トランプがアジアを突き放すと・・・
(これは4月12日付日本版Newsweek誌に掲載された記事の原稿です)
米国は実はアジアの最大の国
米大統領予備選たけなわ。クリントンとトランプが優勢で、クリントンは中国、ロシアへの警戒心が強くアジア重視、トランプは「まず米国」、と言われる。しかし、ダークホースが出てきそうな予感もするし、誰が大統領になろうと、アジアを突き放すわけにはもういかない。アジアは米国にとり、掛け値なしに重要な地域になっているからだ。
米国には建国以来、内向き主義と帝国主義、双方の潮流が併存してきた。南北戦争で国内を固め、西部開拓も完成して「フロンティア」が消滅した1890年以降、米国はしばし対外拡張の時代となり、アジアはそのターゲットとなる。1853年にはペリー艦隊を日本に送り、中国との貿易の中継港を確保したし、1898年には、米西戦争で勝利を収めるとフィリピンを植民地化し、同じ年にはハワイ王国を併合してしまう。そして1905年には日露戦争和平を仲介すると同時に、日本がロシアから入手した南満州鉄道の利権折半を求めて失敗し、以後中国での利権をめぐっての日本との因縁は太平洋戦争に至る。つまり、米国はアジアでのプレゼンスを確立するために、約10万人と推定される 米国兵の血の犠牲を払ったのである。
戦後、米国は中国での利権を独占できるところだったが、中国の共産化でそれは実現しなかった。しかし中国が経済を開放した90年代半ば以降、米国の証券会社は中国株の急伸を演出してしこたま儲け、現在ではジェネラル・モーターズが米国より多くの台数を売り上げている ことが象徴するように、中国での利権を思うがままに貪っている。
そしてそうなる前から、米国企業はアジアへの投資を増やし、現在では日本、中国、韓国、台湾、ASEAN諸国への直接投資残高は約7000億ドル、米国による世界への直接投資残高総額の約15%を占める 。貿易において両者の関係はもっと緊密で、日本を含めた東アジア諸国は米国にとって、NAFTA(カナダ、メキシコ)に次ぐ最大の輸出相手(2014年には米国の輸出の23,5%を吸収し、EUの17%を大きくしのぐ)で、輸入に至ってはNAFTAの27,3%をも上回って35%強と、断トツの一位なのである。対アジア貿易は米国にとって約4700億ドルもの赤字(2014年)になっている のだが、ドルで支払える以上、米国にとって大きな問題ではなく、その上アジアからの安価な輸入品は米国でインフレが起きるのを防いでいる。
このために、アジアでの紛争を抑止し、貿易と投資の自由を維持することは、米国自身の大きな利益となっている。米国の一部論者が言うように「アジアは中国に任せる」こととでもするならば、米国の対中貿易・投資だけでなく、アジア全域でのルール、利権は中国のさじ加減で決まることになる。だからこそ、米国は「アジアは米国外交の軸」(Pivot to Asia)と定め、現在議会に提出している2017年度の国防予算案でもアジア重視継続を明言しているのである。
米国はアジアの一員
米国がアジアの重要性を認識するのが必要だとするならば、日本を含めたアジア諸国も米国の重要性をきちんと認識する必要がある。東アジア諸国の経済は、対米輸出を成長のエンジンとしてきた。稼いだドルは米国に再投資し、それで経済を膨らませた米国はアジアから更に多くの輸入をする。従ってアジアと米国は経済面で共生関係にあり、貿易や投資の自由が保持されていれば、すべての国や地域がハッピー(北朝鮮を除き)で、ことさらいがみあう必要はないのである。
2008年リーマン・ショックが起き、米国の地位が一時沈むまでは、多くの中国人識者もこの事実を認めていた。筆者に対しても、「米国はアジアの安定を維持してくれる勢力」と言っていたものである。日本では根強い反米主義があり、「アジアはアジア人で」、「米国は出て行ってもらう」という声があるが、そんなことをすれば、日本は中国の圧力に裸で晒される。日本は米国、中国、ロシアという軍事大国の間で完全自主防衛を実現する力はないことを冷厳に見据えつつ、その中でも最大限外交の自主性を確保するべく努力していくしかない。米国にとっての日本の価値は、突き詰めて言えば、「アジアにおける米国の利益を維持していく上での最有力な足掛かり」ということである。それを支えに、日本は賢く立ち振る舞うことが求められている。
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