北方領土なしの平和条約は1956年の日ソ共同宣言
(これは9月25日に発行したメルマガ「文明の万華鏡」第77号の冒頭部分です)
9月10日、安倍総理はプーチン大統領とウラジオストックで会談、その後の会合でプーチンは「北方4島の問題は棚上げして、今年末までに平和条約を結ぼうではないか」との発言をしました。日本では早速、「そうだ、そうだ、あんな島には何の価値もない、早く諦めてしまえ」という声が上がっていますが、私は今そんなことをあえてする意味はないと思います。
まず最初に、「4島の問題を棚上げにした平和条約」は既に結ばれているからです。それは、1956年の日ソ共同宣言なので、その有効性はロシア側も何度も認めてきました。今、この宣言を再確認してもいいですが、それで何が手に入るのでしょうか。ロシアの好意? 石油? それはもう十分示されていて、昨年日本は消費の10%弱の石油、石炭、天然ガスをロシアから輸入しています。今年石油の輸入は減少していますが、それは別にロシアが日本に意地悪をしているのでなくて、日本が中国の石油会社に「買い負けている」からなのだそうです。
「ロシアと平和条約を結べば、中国に対するカードになる」? これも現実を見ていない議論です。極東ロシアの人口は中国東北部の20分の1。経済・軍事力に至ってはもっと差があります。ロシアは、「中国を敵に回さない」ことを至上の目標としており、日本のために中国に対して身を切ってくれることはないでしょう。
今のように米ロ関係が悪化の一途をたどっている時代は、ロシアは日本に領土問題で譲ることはないでしょう。今はあえて敵対することなく、協力・協調できる分野では協力し(ロシアでは既にいくつもの日本企業の工場が操業しています)、同時に北方領土問題も将来の解決に向けて火を絶やさないでおくようにしていることが合理的。それ以上前のめりになれば、この前のウラジオストックでプーチンに(実質的に)嘲りを受けたような失点を重ねることになるでしょう。
ところで中ロ関係ですが、「トランプ米国に対抗して、中ロはほぼ同盟関係を築いた。9月にはロシア内陸部で初めて、しかも最大規模の共同軍事演習まで行った」というのが現在の通り相場になっています。しかし、これも眉に唾をつけて考える必要があります。まず、中ロがロシア内陸部で共同軍事演習を行ったのは、これが初めてではありません。そして最大規模、つまりロシア側は30万人動員したと称していますが、ロシア極東にこれだけの兵員はおらず、西部から何人も輸送されたことは事実としても、おそらく西部の空港、鉄道要員等、サポート・スタッフまで全部数え、「かかわった者は30万」ということで発表した、水増しの数字なのでしょう。
そして、ロシア軍の大宗は、これまでの極東軍事大演習「東方」と同じく(4年に一度)、他ならぬ中国の大軍が国境を破って攻めてきた場合を想定しての演習をしていたものと思われます。今回、中国軍は3000名が参加しておりましたが、一カ所の演習場に「隔離」されて、友好的な共同演習をやっておりました。
確かに中ロは提携の度合いを高めています。6月のプーチン訪中の際、中国開発銀行が650億元相当の融資をロシアの対外経済銀行に行う合意が署名されています。主として極東、シベリアのインフラ案件に使われるのでしょう。2017年の中ロ貿易額は870億ドルに達し、今年も大幅に増加中です。これらは、日本の資本、日本の技術に対するロシアの期待をすっかり醒ましてしまう効果を持っています。
他方、米国が中ロの仲を強引に裂こうとし始めているのが、今月目立ったところです。14日付Lenta.ruは北京のTASS記者を引用し、北京にいるロシア中央銀行の代表が、この頃中国の商業銀行が米国による制裁を恐れて、ロシアがらみの案件への融資を控える例が出始めていると述べた、と報じています。更に20日には、ロシアからの戦闘機、防空ミサイル等の輸入を担当した中国軍の機関及びその責任者が、米国政府に制裁されたことが明らかになっています。
米国は中国に輸入関税引き上げの脅しをかける一方、ロシアを世界経済から追放する構えを示し、他方、その中国、ロシア間の提携を許さない、非常に厳しい政策を取っています。ここでは、米国銀行との取引を禁じられると、ドルでの貿易・金融決済ができなくなり、ひいてはグローバルな経済から締め出されてしまう(ユーロでの取り引き、人民幣での微々たる取引を除いて)ということが、至上の外交兵器として機能しているわけです。
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