新冷戦 と日ロ関係
(これは2月13日発行の日本版Newsweekに掲載された記事の原稿です)
米国のトランプ大統領は昨年末発表した国家安全保障戦略で、中国とロシアを力による「現状変更勢力」として名指しで非難、備えを固める姿勢を示した。そして米国戦略の方向を示すと目されるForeign Affairs誌は18日、共和、民主両党の識者連名の論文「ロシア封じ込め、再び」を掲載し、ことごとに米国の邪魔をし、大統領選にも介入したロシアに対して「新冷戦」時代の到来を宣言した。ここに米国の政策決定層は、党派の違いを超えて対ロ対抗で結束。対ロ宥和姿勢を示すトランプ大統領を名指しで非難し、対ロ制裁強化に向け駆りたてている。
これまでロシアを、冷戦の敗者として見くびってきた米国支配層は、「ロシア脅威論」の使い勝手の良さに気がついたのだ。中国と比べて経済関係が薄いロシアは、おおっぴらに敵国扱いがしやすい。ロシアのような「立派な」敵対国があれば、オバマ時代縮小した国防予算を復活できる。そして民主党は、大統領選でトランプに負けた責任を「ロシアの工作」に転嫁するとともに、トランプに「親ロシア」のレッテルを貼って足を引っ張り、あわよくば弾劾に持ち込める。
1991年12月ソ連が崩壊し、エリツィン大統領が民主主義と市場経済への帰依を表明したことで冷戦は終結したが、原油価格の急騰で自信をつけたプーチン・ロシアは、NATOがロシアの弱味につけこんで旧ソ連諸国にまで版図を広げるのに反発、2008年にはグルジア(ジョージア)に侵入し、2014年にはクリミアを併合、東ウクライナに傀儡政権を樹立した。そして2017年大統領選にロシアが「介入」したことが大きな政治問題となって、米ロはソ連崩壊以後の協調時代から完全に反転、新冷戦時代となったのだ。トランプは、これに抵抗できまい。あえて抵抗する義理もない。
この荒波の中で、日ロ関係のかじ取りは安倍政権にとって難しいものになる。米国は戦後、「軍事大国ソ連と経済大国日本が結んで米国に逆らうこと」を警戒していたのだが――日露戦争後、日露は数度にわたって協約を結び、満州の利権から米国を締め出そうとした前例がある――、それはソ連崩壊で180度変化した。米国は、民主化・市場経済化しようとするロシアを助けるよう、日本に求めてきたし、その引き換えに北方領土問題の解決をエリツィンに何度も働きかけている。
今、このパラダイムは再反転し、米国は日ロ接近にまた疑いの目を向ける。「同盟国日本が、何で米国の敵ロシアと仲良くするのか」というわけだ。新冷戦の中、ロシアにとっても北方領土の返還は益々難しくなる。この島々が面するオホーツク海には、米国を狙うミサイルを搭載したロシア原子力潜水艦が潜んでいる。北方領土を日本に返還し、原潜探知・撃滅のための基地を作られては、ロシアもたまったものでない。
だからと言って、日本が北方領土に自衛隊や米軍の基地は置かないことを約束すれば、米国は黙っていないだろう。日本が領土問題でベタ下りに下りても、ロシアから得られるものは微々たるもの。他方、米国の支持を失う損失ははるかに大きい。中国が日本に今歩み寄ってきたのも、トランプが中国に厳しい姿勢を見せる中、日米首脳が緊密な仲を築いているのを見たからである。世界の経済(特に通貨・金融)、軍事面での米国の圧倒的優位は崩れておらず、ロシアも中国もEU諸国もトランプの意向を「忖度」しつつ行動しているのだ。
プーチンは3月に再選されても、これで任期は終わりであるため、国内を抑える力は弱まる。国内の利権の奪い合いは激しくなり、地方は中央に逆らうようになるだろう。領土返還のような大きな問題を通す力は、プーチンにはもはやない。
1960年代末、冷戦のただ中、日本は北方領土返還要求の旗を降ろすことなく「シベリア開発」に乗り出し、港などのインフラ建設、林業・石炭・天然ガス開発等、大型案件を進めたことがある。この前例にならいつつ、新冷戦時代に合わせて対ロ外交を組み立て直すべき時期だろう。
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