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街角での雑想

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2009年7月20日

「アジア太平洋憲章」を作って、対ロシア関係を処理しよう

ロシアとの北方領土返還交渉が膠着している。
ロシアは、1956年と同じように、鳩山政権ができて日本がロシアに歩み寄ることを期待しているのだろう。戦争抑留者という人質がもういないにもかかわらず、日本がそこまですると思っているのか? 

アジアにおけるロシアの地位は年々あやうくなっている。極東ロシアの人口は600万人しかいないが、隣接する中国東北地方の人口はその20倍、1億人を超える。しかもロシアが極東地方を清帝国から取り上げたのは1860年、まだ150年も経っていない時代のできごとなのだ。

今日のロシアは、アジア方面では影が薄い。ロシアに、中国に対するカウンター・バランスの役割を期待する声も日本にあるが、ロシアにそれだけの力はあるのだろうか?

というわけで、アジアでのロシアの役割をここで論じてみたい。

アジア・太平洋でのロシアに何を期待できるか
アジア太平洋地域諸国とロシアの関係は限定的なもので、この地域でのロシアの発言力は限られている。上海協力機構も実質を欠き、内部で中ロの間の隠微な主導権争いがあるため、ユーラシア北東部の総意を体して米国、東アジア諸国と取引ができる態勢になく、これからもそうはならないだろう。

そしてロシア自身も自分をヨーロッパの大国と位置付け、アジアを「異質」なものと見て、本気の対応をしてはこなかった。アジアからは自分の利益だけを一方的に得ようとする姿勢が、指導部の大勢を占めていた。今日、アジア太平洋地域でロシアが占めるべき地位については、ロシアがこれを自分で決めると言うよりは、中国、米国、日本などの意向によるところ大になってしまっているが、それもロシアの自業自得なのである。

だがそのことは、アジアにおいてロシアを無視してよいとか、アジアからロシアを放逐するべきだという議論につなげるべきではない。ロシアにも、自国の安全を確保する権利はある。アジア太平洋地域の安定と繁栄のために前向きな要素でいてくれる限り、ロシアが民主主義国になったかどうか、市場経済の国になったかどうかも、主要な問題ではない。ロシアに対しては抑止力を整備しつつも、この地域の力のバランスを構成している一つの要素として、ある時は組み、ある時は対抗する、このようなやり方でいくのが現実的だろう。

但しロシアがアジア太平洋地域への参入を真剣に望むなら、その時代錯誤とも言える米国への過度の対抗意識を改める必要がある。ロシア政府にとって対米批判は、経済・社会問題から国民の目をそらすための格好の道具なのだが、東アジア諸国はほぼすべて米国との関係から利益を得ているのであり、抗米を国是のようにするロシアとは協力関係を進めにくい。そのためにもロシアには、極東地域での軍備拡張を控え、軍縮を進めてもらいたい。

二〇一二年にはウラジオストックでAPEC首脳会議が開かれる予定である。その前年二〇一一年の同首脳会議は米国、その前年二〇一〇年の会議は日本で行われる。この時期に向けてロシアをアジア・太平洋地域にどうはめ込むかについて議論は高まるであろうし、東アジア情勢を将来長期にわたって安定させるためには右を話し合っておくにしくはない。

二〇一〇年のAPEC議長国日本は、自らのアイデアを提示してロシアを極東地域の安定勢力として確保するとともに、北方領土問題をも解決して北東アジア集団安全保障体制を樹立し、もって日米安保条約の補完としていくべきである。

以上の条件の中で、当面アジア・太平洋でロシアに我々は何を期待できるか、いくつかの可能性について論じてみたい。これをどう組み合わせていくかは、アジア太平洋諸国の意向の推移、そして他ならぬロシアの出方によって決まっていくだろう。

(1)ロシアに、台頭する中国に対するカウンター・バランスとしての役割を期待する
これは、小泉総理の時代、反日デモ、靖国神社参拝問題などで日中関係が荒れていた頃、よく見られた視点である。なかには、この視点を推進したいがために北方領土問題解決を断念することまで提案する向きもあった。だが、日中関係はその後落ち着いた。それにロシアと中国の関係は基本的に良好であるため、日ロ関係が良くなれば中国が圧力を感ずるという構造にはなっていない。国際情勢の局面によっては、ロシアが中国と組んで日本、そして米国に対抗してくる場面も生じ得るのである。
日本が北東アジア地域で諸国間のバランスを操りながら、もっと独自の外交を展開できるようになるためには、ロシアとの関係をもう少し進めておくことは必要であるが、だからと言って過分の対価をそれに対して払う必要はない。

(2)ロシアに、アジア太平洋諸国(北米も含め)に対するエネルギー資源・天然資源の主要なサプライヤーとしての役割を期待する
これも、上記の点と並んでよく見られる論点である。基本的にはその通りだと思うが、いくつか留保を付しておくべきことがある。
サハリン石油・天然ガス開発プロジェクトが始動して、ここからのLNG輸入は日本の需要の十%弱を近く占めるだろう。だが東シベリアの石油・天然ガスについてはその埋蔵量がまだ確定されておらず、中国に供給したあと、太平洋方面までパイプラインでもってこられるだけの余剰が生ずるかはわからないのである。加えて、シベリアでの資源開発はインフラの建設、労働力の確保、太平洋岸への搬出手段建設などに膨大な投資を必要とするので、商品市況が恒常的に高くなっていないとリスクが高い。

サハリンのプロジェクトは実現までに三〇余年をかけている。東シベリアの資源開発についてもあせることはない。この問題では、よく日本がやりがちな懇願・陳情外交の姿勢を取るべきではない。ロシアも、資源の販売先が中国だけになることを嫌っており、販路を多様化したがっている。

他方、「ロシアにエネルギーを依存すると、それを政治的な脅迫材料に使われる」という見方が根強く存在する。だがロシアはソ連の時代から、国際価格で安定的かつ大量に購入する需要者に対して、エネルギー供給停止をちらつかせたことさえない。もともと売買関係は双方向のものであり、パイプラインで天然ガスを供給する場合には、おそらく大口需要者の立場の方が強いのである。ロシアにエネルギー供給を過度に依存するべきでないのはその通りだが、総需要の一〇~一五%程度なら問題はないだろう。アジア太平洋地域はエネルギー・天然資源の大口需要者であるので、「資源取引独占監視機構」のようなものを結成して、実勢を超える価格、市場原則にもとる行動に対して警告を発することも検討していいだろう。

北方領土問題が解決していないなかでロシアとの経済関係を推進すると、「経済だけ食い逃げされる」ことを恐れる向きもある。だが経済関係を推進すれば、経済的利益は日本側にも落ちるのである。そしてロシア側には、日本との関係をもっと推進しようとするロビー層が形成される。日本側の利益になる案件ならば、推進すればいいと思う。

なおサハリン石油・天然ガス・プロジェクトでは既に実現しているが、東シベリア・極東でエネルギー・天然資源を開発する場合にも、米国、EUその他の有力企業と提携することが望ましい。ロシアではエネルギー・天然資源分野における政府の独占度が高いため、第三国の参加も得ることで交渉力を高めなければならないからである。
またサハリンの石油やLNGがASEAN、インドに輸出されるようになれば、ロシアも航路の安全確保に関心を持つようになるだろう。

(3)ロシアと核軍縮を進める一方、平和目的の核燃料についてロシアと協力
ロシアはウランの大生産国であるだけでなく、世界一のウラン濃縮能力を有する国である。また世界で二位のウラン埋蔵量を有するカザフスタンはじめ、中央アジア諸国にはウランがかなり埋蔵されている。日ロ間では既に原子力平和利用協定が結ばれているが、米国議会が同様の米ロ協定を批准すれば、中央アジア諸国・ロシアを包括したグローバルな協力のネットワークができあがり、アジア太平洋諸国もこの恩恵を得ることができる。

(4)極東の森林・水・エネルギー資源を環境保持に配慮しながら開発する
ロシア極東ではエネルギー資源のみならず、森林・水資源も世界有数である。この地域の土壌・大気・水を資源・工業開発による汚染から保護し、ロシア国内での木材加工を推進することで付加価値を高めて森林の乱伐を防止するなどの協力を国際的に進めることができる。

(5)ロシアへの東アジア産品輸入の基地としての極東
すでに述べたように、日本からの中古車輸入、そして全国への搬送は多数の雇用を創出したが、米国西岸部、大洋州、東南アジアの産品も、同じルートでロシア全国に搬出することができるだろう。それは、極東部に多くの雇用と所得を創出する。

「集団安全保障体制」の中のロシアの地位
アジア太平洋地域における軍事バランスの維持、政治的な現状の維持にとって、日米の同盟関係が持つ意味はこれからも減少しないだろう。「中国が台頭すればするほど、米国にとって日本との協力は重要になる」というのが、米国で多く見られる意見である。

だが同時に、北東アジアの軍事バランス、政治的な安定に中国をコミットさせるため、中国も含めた緩い「集団安全保障体制」を補完的に作るべきだとする声も根強い。このような「体制」が何らかの形でいつか実現すると、そこにロシアも含まれることになるだろう。ロシアはその前に、日本との北方領土問題を解決しておくべきである。NATOでは、加盟国と何らかの紛争を抱える国は新規加盟を認められない。

北東アジアにおいては日本、韓国、中国、台湾などが、中産階級が主体となった社会を共通して作り出し、若年世代の意識と行動様式が徐々に接近しつつある。もともと人種的、文明的には近いこともあり、日本による統治、日本との戦争などをめぐる歴史的摩擦を克服して数十年先にはECの初期段階程度までには共同体的なものを形成することができるかもしれない。

これは、アジアで広い集団安全保障体制ができた場合、そのなかの一つのクラスターのような存在となる。ロシアは北東アジア諸国とは歴史的・文明的に異なる存在であるので、北東アジア諸国だけのクラスターに直接加わるのは適当でなく、EUあるいはNATOとの間のような協力関係を結ぶことになる。

日本は二〇一〇年のAPEC首脳会議で、これらの諸点を盛り込んだ「アジア太平洋憲章」のようなものを採択するべく、今から準備を開始したらいいと思う。二〇一二年ウラジオストックでの首脳会議でこのような憲章を採択するのは適当でないし、米国が集団的メカニズムも使ってアジア太平洋地域の安定確保をはかろうとするのであれば、日本は早めにイニシャティブを取り自分の立場が反映されたものにしておくのがいいと思うからである。                    河東哲夫

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