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政治学

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2015年2月 1日

情報 論議の混迷を整理すれば

(これは雑誌「インテリジェンス・レポート」2月号に投稿した論文です)

日本では、外国で何か起きるとすぐ、「情報はあるのか」、「情報を取ってないからこういうことになるんだ」、「米国のような諜報機関を作っていないからこういうことになるんだ」という声が上がる。ところがその米国では、自分たちの諜報機関は無能、非効率だという批判が議会やマスコミ、そして時にはホワイトハウスから上がっている。アフガニスタンやイラクでは地元のエージェントに騙されて、無実の市民を無人機からミサイル攻撃した例が多数報道されている。1991年8月ソ連でクーデターが起きた時も、1999年12月エリツィン大統領が突然辞任してプーチンを代行にした時も、万能のはずのCIAは情報をつかめていない。つまり、諜報機関も万能ではないのであり、日本では神格化、神話化が甚だしいのである。
 そこでここでは、外国についての情報収集、諜報のためのいくつもの方法を並べ、それを日本がどうやっているか、何が足りないか、どうしたらいいかを検証してみたい。

 まず「公開情報」の読み込みを

 日本で「情報」という時、誰かインサイダーをつかまえて、自分だけに秘密を教えてもらう、というイメージがある。それは確かに絶対必要な手続きではあるのだが、これは情報収集の仕上げの段階である。誰がインサイダーなのか、今この国では何が問題になっていて、それについて日本が知るべきことは何なのか、という目星を準備しておかないと、そのインサイダーに何を質問していいのかもわからず、インサイダーに適当にいなされているのか、本当のことを言ってもらっているのかもわからず、インサイダーの言ったことで隠されていることを嗅ぎつけ、そこをつくこともできない。インサイダーは情報の自動販売機ではない

 その事前の準備で最も大事、基本の基本であるのは、「公開情報」の読み込みである。「新聞・雑誌・その他マスコミ? ああ、そんなのなら自分も読んでいる」と思う人が多いのだが、英米系のマスコミも含めて「アサドは独裁者」とか「プーチンはロシア社会を力で押さえつけている」とかの偏見をベースに書かれた記事が多い。専門家はまず諸言語を駆使して、諸国の公開情報を読み込んでいる。特に紛争当事国のマスコミが重要である。この頃はブログの類の「ミニコミ」に事件の真相がけっこう書かれていたりする。その上で、ロシアならロシアについての情報はロシアのどのメディアを読めば網羅できるのか、それぞれのメディアはどのような傾向を持っていて、資金を出しているのは政府系なのか、民間系なのか、記事を書いている記者はどのような人物なのか、ロシア経済や軍について詳しいデータを調べるためにはどのようなサイトを見たらいいのか、そのような情報も頭に入れた上で読み込んでいる。書いてあることが真実なのか、誤報なのか、眉唾もののプロパガンダに過ぎないのかということを瞬時に判断しながら、取捨選択し、つなぎ合わせ、これまでの経験、知見とも合わせて一つの仮説を作る。その仮説を検証するために、あるいは仮説を作るために不足している何か決定的な情報を得るために、インサイダーを探すのである。

 日本の政府関係機関においては、外国の公開情報を読み込んでいる部署は数多い。日本の情報収集体制の手の内を必要以上に明かすのは、元外交官として控えるべきことなので、やや漠然と言うと、外務省、防衛省、内閣情報調査室、公安調査庁等でそういう仕事をやっている。その他、国際問題研究所等のシンク・タンク、銀行・企業のシンク・タンクでも公開情報を綿密に追い、高度の分析を施している。民間のシンク・タンクでは留学や外国での勤務経験のある者も多く、人材の質で公務員にひけを取らない者が増えている。

 外務省に長年勤務しての自分の経験では、外国での公開情報は日本で系統的にフォロー、蓄積されているわけではなく、幹部や各担当官の才覚に委ねられている部分が大きい。筆者は西ドイツやソ連に勤務していた時代には、ずいぶん外回りをして情報を収集したものだが、そのためには自分で数種の現地マスコミを読み込み、参考になるものは記事そのものを本省に報告したし、その他のものも情報収集のための頭づくりに役立てていたものだ。

 防衛省では大人数を使って公開情報を集めているはずである。内閣情報調査室、公安調査庁の専門家も公開情報を読み込んでおり、人によっては外務省担当官(情報収集に専念しているわけではない)の知識を上回る場合もある。但し、語学力、現地での土地勘では、外務省員に分があるだろう。公開情報の信ぴょう性を直ちに判断し、ある事件が起きた時、それがどの程度のマグニチュードを持つに至るかについての「歩留り感覚」を持つためには、現地で数年勤務して土地勘を体に浸み込ませないといけない。ただ一片のニュースから、クーデターが起きるとか経済が崩壊するとかの結論を、遠い東京にいて「頭で」導き出すのは、インテリジェンスとは言えない。
 各省庁に分かれて公開情報を収集、分析しているのを、税金の浪費と思われる向きもいるかもしれない。しかし各省庁とも「頭脳」を持っていないと駄目なので、それに必要な公開情報は自前で集める体制を維持していいだろう。但し米国などでは、多分CIAだと思うが、外国マスコミの大量の翻訳を毎日短時間で行っているようで、一部は民間にも公開されている。

「ヒューミント」の世界
 
 ヒューミントとはHuman Intelligenceの略で、人間(スパイ)が機密情報を取ってくることを言う。技術の進んだ現代、多くの情報はマスコミ、電波・電話盗聴などで収集することができるので、ヒューミントの役割は減っている。しかし、いつまでもその役割が残ると思われるのが、人間の頭のなかの意図を探ることだ。例えば1999年12月エリツィンが権力をプーチンに禅譲するとの情報は、どの国の情報機関も取れなかったが、これは情報が4名ほどの関係者の間での口頭での伝達のみに限定され、外部に出なかったためである。また、他人に対する好き嫌い、姻戚関係、派閥関係は、情報収集において重要なアイテムであるが、これも直接当事者に会ってその感触を確かめるにしくものはない。

ヒューミントと言えば他に、非合法な分野、つまり「工作」を伴う古典的なスパイの世界がある。戦前の日本では満州を中心に古典的なスパイも暗躍したが――一例をあげればロシア革命前後の明石大佐、石光真清、そして第2次大戦における許斐氏利の「許斐機関」等、それは十分組織化されたものでなく、軍の中にも統合された機関はなかった。戦後、軍は解体されたし、1945年に設立された警察の公安組織、1952年に設置された内閣調査室、同年に設置された公安調査庁とも、国内での治安維持を旨としたので、外国での(合法的な)ヒューミントは外務省にのみ残されたのである。

 外務省には国際情報統括官組織 (Intelligence and Analysis Service)があるが、ここだけが情報収集・分析に携わっているわけではない。在外の大使館は大使、公使、政務班、経済班、防衛班、領事班、広報文化班等から成るのが通常であるが、会計など館内部の事務に携わる者を除いては、全ての者が情報収集に携わっていると言っていい。公開情報を自ら読み込み(現地職員の秘書にやらせる場合もある)、それをベースにして外回りして集めてきた情報を本省に報告する。情報収集の方向性、今何が問題で何について情報を集めなければならないかは、館、班の中で常に打ち合わせ、館員の間で分担して外回りをする。大使館には各省庁からの出向者が多いが、彼らも自分の才覚で情報を収集している。中には、自分の所属官庁に直接報告し、大使館内ではシェアしない者も時々いるが。

 大使館員の行うヒューミントは、現地の法律を破るものであってはならない。少なくとも、情報を提供してくれる相手を危地に陥れるようなものであってはならない。先方当局に違法性を指摘されるとそれは、その国との外交関係において、こちらの借りになってしまう。
 しかし武力の行使を予定している場合、ヒューミントは合法性にこだわっていられない。2011年にはビン・ラディンがパキスタンで殺害されたが、彼の潜在場所を特定するためにはヒューミントも含めたあらゆる手段が動員され、その途上ではCIAのパキスタン人工作員が逮捕されるような場面も起きている。また近年、米国無人機による爆撃が増えてきたが、これは地上で活動するヒューミント要員が爆撃対象のいる正確な現在位置を通報してくるからできるのである。「無人化」という技術の進歩の蔭で、地上から標的の位置を送信するナマの人間がいるし、無人機をどこかで操縦しているナマの人間がいる。パネッタ元CIA長官は2014年10月7日のPBSとのインタビューで、パキスタンでは空爆のために有効な諜報が得られるようになるのに3年かかったと述べている。

 そして現代は「テロ情報」充実の必要性が叫ばれているが、これは最も難しく、かつ危険を伴うものである。というのは、テロ組織の内部に通報者を確保するか、あるいはこちらの工作要員をテロ組織にメンバーとして潜入させるか、いずれかの作業が必要になるからである。いずれも容易に発見され、拷問の上、こちらについての情報を取られた上で殺害されやすい。そのようなことは日本の外務省はもちろん、他の政府組織にとっても手に余ることであろう。米国等は危地に陥った外国人スパイを救出し、米国で家族ごと余生を過ごさせる制度も持っているが、日本ではそのような体制はない。つまり日本政府は、外国人スパイに「信頼される」態勢にないのである。2011年1月7日クローリー米国務次官補は、「ウィキリークス」が米国の情報源として名前を公表した外国の人物たち数名が、自国政府などに危害を加えられる怖れがあるので、安全な場所に避難させたことを明らかにしている。諜報をやるのなら、ここまで体制を整える必要がある。

「シギント」、「エリント」の世界

 シギントはSignal Intelligenceの略、エリントはElectronic Intelligenceの略であるが、一口で言って、電話盗聴、電波照射による室内会話の盗聴、電波傍受などを意味する。最近では相手機関のコンピューターに潜入して情報を盗んだり、何かをとりつけたりすることも、広義の意味のエリントに入れていいだろう。1990年代の混乱期のモスクワで、台頭してきた新興財閥は政治を牛耳ろうとし、政府要職者の部屋に隠しマイクをしかけ、その会話を盗聴していた。その情報を握っている友人のところに行くと、正確な情報が面白いように取れた。マスコミには全然出ていないのに、あさって首相が更迭されると言うので、本省に報告しておいたら、その通りになって驚いたことがある。

 日本でも、シギント、エリントはそれなりにやっている。もっとも戦後、ソ連や中国は、日本の防衛力、警察力、諜報体制の強化を防ぐべく、「戦前の(全体主義化の)誤りを許さない」との名目の下、日本の野党とも語らって法制面での制約を実現してきた。日本に非常事態法はなく、スパイ防止法もない。そのため外国スパイ容疑者は電波法、外国為替法および外国貿易法、国家公務員法、外国人登録法、刑事特別法、鉄道営業法、自衛隊法の違反、出入国管理令違反などの微罪しか適用できない。戦前の国防保安法違反に問われたリヒアルト・ゾルゲは死刑に処せられている。

また戦後の日本では、国内における被疑者の電話盗聴は原則的に禁じられている(但し2001年の通信傍受法は、組織犯罪防止等のための限定的な盗聴を認めた)。外国の電波傍受も行っているが、相手に防護策を取らせないため、その実態は極力秘密とされている。そのために、「日本は何も情報収集活動をしていない」という非難を、国民から招くのである。しかし実際には、エリント、シギントについてもかなりのことが行われていると思ってよかろう。ソ連の時代、1983年にサハリン沖で大韓航空機がソ連戦闘機に撃墜される事件が起きたが、ソ連はシラを切った。しかし自衛隊はソ連戦闘機への射撃命令を電波傍受していたため、後藤田官房長官が渋る自衛隊を説得して国連の場で公表、ソ連に非を認めさせたことがあった。これは、政治的には日本の情報活動の大白星であったが、この後ソ連は、電波を傍受されないよう手を打ってきたのである。
 
人工衛星

 今日ではインターネット(例えばGoogleMAP)を通じて、世界のほぼあらゆる地点を上空から見ることができる。また、主要都市街頭に据えられたビデオ・カメラが写すナマの映像も、Google STREET VIEWを通じて見ることができ、ここではその街の「息吹き」を居ながらにして感じ取ることができる。しかし世界では、人工衛星はもっと高度な諜報目的にも使われている。まず空中を飛び交う無数の電波を傍受する衛星がある。次に軌道を周回しては下界の写真を取っていく偵察衛星、そして高空に静止して北朝鮮のミサイル発射場等の特定地点を監視し続ける早期警戒衛星がある。

 日本では、宇宙平和利用に関する国会決議に縛られ、長らくこの種の衛星を保有していなかったが、北朝鮮による核ミサイル開発の動きに押されて1998年、多目的の「情報収集衛星」を事実上の偵察衛星として保有することが決定された。しかし、早期警戒衛星については、その費用が膨大であることから、開発はこれからの話となっている。このため、北朝鮮等によるミサイル打ち上げ情報は、早期警戒衛星を保有する米軍に依存せざるを得ないのである。

新しい諜報の手段:インターネット(サイバーテロ)、ロボット

 インターネットは絶好の情報探索手段である。2011年9月には日本の国防産業大手のコンピューターに情報入手用ヴィールスが送りつけられる事件が発生したし、本年12月には米国ソニーのコンピューターが北朝鮮要員によって侵入され、社員の個人情報・通信を大量に暴露される事件が起きた。またそれと前後して、韓国の原発が同じくサイバー侵入を受け、機密情報を公開される事件が起きた。サイバーは今や、単なる情報収集の域を越えて、戦争をしかけるに等しいマグニチュードを有するようになったのである。防護措置、報復手段の開発を進めないといけない。

 同じくインターネットを使用した諜報としては、輸入家電製品に情報収集用センサーと送信デバイスが埋め込まれている可能性にも注意しないといけない。日本では、中国の検索エンジン「百度」が無料配布した日本語ソフトを使用したところ、打ちこんだデータを無断で中国の本社に送付されてしまった例が報道されている。 サイバーによる非合法活動の捜査、それへの対処は、日本では緒に就いたばかりである。警察、防衛省、外務省、民間企業の間で連携して、「切れ目のない対応」ができるようにしないといけない。

今日の技術は日進月歩であり、奇想天外の情報収集デバイスが登場しつつある。昆虫を装った隠しマイク・ロボットが飛んできて部屋に張り付いているかもしれない。あらゆる人間、物体にはセンサーが取り付けられ、体温や血圧などのデータを発信するようになるだろうが、その電波は諜報機関に傍受され、ビッグデータの解析法を使って整理・利用されるであろう。街頭で急増した監視カメラは政敵の部下、テロリスト、指名手配者の顔を瞬時に認識、「昆虫カメラ」を放って尾行を開始するかもしれない。
また将来的には人間の脳波をとらえることで、内なる心の動きを探ることも可能になるだろう。逆にこちらから電波を照射することで相手の脳波を操作する機器も、米国あたりでは開発されている。

「工作」も諜報機関の仕事

工作については少し述べたが、偽札の流布、殺人まで含め、法律の枠外で諜報機関が行う活動である。CIAはアフガニスタンでは実戦に参加しており、10年間で2000名以上の敵を殺害している。それは無人機を使ってのミサイル攻撃と、テロ退治のための特殊作戦チームによる急襲によっている。日本でも戦前は、陸軍登戸研究所などが毒ガス・細菌兵器に加えて偽札を開発していた。日本の政府機関は戦後、このようなことはしていないはずである。

必要な法制
情報収集・諜報のためには、それを法的に正当化するための法律が必要である。戦後の日本に非常事態法、スパイ防止法がないことは既に述べたが、国内での外国スパイ容疑者を犯行の事前に検束することを可能にする法律もまたない。戦前は、「行政執行法」を援用しての事前検束や室内踏み込みが可能であったが、当局が濫用したとして、戦後その復活は許されていない。確かに濫用は問題であるが、北朝鮮スパイ等を事前検束することができれば、日本人が簡単に拉致されることもなかっただろう。

2014年12月には、「特定秘密保護法」が施行された。これは一部世論からは「戦前の復活」であるとの非難を浴びたが、同法別表が掲げる規制対象はほぼ防衛関係、及びテロ対策関係に限られている。戦前の行政執行法のような恣意的な運用は難しい。また2007年8月日米間で署名した軍事情報包括保護協定を日本国内で施工するためには、特定秘密保護法の制定が必要だった。日本を取り巻く安保環境が悪化している中、日本防衛のため米軍との共同行動を迅速に行えるようにしておかなければならないが、そのためには米軍から提供された機密情報を日本側が外部に出さないという保証を与えなければならない。入手した情報を暴露すれば、敵は防護手段を取るので、米国の情報収集手段が無効となる。また敵国では、情報を米軍に提供したものが死刑に処せられるかもしれない。

情報収集・諜報要員養成の問題

 世間では、諜報庁を設置すれば、翌日から素晴らしい情報が手に入ると思っているらしいが、どんな機関を作ってもしかるべき人材が養成されていなければ、税金の浪費になる。外務省は入省したての外交官の卵を毎年60名ぐらいづつ、2-3年間の外国留学に送り出しているので、言葉の習得という面では一応のことがなされている。しかし、彼らが仕事のやり方をマスターし、一人前の戦力となるには、さらに10年以上の勤務が必要である。特に外務省員の場合、情報収集の面では、系統的な研修は行われておらず、on the job trainingに大きく委ねられている。そして外国の情勢を政治だけでなく、経済・金融・軍事・社会に至るまで広く深く総合的に分析する能力を日夜磨いている者も少ない。また外務省員には一般に、日本の国力を担っている企業にとって必要な情報を収集しようとする姿勢も足りない。例えば、外国で日本の自動車企業が中傷、反日デモによる襲撃を受けたりする背景に、第三国の競争企業が動いている場合もあるのである。

 このような状況は、他省庁の情報要員にとってはもっと厳しい。外国留学の機会が外務省員よりは限られているからである。外務省を徒にたたき、他省庁による対外情報収集を活発化させようとしても、要員の問題でまずつまずくだろう。

情報収集における各省庁の癖

 情報収集に携わる各省庁とも、カラーに違いがある。外務省はごく一部の高度機密情報を除いては、できるだけ多くの関係公館、関係局課に電報を回付する。皆がそれを全部読む時間を持っているわけではないが、これだけの情報を常に頭の中でろ過していると、全体の流れ、日本の置かれた位置、情報収集をさらに進めるべき点が見えてくる。それをベースにして自分自身、外回りで情報を収集してくるのである。また外務省は人数が小さいこともあり、仕事においては上下関係が他省庁ほど厳格でなく、能力に基づく平等主義の面がある。

 他の省庁の中には、厳格な上下関係を維持し、情報は幹部が集中して独占するところもある。このような場合、幹部は事案の全体像を示すことなく、「誰々のところに行って、何々を調べてこい」式の指令を下しがちである。部下は何でその情報が必要なのかはわからず、ただ言われた通りの情報を取ってくるべく努めるのである。

 外国で集会やデモがあった場合、外務省出身者はその主催者や投入された資金の出所などをあまり深く詮索しようとしない。ロシアや中央アジア諸国の集会では、参加者の多くが日銭をもらっているのであるが。そこにいくと例えば日本の警察関係者は手慣れたもので、集会の主催者の背後に誰がいるか、いくらのカネを誰が出しているかなどを深く調べようとする。この場合のアプローチは警察の方が正しいと思うが、時には行き過ぎて、すべての事象の背後に何者かによる反政府の陰謀を嗅ぎ取ろうとし、ものごとの偶発性を信じないというところがある。

情報収集担当者の独走・逆に官僚化

 情報収集担当者は、政策決定担当者に対抗心を示す場合がある。情報収集で実績を示して政策決定ラインの方に移りたい、との欲求を秘めている場合もある。こういう者は自分の情報ソースを独占し、他人に会わせようとしない。そして自分の得た一片の情報を強硬に主張して、政策を強引に変えさせようとする。しかしその情報がたとえ正しいものだったとしても、外交政策は外国の状況だけ見て決めるものではない。日本の国内政治上難しいことは、外交上、実行できない。外国での情報収集を担当している者の意見が政策決定全体を支配すると、政権にとっては危険なことになりかねない。

 他方、全く別の方向の問題として、この頃の日本社会全体に通じて言えることであるが、組織の成員のマインドの官僚化が目立つようになっていることがある。官僚化とは、自分の仕事に楽しみを見出さず、上司に言われることを最小限だけ実現し、できるだけ定刻に退庁しようとする性向を意味する。男性の場合、それは草食化という言葉で表現されている。情報収集と分析は、「インテリジェンス」と言われる如く、最高の知力を要するものだし、事実を集めて仮説を作り、事実の意味、原因と結果の因果関係、そしてトレンドを見出すという意味で最高度の想像力・創造性を必要とするものでもある。それなのに、日本だけでなく、米国、西欧においても、情報担当要員の官僚化現象が見られるのは悲しいことである。

 中国、北朝鮮に対抗しようとして人間性が堕落する危険性

 諜報、特に工作の世界は、とかく没価値でシニカルになりがちなところである。しかし古典的な西側スパイ、ジェームズ・ボンドは、単なる切った張ったの男ではなく、情報源の女を守り、時には世界文明を核爆弾の炸裂から守るために身を張ったりもする。彼には自由、民主主義という近代工業社会の価値観のバックボーンが通っている。日本の諜報関係者はそのような価値観の背骨を持っていないので、中国や北朝鮮の諜報機関を相手にしているうちに、彼らの大時代的なシニシズムに自ら染まってしまうこともあるだろう。

「対外諜報庁」は必要か?

 最後に、日本にも対外諜報庁を作れという声について。上記で見たように、情報収集・諜報の諸活動のうち、かなりのものが日本の諸省庁に分散する形で実行されている。この人員、設備を無理に統合して「対外諜報庁」を作ることが、情報収集の効率を高めるだろうか? 統合してみたところで、関連各省庁の間での主導権争い、幹部ポストの奪い合いになるだけだろう。外国で情報収集活動を行える人材を必要な数だけ揃えるには何年もかかるだろうし、外国で外交官の能力を著しく超える人材を揃えるのも難しい。

 従って組織いじりよりも、これから必要な情報収集・諜報活動は政府部内のどこでどのように既に実行していて、どの点をどのように改善・改革していくべきなのか、やっていないものはどの機関にやらせるのが適当なのか、できるだけ不要な重複を避けるために、比較優位のあるところが例えば公開情報収集・整理に特化し、他は余剰人員を自分の得意分野にさらに振り向けるとかを検討して実行することの方が合理的ではないか? 東京オリンピックを前に各省庁は、テロを初めとする情報収集体制強化の好機だとばかり、予算・定員の獲得策を新聞でぶち上げている。それに惑わされず、堅実な検討を行ってほしい。

こうして、情報収集・分析の方は既存体制をベースとして改善をはかっていくのが現実的だと思うが、各省庁の持つ情報を集約して総理に上げる上下のパイプは、2014年国家安全保障局が設置されたことで大きく改善された。これまで各省庁がそれぞれのパイプを使って総理にばらばらに報告していたのが、国家安全保障局に集中して流入するようになったのは、大きな進歩である。

なお「集中して流入」と言ったが、組織のトップに立つ者は、複数の情報源を持つべきであると言われる。政府が総理に上げる情報は、政府が策定した政策を正当化するように選ばれていることがある。そのままその政策を選ぶと、総理は大変な失点を蒙ることになるかもしれない。それを見破るためには、総理が信頼のできるアドバイザーを身近に持っていることが必要となる。他方、そのアドバイザーは自分の存在意義を総理に誇示するために、根拠のない奇を衒った見方を総理に吹き込もうとしてはならない。情報・諜報の世界でも、最後はバランス感覚と良識が勝つのである。

コメント

投稿者: 福渡直躬 | 2015年2月 4日 16:42

諜報について大変面白い話を有難うございました。ボンドはしっかりしたバックボーンがあるが日本の諜報関係者にはない。どうも我が国は政治家にもそれがないようです。もっぱら国益などといった奇妙な価値を振り回す人ばかりですね。

投稿者: 福渡直躬 | 2015年2月 4日 16:43

諜報について大変面白い話を有難うございました。ボンドはしっかりしたバックボーンがあるが日本の諜報関係者にはない。どうも我が国は政治家にもそれがないようです。もっぱら国益などといった奇妙な価値を振り回す人ばかりですね。

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