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政治学

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2020年5月 1日

日本のガバナンスに潜む 未必の故意

(これは4月22日にまぐまぐ社から発行したメルマガ「文明の万華鏡」第96号の一部です)

想定外の災難はどの国でも、ガバナンスに内在する欠陥を露わにする。日本の場合それは、各組織のたこつぼ的性格と、自己防衛のための隠ぺい体質だ。ひどいことが起きると感じていながら、何もしないのは、「未必の故意」を責められても仕方ない。

コロナも同じ。問題が起きた時、「これは少し重いインフルエンザ」という見方が流されて、僕も3月初旬までは飲み会を続けていた。そしてPCR検査体制はなかなか整わず、検査を受けるためにはやたら小難しい条件が課された。当初テレビでは厚労省系の専門家が出演して、「決められた規格のPCRによる厳格な検査を励行したい。クラスターの感染経路発見による、系統的なヴィールス撲滅が効率的なので、データの比較が可能なように、統一した規格でのPCR検査をしたい。それに、コロナには治療法がまだないので、やたら入院するより自宅療養の方が合理的なのだ」という趣旨を述べ、元官僚の僕もそれですっかり納得した気でいた。

 しかし韓国では約30社もがPCR装置を製造・輸出しており、3月上旬には一日に2万人の検査を実施していた(4月21日付Newsweek)。ドイツもそうで、以前からこうした感染症に備えて、大量の検査をして軽症者は自宅隔離しておく体制が整っていたので(ドイツの家は密閉できる部屋が多いから)、感染者の拡大を抑えることができているのだ。
テロ捜査のように、犯人にピストルを渡したのはBで、Bに渡したのはCで、というように連鎖をたどっていけば「一味」を一網打尽できるのは、感染がまだ小規模の時。殆ど空気伝染するような感じの大量感染では、大量に検査して陽性者は即隔離していかないと、どうしようもないはず。

 厚労省の技官、厚労省系の専門家達は、クラスター調査を対策の中心とする米国の疾病予防管理センター(CDC)の影響を受けていたのだろうが、日本では神格化された存在だったCDCも今では、米国で厳しい批判の対象になっている。

 厚労省の人達が右の硬直した姿勢を続けたのは、日本ではPCRを担当するべき保健所などの公衆衛生システムが予算、人員面で軽視されて、大量検査ができない状況だったのと、隔離病床が決定的に不足しており、対応する医療人員もパンク寸前にあるからだろう。しかし現在進んでいるように、軽症者は特約したホテルに収容することは最初からできたのだ。中国人旅行客が消えた今、空室を抱えるホテルは多いだろう。問題は、そうしたホテルで働いてくれる医者、看護師が不足しているということだが、これも解決できない問題ではあるまい。

 こうした三すくみ、四すくみの構造の中で悲劇は起こる。安倍総理が検査件数の大幅拡大を指示したにもかかわらず、それが長期にわたって実行されず(総理は1日2万件としていたのに、16日現在でも累計で8万6千件程)、その理由を厚労省幹部は総理に説明できないでいる(11日付け日経)。おそらく、「検査器具が足りない」とか「予算が足りないんです」とか、「そんなことをおっしゃっても、まだ認可もされていない韓国製器具などでPCRをやって、誤診があった場合の責任を誰が取ってくれるんですか」等が、彼らの言いたいところなのだろう。

1980年代後半、「薬害エイズ事件」が起きたが、それは1996年当時の菅直人厚生相がスタンド・プレー的に厚労省の過誤を証明する文書を省内で「発見」させ、当時の担当課長は業務上過失致死罪で刑事訴訟を受けた事件。彼は1審で有罪判決(執行猶予つき)を受け、最高裁で差し戻しされて、結局無罪判決を受けたのだが、「何かあると、政治家に人身御供に差し出されるのは我々だ」という恐怖が、官僚に沁みついたことだろう。政治家の言うことを聞いて何か規制を緩めると、問題が起きた時、その責任は自分がかぶることになるし、そういう時政治家は助けてもくれない、と思えば、コロナの検査についても無言の抵抗をしたくなるというものだ。

こうして登場人物がそれぞれの業にからめ取られて動けない中、事態はギリシャ悲劇さながら破局にめがけて進んでいく。そして国民は太平洋戦争の時と同じく、その状況を教えてもらえない。コロナで厚労省は体制の不備をあまり明らかにして国民にパニックを起こしたくないし、財務省はこれまで予算を十分つけてこなかったことを批判されたくない。

だから毎日の「本日の感染者数」をあたかも「それで全部」といった調子で発表してお茶を濁す。検査件数は少ないままなのが恥ずかしいからか、総理官邸から罰を食らうのが怖いのか、あえて言わない。一時世界では、「日本では感染者も死者も少ない。さすが」という声が出たが、何のことはない。検査数が少ないから感染者も少ないし、コロナと判明したうえで亡くなる人も少ないだけの話し。インターネットでは検査件数は公表されているので、それを見ると、4月になって検査件数が顕著に増加するにつれて、感染者数も顕著に増加。ついに緊急事態宣言に至っている。

これでは、国民が自ら判断するだけの材料が決定的に不足している。目隠しされたまま大量死が生じても、責任の所在はわからない。予算をつけなかった財務省が悪いのか、予算をもぎ取って来なかった厚労省・地方自治体が悪いのか、この運命的な不作為構造を壊さなかった政治家が悪いのか、或いは安倍総理の「検査件数を1日2万件に」という指令を十分フォローしなかった官邸スタッフが悪いのか、わからないのだ。

しかも責任追及は安倍総理の後任問題に結びつき、麻生、二階、菅、岸田のからむ政局に火をつけかかっている。官邸の経産省出身スタッフはすっかり株を下げ、コロナでも諸悪の根源呼ばわりされているが、それは実は安倍総理その人への批判になるのである。

このままではいけない。コロナを契機にして、日本のガバナンスの合理化・透明化をはかるべきだ。官僚でも誰でも、しかるべき知見を持つ人たちは、予算・人員の不足が将来重大な結果をもたらし得る件について、匿名ででも総理官邸・内閣官房、与野党、マスコミに通報し、検証と是正等につなげていくべきだ。そして是正の度合いも、きちんと検証してもらう。

政官、マスコミ、それぞれが検証・是正能力を欠く中で、ガバナンスを向上させると言ったら、このくらいしか手はないのでは?

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