コロナ後のいくつかの変化
(これは、5月27日発行したメルマガ「文明の万華鏡」第97号の一部です)
これまでの号と重なるが、コロナ後の変化として予想できるものを並べてみる。いくつかは、これまでも進んできた現象で、それがコロナで加速化されたものだ。
国家が企業にも個人にも「最低所得保証」
この2,3年、国家が個人に所得補填をすることで格差を是正するとともに、現代の先進国で共通の「生産力のわりに消費が少ない」問題を解決、それによって経済成長と政府歳入増の好循環を生み出そうとするアイデアがどんどん勢いを得てきていた。それは「最低所得保証」と呼ばれて、フィンランドやオランダで実験されているし(生活保障と違う点は、今回コロナで日本政府がやったようにウン万円を一律に全員に配布するというやり方)、MMTとかヘリコプター・マネーも基本的には同じ、需要刺激による成長論だ。物価水準を上げてインフレ期待を掻き立て、それで企業や商店の投資を増加させることで景気の上昇をはかる、アベノミクスの供給サイド中心の発想とは全く違う。
今回コロナ禍で、多くの先進国政府が個人への所得補填・補償をしたことで、そしてそれが特にハイパー・インフレ等問題を起こしていないことで、心理的な抵抗線を突破した感がある。
金本位制の論理から中央銀行による無限の底上げへ
そして、企業については、国家と言うか中央銀行が一種の「最低株価保証」、「金利抑制保証」をするのが当たり前になった。米連銀も日本銀行も債券を買い上げたり、株(ETF)を買い上げたり、一頃前には考えられない大磐振る舞いで債券・株式市場を支えている。これは経済の底上げなのであって、経済の国有化ではない。戦前の金本位制が通貨価値維持のために常に緊縮財政・金融政策、その結果としての長期不況を強いてきたのが、ケインズ的な拡張均衡の方向に踏み出したことを意味する。
しかし、中銀が経済下支えのために通貨を無暗に増発すれば、どこかでバランスが崩れる。今の先進国経済ではモノとカネのバランスが崩れることはないので――需要があればモノはすぐ増産できる(マスクを除き)――、過剰気味のカネは中銀口座に戻るか、不動産や株のバブルを生むか、だろう。そのバブルがつぶれて不良債権の山を生じ、金融の目詰まりを起こして不景気を起こすことのないよう、手段と制度を考えておかないといけない。金融恐慌が起きたら、また通貨を増発して金融の目詰まりを解消すればいいだけの話しなのだが、これを頻繁に繰り返すと世界70億人全員がネズミ講に手を出すことになるだろう。だから投機でつぶれた者は以後禁治産にする等、厳しい罰則が必要だ。
「国家と個人」の直結
世界の「国家」の歴史を見ると、それは中央の権力と末端の個人との距離が縮んでいく過程に見える。封建制では、個人は地元の領主に生活を握られ、絶対主義になると皇帝・国王が派遣する代官・知事に差配された。つまり個人と中央の間には「中間団体」が介在し、人間の「血と汗」(つまり徴兵と徴税)を絞りたてていたのである。
しかし今は日本でも、労働組合や宗教団体や業界団体のように票を取りまとめる中間団体はどんどん老齢化・弱体化して、個人はばらばらになっている。政府にとってこれを自分で取りまとめ、監視し、税金を取り上げるのは至難の業。まして日本のようにマイ・ナンバーが普及していない国はお手上げだ。マイナンバーが普及しないのは国家が怠慢だからではなく、国民が本当の所得額を政府に知られるのを嫌がったりして手続きを取らないからなのだが、他の国では国民一人一人に番号をつけてその税金、医療等のデータは相互に結び付けてあるから、コロナ禍での補償金支給も大げさに言えばクリック一つでできる。つまり、国家が個人に直接手を伸ばすようになる歴史の進化は、ほぼ完結したのだ。
一方、中国など全体主義国家は、監視カメラ、スマホ、ドローンなど技術を悪用して、究極の全体主義国家を作り上げた。中国でもロシアでも、今回のコロナで戸外にゴミ捨てに出ただけで、監視カメラに把握され、自宅隔離を冒したとして罰金を食らった話がある。
電子化で政府と個人が直接結びつくのは、何かと便利。しかしそれも政府が国民に何かをくれる時に限るので、この直結リンクを恣意的な増税や徴兵に悪用されることがないよう、いろいろ縛りをかけていかないといけないだろう。
郵便投票、ネット投票の増大と、それが起こす変化
同じ伝だが、コロナ禍で、郵便投票が世界中で広まった。そうやって、これまで日本ではあまり議論されなかったネット投票が一気に導入されるかもしれない。これはこれまでの古典的な投票方式からの逸脱で、政治が大きな影響を受ける可能性がある。アルゴリズムをいじっておいて、「望ましい開票結果」が出るようにするのは別にして(ロシアではここら辺、経験豊富のようだが)、郵便・ネット投票の一般化は政治に大きな影響を及ぼすだろう。郵便やネットでの投票で投票率が多分上がる、特にこれまで投票率の低かった若年層が多数投票すると、大きな変化が起きるだろう。
特に米国で起きることは、世界にとっても重要だ。というのは、米国では低所得の有色人種層が民主党支持なので、共和党は州議会等を握ると、車を持たない低所得層が行けないような遠い所に投票所を設けたり、低所得層が集住している地区を二つの選挙区に割って比重を薄めてしまったり、いろいろ汚い手を使ってきたのだが、郵便・ネット投票はこの手を大きく封じてしまう。こうなると、民主党が分裂でもしない限り、共和党は永久に政権につけないことになるだろう。まあこの頃では、共和党も民主党も内向きで「米国第一」になってきたから、どちらが政権を取っても外国にとってはどうでもいいのかもしれないが。
日本ではネット投票導入でどうなるだろう? 多分さまざまな小グループが「自分達の候補者」を推して競うことで票を分散させ、自民や民主の票を食うだろう。そうなると、多数の固定票を持つ公明党、共産党が新たな主要政党になったりして。
Skype・ZOOM空間のビッグバン
東京やその他の大都市では毎日、無数の有料・無料のセミナー、シンポが開かれていて、僕のような浪人評論家は情報収集に重宝しているのだが、コロナで軒並み中止になって閉口していた。仕方なく、自分が主宰してきた一つのセミナー(旧ソ連諸国について)をZOOMでやろうと決心し、準備を始めたところに、同じようなことを考えていただろう諸団体からZOOMセミナー(ウェビナーと言う)の案内が続々と入り始めた。
こうして「知を生産する場」も、サイバー空間にどんどん広がり始めた。話し手と直接話し合えるわけでもないので(そのうちに話し手とのヴァーチュアル名刺交換機能とか、ヴァーチュアルでない料金収集機能がつくだろうけど)そのうち飽きられるだろうが、YouTubeに続いて、テレビの競争相手となる媒体がまた誕生したことになる。
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