グローバル経営のための経営学を
これまでは企業の国際化、グローバル経営と言っても、本社は日本にあって、経営陣は日本人だけ、せいぜい海外の支社の上部に「現地人スタッフ」を数名昇進させるかどうか、という「上からの目線」、「日本からの目線」での話だった。どこか余裕のある。
だが今起きつつあることは、そんな余裕をどこかに吹っ飛ばす話だろう。自分の立場がなくなる話、つまり日本企業の本社が海外に移転してしまうかもしれない話だからだ。目線のグローバル化と越えて、日本が上からの目線で眺められる可能性だ。
既に企業によっては、本社機能をどんどん外国に移転させ、「外国人」を正社員として、あるいは日本人社員をはるかに上回る高給を取る特別技能社員として(特に金融会社など)、いやそれどころかソニーや日産の場合にはCEOとして遇し始めている。そこでは企業が日本人の手から離れつつあり、ブランドを頭上にいただく多人種の利益集団になる方向を示している。
日本を離れたくない者、外国語ができない者は日本に残るが、彼らにはやりがいのある仕事はまわってこない。今や「外資」化してしまった昔の日本企業の「日本支社」で、中国で作られたその社の製品を日本で売りさばく、営業とPRの仕事しか残るまい。
日本では企業が社会保障の負担を押し付けられ過ぎている。終身雇用がそうだし、年金基金の負担も大きい。その上法人税が世界一高いときては、企業も本社を海外に移したくなるだろう。このような時代には、「カンバン方式」や「提案」制など、製造業用の経営学に加えて、世界を舞台にした場合本社をどの国に置くか、それは生産量が最も大きい国であるべきなのか、発祥の国に残ることがやはりベストなのか、支社をどのように運営するか、それらの間の人事政策は――などをケースを積み重ねつつ理論化していく必要がある。
もっとも、事態がそこまで急速に進むとは、僕も半信半疑なのだ。経営陣自身が英語を話せ、家族も海外に永住することを厭わない――という条件が必要になるうえに、これからの大市場であるBRICsに本社を移そうとしても、現地の地場ライバル企業が陰に陽に抵抗するだろう。
それに物事にとらわれないアメリカの企業でさえ、本社を海外に移した例は少ないことをちゃんと心得ておくべきだ。GMのように、今や中国での生産台数の方が大きくなってしまった企業においてすらである。
だから日本の場合、オランダやスイスのように、国内に小さな市場しか持たないのに、フィリップスやABBのような世界的大企業がどうして本社を置いているのか、どのような条件があるから大企業が残っているのか、よく調べてみる必要がある。幹部が英語ができないから絶対に海外流出しないだろうと高をくくっているうちに、通訳をつけてでも彼らは海外に逃避してしまうかもしれないからだ。
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コメント
いま私が働いているのは、公共インフラに関わる
完全な「日本的経営」スタイルの会社であり、
(必要性に迫られないこともあって)、英語やその
他の言語を操れる人は極めて少ないのが現状
です。
しかしながら、大局的かつ中長期的観点から見た
ダイナミックな戦略構築や、革新性のある事業
変革が行われていないかというと、決してそうでは
ありません。
一方で、英語や中国語をどんなに流暢に話せた
としても、また世界の事情にどんなに通じていると
しても、それを「ビジネスに生かせない」人は山ほど
います。
そんな人に限って、自分の提案力・実行力に問題
があるにも関わらず、「語学力=ビジネススキル」
だと大いなる勘違いをして、「会社は自分の能力を
認めようとしない」なんて声高らかに言うもんだから、
困ってしまうのです。
もちろん「語学ができる」のに越したことはないです
が、少なくとも自分が見てきた世界・会社のなか
で、「語学力」を最重要視しているところはありま
せん(あくまでも本人のスキルの一要素でしかない
ということ)。
むしろ順番は逆で、ビジネスパーソンとして評価され
る方のなかには、(期せずして)言葉を流暢に操る
人が多い、という、結果論のひとつでしかないような
気がします。
「語学さえ学べばどうにかなる(ビジネスパーソンと
しての価値を高められる)」という大いなる幻想を
抱いている人がいまだに多いがために、「せっかく
留学して言葉も流暢になったのに、どこも評価して
くれる会社がない(採用してくれない)」なんていう、
普通に考えればごく当たり前のことが「悲劇」として
語られてしまうのではないかと思います。
現地の企業が、そして社員が求めているのは、
「言葉(だけ)が流暢な日本人」ではなく、「ビジネス
発展のパートナーとなりうる日本人」なのですから。