中央アジアに在勤して(講演)(04,12)
2004年12月22日
「中央アジアに勤務しての実感」
河東哲夫
1.ウズベキスタンの印象
私は2002年3年9月から2004年8月までウズベキスタンとタジキスタンの大使を務めた。2年間の駐在は自分自身にとって大変貴重な経験であった。世界の歴史の中心を占めるユーラシア大陸の中央に位置するウズベキスタンから世界の歴史がよく見えるようになったと思えるからだ。
私が今日締めているネクタイは西陣織と思われるかも知れないが、実はイスタンブールで買ったものである。こういったデザインのものはインドやイスタンブールにも存在する。このネクタイが示しているように中央アジアが属している文明圏はユーラシア大陸の非常に広範な範囲に及ぶ。
また、中央アジアは遅れた地域であると考えていたが、実際には遙かに水準が高かった。アラル海のそばにヌークスという町があるが、アメリカの片田舎と比較しても遜色ないほどインフラは一応整備されていた。アフガニスタンやインドと比べると、ウズベキスタンのインフラ整備状況は格段によい。これは主としてソ連時代の遺産と言える。
さらに、文化水準の高さにも驚かされた。現代美術はモスクワよりもタシケントの方が上だと私は思っている。現代音楽の作曲・演奏の水準もモスクワと同等かモスクワ以上である。例えば、現代音楽だとイルホン現代音楽祭が毎春ソロス財団の後援で行われていたが、そこで演奏される音楽は世界水準のものである。演劇についても非常に水準が高い。イルホン劇場というブレジネフの時代に設立されたソ連最初のアングラ劇場があるが、これはすばらしい劇場で、世界の有名な演出家たちがよく訪問し、劇場の壁に落書きを残している。文学についてはやや遅れていたが、最近では若手の有望な作家も現れている。
伝統文化の水準は非常に高い。例えば、正倉院にあるような楽器が今でも生きている。ウズベキスタン、タジキスタンの伝統音楽を聴いているうちに私は次第にヨーロッパのクラシック音楽よりも好きになってきた。ヨーロッパの音楽は12音しかないので非常にはっきり聞こえるが、こちらの音楽は音階がヘビみたいにぐねぐね移動する。このようにウズベキスタンの文化水準は、思っていたよりも高かった。
赴任してウズベキスタンの国家機能に対する認識も変化した。ウズベキスタンは権威主義の面もあるが、各省庁間の調整・連絡、地方への連絡・調整はよく行われており、国家の体を成していた。ソ連時代にモスクワとタシケントおよびタシケントと地方への指揮系統が整備されていた影響が強い。ソ連時代の遺産と言うこともできるが、国家の機構はそれなりに機能している。以上が、着任当初の第一印象である。
2.ウズベキスタンの国造り
私は官僚としてどこかの国造りに参与したいという気持ちを強く持っていた。もちろんウズベク人自身が国家を固めているので、我々が国造りに参与するのは簡単ではない。経済はソ連時代の集権的な指令経済体制のままであるから、何か提案しても変化はなかなか起こらない。
(1)経済改革
1991年以降ウズベキスタンはかなり手堅く国造りを進めてきた。カリモフ大統領の実績を挙げてみよう。第一に、経済の自給化を達成した。ウズベキスタンはソ連時代に綿花のモノカルチャー経済にされていた国であるが、カリモフ大統領は綿花の作付面積を減らす一方で小麦の作付面積を増やして食糧の自給を達成した。さらに、エネルギーの自給化も達成した。ウズベキスタンは石油と天然ガスを増産し、現在では輸出できる段階にまで達した。
第二に、ソ連崩壊後の経済の安定である。カリモフ大統領はロシアが実施したようなショックセラピーは行わない方針を堅持し、集権経済体制を維持した。それゆえ、ウズベキスタンは旧ソ連圏のなかでは経済の落ち込みが一番小さくてすんだ。集権経済をできるだけ引き延ばして、その中で徐々に生産を上げていくウズベキスタンモデルは、社会主義経済の市場経済化の一つのモデルである。
しかし、現在ではウズベキスタンモデルは停滞している。隣のカザフスタンがオイルマネーで著しい発展を見せるなか、経済が停滞しているウズベキスタンでは多数の若者がカザフスタンやロシアに出稼ぎに出ている。なかにはアフガニスタンに行ってテロリストとしての訓練を受けてウズベキスタンに戻ってくる人も出ている。やはり今の経済運営には問題があると思われる。カリモフ大統領も民営化の必要性は認識しているが、実施するのは容易ではない。日本でも国鉄、電電公社の民営化に10年もの年月を費やすなど大変苦労した。ウズベキスタンでは生産手段がすべて国家の所有となっていたため、日本とは比較できないほどの困難な作業となるであろう。例えば、全国に何千と存在する工場(ウズベクには種々の工場が地方に至るまで存在している)を民営化するために株式を発行しても、これほど大量の株を買ってくれる人がいるのか疑問である。また、ロシアで起きたように資産を割安で手に入れた寡占資本家たちが、政治に介入し始め混乱をもたらすこともある。
市場経済化において一番大きな問題は市民の反発であろう。IMFや世界銀行は資金を提供する条件として市場経済改革を要求する。具体的には、安価に抑えられていた電気などの公共料金の値上げである。ソ連時代に電気も家も政府から提供されてきた市民は当然公共料金の値上げに反発するであろう。権威主義国といえども大衆の不満は怖いものであり、改革のテンポは鈍らざるを得ない。
(2)政治改革
西側はウズベキスタンに民主化を強く求めているが、これは口で言うほど簡単なことではない。ウズベキスタンの国会には形式的には野党が存在するが、実質的には与党である。本当の野党は今回選挙に出ることができなかった。こういった点が欧米の非難を浴びる原因となっている。しかし、政府に抗議する野党たちが国民全体のことを考えているかと言うと、決してそうではない。単に利権からあぶれた人たち、権力からあぶれた人たちが、主流に対する恨みから小さな徒党を組んで、民衆の支持もないままに騒いでいるのが現実である。それゆえ、民主化したとしても政治がよい方向に行くとは一概には言えない。
民主化を妨げる要因にはもう一つある。それはウズベキスタンに根付いた権威主義である。もちろんソ連時代の権威主義的な体質がウズベキスタンに植え付けられた面もあるが、実はソ連以前の時代からウズベキスタン社会に権威主義が根付いていた。つまり、都市国家、汗の下に置ける権威主義である。
また、現在も権威主義か維持されているのは、一面では役人や市民の「我」が潜在的には非常に大きいことの裏返しでもある。要するに、皆が豊かになりたい、資産が欲しい、生産手段が欲しい、俺が一番だと思っているから、民衆のたがが外れるとそういった声が噴出して収まりがつかなくなる。ロシアやウズベキスタンの人たちはそういった傾向が非常に強いので、指導者にしてみれば市民を力で押さえておきたくなるのだろう。こういった要因も政府が民主化に消極的になる一つの原因となっているのではなかろうか。
3.ウズベキスタンを取り巻く国際環境
経済・政治上の課題を抱えるウズベキスタンはどのような国際環境に囲まれているであろうか。ウズベキスタンの国際環境については、グレートゲームの復活という声が最近よく聞かれる。つまり、第一次大戦の頃にイギリスとロシアを中心として行われた中央アジアの争奪戦である。しかし、私はロシアを除いてグレートゲームの再開と言えるほどの重大な関心をこの地域に持っている国は存在しないと感じている。もちろんアメリカはウズベキスタンのハナバード基地を使えるようになったし、中国も上海協力機構をつくって中央アジアに関与しようとしている。しかし、両国とも中央アジア諸国に拒否されたら素直に退くような姿勢である。日本も健闘しているが、もちろん死活的な利益を中央アジアに持っているわけではない。インドなど他の関係諸国も同じである。
(1)ロシア
唯一この地域に重大な関心を寄せるロシアについて話したい。ウズベキスタンの国民はロシアに対して愛憎こもごもの感情を今でも抱いている。これは植民地と宗主国の関係から来る。つまり、モスクワの支配から開放されたという気持ちを持つ一方でモスクワに憧れを持つ人も多い。また、ロシアはウズベキスタンと比べて経済改革が進んでおり、ビジネスがやりやすい。それゆえ、優秀なウズベク人はモスクワにどんどん流出している。
さらに、ウズベキスタンは経済面でのロシアとの関係が依然として大きく残っている。日本ではウズベキスタンは農業国と思われているが、実は非常に高いレベルの工業を有している。例えば、ウズベキスタンには化学工場、機械工場が多く、タシケントには大型のイリューシン飛行機の組み立て工場がある。市内の大使公邸近くに、年産1万5千台のトラクターを製造する大工場が立地する。地方にも大工場が数多くある。例えばフェルガナには世界一の面積の石油精製工場がある。ところが、そういった工場の多くが部品供給をロシアに依存し、また販売の多くをロシア市場に依存している。
ロシアが現在ウズベキスタンに対して使える力には二つある。第一の力はオイルマネーとガスマネーである。ロシアの大企業がウズベキスタンにしげしげとやってきては、石油や天然ガスの開発権を購入しようとしている。また、金などの非鉄金属についてもロシアの手が入り込んでいる。こういった資源開発の面でロシアは力を持っている。
第二のロシアの力は軍事力である。最近ロシアは中国を含む様々な国に共同軍事演習を持ちかけている。独立後カリモフ大統領はロシアと相当距離を置いていたため、ロシアの共同軍事演習の提案を拒否していた。しかし、最近急に態度を変えて親ロシア的な姿勢をとるようになり、共同軍事演習にも同意した。共同軍事演習はアメリカ軍が駐留するハナバード基地の近くで行われる予定である。このように経済面、軍事面におけるロシアの力は依然として残っている。
(2)アメリカ
アメリカは中央アジアでグレートゲームが始まったと言われる原因をつくった国の一つであるが、中央アジアに対して政府としての統一した戦略を持っているようには見えない。例えば、アメリカの駐ウズベキスタン大使と駐タジキスタン大使ではそれぞれ言うことが相当違っている。つまり、国務省また政府としてまだこの地域に対する戦略をまとめておらず、ただアフガニスタン問題を念頭にハナバード基地が当面使えればよい程度の考えであろう。アメリカの駐タジキスタン大使は、アメリカは中央アジアでロシア、中国に対抗する意思はないとはっきりと言っている。ゼロサムゲームではないことをロシアは理解して欲しいというのがアメリカの認識である。
また、ブッシュ大統領は諸外国に民主化、人権への取り組みを盛んに求めているが、ウズベキスタンに対してはオブラートに包んだ言い方をする。やはり、ハナバード基地の使用権がアメリカにとっては最も大切であり、人権や民主化を声高に言い立てて関係を悪くしたくないという考慮が働いている。もちろん、アメリカは人権問題が発生したときには、内々ではあるものの直ちにウズベキスタンの政府に具体的な改善措置を申し入れている。旧社会主義国では特にそうであるが、政府の面子を害するような声高なアプローチはむしろ逆効果である。何かを実現しようと思ったら彼らに恥をかかせるような形ではなく内々で事を運ぶ必要があり、アメリカはそういった方法でウズベキスタンにアプローチしていると言える。
一方、アメリカでは数多くのNPOが民主化を求めて国際的に活動しているが、そのアプローチは時にナイーブである。例えば選挙のやり方を教えれば社会は民主化すると考え、それをウズベキスタン、グルジア、ウクライナでも実施させようとする。NPOには共和党系NPOや民主党系NPOがあり、アメリカ大使も手をつけることができない。カリモフ大統領は、ウズベキスタンに入っては騒ぎ立てるアメリカのNPOを見て、アメリカ政府の意向を受けて隠された戦略のもとで活動していると思いこんでいる。カリモフ大統領はアメリカ国家の体質をどうしても分かってくれないと、米大使はこぼしていた。私は同じことがグルジアやウクライナでも起こったし、今のモルドバでも起こっていると思う。NPOをどこの国も抑えきれないのである。
アメリカとの関係で忘れていけないこととして、カリモフ大統領がアメリカにひどく失望した局面があった。カリモフ大統領は大変な犠牲を払ってハナバード基地の使用を許可し、IMFの8条国にもなった。カリモフはこの二つの措置をアメリカのために行ったと思っていた。しかし、アメリカはカリモフ大統領の経済援助要請を断っていた。これと期を一にして2003年春、カリモフ大統領は対ロシア関係の再検討を部下に命じている。2003年末にはグルジア政府が転覆した。そのとき、シュワルナゼ前大統領はカリモフ大統領に「アメリカのNPOにやられた」とささやいたそうである。そのため、色めき立ったカリモフ大統領は、まずソロス財団を締め出し、さらに他のアメリカのNPOの活動も厳しく制限した。今回のウクライナの出来事を見てカリモフ大統領の猜疑心はますます強まっていると考えられる。
このように両国の関係は微妙な状況にあるが、他方ではアメリカとの関係をつなぎ止める要素も大きい。第一に、アメリカは2003年にはウズベキスタンに対する援助額で日本を抜いて第一位となっていた。第二に軍事面での協力も少しは進んでいる。アメリカ国防省の予算は潤沢にありODA以上に自由に使えるので、国防省の予算を利用してウズベキスタン軍に暗視鏡やトランシーバーを供与したりしている。首脳間の関係はあまりよくないが、政府の下の方ではまだつながりが維持されている。
(3)中国
最近中央アジア全体で中国のプレゼンスが目立つようになっているが、今のところ悪質な野望を表すことはなく、善良なパワーにとどまっている。彼らの関心は、一つには中国製品の輸出の促進、二つには中央アジア地域からエネルギー輸入の拡大、三つには中央アジアからの綿花を含む様々な原材料の輸入の開始である。
中国は中央アジア地域に積極的に関与しようとしているものの、中央アジア、特にウズベキスタンとトルクメニスタンにおいてはかなりの限界を抱えている。まず、中国はウズベキスタンとトルクメニスタンとは国境を接していない。また、ウズベキスタンのカリモフ大統領は中国にあまりよい感じを持っていない。トルクメニスタンとはもっと関係が乏しい。
中国は上海協力機構のスポンサーであり、この機構をベースに今後数年間に数百億円の借款を中央アジアに供与することを去年の6月に発表している。しかし、上海協力機構の首脳会議の模様を見ていると、やはり中国は中央アジアでは異質な存在であると感じる。例えば、中央アジアの首脳やロシアの首脳が親しそうにロシア語で話し合っている横で、中国の首脳は一人ぽつんと座っている。中国と中央アジアの間では言葉だけでなくメンタリティも違う。中央アジアの人たちは儒教民族ではなく遊牧民族に近い。さらに長い間ソ連邦に入っていたため、儒教諸国とは隔絶したメンタリティを持っている。そのため中央アジアでは中国は大きな限界を抱えていると言える。ただし、キルギスとカザフスタンでは、中国は非常に大きなファクターとなって来るであろう。
(4)EU・スイス
中央アジアではEUの存在を忘れてはいけない。現在ドイツはウズベキスタンへの援助国としては、日本、アメリカに次いで三番目を占めている。しかし、ヨーロッパ諸国は植民地主義時代のDNAが残っているのか、どこにいても自分たちの影響力を拡大することを考えている。ヨーロッパの大使と話し合っているとそういったことをよく感じる。具体的には自由主義経済の押しつけであり、平たく言えば相手国産業のことなど構わず、もっと自国の製品を買わせたいと思っている。
また、スイスは小国ながら中央アジアで頑張っている。ヨーロッパの小国はODA予算を一つの地域や国に集中することによって自分のプレゼンスを示す政策をとっている。スイスは中央アジアをモデルケースにしている。ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタンは綿花の大産地であるが、実はスイスは世界の綿花取引の中心地である。もちろんスイスに世界の綿花が集められるわけではないが、取引を差配している商社、取引所がスイスにある。スイスが中央アジア諸国に援助を行っているのはこのためでもある。
(5)インド、イラン、パキスタン
ほかにもインド、イラン、パキスタンなど中央アジアに関与する国は多い。インドは中央アジア文化の一員であり、民族的にはイラン、タジキスタン、ウズベキスタンのイラン系の人たちと同じである。しかも、インドのムガール王朝を立てたバブールは、チムール大帝の曾孫である。要するにウズベキスタンで領地を奪われたためインドに行ったのがバブールであり、その人がムガール帝国を立てたのである。このようにインドと中央アジアは直接繋がっている。しかし、現代のインドはとても中央アジアに積極的に関与できる状態にはない。それだけの外交の理念もなければ、スタッフも資金も持っていない。
イランと民族的に共通する人たちがウズベキスタンには多い。昔は両国は一つの国の中に存在した。例えば1000年頃のサマン朝ペルシャの首都はブハラである。サマルカンドはサマン朝ペルシャの主要都市であった。それゆえ、イランは本来中央アジアにとって切っても切り離せない存在のはずである。しかし、ソ連時代に切り離され、今でも中央アジア諸国はあまりイランと関係を深めようとしない。特にウズベキスタンはこの傾向が強い。これには宗教的な理由がある。つまり、ウズベキスタンはシーア派やイスラム法による統治が入ってくるのをいやがっているのである。
パキスタンとアフガニスタンは中央アジアの一部である。例えばウズベキスタンの大詩人のナヴォイはアフガニスタン出身で、アフガニスタンのヘラートで亡くなった。パキスタンも同様に中央アジアとは近いはずであったが、今ではパキスタンとウズベキスタンの関係は疎遠である。これはパキスタンがウズベキスタンのテロリストを実質的にかくまっているためである。パキスタン政府は、テロリストはアフガニスタンとの国境地帯のパキスタン政府の影響力の及ばないところに隠れているため政府は対応できないと説明するが、カリモフ大統領は納得していない。
(6)日本
ここまで見てきて分かったように、中央アジアはグレートゲームにはならない。そして、そこで好い地位につけているのが日本である。
中央アジア諸国はいつも対立ばかりしていると言う人もいるが、必ずしもそうとは言えない。例えば、国際鉄道や国際郵便に関連していつも鉄道当局の間また郵政当局の間で会合が行われており、協力が進んでいる。中央アジア各国の関係は対抗と協力の両側面があり、協力を進めることは可能である。ただし、それを実現するには力と資金が必要となる。
そこで、日本外交の出番であるが、外務省は中央アジアに重点を置いているわけではない。ただし、日本はウズベキスタンに援助を集中させており、今までで1900億円程度のODA(その半分は円借款)を供与している。
1997年7月に橋本総理が「シルクロード外交」を打ち出した。シルクロード外交というのはコーカサスと中央アジアを一つにして日本の地歩を築くという発想である。コーカサスと中央アジアの地域は今まで権力の空白エリアとなっていたため様々な国が乗り込んでくるであろう。そこに日本も影響力を保持拡大する必要がある、もしこの地域で地歩を拡大することができれば、ロシア、中国、中近東などの国に対する外交カードとしていつか役に立つだろう。このような考慮からシルクロード外交が唱えられた。
シルクロード外交が始まり確かに中央アジア地域では大使館数が増えたが、人員が不足している。外務省ではロシア語ができる人たちが限られており、またロシア語を話せる人に対する需要はロシア本土でも非常に大きい。このため、シルクロード地域の外交を強化するのは難しい。また、外務省員のマインドを変えることも非常に難しい。今までマイナーであったところは外務省員にとってはいつまでもマイナーな存在である。それを変えるには総理の訪問が必要となるが、総理は今までこの地域を訪問されたことがない。このようにシルクロード外交はついたり消えたりしながら推移してきた。
中央アジア諸国は国ごとでバラバラの状態では市場として価値がなく、日本外交においても重要性がないであろう。ASEANの発生当時のように、当初は全然意味がないように見えるものが20年経てば立派なものになるかも知れない。自分も、できるだけASEANの例に倣って中央アジア諸国にはまとまってもらいたいと思っていた。そして我々は中央アジアの統合強化を目指し、川口外相に中央アジアを訪問して頂くことに成功した。今では「中央アジア+日本」というフォーラムを立ち上げている。
日本の中央アジアに対する関心は基本的に二つであった。一つはシルクロード外交でも触れた地政学的な考慮である。中央アジア地域、特にウズベキスタンはユーラシア大陸の中央にある。中央アジア地域は中国の裏庭であり、またロシアの柔らかい下腹部に相当する。そういうところに日本が政治的経済的な地歩を築いておくことは日本の国際的な立場を高めるものとなる。ロシアや中国が中央アジア問題で何か大きなことを実施しようとするときに、日本に対して相談する必要があると彼らが思うようになれば日本外交の成功と言える。外交は貸し借りであるから、こういった戦略が重要となる。
もう一つの日本の関心は石油、天然ガスなどのエネルギーである。ただし、中央アジア各国には濃淡がある。地政学的な要因が最も強いのがウズベキスタンで、それにタジキスタン、キルギスが続く。エネルギーの面の要因が一番強いのがカザフスタンとトルクメニスタンである。今大使館があるのは、ウズベキスタン、カザフスタン、連絡事務所があるのがキルギス、トルクメニスタン、タジキスタンである。
日本外交にとっての一番の道具になっているのがODAであるが、国ごとの差が大きい。カザフスタンとトルクメニスタンに対しては、ODAはてこにはならない。日本のODAはメニューの多さと金額の大きさでは世界一であるが、現場にいて最も広報上の効果があると感じるのは草の根無償援助である。草の根無償援助は一件500万円程度の少額援助であるが、申請後およそ1ヶ月で本省からの回答が来るという迅速さを特徴とする。ウズベキスタンでは草の根無償援助は多いときで年間40件、総額で2億円程度である。しかし、すべての案件について政府の要人が出席し、テレビカメラを伴う署名式が行われるため、金額よりも件数が意味を持つ。署名式のほかに同形式で供与式を実施することがある。つまり、40件の草の根無償援助で80件のテレビ放送場面があり、日本を頻繁に市民にアピールすることができる。そのため、草の根無償援助は小規模な援助であるものの、日本を見せる有効な手段となっている。
草の根無償援助に加えて大規模な無償援助と円借款がある。広報的な観点では、500万円の草の根援助と数十億円の円借款プロジェクトも実はほとんど変わらない。極端に言うと、両方ともテレビに出てくるのは1回だけである。もちろん、相手国政府に対する影響、政府関係者にとっての重要性は圧倒的に円借款が大きい。日本のウズベキスタンへの経済援助は年間100億円程度であるが、その半分が円借款である。ウズベキスタン政府の年間国家予算が3000億円程度なので、予算の3%に相当するものが日本のODAであり、予算の1.5%が円借款である。わずか1.5%であるが、公共事業の相当部分が外国政府の援助で賄われていることになり、政府にとっては大変な意味を持つ。
最後に、川口外相の訪問について少し話したい。タシケントで川口外相は毅然とした姿勢で演説を行った。例えば、伝統と既得権益を区別し制度改革を進める重要性などウズベキスタンの人たちには耳の痛いことも言っている。また、多様性の尊重、競争と協調、開かれた協力の三つの基本原則も提案している。さらに、地域内の協力は中央アジア各国が相互に排他的になることなく進めることで実を結ぶと発言している。最後に、今後3年間に渉り中央アジア諸国から新たに1000名以上の研修員を受け入れることを約束した。このように日本はこの地域に積極的に関与する姿勢を示しており、日本とウズベキスタン、中央アジア諸国との関係が今後どのように発展していくのか注視する必要がある。
(以上)
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