中央アジア情勢メモ
(中央アジアは日本で知られていませんし、ニュースもないので、時々気がついたことを記すことにします。速報性は志向していません。随時修正等をしていますので、ご注意下さい)
8月
#9 8月 ウズベキスタンでのインフレ昂進
●ウズベキスタン政府は、8月1日から公務員の給料、年金、奨学金などを平均25%引き上げたのですが、同時にガソリンや地下鉄の値段も大きく上げたから国民には得にならなかったようです。
ものの値段の上昇度は激しく、本年だけでも公共料金は40%上げられ、固定資産税も120%上げられた由。今年上半期だけで生活実感30%の値上げという人もいます。
●なぜインフレになるのか? おそらく国際商品市況の高騰、特に綿花価格の上昇がウズベキスタンに多くの収入をもたらしたとか、100万人以上がロシアやカザフスタンに出稼ぎに行っていて、彼らが仕送りしてくるドルがウズベクでの通貨供給を膨らませているとか、大統領選挙を前にして政府が年金引き上げなどばらまき政策をとっているから(昨年、公務員の給料は44%、教員・医師の給料は平均2倍引き上げられています)、とか、いろいろの説明が可能です。
ウズベキスタンでは、こうして一度市場に出てしまった過剰な現金を吸い上げる(例えば国債を発行するとか)装置が足りないようです。
●12月の大統領選挙を前にして(あるんでしょうね、本当に)このインフレでは、誰かが責任を取らされる可能性があります。カリモフ大統領は居残る決心をした(憲法は三選を禁じています)という観測がインターネットでは流布されています。
カザフスタンではナザルバエフ大統領が憲法をあっという間に改正させて、終身大統領になってしまいましたし、ロシアでもひょっとすると・・・
#8 8月、タジキスタンでは
●タジキスタンの動きは筋が見えにくいものがあります。ロシア、中国、アメリカなど大国をうまく張り合わせつつうまくバランスをとっているように見えます。
8月から9月にかけては、ロシアとの関係が少し後退しているように見えます。例えば9月、ラフモン大統領はログン・ダム建設案件におけるロシアとの協力をご破算にすると言明しました。
このログン・ダムというのは300メートルもの高さのダムを作って、その電気でアルミニウムを精錬しようというものです。もともと首都ドシャンベの近くにはタジアルという、大規模なアルミ精錬工場があり、ロシア向け窓サッシなど作ってタジク政府歳入の数10%を稼いでいるのですが、ロシアのアルミ大手ルスアル(デリパスカ社長)を引き込んでこのアルミ精錬事業を拡張しようとしたのが蹉跌したわけです。
ルスアルが手を上げたのはいいが、ダムの高さとかその材料とかで話しがまとまらず、ラフモン大統領がキレタもののようです。
●中国とは今関係が非常に近づいているように見えます。中国はタジキスタンに6億ドルもの低利借款でトンネル等を建設することを約束し、現在実行中だからです。
中国がこうしてにわかに大量の借款をタジキスタンに供与したために、日本は円借款の供与が当面できなくなりました。タジキスタンの返済能力を超えた借款を供与することには、IMFや世界銀行が反対するからです。
●アメリカとは2月にも8月にも、タジキスタンの国境警備隊がアメリカの何と海兵隊と「共同演習」をやっています。共同演習と言いますが、実態はテロリストを相手にした場合の護身術のようなことを海兵隊が教えているようです。
●「アフガニスタンへ渡る橋」の完成
アフガニスタンは中央アジア文明と不可分の一体をなしていますが、両者の間にはアムダリヤという大河が流れ、経済的には交通を妨げています。ウズベキスタンとだけは、ソ連がかけた「友好の橋」(ここをソ連軍が渡って、アフガニスタンとの「友好」関係を作り上げたのです)がありますが、他にはありません。
そこで僕はタジキスタンにも橋があったらいいと思い、いつか日本のODAで架けられたらいいなと思っていましたら、手の早いアメリカ政府がさっと手を上げてしまい、それでも数年かけてこの8月にやっとオープンした次第。
オープンしたのはいいのですが、この頃アフガニスタン北部には、これまでパキスタンとの国境地帯に隠れていた中央アジアのイスラム過激分子が、タリバンの復活と共にアフガニスタン北部に移動してきたとの報道もありますし、またこのアフガニスタンーータジキスタンというのは麻薬ルートであるとも言われていますので、単純に喜べるイベントではなくなってしまいました。
#7 カザフスタン経済に黄信号
●カザフスタンの経済に黄信号がともっています。石油大国であるのに、貿易赤字が増えている由。
それはなぜかというと、製造業が不十分であるため、消費や建設(住宅建設は現在年間30%の率で増えている由)が増えると輸入が増える宿命にあるからです(米国と似ていますが)。
そしてインフレ率も上昇しており、6月には対前年同期比8,6%の上昇を見せた由。ロシアと同じく、いくら石油で稼いでも物価が上がってもとの木阿弥という「上げ底経済」になってきたようです。
●心配なのは、カザフスタンの対外債務が大きい点。借金大国なのです。国民も銀行から借りまくり、その額はこの1年で倍増した由。カザフの銀行の資産も、対外借り入れをもとにしています。カザフの対外借り入れ累積額は、GDPの95%に達している由。
それでもこれまでは、西欧でユーロボンドを発行して低利の資金を手に入れてきたのですが、サブプライム騒ぎでそれも難しくなってくると、カザフ国内では投資資金が不足してくるでしょう。
既に8月には銀行間金利が1,8%上昇して8%を超えた由。そして8月初めには資金の外国への流出額が流入額を超えた由。
#6
8月初めトルクメニスタンで、アレクサンドル・ジャダン前大統領府総務部次長が逮捕されました。彼はニヤゾフ大統領時代の資金の流れを把握している人物の由。
同時にロシアのマスコミによれば、ニヤゾフ大統領の息子のMurad(海外在住)はニヤゾフ大統領警護局長のレジェポフとも組んで綿花などの裏ビジネスをしていたのが、ニヤゾフ大統領が死去したため、レジェポフを裏切って当局に突き出した由。
つまりジャダン次長も、レジェポフ逮捕のあおりを食って逮捕されたのでしょう。
#5 上海協力機構(SCO)首脳会議(8月16日)
新聞・雑誌にはあまり書かれていないことだけ整理しておきます。
●SCOは反米機構と言われていますし、実際にその要素が強いのですが、今回はたとえば「キルギスの基地から米軍は早く撤退するべきだ」というような文言は声明に盛られませんでした。
実はこのSCO首脳会議の直前、米国はキルギス政府に1,600万ドルの無償援助の話を持ちかけたらしく(報道)、これにキルギス政府が痺れてしまったのかもしれませんし、最近米国との関係がめっきり良くなっている中国などが抑えに回った可能性もあるでしょう。
もっともロシアの方も、「東欧に米国・NATOが配備しようとしているミサイル防衛施設はロシアを狙ったものだ」というような露骨な発言は控えていました。
●中国の胡錦涛国家主席はSCO首脳会議の後、カザフスタンを公式訪問しましたが、そこではトルクメニスタンの天然ガスを中国に運ぶパイプラインをカザフスタンを通って建設する合意がなされました。このパイプラインを是非自国領を通してくれるよう頼んでいたキルギスは、今回中国からソデにされたわけです。
同時に、これまでトルクメニスタンの天然ガスをイランと並んで独占してきたロシアは(自分のガスは西欧に高く売り、トルクメンのガスは割引価格でウクライナなどに売っていたわけです)、中国に「割り込まれた」形になりました。胡主席はプーチン大統領に事前に仁義を切ったのかどうか、興味があります。
●トルクメニスタンからはSCOの首脳会議に初めての参加がありました(ベルディムハメドフ大統領)が、結局のところアフガニスタンのカルザイ大統領と同じくメンバーにはならず(トルクメニスタンはニヤゾフ大統領の時代から中立国としての立場を強調しています)、「ゲスト」扱いにとどまりました。但しベルディムハメドフ大統領はスピーチをしたそうで、この国が少しずつ外に対して開けてきていることを示しました。
パキスタンは外相を送ってきましたが(「正式メンバーになりたい」と発言した由)、インドは石油ガス大臣を送り、SCOとの関係を経済に限っていることを見せ付けました。反米機構と思われているSCOに政治面でかかわると、折角よくなったアメリカとの関係を傷つけると思ったのかもしれません。
●首脳会議の後、ロシアのウラル地方で行われた共同演習は大規模でした。草原に小型の模擬町を建設して行われたようです。ロシア軍の司令官は7,500名という数字をあげています。ただウズベキスタン軍の戦闘部隊が参加しなかったこと(幹部は参加し、カリモフ大統領も共同演習を参観はしています)、また昨年11月バルエフスキー・ロシア軍総参謀長が、この共同演習はSCOと「集団安全保障条約機構」(ロシアが中心となり、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタンなどが入っている、以前のワルシャワ条約機構の復活版)の間の共同演習にもなるだろう、と述べていたのに、そうならなかったこと、が興味をひきます。
●演習のシナリオは、「テロリストに占拠された町」を陸軍、空軍を使って解放する、というもので、これはウズベキスタンやタジキスタンの国境付近の町にアフガニスタンからのテロリストが攻撃をしかけてきた場合、あるいはロシアのコーカサスでテロリストと戦う場合に有効なシナリオです。
●この演習でおそらく最も注目されたのは、中国軍がどれだけ迅速に国外で作戦できるか、ということだったでしょう。ロシアは兵営などの設営では中国軍に最大限のサービスを行い、中国側も深く感謝を表明していますが、ロシアも中国軍の実力を目で測っていたことでしょう。この共同演習については雑誌「軍事研究」10月号に、竹田純一氏の優れた論文が出ていますがそれによれば、中国軍は輸送機から戦車を投下する離れ業を演じはしたものの(壊れなかったらしい)、軍の主力は新彊地方のウルムチから極東の満州里を経由してシベリア鉄道でやって来たもので(ウルムチからカザフスタン領を通ればはるかに短いのですが、カザフスタンが中国軍の領内通過を認めなかったのです)、輸送機6機で3日間連続運んだ兵力は僅か800名に過ぎなかったということです。
●また演習には中国軍のヘリコプターも参加しましたが、このヘリも中国から自力で長時間かけて飛んできたもので、米軍、ロシア軍などの有するヘリコプターを空輸する能力は持っていないようでした。
中国軍の戦闘爆撃機は新彊地区から飛び立ち、カザフスタンとモンゴルの間、僅か54キロの中ロ国境上空を通ってウラルに向かったのですが、バルナウルで途中給油しており、空中給油能力の欠如を示しました。また中国軍の戦闘爆撃機は輸送機IL-76に「先導」されていたそうで、そのことは中国空軍では国外での航法をマスターした者が少ないことを示しているのでしょう。
●しかし総じて今回のSCO首脳会議は散漫な感じで、いわゆる「目玉がない」感じ。胡錦涛・主席のスピーチにはその「目玉」があったのかもしれませんが、彼のスピーチにだけは通訳がつかなかったそうで、ロシア、中央アジアからの出席者はちんぷんかんぷんだったのです。
SCOはその限界を露呈してきた、というのが僕の印象です。つまり、ロシアが共同演習などの安全保障面に力点を置こうとしても中国が米国を過度に刺激するのを嫌がって腰が引ける、では経済協力で壮大なことができるかと言うと、中国もロシアもそれぞれ勝手に「自分の旗の下に」案件を進めるものだから、SCOベースでは実績が上がらないーーーこういう限界です。
#4: ウズベキスタン、次の大統領は?
ウズベキスタンでは12月の末に大統領選挙が行われるーーこのことはほぼ動かせない事実として世界の識者の頭の中に定着しています。そのためには9月末には立候補届出が行われなければならないそうで。ところが、絶対票を取れないような候補達は別にして、本命になりそうな人達が立候補するかどうか、何も見えない、というのがウズベキスタンの現状です。ウズベキスタンの憲法は3選を禁じていますから、カリモフ大統領が立候補することはないでしょうが、彼は大統領選については沈黙を守っているのです。
マスコミの中には、大統領選までにテロ事件が起きれば、大統領は非常事態を宣言し、大統領選を引き延ばしていくだろう、との観測を公にするものもあります。アフガニスタンではタリバン勢力が復活しただけではなく、「ウズベキスタン・イスラム解放戦線」の残党がアフガニスタン南部から中央アジアの国境に近い北部に移動してきた兆候があります。これからの半年、ウズベキスタンからは目が離せません。
8月
#3: オーバーブッキング?:トルクメニスタンの天然ガス
トルクメニスタンはロシアのガスプロムに天然ガスの大半を売り渡す長期契約を結んでいるのですが、ベルディムハメドフ大統領は人と会うたびに天然ガスの供給を気前良く約束する癖があるようで、横から見ていると心配になります。
7月には訪中したそうで、30年間にわたって毎年300億立米のガスを中国に提供する約束に署名までした由。しかもこのガスは、ニヤゾフ大統領に予定したアム川右岸地帯からのものではなくて、現在ロシアが利権を有する左岸地帯からのものを供給するのだ(「独立新聞」)と言うから、穏やかではありません。いったいどうするつもりなのでしょうか?
なお一部の報道によれば、トルクメニスタンの天然ガスを中国に輸出する案件には、レジェポフ前大統領警護局長が利権がらみで深く関与していたそうで、そうなるとこの半年、トルクメニスタンの天然ガスをめぐって起きたいろいろな不透明な事柄も、結構透き通って見えてくるのかもしれません。
#2: 6月6日:トルクメニスタンはどうなっているのか?
トルクメニスタンではソ連崩壊以来大統領だったニヤゾフ氏が昨年12月に急死して、副首相のベルディムハメドフ氏が今年の2月に大統領に選ばれました。実力者のレジェポフ大統領警護局長という後ろ盾をもっていたことが効いたと言われておりました。
ところがそのレジェポフ氏は5月、何の前触れもなしに突然解任されてしまいます。「クラン」や諸実力者の危ういバランスの上に立っている、就任早々の大統領がやることとしては、随分大胆なことだと言えます。内情はまだわかりません。
ベルディムハメドフ大統領は、外交面でも随分思い切ったことをしています。ロシアを訪問する前にサウジアラビアに行ってみたり、ニヤゾフ大統領が入れ込んでいた中国をこけにする形で、ロシアを通じての天然ガス輸出を大幅に増やすことをプーチン大統領に約束して見せたりしているのです。
後者は、タフな中国も中央アジアでは翻弄されてしまうことを如実に見せています。
#1: 07,5 ナザルバエフ・カザフスタン大統領の終身制をめぐる騒ぎ
○5月22日、カザフスタンの議会は突然、憲法を改正し、2012年から大統領の任期を短縮(7年を5年に)することにするとともに、現在のナザルバエフ大統領については再選の回数制限(2回まで)を撤廃しました。これにより、ナザルバエフ氏は終身大統領をすることが可能になりました。
○この改正手続きが憲法に則ったものかどうかは調べていませんが、この迅速さは多くの国の政権が羨むところでしょう。多くの利権を権力者が握ったままの、旧社会主義国だからこそできる離れ業です。
日本人はすぐ、手続きが正しかったかどうか根堀り葉堀り論じようとしますが、これらの国についてそんなことをしても時間を空費するだけです。起きたことは起きてしまったのです。
○アメリカ政府は何を思ったか、「これは正しい方向への一歩である」というコメントを発表して、マスコミの袋叩きに会いました。カザフスタンのナザルバエフ大統領についてはこれまで、強権性とか腐敗とかがいろいろ取りざたされてきたからです。
○大統領の再選回数をめぐっては、ロシアのプーチン大統領に対し、「憲法を変えてでも、来年以降三期目も務めて欲しい」とする強い国民の要望が寄せられています。隣のウズベキスタンでも、2期目を終えたカリモフ大統領は三選を欲しているかもしれません。カザフスタンとロシア、そしてウズベキスタンは時々示し合わせて動きますので、今回ナザルバエフ大統領の動きも、まずカザフスタンが先頭を切ってみせ、世界の反応を見ようとするものかもしれません。
○しかし、もしかするとそうではないかもしれません。ナザルバエフ大統領の長女ダリーガ女史は夫のアリーエフ氏とともに政治的野心が強いことで知られています。最近、同女史の政党は父ナザルバエフ大統領の差し金でつぶされ、夫はオーストリアに大使として出されてしまいました。やることが目に余ったのでしょう。
ところが上記の憲法改正の直後、アリーエフ大使は義父ナザルバエフ大統領を強く批判する発言を公にし(「長い間ナザルバエフ大統領とは争論してきた。自分は2012年の大統領選挙に出ると彼に言ったことがある。するとすぐヌル銀行頭取誘拐の罪が自分に着せられた。ナザルバエフ大統領は独裁の道を進んでいる。未来は我々のものだ。大統領、あなたのものではない」という激しいもの。ホンモノかどうか疑いたくなりますが)、それにより本国から指名手配を受け、外交特権も剥奪されてあえなくオーストリア官憲に逮捕されてしまいました。(数日後、高い保釈金を積んでオーストリア国内で保釈)
○憲法改正は、アリーエフ大使が良からぬことを企んでいることをナザルバエフ大統領が察知、これをつぶすために急遽行ったものかもしれません。
アリーエフ氏は自らを民主勢力と位置づけていますが、小生は彼らがかつてイスタンブールに遊びに行った時の行状を聞いたことがあるので、彼の発言を額面通りに受け取ることはしていません。
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