中央アジア情勢メモ(08年3月頃から)
長いこと中央アジア情勢メモさぼっていましたが、忙しい時期も終わったので、4月頃からということで再開します。速報性と完全性はありません。お気づきの点はコメント欄に投稿下さい。なお断りのない限り、本欄情報の出所はすべて様々なマスコミであり、信憑性の確認はしていませんのでご注意下さい。
河東哲夫
NIS
★5月、ロシア政府に「CIS連邦庁」が作られた。外務省の局扱いだが、独自予算を有し、外務大臣とは流行語の「タンデム」(メドベジェフ大統領とプーチン首相並立政権を意味する)関係。在外ロシア人の問題を主として扱う。90年代、CIS省が存在したが、対CIS外交にも乗り出し、外務省との関係が問題になったことがある。
★6月ビシュケクで開かれたNIS首脳会議でのメドベジェフ大統領と個別会談したカリモフ大統領は、CSTOと欧州経済共同体を合体させることを提案。CSTOにアルメニアが入っている他は、メンバーが同じだからということもある。カリモフ大統領は、「欧州経済共同体の会議は時々、議題さえ設定できない」と述べた由。
(コメント:これでメドベジェフ大統領は、カザフスタンを2度、トルクメニスタン、キルギスを1度づつ往訪したことになる。残るはウズベキスタンとタジキスタン)
中央アジア全域
★水不足
中央アジアの大河、アムダリヤとシルダリヤは渇水期と増水期を数年間のサイクルで繰り返す傾向がある。この数年は増水期で、水を大量に使う綿花栽培も好調、国際綿花価格の高騰にも助けられて、主にウズベキスタンの経済が潤ったのだが、今年は渇水で、数年にわたる水不足期が予測されている。
シルダリヤの水量は既に減少し(これまでの流量の10分の1)、キルギスのダムの水量も減り、しかも夏季にはあまり放流しない。下流のカザフスタンでは、綿花栽培面積を1/3は減らさないといけないだろう。米も。
もっと大きな問題は、シルダリヤ、アムダリヤの水を供給してきた天山山脈、崑崙山脈の氷河が2020年までにはほとんど消滅してしまうことだ。
(コメント:氷河が消滅したら、それは中央アジアばかりか中国、インドシナ諸国にも甚大な影響を与える。中央アジアはシルダリヤ、アムダリヤだけに水を頼っているのではなく、結構雨や雪も降る。天山山脈、崑崙山脈にも雪は確実に降るわけで、春の雪解け水をもっと保存しておくことが必要になるだろう。
ロシアのオビ川とかエニセイ川を中央アジアに「逆流」させる案は昔からあるのだが、昔から建設利権に絡んで語られてきたプロジェクトだ。
そして、世銀のプロジェクトやこの数年の増水に助けられて、アラル海の北部の水位が上昇してきたが(南部とは世銀融資のダムで区切られた)、これもまた下降しかねない。)
★アフガニスタンへの物資輸送
5月、アフガニスタンにNATO軍の使う非軍事物資をロシア、カザフ、ウズベク経由で鉄道輸送することについての話し合いが進行中。これまでは全て空輸で、1トン1400ドルもの輸送費がかかった。鉄道だと3~500ドルにできる。新線をこのために建設することはしない。通過料金は交渉中。
NATO側は鉄道を使わせてくれるよう、2003年からロシア等と話をしていたらしいが、ロシアは陸路の使用は断固認めなかったそうだ。現在タリバンがアフガニスタンで攻勢を強め、パキスタンを通っての物資輸送が困難になりつつあることから、ロシアも譲ったのだろう。
アフガニスタンの安定はウズベキスタンやタジキスタンにとっては焦眉の課題なのだが、1979年アフガニスタン侵入の失敗に懲りたロシアは金輪際兵力を派遣したくなく、結局NATOを助けないと中央アジアに背かれかねない状況にあるのだ。
(コメント:鉄道使用を認めるという件は、4月初めのNATO首脳会議でプーチン大統領とカリモフ大統領が、大々的に表明したもの。第一便が通過したとのニュースは見たことが無く、事態は不透明なのだ。通過料金でもめているのだろうか? あるいはロシアが、この話し合いにCSTOを絡ませようとして、NATO側の反発に会っているのか? アフガニスタンの安定は、中央アジアやロシアにとって他人事ではないはずだが)
ウズベキスタン
★5月、ドイツ、フランス、オランダの官憲が協力し、「ウズベクのテロリストに資金援助している者」10名を逮捕した。フランスでは全員がトルコ人だった。
(コメント:詳しいことはわからないが、ウズベキスタンとEUの関係改善の一つの表れではあるでしょう)
(コメント:
こう見ると、ウズベキスタン関係のニュースが少ないのだが、便りのないのはいい便り。今のところ安定して経済もいいのだ)
カザフスタン
★経済(4月に筆者が現地で聴取してきたもの)
○本年は100~120億ドルの対外返済がある(借り入れの累積額は800億ドル)⇒国内金融市場タイトになり、金利上昇するだろう。
○サブプライム問題のあおりで西側からの借り入れが滞り、建設・住宅ローンで煽られていた不動産価格は25~40%下落。工事はストップしたところが多いが、建設部門には250万人も雇用されていて問題になる。
○銀行は資金を国内に求め始めた⇒預金金利引き上げ
○07年、政府は40億ドルを建設、中小企業、公共事業に追加支出。
○08年はGDP成長率5~7%になる予想。これは6年ぶりに低い数字。
○政府はインフレ10%以内と言っているが、エコノミストは07年だけで15%になったと言っている。
○銀行、外国石油会社が悪者に仕立て上げられようとしている。
キルギス
★3月、ロシアによる3個所の基地(Chaldovar、Karakol、Mailuu-suu)使用(15年間)についての協定、及び地位協定が批准される。借料を年間450万ドルと想定し、その分の兵器供与、訓練をキルギス軍が受ける。
★3月24日は「チューリップ革命」の記念日だったが、右を契機に大統領となったバキーエフ大統領は療養のためドイツ滞在。「彼の息子たちは利権で争い、政治を不安定化させている。アカエフ前大統領よりも政策の誤りは多く、アカエフより腐敗している。」との批判記事も現れる。
★4月、バキーエフ大統領、「自分の統治の2年半で予算2倍になった。税関での不正、2分の1になった」と述べる。物価は?
(コメント:それでも、カザフスタンから投資資金が流入していること、ロシア、カザフスタンへの出稼ぎ者からの送金が増えていることから、キルギス経済は表向き好調なのだ。もっとも4月、イシク・クリの湖のリゾート、4箇所の所有権を政府がカザフに認めたことが、議会で反発を受けている)
★4月、キルギス議会、1916年の反ロシア蜂起(数千人のロシア人殺される)記念日(8月第一金曜日)を設定しようとして、ロシア外務省に抗議される。ロシア側は、「100年も昔のことについて歴史的正義を云々し始めると……」と言っている。北方領土問題も百年経たないうちに解決しないと・・・
★4月、カント基地のロシア軍兵士、基地に帰る途中、キルギス「警察」に暴行される。
★(5月? 6月?)ロシアは、ビシュケク近郊のカント基地を既に使用しているが(戦闘機数機等、常駐。近くのマナス基地を対アフガニスタン作戦用に使用している米軍へのにらみを利かせている他、国境を接する中国への抑止効果も持っているだろう)、今般更にAn-26輸送機を送り強化の構え。ボルジュジャCSTO(ロシア主導の集団安全保障機構)事務局長によれば、CSTOを強化するため。
タジキスタン
★3月、IMFは、04.1~06.2に貧困との闘いということで供与した借款につき、正しくない情報(外貨準備額等)が提供されていたとして、資金の(一部)4740万ドルの返還を求める。1580万ドルづつ、3回融資していたもの。9月5日から半年にわたって分割返済を求めた。
IMFは同時に、タジク政府に対して中銀に外部監査を入れることも要求し、タジク側は直ちに全て受け入れる。外準の一部を綿花栽培の保証金に充当して、外準額を下げていたらしい?
タジクは93年IMFに加盟。96年以来融資を受けている。05年にはMSACとして、1.03億ドル帳消し、現在債務額は4740万ドル。
★4月、ラフモン大統領は議会への教書で、「ウラン産業に重点を置いていく。世界の埋蔵量の14%はタジクにある」と述べた。ソ連時代にはタジク部で「ヴォストク稀金属」社が地元で採取したウラン鉱石を加工していた。一部専門家によれば、世界埋蔵量の40%はタジクにあるかもしれない。
(コメント:確かに中央アジアはウランの宝庫なのだ。タジキスタンでも採掘していたし、そのためにモスクワまでの鉄道もあるのだが、事故が起きてから閉鎖されているらしい。
そして埋蔵量データはタジキスタンではなく、モスクワに保管されているようだ)
★(5月? 6月?)ボルジュジャCSTO事務局長によれば、タジキスタンに常駐しているロシアの201師団(ソ連時代から常駐していたものが、タジキスタンの内戦でにらみをきかせるために残留し、現在では地位協定を結んだ上でタジキスタン防衛のために常駐しているもの)は装備を近代化中。CSTO強化の一環。現在使用中の兵器はタジキスタン軍に贈与される予定。
しかしボルジュジャによれば、ウズベキスタンで輸送が滞っており調整中の由で、一体どうしたんだろう。
★5月、ボルジュジャCSTO事務局長談。「タジキスタンの国境警備については数年前、ロシアの国境警備隊がタジクへ任務を移管したことになっているが、移管後もロシアの警備隊は残っている。タジク側と協力している。元々、タジクでのロシア国境警備隊の80~85%はタジク人だった。ロシア国境警備庁の予算の25%がタジク向けだった。今でも300名のロシア人将校が残って、指導している」
★5月、ラフモン大統領の娘タフミナは、叔父(母の兄弟)ハサン・サドゥラエフのOrient Bankを欲しがり(ラフモン大統領のポケットマネーと称される)、話し合いに同席していたラフモン大統領の息子ルスタムは叔父をピストルで撃つ。叔父は外国へ去った(とされている)。その叔父には双子がおり、彼がOrient Bank頭取として社交の場にも出ている。
トルクメニスタン
★5月、ベルディムハメドフ大統領がアゼルバイジャンを公式訪問した。16年ぶりのことだそうだ。両国はこれまで仲が悪く、アゼルバイジャンは4500万ドル(元金1600万ドル)のガス代金も払っていなかったそうだが、今回利子を含めて払うということで合意が成立した。
これによって、トルクメニスタンからカスピ海底を通ってガス・パイプラインを引き、グルジア・トルコ経由でロシアを通らずオーストリアにガスを輸出できる可能性が開けた。問題は、カスピ海底の線引きがイラン、ロシア等と終わっていないことか。
アゼルバイジャン、トルクメニスタン間でも、カスピ海の海底ガス田(両国が開発、アゼルでは”Kyapyaz”、トルクメンでは”Serdar”ガス田と呼んでいる)の境界が決まっていない。
★6月、インターネットへの個人のアクセスを解除。07年初めてインターネットカフェができていた。1時間2ドルが普通。回線遅い。
(コメント:ベルディムハメドフ大統領は自らインターネットを操る人物で、西側は彼にこの面でも自由化を期待していたし、インターネット開放は07年2月大統領選挙で実にベルディムハメドフ候補の「唯一の」公約だったのだ。
彼は自由化の旗手として西側からの期待を受けてきたが、それはトルクメニスタンからの天然ガスに期待したものでもある。最近、西側ではトルクメニスタンについてネガティブな記事がまた増えていて、彼らの失望を表している)
★6月に、ロシアから多連装ロケット砲「Smerch」(竜巻)システムを6購入。7000万ドルはする。
(コメント:「カチューシャ砲」の現代版。トラックの上に12本、鉄管を束ね、そこから自力推進のロケット砲を打ち出すもの。野戦で大きな威力を発揮するそうで。ご関心のある方は、http://ja.wikipedia.org/wiki/BM-30をご覧下さい。
でもトルクメニスタンは一体、こんな兵器を誰に対して使うつもりなのだろう)
アフガニスタン
★6月、中国最大の銅生産企業、江西銅業股フェン有限会社が中国冶金科工集団と共に、アフガニスタンのアイナク(Aynak)銅鉱の共同開発に、43億9000万ドルを投資すると明らかにした。江西銅業と中国冶金はそれぞれアイナク銅鉱の25%、75%の権益を得る。
(コメント:Aynakを検索してみたら、カブールの南西30キロほどのところにある、880億ドルの価値を持つ銅鉱床で、タリバン政権の時代にはアル・カイダの訓練キャンプがあったところだそうだ。
銅は世界的に不足していて、電器製品生産には不可欠のものだ。それに、アフガニスタンには多くの鉱物資源が眠っているので、中国の企業が本当に開発するのであれば、大歓迎だ。
ただこうして中国はアフガニスタンに利権を持つと、対アフガニスタン外交における機動性を失って、何かのはずみで米国・NATOと対立せざるを得ない羽目になるかもしれない。)
コーカサス(中央アジアではありませんが、ついでに)
★5月、アゼルバイジャンのバクー、グルジアのトビリシ、トルコのカルス(Kars)を結ぶ鉄道の建設が、トルコの側から開始された。ボスポラス海峡に鉄道トンネルができれば、ヨーロッパと直接接続されることになる。本件に西側は融資しなかったため、アゼルバイジャンがグルジアに2億ドルを融資した。
(コメント:アゼルバイジャンからヨーロッパに行く鉄道は既にある。但しそれは、アルメニア領、ロシア領を通る。アゼルバイジャンとアルメニアは、前者の中にあるアルメニア人の飛び地をアルメニアが実質的に支配していることから、紛争状態にある。
トルコ行きの鉄道はアルメニアを通らず、しかも親米路線を取る国々を結んでいる。アルメニアはアゼルバイジャンとだけでなく、トルコとも紛争要因を抱えており、過度のロシア依存政策を変えないと、米国、フランスなどに多数居住するアルメニア系移民(政治的・経済的に有力な者が多く、彼らによる送金はアルメニア経済を大きく支える)も鼻白んでくるだろう。)
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コメント
地表を取巻く水の数%にも満たな真水が近未来の国際問題になりに成りかねないと懸念
地球を覆う水に内で数%にも満たない真水が近未来に国際問題の大きな火種に発展しないかと(一部にその気配は感じられるが)懸念しています。昨今は化石燃料に影響されて、投機の対象も含めて世界経済が揺さぶれれているが、水、治水はこの比ではないのではかと。アムダリア川の流れを自分の目にした時にその先の課題が錯綜しました。されば、技術立国日本のビジネス、支援等々を含め日本の将来を視野に入れて、短絡的で邪心も混じりますが今日的は技術輸出の1つの好機とならないだろうかと。淡水化,保水,人口降雨,治水,制水などにすでに手がけている企業もある。
横田様の投稿ですが、ビジネスの話は別にして(これもそんなに一筋縄ではいきません)、水不足が本当に恒常的な問題になるかどうかは、まだ3,4年見ていかなければいけないと思っています。
中央アジアではこれまでも、水が足りない時期と十分な時期が数年ごとに繰り返されてきました。
また山の氷河がたとえなくなったとしても、雨、雪が降るならば、理論的にはこれまでとほぼ同じ年間水量が確保できるはずです。ただその場合、もっと沢山のダムを作って貯めておかないと、農繁期の水が不足することになるでしょうが。
中央アジア水不足へのコメントです。
今年初めからシルダリア及びアムダリア川流域の水不足が懸念されているのは仰るとおりです。現在世銀やUNDPが主導して渇水による水資源、エネルギー及び食料危機のアセスメント調査が進行中です。9月末のシルダリア上流の多年度調整用のトクトグル貯水池の水位は過去91年以来三番目に低いものとなり、これから流入量は来年4月まで低下し続けますので、仮に電力運用が例年通り行われれば未曾有の大渇水が起こります。同時に、トクトグルへの流入量は過去6年間連続して低下傾向を示しており、仰るとおり、融雪量(流入量の40%強を占める)の長期的な減少の始まりかもしれません。過去97年の記録では最近の流入量自体はさほど低いものではありませんが、下流の食糧生産低下、キルギス自体の電力不足(トクトグルはキルギス全体の40%を供給する)などを招く恐れがあります。これに対する日本政府の支援が強く望まれる次第です。
(河東より:有難うございます。
先日資料を読んでいましたら、キルギスの水力発電所ではもぐりで放水・発電が行われ、誰かが不正な利益を得ているとの記事がありました。ありそうな話ですが、事実とすれば、けしからない話です)