トランプとロシア、そして日ロ関係 講演記録
(これは11月14日、対外文化協会研究会での講演の記録です。少し古くなりましたが、プーチン大統領来日を前にしたロシア情勢についての資料として便利なので、同協会の御同意を得てアップします)
トランプはジョーカーか、それともエースか
―トランプとロシア、そして日ロ関係―
Japan-World Trends代表 河東哲夫
トランプ氏が次期米国大統領とのことで、やはり日ロ関係を話すのであれば、大きな枠組みを踏まえる必要があるので、まずトランプ氏のお話しからしたいと思います。トランプ氏が大統領になっても、一言で申し上げて米ロ、米中関係という国際政治の大きな枠組みはそれほど変な事にはならない感じがします。その中で日ロ関係は特別、酷くも良くもならないと思います。
大統領選の最中、トランプ氏はロシアとの関係でいろいろのことを言われました。プーチン大統領を評価したり、反ロシア的な発言をしないので、これはおかしい、トランプ氏はロシアに随分出入りしていたからその間にハニートラップにかかったのではないのかとか――アメリカでもハニートラップにかかっていたようですが(笑)――、利益優先でロシアには甘いのだとも言われました。しかし、それら一連のことは、民主党側がトランプ候補を引きずり下ろす材料として誇張されていた、そのような感じがします。
トランプ氏のビジネスにおけるロシアとの係りにはいくつかあり、ワシントンポストによると、トランプ氏はソ連崩壊直後くらいの酷い時のモスクワを初めて訪問し、以来数回ソ連を訪問しています。トランプタワーの建設を目論んだり、2013年にはモスクワでミス・ユニバースを主催しています。ミス・ユニバースの開催場所はモスクワ環状線の西、クラスノゴルスクのクロックスという大きなコマーシャルセンターでした。そこのアガラロフというコーカサス系のオーナーとは、トランプタワー建設など色々な話をしたそうです。しかしトランプ氏がモスクワで不動産を取得したという具体的な話はまだ聞いたことがありません。
トランプ氏の側近についても、ロシアとの係りが指摘されています。大統領選政治顧問だったポール・マナフォートはかつてウクライナのヤヌコビッチ大統領のアドバイザーもしていたそうです。ヤヌコビッチ氏はロシア寄りという理由から、マナフォートは途中で顧問を辞任しています。彼はいずれにしてもPR会社の社長ですので、これから外交政策面でトランプ氏に関わって来ることはないと思います。
次に外交アドバイザーのマイク・フリンです。彼は2週間程前に来日して、トランプ氏が大統領になっても酷いことにはならないと言っていました。この人は元DIA(Defense Intelligence Agency (アメリカ国防情報局))長官です。ロシアのGRUのアメリカ版です。フリン氏もロシアとの関係がおかしいと言われていましたが、それはロシア政府系メディアRussia Todayが主催するモスクワでの夕食会で、プーチン大統領が座っているヘッドテーブルに座っていたからなのだそうです。別に座っていても悪くないと思いますが、それが原因か、任期完了年前に辞任したのだそうです。もう一人ロシアとの関連で名前が上がっているスタッフは、外交アドバイザーを自称するカーター・ペイジです。彼はうだつの上がらない米ロ・フィクサーで、例えばサハリン関係でガスプロムに出入りしていたこともあります。彼はアメリカの対ロ制裁政策に批判的なことを公で言ったり、スコルコヴォのビジネススクールの卒業式でアメリカのレジームチェンジ政策を批判したりしていた人です。
トランプとロシアの関係が決定的だと言われたのは、民主党本部がインターネットでハッキングされた事件です。6月頃に民主党本部から誰かが盗み出した情報を、ウィキリークスを使って、出してきた。それがヒラリー・クリントンの不利になる情報だったので、これはロシアの仕業だと言うことになりました。それは、CIA長官の発言が根拠になっているのですが、彼は「ロシアの仕業と確信される」と言っているだけで、そう確信する証拠は示していません。アメリカのマスコミもひどくて、特に証拠も無しに決めつけて、決めつけたらそのパーセプションに手を加えて記事を仕立てるのです。僅かに証拠らしきものは、ハッキングの犯人が「コージー・ベア」、「ファンシー・ベア」という署名を残していた、「ベア」という名前からロシアという連想が働いたのが一つ。もう一つは、ロシアの政府系のRussia Beyond Headlinesというマスコミが自ら報道したところなのですが、シベリアには「King Servers」というインターネット・サービス提供の民間企業がありまして、「ベア」を名乗るハッキングの犯人はこの会社が提供するサーバーを使っていたことがあります。しかし同社のサーバーはロシアではなく、アメリカにあるそうです。今回の「ベアーズ」もこの会社のサーバーを借りて、アメリカからウィルスを発信したということです。犯人の英語が幼稚なので、FSBはもっと英語が上手いとか、足がついてしまうようなことはFSBがやるはずがないとKing Serversの社長は言っています。社長によると犯人は北欧、欧州方面に足を辿ることができるが、その先は分からないそうです。常識的に考えて、いくらトランプに当選してもらいたくても、簡単に足がついてしまうことをやるほど、ロシアの諜報機関の水準が落ちているとは思いませんが。
今回、トランプ氏が大統領に当選して、ロシアは非常に喜んだと言われています。私はその時モスクワにいませんでしたが、少なくとも報道上ではそのようになっています。それを一言でいえば、「恨(はん)」から「躁」へということです。恨とは韓国人が日本人に抱いている感情、つまり積もり積もった恨みのことです。
ロシア人がアメリカ人に対して持つ感情も「恨」に似たところがあります。ロシア人は、国際政治上、国際経済上、自分達はもともとアメリカと同格で、アメリカと肩を並べて世界を支配して当然なのだと潜在的に思っています。しかしアメリカは全然そのように思っておらず、いつもロシア人を上から目線で、民主的ではない、文明的ではないとお説教を垂れ、制裁を課したりするものですから、すっかり頭に来ているのがロシア人の状況です。ですから、一言でいえば「恨」です。その重石が取れたと思って躁鬱状態の「躁」に入った。
その「恨」から「躁」への過程をもっと詳しく解説しますと、特にロシアのオピニオンリーダー層、政策決定層は、人種差別の感情が潜在的にあります。コンドリーザ・ライスが国務長官の時から、黒人の言うことを聞くのは嫌だというロシア人エリートはたくさんいました。そして今度は黒人が大統領になったので、もう何を言っていいのか分からなくなったと思います。ようやくまた白人になったので少しほっとしたと思います。それから「クリントンは反プーチン」ということが、ロシア人のマインドに染み付いていて、私は必ずしもそう思いませんが、ヒラリー・クリントン氏の発言を見ても、例えば2013年のゴールドマンサックスのスピーチを読んでも、ロシアに対して、またプーチンに対しても、それほど酷いことは言っていません。それと制裁を解除してくれる淡い期待がロシア側にはあります。淡い期待ではなくて、トランプ氏はかなり早期に制裁を解除するかも知れません。
しかし喜ぶのはまだ早いと思います。 しかしプーチン大統領はじめ、ロシアの政策担当者たちはそんなに甘くは考えていないと思います。それは現在、トランプ・チームが人事を一生懸命決めていて、国務長官、安全保障問題補佐官、国防長官など対ロ政策上枢要な人たちが誰になるかによって、トランプの対ロ政策は決まって来るからです。
例えば、原油価格が下がるかも知れません。理由は、トランプ氏はアパラチア方面のプア・ホワイトや自動車工業の仕事に溢れた白人などから支持を取ったと言われています。そのアパラチア方面の石炭産業で首になったプア・ホワイトをめがけて、石炭産業の規制緩和、シェールオイル、シェールガスの大々的な生産増強を選挙戦中から提唱しているわけですから、トランプ政権が発足するとシェールオイル、シェールガス、それから石炭の生産がかなり急増すると思います。それは原油価格を下押しします。ロシアはトランプで喜んだらジョーカーだった、ということになるかもしれません。もっとおかしいのはロシアの一般大衆が、アメリカがあのようにドラスティックに大統領を変えたならば、俺たちもできると気づいてしまう、そのような効果があるかもしれない。もちろん世論調査には出ていないですが。
誰がアメリカで対ロ政策を担当するかはまだわからないです。共和党には右から左まで様々な対ロ思潮があります。ロシアにとって最も柔らかいのがダナ・ローラバッハという、あまり名前が出ない人なのですが、言動を見る限り、非常にロシアに融和的です。その対極がマッケイン上院議員で、ロシアに対して現実的主義的なのがキッシンジャーです。キッシンジャーは別に共和党系ではなく、民主党の時代にもアドバイスしていました。
ホワイトハウスの安全保障問題補佐官も非常に重要です。関連して安全保障問題補佐官と国務長官ではどちらが強いかという問題。それはアメリカ政権にいつもある問題で、まだ決まっていません。安全保障問題補佐官で名前が出ているのが、DIA元長官のフリンです。国防長官にはセッションズという上院議員の名前が挙がっています(注:その後彼は司法長官に指名された)。彼は非常にあからさまに、ホワイトハウスを祭り上げるという趣旨の発言をしています。ホワイトハウスに権限は渡さないと言っています。
国務長官はまだはっきりしていません。一人目はニュート・ギングリッチです。彼はロシアに対して一般的に保守派と言われていますが、決定的に反ロ的なことを聞いた記憶は私にはありません。それからジョン・ボルトンです。元国連大使でネオコンと定義づけられていますが、資料を見る限りあまりロシアに対する厳しい発言は見当たらないし、私の記憶にもありません。彼は北朝鮮とイランに対しては厳しかったです。それからトレント・ロットも言及されることがありますが、1941年生まれで国務長官の激職は難しいと思います。
先述のジェフ・セッションズはずっとトランプ氏についてきたそうです。10月30日付ディフェンス・ニュースの長いインタビューを読むと、非常に面白いです。トランプは一般的に内向きのアメリカを代表していると言われます。日本防衛のツケはすべて日本に押し付けて、欧州防衛のツケもすべて欧州に、そしてアメリカは国内問題に集中すると言っている――そういうように理解されており、そうなると日本がアメリカの支配から脱却する好機だと、夕刊フジが見出しを出していました。しかしセッションズのインタビューを読む限り、全く正反対の方向を志向しています。彼は軍事専門家ですが、軍事予算はオバマ政権でずいぶん削られましたが、オバマ政権最後の2年間で、ようやく以前の数字に戻りました。それをセッションズ氏はさらに大幅に増やそうとしています。海軍艦艇の数も100隻規模で大幅に増やします。核兵器は近代化する。現在ロシアの戦略核兵器の弾頭数はアメリカのそれを上回るに至っていますが、それはもう絶対に許さない。ロシア、中国に対する絶対的な軍事的優位を築くことによって、諦めさせておとなしくさせる。ただし、ロシアや中国に対して民主化やレジームチェンジなどを仕掛けて、情勢を悪化させることもしない。
要するにネオコンには真っ向から反対する意見を言っています。そのような中で中国、アジアに対する言及ぶりは弱いです。ただ海軍全体、それから海兵隊も大幅に増強すると言っていますから、日本にとっても悪い話にはならないです。
そういうわけでセッションズ氏が国防長官になれば、国防支出は大幅増大です。トランプ氏の言っているインフラストラクチャーに対する多額の投資を含めて見ると、レーガン政権を彷彿させる政策になります。国防支出の大幅増大によって、ロシア、中国を振り切ることです。それは財政赤字を呼ぶので高金利になりがちで、すでにアメリカでは長期金利が上がっています。まさにレーガン政権時代の様相そのものなのですが、レーガン政権時代に比べて、財政赤字の累積額が20倍だそうで、2~4年後にはバブルが崩壊する可能性が大きくなります。
従いまして、4年後ぐらいにアメリカ政権の揺り返しで、ミシェル・オバマが大統領候補に担ぎ出されるような事態は当然予想されます。というわけで、アメリカの対ロ政策がどうなるかはわからないし、どのように転ぼうが、これまでの民主党政権時代の感情的な民主化とか、プーチンは独裁者だとか、そのような感情的なレッテル貼りは共和党の政策下では無くなると思うし、それは大人の関係で、米ロ関係にとってはいいことだと思います。ロシア人にとってはよくわかる言葉だと思います。
米ロ関係はそんなに簡単に改善しないという要因はいくつかあって、それはアメリカの国防政策です。アメリカの国防政策は軍備拡大の方向でもう止まらなくなりつつあり、オバマ政権末期にカーター国防長官はthe third offsetという言葉を使い始めています。これは中国軍やロシア軍がますます増強することによって、これまでアメリカが築いた軍事的な優位をダメにしてしまう状況になっているので、再び決定的な差をつけようというのですが、具体的にはドローンの大群で押し寄せるとか、まだ手の内は明かさないのですが、無人化、AI化などがキーワードになると思います。世界のどこでもミサイルを1時間以内にお見舞いするということも言っています。核ミサイルではなくて通常弾頭のミサイルですが。こうした予算を正当化するために、ロシア主敵論が使われています。国防次官も11月頃のスピーチでロシアが主敵、主要な脅威だと言っています。やはりロシアは悪役としてはまるのです。007の映画でも中国人が悪役だと顔が区別できなくてあまり盛り上がらない。やはりロシア人が敵であってほしい、ロシアは唯一アメリカを地表から消し去ることのできる国ですから。ボタン1つでアメリカを無くす力を持った国なので、ロシアを警戒するのは当然だと思います。
もう一つ米ロ関係が好転しない要素はCIAです。1983年のレーガン時代にCIA長官のケーシー氏などにより作られたNational Endowment for Democracyと言う組織があります。これは議会の民主党と共和党の超党派の支持を取り付けています。Endowmentの予算の3分の1は民主党と共和党の下部機関に必ず流すという約束をしたそうで、National Endowment for Democracyは毎年アメリカの議会から約1億ドルの予算をもらっています。インターネットで検索すれば出てきますから、秘密ではないです。その内の3分の1がNational Democratic Institute、International Republican Instituteという民主党の傘下団体と共和党の傘下団体に流しています。両方とも世界中でいわゆる民主化をやって、CIAの狙いに沿ったレジームチェンジをやる別動隊です。例えば民主党系のNational Democratic Instituteのホームページには事務所の所在地を示した地図が出てきます。ロシアではシベリアにあるようですが、モスクワでは閉鎖されました。世界中で活動しています。共和党も同様です。International Republican Instituteの会長は共和党保守派のマッケイン議員です。マッケイン議員は例えば2008年ジョージアで戦争がありましたが、その前にサーカシビリ大統領がアメリカの支持を当て込んで、ロシアを挑発したのですが、その直前マッケイン議員が何回もジョージアに招待されて行っています。マッケイン議員はキエフ、モスクワ、エルサレム、ダマスカスにも何度も行っているし、何かが起こるところにはマッケインの影ありと言ったところです。
私の経験を申し上げると、ウズベキスタンでの大使時代に、アメリカ大使が半年くらい空席になったことがあります。その間次席が代行していましたが、彼がネオコン系で、共和党系のInternational Republican Instituteやフリーダムハウスなどの団体がウズベキスタンでやりたい放題の活動をやっていました。反政府運動ですからカリモフ大統領やウズベク政府は当然問題視していました。アメリカの新しい大使が来た時に私はその大使にそのことを言ったのですが、返事は「自分にもどうしようもない、ネオコン系の団体のやっていることはアメリカ国務省の政策には反し、アメリカの国益全体にも反しているが、止められない」と言っていました。アメリカの政党が絡んでいるからどうしようもないとはっきり言いました。ですからこのような民主化運動をアメリカがやっていることを確信したわけです。
逆に米ロ関係の悪化を食い止める要因をいくつか申し上げます。第一に、当然ロシアにおける米国の利権です。貿易関係も投資も大したことはありませんが、エネルギーでは大変なステークを持っています。エクソンがロスネフチに1兆円近い総額の投資予定の契約を持っています。これは北極海のガス開発とシベリア深部の石油ガス開発に関わる契約だったと思います。エクソンにとっては大変な既得権益ですので、ダメにされたらエクソンは財務状態が悪くなります。ロシアは西シベリアが中心的な油田ですが、この真下のさらに深いところにはこれまで掘ったのと同量の石油が眠っているそうです。しかしその深部を掘る技術はまだロシアには足りないので、アメリカ資本の参与が必要になります。
金融面でもアメリカの金融機関はいくつかの既得権益を持っています。例えばシティは昨年ロシアで145億ルーブルの利益を上げました。大した利益ではないとは言え、ロシアの普通銀行並みの利益は上げています。ロシア企業M&Aを助けることによって利益を上げたそうです。それは制裁対象ではありません。ガスプロムに対する融資や株式交換はヨーロッパ企業もアメリカ企業もやっているはずです。製造業ではフォードが現地生産しています、ゼネラルモーターズは撤退したそうですがサービス部門の米国企業はたくさん進出しています。不動産でトランプ氏がどれほど入り込んだのかは未知数ですが、トランプ氏が言及する建設会社キャタピラーは鉱山や不動産などロシアに大変な権益を持っていると思います。ですから、トランプ政権が発足すると、ロシアとの感情的な要素や過度に対立的な要素は削減すると思います。
ウクライナはシリアよりは解決しやすいと言うか、放り出しやすいのではないかと思います。西側はクリミアをすでに諦めていて、クリミアとロシア本土の間には、今長い立派な橋が作られています。東ウクライナではドネツク州、ルガンスク州では現状が固まってきました。戦闘はほぼ報道されなくなり、右翼やロシア政府に従わない跳ね上がりの現場司令官たちはどんどん暗殺されています。加えて東ウクライナの現地利権は、ウクライナの財閥アフメトフが中心になって、特にドンバスですが抑えていて変わらないようです。アフメトフは不在でも彼の会社はウクライナ本土とも、ロシア本土とも交易し、全くビジネスアズユージュアルのようです。ですから東ウクライナは現状のまま凍結して収めやすくなっていると思います。
シリアはわからないです。ロシア軍が入って1年以上経ち、最近ではアサド政権にしがみつかれて使われていますが、アサド政権の軍はほとんど実態を成していない、アサド軍の大部分はイランが代替しているという報道があります。その構図の中でロシアが果たしてあっさりと退けるのか、アメリカのトランプ政権はある程度のところで退いてもいいかもしれませんが、そもそも共和党はイランが大嫌いなので、イランが入り込んでいるシリアを簡単に放り出すかはわからないと思います。
アメリカの制裁はかなりなし崩しになっていて、例えば金融面ではロシア政府は最近、ヨーロッパの金融市場でユーロボンドを発行したのですが、アメリカの企業が我勝ちに買い漁ったりしています。ですから制裁はトランプ大統領になってなし崩しになるのか、それとも何かとの取り引きできっぱりと撤廃するかのどちらかだと思います。その取り引きはもちろん、ウクライナが対象になるでしょう。そこでポロシェンコ大統領が泣かされることになると思います。EU諸国の対ロ制裁は12月に延長するかを決めるそうです。しかしトランプ政権が発足するまで、決定を待つと思います。こういうわけで、トランプ政権下での米ロ関係は、話し合って勢力圏を決める、とまでは至らないにしても、実質的にはその方向へ行くと思います。
日ロ関係はオバマ政権末期よりは進めやすくなると思います。ただそれは諸刃の剣であって、米ロの対立要素が弱まると、プーチン大統領はそれだけ日本との関係を改善する必要性を感じなくなると思います。その場合、北方領土問題の解決は益々難しくなると思います。例えばビル・クリントン時代の93~94年頃にアメリカ政府からロシアに対して、日本との関係を改善してくれ、例えば北方領土問題でも日本の言うことを聞いてやってくれと圧力をかけてもらったことがありました。そのようなことも可能だが、しかし逆効果になることもある。2000年頃、引退したコリンズ元大使がサハリンで日本の北方領土に対する要求は正当だというスピーチをやりました。内々ならよかったのですが、オープンなスピーチだったことによって、ロシア世論の大変な反発を呼びました。ですから北方領土問題について、アメリカ政府にロシアに圧力をかけてもらうのは両様の効果があって、気をつけなければ危ないことになります。
米ロ関係が改善されたら我々が考えなければならないのは、アメリカをロシア極東に経済的に引き込むチャンスであることです。日本にとってロシア極東は中国に対するバランス要因として重要ですが、アメリカは国務省も経済界も含めてロシア極東を無視してきました。我々としてはアメリカの特に経済界に、もう少しロシア極東に関心を持ってもらえればいいと思います。トランプ氏にウラジオストクにトランプタワーを作ってもらうといいでしょう。
ロシア本体の話を申し上げたいのですが、やはり9月18日の下院選挙をひとつの区切りにしたいと思います。下院選挙は『統一』の大勝で終わりました。レバダの事前の世論調査では31%の支持率しかありませんでしたが、選挙では3分の2以上取って、圧倒的でした。これでは、中央アジアの議会みたいだと彼ら自身も言っています。
この3分の2と言うのが非常に重要で、単独で憲法改正が可能になりました。これはもしかすると、非常に重要な意味を持って来るかもしれません。例えば、大統領任期を変えることができます。最近、ロシアのマスコミにプーチン大統領に健康上の問題がある、2017年春に大統領選挙を前倒しするという記事が出ました。それは、一日で消されましたが。
「統一」の総選挙での勝利は、アパシー、無関心の中でのものです。投票率は47.88%でした。小選挙区を復活し、嫌われている古参『統一』議員を下ろして、新人を立てる等、上からの強引な指導によって大勝しました。それから投票日を9月に前倒したことによって、選挙戦が8月に行われました。8月は休みで選挙戦が盛り上がらなかった。そういう手練手管を使いました。
選挙戦を采配したのは、大統領府第一副長官だったボロージンです。ボロージンはアパシーを生み出した、ボロージンがロシアの政治、社会を殺したという言葉が出てきています。私は全く賛成です。無関心にはいくつか理由があって、一つにはクリミアをプーチン大統領が併合したことに対する熱狂的な支持がもう無くなったこと。それからシリア介入が長引いて戦死者が出ていること、対米関係悪化に対する懸念です。世論調査によると、ロシア人が今一番懸念しているのは、インフレでも経済不安でもなく、国際情勢の悪化だそうです。
無関心社会について言いますと、9月30日のカーネギー財団のサイトに、「すべてに不満ですべてに反対のNew Majorityが形成されている」という趣旨の記事が出ていましたが、まるでトランプ氏を支持したアメリカ社会のようです。ロシアにロシアのトランプが現れれば、アメリカのようになり得るわけです。別のアメリカ人の言葉を借りれば、「国民にソ連末期のような不満が溜まっている」です。ロシアは経済のパイが増えない中で、いつも利権を再配分して、それが腐敗するとまたガラガラポン、つまり革命で堂々巡りを繰り返している社会ですが、そのガラガラポン直前の不満が高まっている段階に来ています。
それでもプーチン大統領に対する信頼度は依然高いものがあります。プーチンの仕事に対する支持率は昨年の80%に比べてやや減少の74%です。政府への支持率はどん底で、大統領選挙が2017年に前倒しになった場合、後継候補はメドベージェフ氏しかいないので、政府の人気がこの程度では非常に危ないと思います。ロシア正教会は50%くらいの支持率を持っています。
プーチン大統領、メドベージェフ首相、その他要人の最近の発言を読み解きますと、アメリアや西側に対する批判的、挑戦的な言辞がめっきり姿を消していると言えます。先日ソチで行われたバルダイ会合でも、プーチン大統領の演説にアメリカ批判はなかった。しかし、シリアやウクライナでは譲る気配を示してはいるが、まだ譲らない。
それから経済改革への意欲がちらちらと目立ちます。ロシアは「苦しい時の改革頼み」というのがあって、経済が悪くなると改革だと言い始めるのですが、原油価格が上がると改革を忘れることの繰り返しでした。改革は容易ではありませんから、今回も言葉だけで終わると思います。なお、国防予算削減のニュースが出ていて、それは事実である可能性があります。
上層部の人事刷新が非常に目覚しいものがあります。まずセルゲイ・イワノフ大統領長官の交代がありました。2011年12月、メドベージェフ大統領の時に議会選挙直後に開票に不正があったと、10万人もの反政府集会がモスクワで行われた直後、危機を収めるために大統領府長官に担ぎ出されたのがセルゲイ・イワノフでした。当時、4年間限りの約束でやるよとプーチン大統領に言ったと、イワノフ本人が言っています。プーチンより年上の彼がいつまでも側近をやっているのは、やはり不自然です。
KGBの幹部でプーチンの旧友のヴィクトル・イワノフは麻薬取締庁長官でしたが、行政改革により麻薬取締庁がなくなり、内務省に統合され、降等された感じになっています。鉄道公社総裁だったヤクーニン氏は、おそらくプーチン大統領との関係が悪くなって辞めざるを得なくなったのだと思います。公的にも私的にもお金を使いすぎたのでしょう。おそらくKGB出身であろうボロージン大統領府第一副長官も大統領府を去って、下院議長になりました。半年前から移ることに抵抗していたそうですが、結局、選挙後に移りました。11月2日付のカーネギーモスクワセンターの報道によると、ボロージン第一副長官の更迭の理由について、ジャーナリストがプーチン大統領に理由を聞いたら、大統領は忠誠心に問題があったと答えたそうです。ここでの忠誠心は、ロシア語ではдоверие(ダヴェーリエ)で、信用に欠けるところがあったということです。彼はサラトフ出身で、サラトフではアヤツコフという有名な知事の下に仕えていました。アヤツコフがダメになって、いろいろな人がダメになってもボロージンだけはどんどん偉くなっていくので前からおかしいと言われていましたが、今度は大統領府の第一副長官になったので、ダヴェーリエ、彼の忠誠心が当然問題に出てくると前から私は思っていました。ロシア人にもそう思っている人は何人かいたのですが、怖いから言わなかったのです。
何人か新しい血が幹部の中に入ってきています。代表格がヴァイノ大統領府長官です。これまでも副長官をやっていて、40代ですから非常に若いです。大統領府長官はロシア内政を引き回す人ですから、果たしてどうかと思ってしまいますが、彼の取り柄は野心がないことなのです。それこそ忠誠心、ダヴェーリエが100%あります。政治家が使いたくなる、ヴァイノはそういう人です。しかし、ヴァイノ自身が大統領になることはおそらくないと思います。
それからロスアトムから移ってきたキリエンコ大統領府第1副長官です。彼はロスアトム以前、1998年4月に首相になったことがあります。あいにくデフォルト(8月)の始末をするために首相にさせられたようなものでしたが。キリエンコ氏はリベラルで、会ってみて感じのいい人です。彼の前任はボロージンですから、保守からリベラルにがらりと変わったので、みんなよくその意味がわからないでいます。
それより若手で注目されているのは、マントゥーロフ産業貿易大臣です。それからヴォロビヨフ・モスクワ州知事は元KGB、プーチン大統領のSP、警護出身です。同じような経歴のヂューミン・ツーラ州知事。彼らは皆40代前半から後半です。
それから、クドリン元財務大臣で元副首相の政権復帰が目立ちます。彼は政府の経済関係の会議に正式に同席していて、ほぼ復権の感じを示しています。基本的には緊縮財政派で、リベラルな人です。ロシアの緊縮財政を作って、石油価格が高い時に多額の準備基金を作って現在のロシア経済の危機を救っている人です。彼が政府に実質的に復帰しています。もうひとり、私の好きな人でアレクサンドル・ヴォローシンです。最近、政府のアドバイザー格で働くようになっているようです。彼はエリツィン末期からプーチン初期に渡って、大統領府長官でした。抜群の人脈と手腕の持ち主で、基本的にリベラル、飄々としていて面白い人です。ヴァイノさんは以前、在京大使館でパノフ大使の秘書でしたからご存知の方もいると思います。
ヴァイノ氏が大統領府長官になったのだから、日ロ関係でもパイプになってくれると期待している人もいますが、ヴァイノ氏自身、外交も自分の所掌分野だと言ってはいます。これはヴァイノ氏とイワノフ氏がプーチン大統領の前で交代した時の模様がテレビで放映されて、その時のヴァイノの発言です。kremlin. ruに出ています。外交は以前から大統領府長官の所掌分野には入っていますが、大統領府長官とは、ロシア内政を采配していく上で、外交がどういう絡みを持つかという観点から見ているので、日本との北方領土問題を解決するようなことを推進することはしないと思います。大統領府の人たちはFSBから大変な監視にあっていて、ロシアの国益に反するような外国人と会ったりしないか、いつも監視されています。ですから、ヴァイノ氏も昔の旧知の日本外交官と簡単に会ったりはできません。
ロシアの日本に対する立場ですが、「ロシアは経済が崩壊寸前だから、日本のお金が欲しいだろう」と考える人が日本にいますが、それはありません。ロシアの経済は崩壊寸前では全くありません。崩壊寸前だと言っているのは、アメリカの民主党政権で、スーザン・ライスなどがオバマ大統領にもそう吹き込んで、オバマ大統領が公開の場で発言するからますますロシアが怒るわけです。モスクワに行って見ても、経済はそれほど悪くなっていません。例えば、ロシアの株式は今年の年頭から6月にかけて、世界で一番値段が上がった株式です。ロシア政府がユーロボンドをヨーロッパの金融市場で発行したと申し上げましたが、この時12.5億ドル分発行して、直ちに売り切れて、そのうち53%はアメリカの投資家が購入したとウォール・ストリート・ジャーナルが報道しています。ロシアの債券は利率が高いですから、低金利のアメリカ人にとってみれば、非常に魅力のある債券です。
皮肉なことに西側の金融制裁でロシアの企業は対外借金の借り換えができなくなりました。それによって、対外借金を手持ちの資金で完済してしまったわけです。ですから今ロシアの経済は外国に対しては無借金体質になっています。借金は国内でやっています。ルーブルが下がったので輸出収入をルーブルに換算すると多額になります。それを企業の社内留保として持っていて、融資に回しています。ですから経済はそれほど困っていません。
しかしタイタニックに似た点があります。国営企業の比重が大きすぎるので、長期的には改革不能体質と言えます。GDPのうちの何パーセントが国営企業によって生産されているかについては様々の数字があるのですが、おそらく70%~80%のオーダーかそれ以上だと思います。これはリーマン・ブラザーズ危機の前はもう少しましだったのですが、リーマン・ブラザーズの危機によってロシアの国内も金融クランチになり、ロシア政府が公的資金を企業と銀行につぎ込みました。つぎ込みますとロシアの企業は西側企業と違って、公的資金は返しません。返さないで国営になってしまう、結果、国営の比重が増えました。ロシア経済の致命的な欠陥ですが、マネージャー、管理職、経営者が決定的に不足、ほとんど不在です。
財政赤字はまだ致命的ではないとは言え、だんだん増えています。予算はシルアノフ財務相が一生懸命歳出を削ろうとしています。来年の歳出は1.8%増ですが、2019年に向けて少しずつ削っていく構えです。ロシア財務省関係者の発言によると、クドリン財務相が作った予備基金は2017年末まで、国民福祉基金は2019年までは持つそうです。この間にも基金には貯まってきますので、そのような推測になります。
来年度以降の予算は原油価格1バレル40ドルを想定していますが、少々危ないと思います。トランプ政権がシェールオイルを増産し始めますと、原油価格が下がります。ロシア自身、9月にはソ連崩壊以降最高の原油生産量を記録しています。OPECは原油生産を削減する動きがありますが、ロシアはいつも通りOPECには参加せずに一人だけ抜け駆けします。シベリアの寒いところでは油田ポンプを止めるとパラフィンが凍結して破損してしまうそうで、簡単には止められない事情があるそうです。
ルーブルが半分くらいに下がったので、輸入代替が進んで当然ですが、確かに食品等では輸入代替が進んでいます。化学、薬品、軍需は好調です。化学はこれまで進めていた設備更新の完成により化学品の生産が増大しています。薬品も数十パーセントのオーダーで生産が増大しています。
耐久消費材の輸入代替はまだ分からないです。数字上はロシア国内での自動車や電化製品の生産は減っていますが、需要全体が激減しているので当然のことで、ロシア国産品の比率が増えているかはまだ分からないです。ロシア国産の日産車キャシュカイ、トヨタカムリなどはロシア国内で品質の評判がいいですし、フォードはロシア国内で作った自動車のヨーロッパ輸出も考えています。しかし輸入代替が進んだとしても、GDPを10%増やすような話にはなりません。これらの産業のGDPの割合は小さいのです。
需要全体が激減しているのは、実質所得が減少したことがあります。統計によると年間10%減ったそうですが、それはインフレがまだ激しかったからです。今年はインフレが5%以下に収まりますから、実質所得の減少も収まるでしょう。そうなるとロシア人は我慢しきれずヤケ買いを始めます。1998年のデフォルト後も2000年頃にロシア人は我慢しきれず、宵越しの金は持たないと、メチャ買いを始めました。
ロシア政府の経済重点政策ですが、メドベージェフがソチで演説しています。11の重点課題の中に都市住環境―住宅、ごみ処理、ごみ発電の向上があります。これはセルゲイ・イワノフ元大統領府長官の担当で、運輸の問題とエコロジーより広いアメニティ(住環境の改善まで含むような環境のこと)です。運輸面で彼が重視しているのが、鉄道輸送の負担を緩和することに繋がる、地方都市周辺の自動車道路の改善です。もう一つはアメニティの改善、セルゲイ・イワノフ氏自身はごみ処理の改善、ごみを使った発電を挙げています。西側先進国、例えばスウェーデンなどに追随して、モスクワでも取り組む必要があると述べているので、ここは日本企業の出番だと思います。それから中小企業・ベンチャーの重視、病院などの保健部門、極東開発というところが、ロシア政府の重点政策です。
非常に興味深いのはこれらの11項目と日本政府がロシアに提示している8項目の協力提案は、重なる部分が大きいということです。と言いますのも、日本の外務省や経済産業省がロシアの関心がどこにあるのか入念な調査を行い、8項目の提案にまとめたので当然です。セルゲイ・イワノフ氏に食い込む材料にもなります。
一方、極東で気を付けたいのは中国も極東開発に乗り出してきたことです。つい先日、李克強がモスクワへ行き、中国東北地方とロシア極東間の協力促進のための政府間委員会を設置しています。中国が極東に乗り入れることは歓迎すべきことで、ロシア極東をますます強くして欲しいし、その中で日本企業も均霑するものがあるかもしれません。
世界は今、米ロ、米中など古典的な国家問題などをはるかに越えて、イノベーションの波が凄いです。100年に一度のAI、ロボットなど、パラダイムと次元が違う技術が今後どのように文明と人間の生活を変えていくのか、その中でロシア経済もこれまで工業化で失敗したとは言え、それを飛び越えてポストインダストリアルの新産業で世界分業に参入できる余地があることを、私もロシアの学生に説いていますし、先日、雑誌アガニョークにも書きました。実はプーチン大統領も同じことを言い始めていて、これはクドリンが言っているからです。AI化やロボット化が持つ可能性は大きく、ロボット生産で言うなら腕の技術でデンマークのベンチャー企業が世界で独占的地位を持っているそうです。ソフトバンクのペッパーは喋りますが、脳の回路はフランスで開発しました。他にも原子力などもロシア人の得意分野です。ナトリウム冷却の高速増殖炉が商業発電を始めましたが、日本は同じナトリウム冷却の高速増殖炉「もんじゅ」を廃棄しようとしています。他にも宇宙技術、航空技術等もロシアの得意分野です。
ロシア軍の脅威についてですが、11月2日付Russia Todayによると、国防費は3年間で30%削減予定だそうです。シルアノフ財務相は2020年までに軍備の70%を更新するための予算を確保したと言っています。戦略核ミサイルの弾頭数は最近、アメリカを上回る約1500発です。先日シリアでは巡行距離が500㎞以上の長距離巡航ミサイルを使いました。電子戦能力もロシアは高まっています。アメリカ軍はこれまでネバタ州の司令部からアフガニスタンのドローンに命令を送ると、ドローンがタリバンを攻撃するというような能力を持っていますが、ロシアはそれをジャミングすることでアメリカの指令系統を壊す能力を持つに至りました。契約兵、即応展開能力の強化も見られますが、米軍に比べて即応展開能力は劣っています。
欧州方面、リトアニア、ポーランド辺りのロシア軍を強化していると言われています。これまで師団から旅団へ分解されていたのを、師団へ再編成して、3個師団をヨーロッパ方面に配備するとロシアは言っています。実行はまだです。
太平洋方面でのロシア軍の脅威は日本にとってはまだマージナルで、戦略ミサイルを積んだボレイ型原子力潜水艦だけが強化されています。その戦略ミサイルはアメリカに向けているそうです。太平洋艦隊の水上艦艇の主力は6隻だけなので、南シナ海、東シナ海で活動してもさしたる脅威ではありませんが、日本海や東シナ海で中国との共同上陸演習などされますと、政治的にはかなり効きます。ベトナムのカムランにロシア艦は寄港していますが、中国に対する牽制要因になります。大した兵力ではないが、政治的にはかなり使い出がある兵力です。
たとえ日ロ関係が改善したところで、先日もあったような、ロシアの爆撃機や偵察機が日本列島を回ってグアムまで行くような嫌がらせはなくならないと思います。なぜなら、それは日本に対してではなく、グアム島や日本の米軍を狙っての牽制、偵察行動だからです。
ロシア外交はある方面では良く、ある方面では悪いです。ウクライナ、シリアではオバマ大統領の鼻を完全に明かしました。しかし先述のように特にシリアは泥沼化の様相があります。中東ではオバマ大統領が離れたことが原因で、ロシア外交は上げ潮で、ロシアなければ夜は明けないという感じです。イラン、サウジアラビア、イスラエル、トルコ、エジプト。これらはそれぞれに対立していたり関係が微妙なのですが、ロシアとだけはみんな関係が良くなっています。おそらくトランプ共和党政権は中東にも重点を置きますので、ピクチャーは変わってくると思います。
最近の一連の選挙ではブルガリア、モルドバ、ジョージア等でロシア系と称される政党が勝利を収めています。英国のキャメロン政権はオズボーン財務大臣が中国に入れ込んでいましたが、メイ政権は中国よりもインドとの経済関係を重視、またロシアとの対立を修復しようとしています。ロシアは中国との関係は別に悪くありませんが、中国と潜在的に勢力を争う中央アジア方面ではあまりロシア外交は冴えないと言えます。例えば、ユーラシア経済連合が停滞しています。先日のニュースに出ていましたが、関税に関わる原則みたいなカスタム・コーデクスがまだユーラシア経済連合にはないので、合意する必要があると首相達が言っていました。そのようなことを合意もせずに、経済連合、自由貿易協定を称して2年間やっているのですから、大変なことです。CSTOは集団安全保障条約機構ですが、ボルジュジャ事務局長の任期がすでに終わって、後任が決まらない状態ですでに半年間が推移しています。ロシアは中国に天然ガスを輸入してもらえない問題があります。
中央アジアで起きていることはロシア外交にはマイナスでもプラスでもないと思います。いくつか動きがありますが、まだ国際的な意味を持ったものにはなっていないです。ウズベキスタンではカリモフ大統領が亡くなられて、その後任は12月4日の大統領選挙で首相だったミルジヨエフ氏がおそらく就任します。彼とは何度か会って話ししたことがありますが、感じのいい人で現代的です。カリモフ大統領は良くも悪くもソ連的でした。ミルジヨエフ氏は西側的とまでは行かないまでもペレストロイカ時代のソ連青年的、つまりリベラルな人物です。リベラルとは言え、ウズベク社会の事情をよく知っているので、ウズベク社会でリベラルな発言を前面に出すと倒されることをよく心得ています。日本はこれまでミルジヨエフ首相と大統領の地位を争ったと言われているアジモフ第一副首相を盛り立てて来ました。ウズベクの諜報庁長官イナヤトフ氏は以前からミルジヨエフ氏の肩を持っていたと、報道されています。アジモフは大統領選に立候補していません。
それで多分ミルジヨエフが大統領になると思うのですが、ウズベク政府が直ちに経済改革を始める、政治がオープンでリベラルになるとは思いません。そんなことをしたら、ウズベクは不安定化します。カザフスタンでは先日ナザルバエフ大統領が病気で一時倒れたこともあり、後継者探しが話題になっているのですが、まだピクチャーは見えません。何人かの後継者の名前の中で、長女のダリガが先日、副首相を辞めて議会上院の国際関係・防衛・保安問題委員長になりました。大統領が急に職務不能になった時に上院議長が大統領代行になりますので、ダリガが上院に移ったことには意味があると言われています。
中央アジアで関心がもたれるのは中国が盛り上がらないことです。中国は一帯一路と称してコンクリートと鉄をたくさん使いたい構えでしたが、中国が作ると称していた欧州への横断鉄道はほとんど建設されていません。タジキスタンを中心にしてインフラは建設しています。例えばタジキスタンでは自動車道路を作り、ウズベクではタシュケントとフェルガナを結ぶ直通トンネルを建設しました。トルクメニスタンは安倍首相が昨年、1兆円ほどの商談を持って帰りましたが、最近は財政困難のニュースばかりです。例えば国営組織の給料不払いが数か月間続いているとか、ベルディムハメドフ大統領が天然ガスを売り込みにベルリンやモスクワに行ったなど。
中国に天然ガスを輸出する件は思った通りの収入をもたらしていません。報道によればガスは予定の3分の1しか出ていない。対中輸出用に開発されたヨロタンガス田の天然ガスは硫黄分が多過ぎるそうで、おそらくガス管が詰まるのでしょう。したがって、トルクメニスタンは財政状態に不安が出ています。
タジキスタンの首都ドゥシャンベでは大規模停電がありました。3日後にラフモン大統領が以前からあったログン・ダムの建設を再開しました。これは世界一大きなロックフィルダムで300メートルの高さに岩を積み上げて大電力を作るので、ウズベキスタンなどは下流に水が来なくなるからと中止を要請していましたが、ウズベク大統領が変わるのをいいことに、タジクは着工に踏み切りました。
キルギスでは12月11日に議会の選挙プラス憲法改正の国民投票があります。憲法改正によって首相の権限が強化されます。今のアタンバエフ大統領の任期が切れた時に、権限が強化された首相に横滑りして権力を保持するという観測がされています。
以上からプーチン大統領の訪日について言えることは、対米関係も、経済情勢も、プーチン大統領の立場は悪くなっていない、したがって北方領土問題の解決はそれほど簡単には進まないということです。
中国に対するバランス要因としてのロシアの意義は、かなり限られていますが、ロシアと中国の飛行機の両方にスクランブルをかけなければいけないような状態は緩和されると思います。それでも、米軍基地と日米同盟がある限り、極東ロシア軍は対日圧力を解除しないでしょう。ご清聴ありがとうございました。
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