな文化の一つです。
 アメリカでは日本文化というのはエスニックな、一つの少数民族の文化にすぎないのだけれど、ロシアではメジャーな文化と数えられています。寿司バーは百軒をこえているのです。
 大体こんなところでお話を終わって、ご質問などあればお答えしたいと思います。

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