ロシア政局にも乱れ――諜報機関の仲間争い
ロシアの政局は、プーチン大統領が実質的に居残ることで進んでいるが、その順調な飛行に乱気流が生じた。それも権力の基盤である諜報機関関係者の間の争いが表面化したのだから穏やかではない。何があったのかと言うと、
★10月2日、国家保安庁(FSB)は9月に新設された捜査委員会とともに、連邦麻薬取引監視庁のBulbov部長(諜報出身で少将の肩書き)が出張から帰ってきたところを、その3人の部下とともにモスクワのドモジェドヴォ空港で逮捕した。嫌疑は違法盗聴だったらしい(ロシアの諜報・捜査機関は盗聴を許されているはずなのだが)。4名は逮捕の際、抵抗したと報じられている。
★Bulbovは堅物、頑固者で通っているらしく、お上の都合に構わず不正をどこまでも追求するタイプの由。だから麻薬取引監視をしているうちに当然のことながらマネロン捜査にまで手を伸ばし、そうこうしているうちにTri Kita(三匹の鯨)という家具チェーンが中国から消費財を密輸しているのではないかということに気がついたらしい。その捜査によって、2006年から国家保安庁、検察では多くの者が収賄などの嫌疑で解雇され、最近ではステパーシン会計検査院長官の側近数人も汚職の嫌疑で逮捕されたというから穏やかではない。Tri Kitaは大統領府にもいたことのある諜報機関出身者の親族が経営していた店だ。
★しかしいくら堅物だからと言って、そんなに突っ走れるものでもなかろう。そこで上司のチェルケーソフ連邦麻薬取引監視庁長官のことを論じよう。彼は1950年生まれ、極めつけのKGB。レニングラード国立大学法学部をプーチンとともに卒業し、プーチンとともにKGBに入ったらしい。ソ連時代は反体制派、環境運動の取締りを担当し、1999年プーチンが国家保安庁長官から首相に昇進した時、その後任に擬せられたこともあった。
だがその強持てのイメージが対西側関係でマイナスに働くと思われたためか、パトルシェフが長官となり、その後両者の関係は悪い。11日のコメルサントによれば、パトルシェフはチェルケーソフを「個人的には敵だ」と言ったらしい。その後連邦北西管区大統領全権代表になっていたが、2004年には内相就任をもくろみ、ヌルガリエフを推したパトルシェフにここでも1敗地にまみれている。
★チェルケーソフ長官は情報を出さないためにプレスの評判は悪いのだが、その彼が10月9日、有力紙コメルサントに長文の論文を発表した。しかもその内容が過激で、諜報・捜査を担当する諸機関の間で争いが高まっていることを批判、「この戦いに勝者はいない。あまりにも多くの危険がある。」、「諜報関係者が事業に手を染めている」といった表現があるらしい(まだ筆者は記事そのものを読んでいない)。
★ロシアのメディアは、チェルケーソフはこれでパトルシェフだけでなく、プーチンの右腕セーチン大統領府副長官(現在のセーチンの力は日本で言えば、小泉時代の首相秘書官によく似ている)に挑戦したことになると書いている。メディアではセーチン副長官は利権派の代表格とみなされているので、このチェルケーソフ問題が大きくなると暴露合戦となり、プーチン指導部が国民の信用を失うような事態になるかもしれない。
★だがおそらくチェルケーソフは非力だろう。15日、国家保安庁は「近々予定されるプーチン大統領イラン訪問の際、暗殺が計画されている」という情報をリークした。おそらく国家的危機感をあおり、チェルケーソフ達の動きをマージナライズしてしまおうというのだろう。この件は、おそらくこれでもみ消され、忘れられてしまうだろう。
★なお、Bulobovを逮捕したのは国家保安庁と「捜査委員会」合同チーム、という報道が面白い。9月初旬、検察の捜査・逮捕権限を大幅に取り上げて発足した捜査委員会は、国家保安庁が検察から権限を取り上げるための口実だったということになるからだ。最近対外諜報庁のレベジェフ長官が、実権を伴わないCNTO事務局長に飛ばされたことも面白い。対外諜報庁はもともとKGBの一部なのだが、この人事もパトルシェフが率いる国家保安庁が公安・捜査部門で力を集中しつつあることを示すものかもしれない。
★ロシアでインフレ率急伸
○10月8日の閣議でプーチン大統領は、「食料品価格の上昇がアラーミングだ」と述べた。9月の消費者物価は名目で対前月0,8%上昇した(昨年同期は0,1%)。これで1~9月のCPI上昇率は7,5%になってしまい、年間で8%という政府予測は守れないことになる。
○ナビウリナ経済発展相はプーチン大統領に対して、「世界の食料品価格が上昇していることが原因」だと述べた由だが、よくわからない論理だ。ブッシュ大統領がバイオ燃料増産をぶちあげたために世界の穀物価格が急上昇していることは確かだが、ロシアは最近では穀物輸出国になっているので、世界価格は関係なかろう。それとも、穀物がみんな輸出されてしまい、そのため国内価格が高くなってきたというのか。
○インフレには別の要因もあるだろう。12月の総選挙、来年3月の大統領選挙対策でやたらばらまき政策が行われ、歳出が急増していることもそうだ。ロシアではこうして、所得増と価格上昇のイタチごっこが始まっていて、価格上昇がイタチに追いつくと、選挙だってそうスムーズにいかないかもしれない。
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