外務省はすごいincubatorだった
もう65歳、外務省を辞めてもう8年になるが、こうやってモノを書いていると、数々の先輩の顔が思い出されてくる。
かけだしの書記官を西ドイツでやっていた頃、それは冷戦たけなわ。僕はソ連専門だったから、政治関係の情報ばかり追って、悦に入っていた。日本大使館の書記官ともなれば、かなりの位の人たちに会って話を聞くことができる。大使や公使の食事会に同席すれば、それより更に上の位の人たちと接することができ、そういう人たちに大使や公使がどう議論をしかけるのか、どう好意を獲得していくのかが良くわかる。
ところがその頃の西ドイツの大使は、外務省でも有数の経済専門家、吉野大使、次いで宮崎大使。大使公邸で客でもよんだ後、大使は同席の大使館員と必ず腹ごなしの議論をしたものだ。仕事での手柄話しとか失敗談とか、国会議員とのやり取りなど、要するに思い出話しの数々だ。これがまた本当に役に立つ。経験を後輩に伝えているのだ。
ところがある日、宮崎大使に言われた。「君たち、国際情勢というのは、経済を理解せずには全然わからないものなんだよ。今のレーガン政権の高金利政策が、西欧諸国にどんなに嫌がられていて、米欧の間でぎりぎりのせめぎ合いが行われているかわかっているかね? そして例えばここで米国が金利を1%下げでもしたら、国際情勢がどう動くかシミュレーションできるかね? 君、どうだい。言ってみたまえ」
その頃の僕は、まったくの経済音痴。金利水準なんか、外交官は関係ないと思っていたものだ。
そして本省にいた頃、渋谷さん(後に在ドイツ大使)に言われたことがある。「君、国際情勢考えるのだったら、軍事がわからないと駄目だよ」と。僕が「どう勉強すればいいのですか?」と聞くと、彼は言った。「そりゃ、これ1冊読めばいいなんてものはない。本や雑誌をよく読むしかないよ。君」ということでありました。そこで僕は、同じ課に自衛隊の近藤一郎一佐が出向していたのをいいことに、彼に軍事知識のイロハ(と言っても、チリヌルヲぐらい、かなり高等なところまで)を無料で教えてもらったのであります。
そしてソ連、ロシアについては、何人もの先輩にしごかれ、教えさとされたのは言うまでもない。
外務省、大使館というのは本当に、本当に素晴らしい教師が綺羅星のようにいる贅沢なincubatorだったと思う。これに後足で砂かけて批判する気はぜんぜん起きない。
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コメント
確かに外務省にそうしたすぐれた教育機能はあるでしょう。また高価な税金で維持されている外務官庁に官庁としてのそうした伝統的な教育機能がなければおかしいと思います。
しかし、それでも一国民の素人として普通に外務官僚と呼ばれた人たちを観察していて、どうしてこのような「高級外務官僚」が生まれ存在しているのだろうかと疑念を持つ場合が、外務省の場合には少なくありません。例えば、田中均氏、加藤良三氏、孫崎享氏、加藤紘一氏などです。河東哲夫さんは、これらの外務省の諸先輩方について、どのように考えられおられるのでしょう。
むしろ、拉致問題や対中対露外交では、外務省は機能不全の盲腸官庁に成り下がっているように思うのです。外務省の組織改革を根本的に行うことなくしては、外務省に国家に優位な人材は輩することが出来ないという印象を、私個人としては持っています。
(かってながら、このコメントは私のブログにも転載させていただきました。)
赤尾様
この一文は、個人的な感慨、センチメンタルな思い出です。出版を終えたばかりだし、考えてみればずいぶん歳も取っているので、振り返ってみるとこうだった、自分自身は外務省に感謝しているということです。
名前を挙げられた4人の方々の中には、小生が尊敬している人も、また意見が違う人もいます。しかし意見が違う場合には、面と向かって言いたいと思います。
北方領土問題を一時担当していた自分も含めて、外交官の多くにただすべきところがあるのは確かです。改革、特に意識改革も必要でしょう。しかし、それは今いる要員、今の体制を全否定するところから出発するべきものではないと思います。大きな組織を改革することは大変な労力がかかるわりには、往々にして実効なきものに終わりがちです。
自分としては、外務省にいるうちで能力、人格、識見とも優れている連中が働きやすい環境を作る手伝いをするのが、いちばん手っ取り早いと思ってものを書いています。これからもこのブログをよろしくお願いします。