ロシア情勢メモ 07年8月まで
(ロシアについて、毎日フォローしている情報の中から面白いものを選んでコメントをしていこうと思います。速報性はありません)
河東哲夫
8月
#10
ロシアにだって言論の自由が
―――ブログでの青年団たたき
ロシアと言えば、「ソ連の昔」に回帰したことにされていて(僕も多くの点でそう思いますが)、クレムリンの肝いりで作られた青年組織(昔の共産党青年同盟のノリ)の「ナーシ」(我々仲間)など、さしずめその典型のように思われている。
ところがロシアでもそう考えている人がいるらしく、彼らはブログで「ナーシ」を叩きまくっているのだそうだ。そして「ナーシ」に金を出している企業の製品やサービスを使わないよう呼びかけている(時間がないので、僕自身は確かめていません)。
ブログやYouTubeはロシア人がもう日本人以上に使いこなしていて、ブログに発表した連載小説で有名になった、地方出の若い女流作家がいたりする。よそ目には、ロシアは意外とあっと驚くほどリベラルに見えるのかもしれない。
#9
「中国は友人だ」―――ロシアでの世論調査結果
そのうちに、中国が怖くなったロシアが北方領土を日本に返してくれるだろうと思っている日本人は数多い。だが10年前は中国人を嫌っていたロシア人も、最近の世論調査ではむしろ逆だ。「中国人は友人だ」――こう答えるロシア人が増えている。
例えば5月にレヴァダ分析センターが行った世論調査では、最友好国としてカザフスタンが39%、ベラルーシが38%を獲得したが(ベラルーシはその後、ロシアからの天然ガスの輸入代金支払いを渋ったために好感度が大きく下落)、中国はドイツの24%に次ぐ19%を獲得して4位、インドの14%を凌いだのだ。
8月の調査では中国が友好国として1位を占めたものさえある。8月に上海協力機構の枠内で、中国軍とロシア軍の大規模な共同演習がロシア領内で行われ、それがテレビで放映されたことが影響したのだろう。
時々の浮き沈みは別にして、これからも中国はロシアで友好イメージを売り込んでいくのだろう。中露対立をあてにするなかれ―――これが今回の調査が我々に与える教訓だ。
ところで、日本は嫌いな国の上位リストにも入っていないので、安心していいのか、存在感がなくなったというのか・・・もっと頑張りましょう。
#8
北極海に貨物船・タンカーが行きかう日
―――ロシアの北極征服
北極の氷が融けている。そのうち北極海はユーラシアの東西、そしてユーラシアとアメリカ大陸の間の通商路、エネルギー資源運搬路として貨物船、タンカーが行きかう海になるのかもしれない(ヨーロッパ、アジアの間は南回りより2,500マイルも短くなるそうで)。
困るのは白熊で、大陸に上陸し、しまいには街道沿いにモスクワまでやってくるかもしれない、とロシアの友人に書いたら馬鹿にしたのか、返事も寄越さなかった。
北極の氷が融けると、海底資源の開発が可能になる。誰もまだ探鉱をしていないが、ここには世界の天然ガス、石油の4分の1が眠っていると言う専門家(?)もいるくらいだから、メジャーな話だ。
そこで資源に生きる国ロシアは、早速目をつけた。国連海洋法では、領土から200海里以内で、大陸棚と続いていることを証明できれば自国の「排他的経済水域」として資源開発独占権を主張できるからだ。地球儀を見るとロシア領から北極点までは200海里以上ありそうだが、それでも北極海のかなりの部分に権利を主張できそうだ。
そこで冒険家で鳴るチリンガロフ国会議員はスウェーデン、オーストラリアの実業家を案内がてら潜水艇で北極点に赴き、ロボット・アームを使ってその海底に小さなロシア国旗を押し立てた(8月2日のことです)。その様子がテレビで放送されたからたまらない。抑え付けられてきたロシア人のマッチョ魂がぱっと燃え上がり、チリンガロフ氏はまた国民的英雄に祭り上げられた(もう忘れられましたが)。
だが地図を見ていただきたい。北極点に一番近いのはグリーンランド、つまりデンマークなのだ。それにノルウェー、カナダ、米国(アラスカがありますから)も黙ってはいない。相次いで探査隊を繰り出したから、ロシアの要求もお預けになってしまった。国連で境界線を勧告することはできるが、それには強制力がないので、結局は関係諸国の間の交渉次第ということになるだろう。決着がつくのは10年も先の話だ。
でもロシアは、「北極点までロシアの大陸棚が続いているから、そこまでロシアの経済水域だ」という変な議論を展開しているが、そんなこと言ったら限りがないではないですか、ロシアさん。地球の岩盤はずっとつながっているんだから。日本までは取らないでネ。
#7: ロシア爆撃機、グアム島へ
8月10日のモスクワ・タイムズなどによれば、9日にロシア極東ブラゴヴェシェンスクから飛び立ったロシア軍の爆撃機Tu-95 (西側では「ベア」と愛称)2機が、13時間かけてグアム島に往復した由。
冷戦時代には珍しくもない飛行コースでしたが、ロシアのことなど忘れていただろう米軍はびっくりしたことでしょう。
これはソ連崩壊後初めての、このコースでの飛行だそうで、「西側」への示威行動でしょう。ノルウェー、アイスランド、アラスカ方面にも同種フライトが再開されたそうで、米国は足元の先物商品取引所であれだけ石油価格を釣り上げてしまったツケを、こんなところで払わされています。
もっとも自衛隊、そして極東に配備されている米軍にとっては、これまで忘れていた脅威が復活したことで、有事の際のシナリオ想定がより複雑になるでしょう。
(読者の方からのコメント:
投稿者: 中野潤三 | 2007年08月17日 16:45
ロシアは国防費を増額し、景気のいい兵器調達計画を発表し、軍の訓練も活性化して得意になっているようですが、ロシア国内でも、わけの分かっている冷静な専門家は、「例え国防費を増額しても、ソ連崩壊でバラバラになった国防産業の再編成は人材の問題も含めて容易ではない、政府による分野ごとの国防産業の一元化も、ロシアお得意の官僚主義と汚職を悪化させるだけで効率的な兵器生産はできない、調達計画の期間中の兵器価格の上昇により、計画通りの兵器調達は不可能だろう」と言っています。私は、決して現在のロシアが平和愛好国家だとは思っていませんが、彼らが本来的に持っている「欠陥」により、彼らが得意げに喧伝しているような軍備増強は不可能だと思っています。まあ、90年代の
軍のどん底状態よりは多少改善されるでしょうが。また、河東さんもご指摘のとおり、ロシア経済の脆弱性を考えると、プーチンは「冷戦の過ちを繰り返さない」と言っていますが、また「粘土の足の巨人」を作ろうとしている、と見えてしまいます。
(全くその通りだと思います。ソ連時代とは違ってグローバル経済の中に生きていながら、一人身を硬くして武器を振り回すのは、生活のためにも良くないと思います。河東))
#6: 米国のクレジット・クランチがロシア経済に及ぼす影響は?
米国では住宅融資の一部の焦げ付きで、投機資金の急速な収縮が始まりました。「貸すと危ない。他人に貸しているところは危ない」ということです。
ロシアは石油で儲けていますが、消費者金融や国内企業のM&Aのための資金は西側から借りています。しかもクドリン財務相によれば、7月1~10日の資本収支は60~80億ドルの純流出になったそうで、これは本年上半期には670億ドルと記録的な純流入があったのに比べて、トレンドの逆転です。
消費ブームで輸入が急増しているため、貿易収支はあと1~2年で赤字になることもあり得る・・・そうなればルーブルのレートは下がり、同時にロシアの株、債券への投資のうまみも減退、資金流入は一層減ってルーブルは更に減価、ルーブル・ベースでの外債返済額が急増・・・そういうマイナスの螺旋現象が起こるかもしれません。
やはり付加価値の大きいものは自分で作るようにしないと、「エネルギー大国」も果敢ない存在となってしまうでしょう。
#5: ロシア経済、インフレとのニア・ミス
ロシア経済と言えば、消費は輸入依存で、その資金は石油輸出で稼ぐ、という脆弱な体質ですので、いつインフレになってもおかしくない―そんな感じでいます。国内の電気料金などは社会主義時代の名残で低く抑えられていますが、耐久消費財などのほとんどを輸入することによって、国内の価格体系は次第に底上げされてくるからです。
最近は年間10%ほどにインフレ率は抑えられていますが、今年は6月に入ってCPI上昇傾向が昂進(年率換算で1%)、しかも7月下旬にはパン価格が突然上がる(モスクワでは3分の1上がった由。その後戻ったのですが、年末までにはかなりの値上げが予想されています)一幕があり、ひやりとさせられました。
誰かが、今年の穀物生産が昨年より下がるというデマを流した(ゴルジェフ農相も閣議でそのような発言をし、それはテレビで放映された由。本当に農相というのはロシアでも・・・・・)ようで、パン以外には買える資金を持たない年金生活者などはパニック買いに走ったそうです。つまりパン価格はロシアでは政治イシューであり、今年は選挙の年ですからその度合いは一層強いのです。
年後半は財政支出が集中するのだそうで、しかも選挙公約が乱発されていますから、カネが市場にあふれるでしょう。つまり社会にはインフレ圧力がたまっていて、誰かが私利のためにこれをつつくとインフレが現出するーーーこれは1990年頃、モスクワで見られた光景でした。
6月
ロシアにも国際交流基金のようなものが
ロシアはこれまで経済困難もあって、国際文化交流をやる組織が見えませんでしたが、この6月には外務省と教育省の共管で、「ロシア世界基金」なる組織が立ち上げられたそうです。日本では国際交流基金、中国では「孔子学院」、英国ではブリティッシュ・カウンシルと呼ばれているのと同じような組織なのかもしれません。
理事長は、モロトフ外相の孫ということで有名なヴャチェスラフ・ニコノフ、評議員にはラブロフ外相やドブロデエフ・テレビ公社総裁やヴェルビツカヤ・サンクトペテルブルク大学学長などが名を並べていますが、問題は国家予算は08年から10年にわたる「3ヵ年予算」が既に政府で採択されており、その中にはこの「基金」のための予算は掲載されていないということです。多分、大金持ち達に資金を出させるのでしょう。
しかし、ソ連時代の共産党組織の施設を使っているのでしょうか? 海外に既に36の事務所を有している、と報道されています。日本にも既にあったりして。
#4: 7月26日
「政教分離」を求める学者達の公開書簡
7月22日、ノーベル賞受賞者も含めたアカデミー会員の偉い学者10名がプーチン大統領に宛てた公開書簡が公表されました。
「ロシア正教会文化の基礎」が学校で必修科目になったり、国歌に「神」という言葉が入ったり、新しい兵器に聖水をふりかける儀式が流行したり、といった諸事象を批判している由。
ロシアの新聞によれば、プーチン大統領夫妻自身が信心深く、大統領にはチーホンという教誨僧がついている由。そのためか、プーチン大統領は自分はロシアを救うために天から遣わされた使命を持っている、と考えているそうです。アメリカもロシアも、本当に・・・
ロシア正教会はソ連共産党には弾圧され、残った組織にも当局のエージェントが多数入り込んでいたと言われています。それがソ連崩壊後は共産主義に代わるイデオロギーを提供するものとして大事にされるうち、次第に力をつけてきたのでしょう。ギリシャ正教、ロシア正教は元々、皇帝が教会のトップを兼ねる点でローマ・カトリックとは決定的に違っておりました。それは、国家統治装置の一部だったのです。
しかし世論調査では、正教会文化を学校で教えることに51%の支持が集まっています。反対は23%のみです。ご勝手に。でも、自分の殻に閉じこもっては欲しくないもの。
#3: 7月23日
英国とのスパイ追放合戦よりハリー・ポッター
リトビネンコという前KGBのエージェントが昨年末ロンドンで急死したのは、彼が反プーチン活動をしていたためにロシア当局によって消されたのだ、という疑いから、この7月には英国とロシアが「スパイ」の追放合戦をしました。双方、相手の大使館から4名づつ追い出したところでどうも手打ちとなったようで、この件についての報道はぱったり低調になりました。
こんな騒ぎをよそに、モスクワの街は時ならぬハリー・ポッター騒ぎ。シリーズ最新の何とかというのは、まだ英語版しか発売されないというのに、何と午前3:00の売り出しを待って前夜10時から行列ができたそうで。「こんな行列、ゴルバチョフが禁酒キャンペーンをした時、酒屋にできたもの以来」というのが、モスクワっ子のコメント。
ロシア語版発売は11月の予定なるも、既に200万部の予約が入っているというから、売れない作家の僕などもう・・・
それにインターネットでは、「海賊版ロシア語訳」が続々と現れるだろう、ということです。
#2: 7月22日
アジア・太平洋石油パイプラインの太平洋岸到達は更にずれこみ
7月19日付けモスクワ・タイムスにデメンチェフ産業・エネルギー省次官が閣議で次の発言をした、と書いてありました。日本が一時中国と取り合いをしたように報じられた東シベリアの石油は、確認埋蔵量が少ないために、当面中国向けで手一杯なようです。政治的な意図はないでしょう。
因みに私自身は、まずサハリンの石油・ガスを消化した上で、東シベリア天然ガスの方に関心を向けるべきだと思います。この地方、石油より天然ガスの方が埋蔵量が確かなようだからです。
①太平洋岸までのパイプライン敷設の話は、少なくとも2015年までは棚上げせざるを得ない。
というのは、2015年までに採掘可能なのは年間4,000万トンであるのに、現在建設中の中国向けパイプラインの容量は年間3,000万トン、太平洋岸までのパイプラインの予定容量は年間5,000万トンであるからだ。
②東向けの石油の殆んどは、ロスネフチのVankor油田から採取する。だから西欧向け原油輸出量は減少しないし、従ってブレントに比べて低いウラル原油の価格も引き上げられない。
③パイプライン敷設費用見積もりは06年時点で113億ドルとなっており、こうなると原油1トン当たり38,8ドルを予定していたパイプライン使用料金も引き上げねばならないかもしれない。(注:そうなると、中国との間で原油引取り価格が問題になるでしょう)
(以上に対してワインシュトク・トランスネフチ社長は、Skovorodinoまでの中国向けパイプラインから、原油の一部を鉄道で太平洋岸に建設中のKozmino港に運ぶこともできる、と述べたそうです)
6月23日
石油が成し遂げたこと―――6月モスクワ旅行の感想
17日から21日までモスクワに行ってきました。一年半ぶりですが、夏の一番いい季節のモスクワを見たので、印象もそれなりに良いものになりました。
4年前には全く下層階級の様相を如実に見せていたモスクワの夜の地下鉄も、今では日本と変わらない中産階級の生活の場になっていました。如何にも貧困な人が街を歩いていることも殆んどありません。
GDPが20兆円から100兆円強にはねあがる中で、生活全体が底上げされたようです。
他方、値段の高いことときたら、皮肉なことに西側の中産階級はモスクワをもう訪問することはほぼ不可能です。ちょっとしたホテルで一泊600ドル、食事は一人100ドルは当たり前というのでは、どうしようもありません。
まあ、詳しいことはまた数日たってからこのブログに掲載します。
#1: 6月6日
冷戦が復活するのか?
ロシアと欧米の間で、冷たい言葉の投げあいが起きている。欧米のメディアでは昨年末くらいから「冷戦復活?」という見出しがおどるようになっていた。
日本のメディアはユーラシア大陸の西の方で起こることには関心が薄いので、やっとこの頃関心を払いだしたようだ。
僕は冷戦が復活するなどとは毛頭思わない(この問題についてはもう何度も書いている。たとえば、http://www.akiokawato.com/ja/cat1/post_81.phpをご覧いただきたい)。G8サミットを念頭に置いて、ロシアもこの1,2日、微笑戦術に余念がないようだ。ただロシアもアメリカもこれから選挙に突入していくので、舌戦はまた盛り上がるのだろう。
ロシアは変わったことをする国で、今国会には「2008~2010年の3ヵ年予算案」なるものが上程されている。まるでソ連時代の五ヵ年計画が戻ってきたようなものだ。この予算案で国防費がどうなっているかはまだ良くわからないが、国防相とか総参謀長の発言を見ていると、戦略核兵器の大幅増は考えていない。
要するに今のロシアは欧米に対して「きれ」てしまい、「俺をあまりなめんなよ」と言っている、いわば精神面のニーズが一つ。
もう一つはポーランドやチェコがNATOに入ってしまったために不利になってしまった通常兵器面でのバランスの回復、そしてイラン、北朝鮮、そしてもしかすると中国方面からミサイルが飛んできた場合に対処できるように、中距離核ミサイル撤廃条約から脱退する口実が欲しいという、実際的なニーズ。
この二つをからめていろいろ発言しているのだろう。
かつての冷戦はソ連を崩壊させた。舌戦もいいが、アメリカの神経をあまり逆撫でするとロシアにとってろくなことにはならない。
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