メルマガ 文明の万華鏡第87号の発売
7月24日にメルマガ「文明の万華鏡」第87号を「まぐまぐ」社から発刊しました。
以下は、その「はじめに」の部分です。
(参院選)
参院選の結果については、どこでも「改選議席過半数」を与党連合が占めた、安倍政権の勝利という見出しが氾濫し、私は「ああ、そうか。勝ったのか。でもこの改選議席過半数という言い方、何か胡散臭い」と思いつつも、忘れつつありました。しかし高野孟の「インサイダー」などは、自民党は今回9議席を減らしていること、自民党だけでの参院単独過半数を失ったこと、憲法改正発議に必要な3分の2の議席からはかなり遠ざかったことを指摘しています。つまり、消費増税にもかかわらず、何とか勝利のかっこうをつけることができた、というのが今回の自民党なのでしょうが、憲法改正が難しいようでは、政権の求心力を維持する材料がない、これからの安倍政権はホルムズ海峡護衛、トランプの日米安保改正圧力等、受け身の問題処理が多くなる、ということになるでしょう。次の衆院総選挙でタガを入れ直さないと、今のポピュリズムの世の中で、自民党政権はメルト・ダウンしかねないでしょう。
(public不在の日本社会)
京都アニメーション社放火事件をはじめ、この頃は社会のタガがはずれてしまったような事件が相次ぎます。ほぼ全ての原因は、社会に適応できなかった者たちの厖れ上がった自我と恨みなのでしょうが、社会の「タガ」と言うか、「糊」と言うか、社会を一つにまとめる基本的なモラル、原則が日本では欠けていることにも気が付きます。一言で言えば、日本は近代市民社会をまだ建設できていない。個人が自立した自我をまだ十分確立していないためか、他者をも自立した人間として認識することがない。そのため公共の場では、他者は存在しないがごとき行動を示す、とでも言いましょうか。
欧米では、個人は自分以外のもの、つまり社会publicとの間で、双方の自由と権利を尊重する暗黙のルールを身に着けています。街を歩くときも、彼らは周囲をそれとなく見ていて、ぶつかることは殆どなく、ぶつかればすぐ謝ります。それも政府に強制されたとか、エチケットだからそうするのではなく、そうすることが自分自身の自由、権利を守ることになるのを知っているからです。
日本は豊かになって、個人の権利が確立したのはいいのですが、publicとの関係にルールが存在していない、と言うか、日本人にとって縁のない他者というものは、人間ではないモノで、その自由や権利を尊重する必要は考えないのではないでしょうか?
おそらく明治維新という僅か150年前まで、士農工商という厳しい身分制、身分、家格による固定した序列が存続していたのが、一気に解体され、放り出された個人は相互に、そして社会とどう関係を結ぶべきなのか、モラルがまだ成立していないのでしょう。夏目漱石が100年前に追求したテーマです。
ムラでの行動様式、つまり自分のムラしか知らない――が残っている。都会に出てムラから外れバラバラになると、一人のカラに閉じこもるか、企業の仲間と小さなムラを作ってアフターファイブでは上司の悪口で盛り上がるか、スマホでSNSの狭いサークルを作って、それ以外の他人は存在しないも同然、授業中でもメールにすぐ返信しないと怒られる、ということなのではないかと思います。私の家の近くの踏切の手前には、信号のない横断歩道がありますが、ここを歩行者がのべつまくなし、周囲の状況にお構いなしに渡っていくので、踏切の中の自動車が進めないなどの危険な状況が起きています。
この「糊」を欠いた社会は、経済が良ければ続きますが、危機が訪れると抵抗力は弱いでしょう。
(対韓輸出規制は中国のフアウェイ狙い?)
日韓関係については、23日発売のNewsweekでも書きましたが、この原稿を書いた後、はっきりしてきたことは、半導体材料の輸出管理強化は、徴用工問題に韓国政府が真剣に対応するよう求める圧力には確かになったのですが、他方韓国を通じて中国に先端技術部品・材料が流れるのを規制する狙いもあるのだろう、ということです。それは20日付の日経が優れた取材結果を報道しているのですが、これら半導体材料・部品はサムスン等の韓国企業が日本から輸入した後、中国にある自社工場に「輸出」し、半導体に組み上げるとそれを世界に輸出するだけでなく、華為フアウェイ等の中国企業にも販売している、ということです。
こうなると、これら半導体材料・部品を韓国に輸出している日本企業は、実際はフアウェイに輸出しているということで、米国政府から制裁を食らいかねないでしょう。日本政府は対韓輸出規制強化は徴用工問題とは無関係と言っていますが、これは別にシラを切っているのではなく、本音なのでしょう。とすると、徴用工問題で韓国政府が日本に歩み寄っても、日本は韓国が対中輸出規制を強化しない限り、韓国への輸出規制は緩和できないということになります。
今回の半導体材料・部品の対韓輸出問題で、日本が実は素材・部品の製造大国である――と言うか、昔は最終製品の製造大国であったのが、そこは韓国・中国に奪われて、素材・部品だけで店を張っているという感じですが――、経済力というのは表面だけ見ていると実力を評価し損ねるということが明らかになりました。
この点は、日本経済の実力、将来性を論ずる上で、避けて通れない論点だろうと思います。スマホ等、生産・販売台数だけで、やれフアウェイが、やれサムスンがどうしたこうしたという議論が行われていますが、いずれも米国のクアルコム社が台湾のTSMC社に委託して作らせている(多くは中国本土で)チップがなければろくなものは作れないわけですし、日本の材料・部品がなくても高性能のものは作れないわけです。スマホやパソコンをめぐって、国・企業の番付が時々報道されますが、その多くは上っ面しか見ていない、子供っぽいものであるわけです。
(リブラは国際基軸通貨になるか?)
フェースブックが発表したリブラという電子マネー構想が、各国政府・中銀から袋叩きに会っています。通貨の発行は、近代国民国家の持つ権能として最たるもので、これを崩されるのは嫌なのでしょう。しかし、リブラはどうせ限界を持っていて、そんなに目くじらを立てて騒ぐほどのものではないと思うのですが。
と言うのは、リブラの価値はドルやユーロ等、世界の主要な通貨の「バスケット」に結び付けられているからです。リブラは、何にでも使える「ポイント」のようなもの、どの国にも瞬時に無料で送金できる手段なのでしょうし、それを「貯金」することもできるのでしょう。しかし、あまり多用され、それが貯金されていくと、決済・貯蓄における各国通貨のシェアは縮小していくでしょう。
そうなると、リブラの価値を支えるものがなくなります。そうなるとリブラの価値は今のビット・コイン同様、乱高下して投機の対象になることになります。そうならないよう、フェースブック本部で世界でのリブラ流通量を制御することになるのでしょうが、できるでしょうか?
送金しようとしてクリックすると、「本日はリブラのグローバルな使用量が制限を超えたため、一時使用を停止します。また明日9時以降お試しください」という表示が出てくる――これではたまったものではありません。
(トルクメニスタン大荒れへ?)
日本にも数度来ているトルクメニスタンのベルディムハメドフ大統領の死去説が流れています。5日以来、公共の場に出ていない、15日から出た休暇先で急死したというものです。政府はそれを打消し、既に数年もドイツで寝たきりになって治療中の母親が危篤で、そのためドイツに行っているのだとの説を流していますが、彼の母親がドイツで治療中というのは初耳です。もし死去したとなると、トルクメニスタンの権力は真空化するでしょう。心配なのは、南のアフガニスタンからこれまでも侵入を繰り返してきたタリバン、或いはISISの連中が本格的に侵攻してくるのではないかということです。旧宗主国のロシアは、軍隊を送ってくるかもしれません。またトルクメニスタンの天然ガス田は南部に集中していますが、ここから東へ伸びるパイプラインは中国が建設したもので、このガスは中国にとって重要なものになっています。トルクメニスタンの安定確保で、中ロが手を握るかもしれません。日本が乗り出すべき問題ではありませんが。
(注:尚、その後ベルディムハメドフ大統領はテレビに登場している。それが本物であるかどうかは知らないが、8月2日現在、トルクメニスタンの情勢がおかしくなっているとは聞いていない)
今月の目次は次のとおりです。
目次
トランプが日本につきつける踏み絵
「中国経済は世界一」になることができるのか?
米ロ関係は前向きで止まったまま
ロシアの将来に引導を渡す、米国のシェール・オイル
ロシアのアフリカ熱
韓国は、米国で徴用工補償を勝ち取る?
世界での代替わり現象
トランプはヒスパニックを敵に回して自滅へ?
インドは「世界最大の民主主義」なのか「世界最大の混沌」なのか?
今月の話題:遺伝子改造人間の増殖
今月の随筆:人間の脳にもwindows
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