Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

論文

2005年10月08日

第四話 日本に諜報機関はできるか?

(「外交官の仕事」(草思社)より)

情報なしに外交なし

 外交官がどんな仕事をしているかをお話したので、次は日本がどんな道具立てを持って外交を進めているのかお話したい。まず最初に情報、諜報、分析の話。ここで言う「情報」とは、任国の政治・経済・外交・軍事その他の現状を知り、今後の見通しを立てるために必要なもの全てを意味する。外交の手段については、情報から話を始めるが、それは情報が外交の全てだというわけではない。情報は問題の全てを解決する万能薬ではない。外交の一つの道具、しかし不可欠の道具として見ていただきたい。

 日本は一般に、情報を軽視する国と言われている。国会で事が起これば、あれだけ綿密な票読みと情報集めをするくせに、ひとたび外国のこととなると何故か思考が停止してしまったがごとく、希望的観測や相手の国に対する好悪だけでものごとを考えがちだ。明治以来の癖で、外国のことについては外国人が書いたこと、言ったことしか有難がらないのかもしれない。

 この情報軽視のせいで日本は空母よりも戦艦大和を作ってしまったし、一九三九年八月二十八日、時の平沼内閣は頼りにしていたナチス・ドイツが突然ソ連と不可侵条約を結んだことで立ち行かなくなり、「欧州情勢は複雑怪奇にして・・・」という一国の政府としてはあるまじき情けない声明を残して退陣したのだ。そして一九七一年、アメリカのキッシンジャー大統領補佐官が訪中して世界の構図をすっかり変えてしまった時も、日本はそれを事前にかぎつけることができなかった。この僕も一九九九年十二月モスクワにいて、エリツィン大統領の辞任を予想することができなかった。

 情勢が荒れると撹乱情報というのもまた乱れ飛ぶ。一九四四年連合軍がノルマンディーに上陸した時には、上陸地点をドイツ軍に悟られ兵力を集中されるのを防ごうと、数々の情報撹乱工作が行われた。一九七八年、カンボジアに侵入したベトナムを「懲罰する」と言って中国軍がベトナムに進攻した際には、「ソ連軍が中国の新彊地方に攻め入った」という撹乱情報が他ならぬソ連によって流布された。僕は当時、ベトナムを担当している課で働いていたが、幹部がこの情報を一目で撹乱情報と見破ったのを覚えている。

 僕は外務省で約35年勤務したが、その間二年程別の役所に出向して外務省の情報にアクセスできなかったことがある。それまでは外務省の情報についてはやれ遅いだの、マスコミや商社の情報の方がいいだの批判ばかり聞いていて、ひょっとしてその通りかもしれないと秘かに思うこともあったのだが、実際に外務省の情報から遠ざかってみると、その有り難みが痛切にわかるようになった。公電を見ていないと、ものごとの「歩留まり」がわからなくなるのである。

 マスコミは国と国の対立や外国の政争をセンセーショナルに書きたてて、それで視聴率や販売部数を上げようとする。だからマスコミだけ見ていると、明日にでも戦争や内乱が起こるのではないかと感じがちだ。だがその国の政府関係者は醒めていて、外向けには厳しいことを言いつつ裏では話し合いを進めているかもしれず、そうしたことについてはマスコミや商社より外交官が情報を取りやすい。日本の外交官であれば、どの国の政策決定担当者もわりと早めに会ってくれるからだ。だから、外務省の情報はものごとがどこら辺まで悪化し得るのかを見極める上でも大変役に立つ。

外務省の情報収集

 では、日本の外交官はどのように情報を集めているのか。情報収集のやり方にはいろいろあって、盗聴とか買収のような非合法な手段を使うのは諜報だ。諜報は、戦争その他の事情で合法的なやり方では情報が取りにくい国に対して用いられる。政府関係者に正面から聞けば殆んどのことを教えてくれるような国に、わざわざ諜報要員を送ることもあるまい。

 戦前の日本軍はアジアのいろいろな所に、「--機関」と呼ばれる諜報網を持っていた。対外諜報というものは中国古代の「孫子」の時代から存在しているが、近代の諜報は西欧の植民地主義と国民国家形成と歩を一にして成立したものだから、日本も日露戦争の頃から外国での諜報をするようになった。日露戦争前から日本のシベリア出兵に至る頃まで中国の東北地方、ロシアの極東でたった一人、軍のスパイをやっていた石光真清氏の残した記録(「誰のために」等四巻。中公新書)など、追っ手を振りきり高い崖からウスリー江に飛び込む話、満州の馬賊の女頭目と恋に陥る話など、これが同じ日本人かと思う程のスケールとロマンに満ちている。

 だがその石光氏も非合法活動をするために軍籍を離れていたから、苦労の末に帰国すると生活にも困ることになった。また戦前には軍の諜報要員養成のために「陸軍中野学校」が作られ、大変水準の高い授業をしていたようだが、どうも軍には単一の諜報機関はなかったようで、中野学校の卒業生も実際の部隊に配属されると別のラインでこれまで諜報をやっていた者との軋轢に巻き込まれたりしている。

 終戦とともに陸軍中野学校も対外諜報機関も消え失せ、一九五二年作られた内閣調査室も外国での諜報機能は持たなかった。だから日本の独立回復後、外国での情報収集はもっぱら外交官や武官がやってきたのである。しかし外交官というものは国と国の関係を発展させることが本来の任務であるし、武官も任国の法令の範囲で勤務しなければならない。相手国の政府高官を買収して機密情報を手に入れたり、夜オフィスに忍び入って写真を撮るような振る舞いはできない。「情報収集」はできるが、「諜報」はできないのである。

 日本には対外諜報機関がないから、大使館にも情報のことだけやっている人員はいない。大使、公使、参事官、政務、経済、広報担当の書記官達が中心になって、分担して情報を集めている。本当に機微な情報に通じた人達とは大抵政務班の班長クラスが付き合っているが、実務関係の相方や任国の新聞記者達も内幕情報を教えてくれる。そうなると人数が多いから、分野と相手のランクで分けて館内で分担するのである。国会議員がやってきたりすると、担当官はその世話で数日間情報収集ができなくなる。再び情報収集を始める時の解放感には大きなものがある。懸案処理と情報収集が、政務班や経済班の者にとっては主要な任務だからだし、情報収集には自分の知的能力を最大限に発揮できる面白さがあるからだ。

 外交官は多くの場合、相手を訪問したり会食に招待したりして正々堂々と情報を集める。と言っても、相手が座り出すやべらべらこちらの知りたいことをしゃべり出す、というような簡単なものではない。人と会う前にまず、これまで世界中の日本大使館から転電されてきた情報電報を読みかえす。事柄の経緯と問題点、主要関係国の立場を頭に入れるためだ。そしてマスコミに出ている情報も集めて整理し、疑問点を書き出してみる。マスコミやインターネットの情報は「公開情報」と呼ばれ、これを丹念に集めればものごとの九十%以上は把握できる。よく、こうした基礎作業もせずに相手から聞いてきた話を本省に得意げに報告する人がいるが、よく見ると全部マスコミや他の大使館からの電報に出ていたことだったりして、これでは情報としての価値はない。

 マスコミの情報を見てもよくわからないことのうち最も重要なのは、関係者の心の中、腹の括り方の程度だ。またどの国でも、エリートの世界では学閥、閨閥、地縁、利権が絡み合って政策が形成されていくが、これについても報道からは十分な情報が得られない。このような内部情報は下世話なものだし時に違法行為も絡んでいるから、相手はなかなかしゃべりたがらない。人間として身内の恥を外国人にあれこれ告げ口するような行為はプライドが許さないし、ひょっとして自分が何をしゃべったかを仲間に知られることとなれば、報復を招きかねないからだ。こいつは俺に絶対迷惑をかけるようなことはしない、という安心感を相手に与えなければ情報は取れないし、そのような信頼関係は二、三度会っただけではとてもできない。

 カネをやればいいと思われるかもしれない。だがカネで情報を取ることは、自分をも相手をも卑しめてしまう感じがしていやなものだ。何を食べているかもわからなくなってしまう程、日本の外交官との話は面白い、それに日本に自分の国の内情を知ってもらうことが自分の国の利益になると思ってもらうことが王道である。いくらカネを出しても、こちらが十分勉強していないと相手が見抜けば、新聞記事をまとめたものぐらいの情報でお茶を濁される。

 人に会いに行く時は、聞きたいことをメモにするか頭の中にしまうなりしてでかける。机の上にメモを置いて質問していくと相手は訊問されているような気になって警戒するし、できるだけ自然な話の流れに乗って「うん、うん、それで」と相手を自分の知りたい方向に誘導するのが理想なのだが、そうするとつい大事なことを聞きもらしたりするので、僕の場合、小さなメモをいつも机の上に置いていた。だが、相手の言っていることを、間違ってもその場でずらずらメモなどしてはいけない。相手は、「ははあ、こいつは俺の話を東京に報告しようとしているな」と感づいて、しゃべらなくなってしまう。報告されれば、自分がしゃべったことがどこかで漏れて、信用を失ったり報復されたりする確率が増えるのだ。

 相手がサワリに偶然触れた時、こちらがすわとばかりに身を乗り出せば、相手は自分が大変な情報を漏らそうとしていることに気がつきかねないから、ポーカーフェースのままそれとなくもっと多くの情報を引き出すようにする時もある。人は、自分がしゃべっていることを相手が十分評価していないと感ずると、もっと説明しようとするか、がっかりして諦めてしまうかの二つだから、前者の方に相手を誘導しなければならない。こうしたことは、心理学の知識というより天性のカンを必要とする。そして相手と別れるや否や、自分の記憶が鮮明なうちに相手から引き出した情報をメモしておくのだ。

 情報を聞き出そうとする時は、話相手の表情を何気なく観察している。政府の公式ラインを相手が言ったとしても、その時相手の目が皮肉に笑っていれば、相手は政府の公式的立場を全然評価していないことを意味するかもしれない。ある人のことを誉めても、その口調に抑揚がなければ、実は仲が悪いのかもしれない。そこらへん、人の感情に鈍感だと、真実とは正反対のことを東京に報告することになりかねない。

 話を聞く場は、様々だ。例えばベルリンに勤務していて、ロシアの大統領とドイツの首相の会談の中味を教えてもらいに行くような時には、ドイツ外務省のオフィスで全く構わない。ところが先方も、外国人にべらべらしゃべることが適当でないものは、オフィスでは言いたがらない。国内の防諜機関に盗聴されている危険性があるからだ。例えば一九七九年ソ連がアフガニスタンに侵攻して西側が制裁措置を取ることになった時、ドイツがどのような制裁措置を取るかは、同じような国際的立場にあった日本にとっては是非知りたいことだった。まだ完全に決まりきってはいない措置のアウトラインを聞き出すために、僕は相方を市内のレストランに招待し、友人として話を聞いた。

 日本は経済大国でODAも出すから、日本の外交官というと殆どの人は会ってくれる。だが、一回会ってつまらない奴だと思われたら、次に会ってくれるのは一年先になったり、あるいはその人の部下にコンタクトの先を下げられてしまうかもしれない。だから人に会う時にはその人の経歴を調べ―――アメリカではC.V.と言って、初対面の前には交換し、向こうも念入りに読んでいて、何気なく話題にしたりする。―――、こちらの知っていること、知りたいことを整理し、そのことについて日本政府はどう考え、どんな措置を取り、何をやろうとしているのかなどを説明できるようにし、相手がインテリなら日本の文学作品の翻訳、相手が政治家ならその趣味に合いそうな日本の写真集などを手土産として持っていく。電器製品を贈り物にする外交官も多いが、日本はせっかく文化大国なのだから、文化に因んだものを贈った方がはるかにいいと思う。

 初対面の次は食事にでも誘って親しくなり、次は自宅に夫妻で招待すると、そろそろファーストネームで呼び合える関係になってくる。これは大事なことで、例えばEU諸国の外交官などはいつもファーストネームで電話を掛け合い、政策を調整している。僕の場合も、ロシアの外交官ともファーストネームで呼び合うことで、どれだけ信頼感と親密感が増したことか。領土問題を抱えた国の外交官同士であっても、両国関係の発展を願う気持ちも共有するという意味では同志でもあるのだし、ファーストネームで呼び合うことで立ち入ったことも聞きやすく、言いやすくなってくる。

 話をしてくれる人は大事にする。僕もランクが上がっていくにつれて、それだけで人は会ってくれるようになったが、書記官の頃はそれなりに努力した。情報はギヴアンドテークが原則だから、差し支えのない範囲でこちらも提供できる情報を準備していったし、忘れられないように日本についての面白い記事や論文を時々送りつけていたものだ。こうやって、「いつも相手に『貸し』を作っておくこと」が、ある先輩が教えてくれた仕事のコツで、情報収集もその例外ではない。こうして築いた人脈は他の館員と共有し、僕が休暇の場合には他の者が話を聞きに行けるようにし、後任者には丁寧に引き継がなければならない。人事異動で大使館の情報収集能力に浮き沈みが生ずるのは、極力防がなければならない。

 情報収集には、緻密さと同時に想像力が重要だ。ある国の情勢がどう展開していくかを読むためには、その国の指導者やいろいろな層の市民の身に我が身をおいて考え、それぞれの気持ち、そして動きを予想してシミュレーションができるようになるのが理想だ。そのためには任国のすべてを知るという意気込みを持たなければならない。もちろん「すべてを知る」ことは誰にもできないのだが、それでもバラバラになった恐竜の骨がまた一つづつ組み合わさって立ち上がり首を振って歩き出すような感じを会得することができれば、任国についての情報収集、分析は高度な域に達したと言える。それはほとんど小説家のような能力で、時事問題についての情報を他人より一分早く手に入れるよりもっと難しいことなのだ。ある国に長く暮らした経験のない人は、その国の情勢見通しについては謙虚であるべきだ。電波傍聴の結果、興味ある断片的情報が得られたとしても、専門家の持っている歩留まり感覚につきあわせてみるのがいい。

 既に書いたように、マスコミの中には危機感を煽って自分を売ろうとするものがある。だから記事を見たりニュースを聞いたら、自分の頭の回路に入れて誤差を修正し実像に近いところをぱっと想像できるようにしなければならない。例えばイラクの米軍スポークスマンが「我々は話し合いでの平和的解決をめざしている。しかしファルージャの武装勢力が誠意を示さないのなら、連合軍の忍耐は永遠には続かない。行動に移ることになるだろう」と言った場合、米軍はまだ二,三日待つ容易があることを意味しており、「行動に移る」という言葉は圧力をかけているのである。但しそれで満足していては駄目で、現地の米軍の動きを観察し、司令部上層部からの立ち入った話を聞かなければ、外交官の仕事は完結しない。

 ある国の大統領が別の国の首相を強く批判した、というニュースが流れた場合、外交官がやることは、まずその発言全文を手に入れることである。どのような場で、誰に向けて発言されたものなのか、マスコミは発言のほんの一部分を取り上げて大げさに誇張した報道をしたものでないかどうかを調べる。そして次にやることは、例えその大統領が批判を意図していなかったとしても、一度大々的に報道されてしまった上は、それはもう実際に批判が行われたのと殆んど同じ効果を国際政治にもたらすのだから、そのことをこれからの分析には織り込んでいく。

 重要な外交問題をめぐって二国間交渉や国際会議が開かれる時、当事国が本気で解決をめざしているのか、解決への努力をしていることを世論に示すためだけのごまかしなのかを瞬時に見極めることもできなければならない。そのためにはその問題の経緯・背景をよく調べ、当事国・関係国が動ける余地に自分で目星をつけておけば、機の熟していない時に開かれる交渉や会議は殆どが世論に対するポーズであることがわかる。

 情報統制の強い国では、目の付け所は少し違ってくる。多くの者が知っている事件が少しも報道されなければ―――例えばテロ―――、それは事件への対応をめぐって政府内でパニックや争いが起きていることを意味するのかもしれず、A国大統領とB国首相の間で「率直な話し合いが行われた」という記事が出たら、それは意見の対立があったということを意味する。重要な会議で誰がテレビ画面に映されたかも、こうした国では偶然ではない。

 記事を書く者がどういうメンタリティーを持った者なのかを想像してみることも、重要だ。二〇〇四年ロシアのある新聞に、「ウズベキスタンの石油資源をめぐってODA供与額No.1の日本、そして中国の間で壮大な駆け引き、グレートゲームが始まる。米国は、ウズベキスタンが中国へ石油を輸出することに反対するだろう」と書いた者がいる。一見さもありなんと人は思うかもしれないが、日本はウズベキスタンの石油埋蔵量が中規模のものでしかないことを知っている。だから、中国との「グレートゲーム」など起こるわけがない。そして米国がなぜ中国への石油輸出に反対するだろうと、この記者は思っているのか? つまるところこの記事は、十九世紀の帝国主義的「勝った、負けた」のゼロサム思考から相変わらず抜け出せないでいる、一部のロシア人のメンタリティを反映したものなのだろう。

情報収集は職人仕事

 以上、情報収集のマニュアルじみたことを書いてきた。だがいくらマニュアルを作っても、情報収集に向いた人とそうでない人はやはりいる。現在の状態を絶対視し、人々の序列とか忠誠心が変わることなど想像もできないような人―――優等生タイプに多い―――は、ものごとの新しい兆候を見落とすから情報収集には向いていない。彼らは、自分は何でも知っていると思い込んで、「そんなことがあるはずはない」という一語で、自分の目と耳をふさいでしまうのだ。

 情報収集には敏感さと柔軟さが必要である。街の様子を見ていて何かぴーんとはりつめた空気が感じられでもしたら、自分なりの仮説を立てる。ひょっとして暴動が起きるのではないか、誰かそれをあおろうとしている者がいるのではないか、と。そして、その仮説を情報で検証していくのだ。

 その際、自分の仮説に対しては謙虚でなければならず、仮説を180度ひっくり返してみる柔軟さも持っていなければならない。しかし、いざ政策を決定しようという時にはいつまでもそんなことを繰り返していることはできない。どこかで思い切らざるを得ないのだ。大きな政策決定では、細部は切り捨てられる。軍隊でも、「進め」と言われたそのハナに「しかし、そこから十メートル前方には地雷がある可能性もあるから、各自注意して前進するように」などと言われれば、腰砕けになってしまう。

 このように情報収集は職人芸を必要とするのだが、それゆえにまたいくつかの特徴、そして時にはマイナス面を持っている。例えば三十年間見ていて思うのだが、どの国も外交官と諜報や警察要員の間では、仮説の立て方が根本的に違う。デモがあったとすると、諜報要員はすべてのことはただ一人の黒幕が仕組んだことを前提に、その黒幕を探そうとする。ところが外交官は、「社会に広がった不満が爆発してデモになった」というような大ざっぱな分析で良しとしがちだ。但し、この頃ではアフガニスタンやイラクの紛争に現地で接する機会も増え、日本の外交官のものの見方もマクロ、ミクロの双方を兼ね備えた立派なものが増えてきた。

 情報収集は地味な仕事だが個人プレーであることが多いので、慣れない者は舞い上がる。自分の情報で日本が動いている、これだけ情報を送っていれば昇進できるかもしれない、などと考えるのだ。そして情報源を独占し、その情報をさも大したものであるかのように売り込み、大使館や政策決定を牛耳ろうとし出すと、これはもう危険な兆候だ。こうした連中は自分の情報を検証させず、依存させようとする。政策決定のサークルに入れなかったが故にフラストレーションを感じている者が、例えばAがBの悪口を言っているとBに信じ込ませるというような単純な手を使って組織を割ったり、情報を武器に政治家ともつるんで外交を壟断しようとし始めると非常に危険なことになる。

 諜報関係者は、自分の情報が他の情報とは一色違ったものでなければならない、そうでなければ存在意義を問われる、という圧力を常に感じている。だから時には情勢を深読みしすぎて、自分の仮説にこだわったりする。だから彼らの上司は、情報担当者のこうした特性を頭の中に入れておいて、上がってきた情報をフィルターにかけて見なければならない。つまり上司も情報マインド、そして独自の情報ソースを持っていて、部下の持ってきた情報を検証できるようでなければならないのである。

本省での情報処理体制は?

 毎日、世界中から外務本省に流れ込んでくる情報の量は膨大なものだ。情報電報を机に積みあげれば、五十センチ程にはなるだろう。それに加えて外国の短波ラジオ放送や、日本のテレビ・新聞報道のダイジェストなどから始まって、インターネットで世界に流布されている日本についての報道、主要海外紙の論調のまとめなど、外務省が毎日フォローしている公開情報は年々増えている。

 情報電報―――電子メールの時代に電報とはと思われるかもしれないが、今のところ電子メールでは傍受されやすい―――は、担当課だけでなく幹部や関係する課にも自動的に配布される。だから課長が国会やマスコミの対応に忙殺されるような時には、情報を丹念にフォローできるのは原局の担当官と国際情報統括官組織くらいになってしまう。

 国際情報統括官組織は二〇〇四年の七月までは国際情報局だったが、領事部が領事局に格上げになったため、スクラップ・アンド・ビルドの原則で局の名前を外された。もともとは、大使館から入ってきた情報を担当課と共有しつつも、政策を担当する担当課とはまた一色異なる分析と情勢判断を幹部に提供するために作られたものである。 政策担当者というものは、政策を進める上で障害になる情報はどうしても無視したくなる。ひどい時には大使館に電話して、政策執行に都合のいい内容の情報電報を打ってくれるよう注文したくなる誘惑にかられる時さえある。情報や情勢判断をこうした歪曲から解放するために、国際情報局は作られたのである。

 外務省はよく、情報を抱え込むといって批判される。毎日入ってくる情報を公開すれば、外務省も少しは見直してもらえるかもしれないが、そんなことをすれば外国に暗号を解読する手がかりを与えてしまう。それに情報の内容を見れば、誰がしゃべったかは大体わかるので、するとその人が思わぬ迷惑を被ることになる。では情報電を編集してから公開すればいいとは思うが、そういう膨大で高度な知的判断を必要とする作業をこなせるだけの人員の余裕は政府にない。

日本にも諜報機関を?

 冷戦が終わって、CIAをはじめ世界中の諜報機関は構造改革にさらされた。諜報機関不要論すら出てきて、ソ連共産体制を担っていたKGBはエリツィン大統領によって解体縮小されてしまった。しかし九月十一日テロ事件は諜報機関の役割を再度高め、諜報や情報収集の成否は国民から切実な関心を持たれることになった。日本の外交官は今や、耳になじまない中近東風その他のテロリストの名前を覚えていないと情報収集もできない。

 こうした中で、「日本にも諜報機関を作れ」という声がちらほらと聞かれるようになった。外務省若手だった原田氏は、北朝鮮への日本人拉致問題について、「日本に諜報機関さえあればもっと対等な立場で交渉ができただろう」と書いている。

 それは、その通りだ。しかし、それは少し理想論ではないか。日本がたとえ諜報機関を持っていたとしても、北朝鮮のような全体主義国家にスパイを送り込むことはできないからだ。諜報の諸機能は、日本政府に既にあり、偵察衛星さえ持っている。外務省は外国での情報収集、警察は防諜、防衛庁は電波傍受をやっている。内閣情報調査室はこれら諸情報を利用できる立場にあるが、情報を持っている各省庁とも総理官邸と直のパイプを持っているため、内閣情報調査室への情報の流れは円滑なものではない。内閣情報調査室を強化してアメリカの国家安全保障会議のようなものにしようとしても、生え抜きの職員が少ないため各省庁からの出向奢による寄り合い所帯になるだろう。肝心のアメリカでも、国家安全保障会議やCIAによる調整機能、統合機能は常に十分であるわけではない。

 どの国の諜報機関も初めは細々としたもので、暗号解読とか戦地での情報収集から始まり、現在の形に発展するまで数十年を要している。外国に諜報網を展開するにはまずそれを現地で差配する要員を育てなければならないが、彼らは外交官を上回るような語学の達人で日本と外国の間の価値観の違いも心得ていなければならない。ところが僕自身もそうだったし、他省庁からアメリカの大学に留学する人材を見ていても、ゼミナールで自由に発言して議論をリードしていけるだけの人物はごく希にしかいないものだ。外国に勤務してその社会に食い込み、きちんとした情報が取れるまでに十五年はかかるだろう。そしてそのようなことは外交官が既にやっている。他の国の諜報機関でも問題が起きているように、外交官と同じ情報源に金をばらまいて、外交官が無料で仕入れたのと同じ情報をもらうことになりかねない。

 諜報機関は金を食う。しかも何に金を使っているのかは公開できない。外国人エージェントの身に危険が迫れば直ちに日本に脱出させて家族ごと一生面倒を見る体制も作っておかなければ、本気で日本のエージェントになろうとする者はいないだろう。だから諜報機関を作るのであれば、今の日本の体制で本当に欠けているものが何なのかを見極めて、それに集中するのが合理的なのだろうと思う。それは例えばテロ情報の強化、そして人工衛星や電波を使った情報収集の強化だろう。

 外務省の情報について言うならば、政治、経済、軍事、文化などを総合して情勢判断できる能力を強化しなければならない。在外では政治、経済、軍事と担当が分かれているから見方がどうしても狭くなってしまうのだ。そして、現在の国際情勢の根本的な変化に応じて、アジアでの情報収集体制を根本から洗い直さなければならないと思う。そしてもっと根本的なことについて言うならば、これまで日米安保を機軸とした枠組みの中で懸案を無難に処理していくことが基本だった外務省員のマインドを、もっとダイナミックなものにすることが必要だろう。これは別に安っぽい反米主義で言っているのではない。アメリカとの関係は日本にとって、安全保障、経済的繁栄、そして自由な社会の維持、あらゆる意味で不可欠だ。しかし、自分で国際的な枠組みを変えることを提案する能力を持ち、そのための情報収集・分析能力も持っていなければ、そして国際社会における新しいトレンドを敏感にキャッチできる柔軟さを持たなければ、日本はアメリカから使われるだけの存在になってしまう、そういう意味である。(了)

コメントを投稿





トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/36