明治150年の日本
(これは、日本版NEWSWEEK誌の昨年12月末号に、本年の占いとして投稿したものです。当たるも八卦、当たらぬも八卦ですが、1年前同じようなことをした時の占いはけっこう当たりました)
2018年がやってくる。1868年の明治維新から150年。ちょうど世界はトランプ大統領の率いる米国を先頭に、力のある者が無理を通す荒くれの世になって、19世紀列強の奪い合いの時代に戻ったかのよう。おとなしい日本人はどうしたらいいのだろう。
「パックス・アメリカーナ」の中でのパイの奪い合い
弱肉強食の世界になったと人は言う。中国やロシアは、米国の一極支配は終わった、世界は多極化したと囃したてる。中国やロシアが我が物顔に振る舞える世界になったと言いたいのだ。だが良く見れば、その中国もロシアも、「何をするかわからない」トランプ大統領には逆らっていない。貿易問題で制裁を受けるのが何より怖い中国は、北朝鮮への圧力をどんどん強める。プーチンは、制裁撤廃をほのめかすトランプに配慮して、「反米」カードで国民の支持を得る戦術――3月には大統領選――を取れずにいる。
やはりパックス・アメリカーナの基本は崩れていないのだ。トランプは「内向き」だと言われるが、国防費はオバマ時代より大幅に増額して、「侮られない米国」を取り戻そうとしている。そして、米国は貿易では世界の最大の市場、ドルは世界の経済取引の最大の手段であり続けているので――流行のデジタル・マネーが基軸国際通貨となることは、各国の通貨当局が認めないだろう――、中国もロシアも日本も米国に足を向けては寝られない。
だから今起きていることは、米国が世界から退場するとかいう内向きのことではなく、パックス・アメリカーナの中での取り分を米国が取り戻すということなのだ。戦後、英仏日など植民地帝国が崩壊し、米国はこれで世界の市場を手に入れたと思った。そしてグローバルな自由貿易を確保しようとGATT(グローバルに関税を引き下げる多国間協定。その後WTOに発展解消)を立ち上げた。
ところが米国内の企業は株主や労働組合に縛られて競争力を失い、そこにドイツ、日本、後には中国、韓国がつけ込む。米国は、世界を自分の市場にする代わり、米国が世界の市場にされてしまったのである。これではならぬ、主だった国を一対一の交渉に引きずり込んで譲歩を引き出し、多国間協定に代わって米国を中心とする二国間協定(複数)で代替しよう、というのがトランプの戦略なのだ。
9月自民党総裁選が軸に
こうした中で、日本は来年9月、自民党総裁選を迎える。11月の衆院選勝利後も、安倍内閣の支持率は盛り上がらない。モリカケ問題で国民の心は離れた。景気がいい――道路は久方ぶりの渋滞、スーパーは買い物客でいっぱい――、収入が増えたと言っても、国民は別に政府のおかげでそうなったとは感じていない。
国民は「今」のままでいい、改革はどうせ自分達の負担になるからいらない、そして安倍には飽きたし信用できないから政府の頭だけすげ替えてくれれば、というところなのだが、手堅くてかつ新鮮味のある候補はいない。
だから安倍チームは、9月までは失点を防ぎつつ、少しでも得点を挙げることに夢中になるだろう。憲法改正はしばらく棚上げ。国民投票で負けたら元も子もないし、連立相手の公明党にやる気がない。ここは急ぐことなしに、巡航ミサイルの購入や、海上自衛隊の海上戦能力向上などを粛々と進めていくのが上策だ。日米安保の大枠は安泰だし――トランプ政権にとっても、日本の基地は米国の軍事力を東半球に展開するために不可欠だから――、日本に今すぐ完全自主防衛できる力はないからだ。
経済でも、多くの国民から喝さいを得ることのできるイシューは見つからない。4月には黒田日銀総裁の任期が切れるが、彼が再任しようが交代しようが、アベノミクスの看板は塗り替えられない。金融緩和を止めると言おうものなら、円高が一気に進行、デフレに逆戻りしかねない。アベノミクスの旗印はそのままに、今の密かな「金融緩和の緩和」(日銀による国債買い付け量縮小)を続けることになるだろう。
ということで、やはり即効性のあるイシューは外交だ。と総理周辺は思うに違いない。まずロシア。埒の開かない領土返還要求はもういい加減にして、平和条約を結んでシベリアから石油をどんどん輸入し、北方領土にも自由に投資できるようにすれば国民の喝采間違いなし・・・と思うのは奈落への道。石油は今でも日本の消費量の10%程度がロシアから入ってきているし、北方領土に利益の上がるプロジェクトは殆どない。拙速な妥協は世論の非難を浴びて、安倍不信を決定的なものとするだけだ。
では中国。習近平国家主席の来日が来年の目玉だ・・・これも危ない。中国も対日関係改善を欲しているようなので、わざわざ下手に出て躁を破るのは愚の骨頂。経済界からは評価されても、一般からは失笑を買う。やはり起死回生の一発と言えば、北朝鮮を電撃訪問して和平交渉を促進、北朝鮮が持つ「米国にやられるのではないか」という懸念をぬぐい、朝鮮半島を現状で固定させることくらいか。中国と韓国の間に安定した北朝鮮がいてくれることは、日本にとっては悪くない話しなのだ。
忘れていけないのは、サウジ・アラビアのサルマン皇太子を核とする性急な改革と反イラン政策が中東情勢を不安定化させ、石油の供給が途切れる「油断」もあり得るということだ。中東外交、そして石油備蓄の強化を進めるべきだろう。
本当の課題は
今の政府にやって欲しいことは、小手先の人気取りより別のことだ。景気がいいとは言っても、それはリーマン危機後の米中欧日、一致しての財政・金融緩和――ドーピングのようなものだ――によるもので、需要増大が投資の増大を呼び、それがまた需要を増大させるという、経済の自律的成長過程には入っていない。持続力ある成長を生むために、やるべきことはまだ沢山あるはずだ。
安倍政権のような長期政権しか手掛けられない、政治面での課題もまた多い。将来、衆参両院の間でまた「ねじれ」が生じて日本の政治を麻痺させないよう、参議院をドイツのように各(州)県が任命する代表で構成するなどの改革が必要だ。そして衆議院については、一時的な人気で与党がくるくる代わるポピュリズム政治を防ぐために、小選挙区制の手直しが必要だろう。もっと大きなことを言えば、国会議員という代表を選んで彼らにものごとを決めてもらう「代議制民主主義」は若者の間では時代遅れのものになっていて、彼らは直接選挙的なものを求めていることにどう対処するかという問題がある。
そして、日本の教育を大きく変える必要がある。大企業に一生勤務(寄生)する生き方はもう廃れていく。今よりずっと多くの者が、板前のように身につけた能力とスキルで世を渡ることを迫られる。国や企業を動かす者は、与えられた枠の中で課題をつつがなくこなすことだけでなく、自ら新しい枠組みを作っていく気構えと識見を持つことを迫られる。学生が、自分で考えて自分で判断できるように教育を変えていかないといけない。
明治維新以来、日本は幕藩体制から近代的な国民国家へと様変わりした。これからの150年では近代の次、今とは質的に異なる文明へと様変わりするだろう。日本の場合、近代への転換の大半は明治の最初の35年程の短期間に実現した 。近代からの転換も、先進国では急速に進む可能性がある。
経済活動の大きな部分が国境を越えている今、「国家」は相対化していくだろう。AIやロボットの多用で生産性は飛躍的に上昇し、働かなくとも暮らせる時代になるかもしれない。
国が相対化し、人間の活躍の場がグローバルになるということは、人間が自分をもっと磨かねばならないことを意味する。働かなくてもすむ社会になると、よほどモラルの軸をしっかり持っていないと、人間は野獣化するだろう。日本は――いや欧州や米国も――、そういうしっかりした個を確立するという点では不十分で、実はまだ近代を成就できていない。皆、どういう人間になりたいのか、どういう社会に住みたいのか、よく考え議論しないと、ポピュリズム、あるいはファシズムの発作を繰り返すことになる。
安倍内閣は、日本を沈滞から救い出すため登場した。それが今では、自分自身を救うことに汲々としている。もっと日本という社会、経済の根底を見つめ、世界の流れを把握して、やるべきことを世論に提示、実行してもらいたい。そうすれば、安倍政権自身が、国民の求める、手堅くかつ新鮮な政権になるだろう。
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