トランプ 金正恩会談で切るジョーカーに備えて
5月末までに米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長が会談をすることになっている。予測不能という点では、今どきの国際政治の二大スターとも言うべきご両人。それだけに今、当事国、周辺諸国は両者邂逅に向けて手元のカードを良くしておこうと余念がない。
トランプは中間選挙での勝利、自身の大統領再選を至上の目的としており、他の全ての国家――同盟国でさえ――は、そのための駒でしかない。北朝鮮の核をめぐっても、突然平和条約を結んで韓国から米軍を引き上げ、それによって北朝鮮の核が米国よりむしろ中国、ロシアに向くよう仕向けるかもしれない。あるいはそういう姿勢はちらつかせるだけで、それを道具に中国から貿易問題等で譲歩を引き出すつもりだけなのかもしれない。
しかし、3月26日金正恩が習近平・中国国家主席と電撃的に会談したことで、何でもあり得た朝鮮半島の情勢に、一つの定数が現れた。つまり右会談によって、北朝鮮・中国の提携には当面揺るぎがないことが明らかになったのだ。朝鮮半島で突然平和条約が結ばれる可能性は、小さくなったと言える。
なぜなら中国は、トランプを警戒していると思われるからだ。「彼だったら、朝鮮半島から手を引いて、高句麗が昔隋、唐に敵対したような方向に、北朝鮮を仕向けようとするかもしれない。ここで金正恩を手なずけて中国に引き付けておかないと危なくてしょうがない」、そう思って、金正恩を中国に呼び寄せたのではないだろうか?
北朝鮮+中国vs. 韓国+米国という対立構造が続くのであれば、トランプ・金の「会談」(どうも想像できないのだが)では、「北朝鮮はICBMのこれ以上の実験を控える。米韓は共同軍事演習の規模を縮小する。両国は北朝鮮の更なる非核化、及び右とペースを合わせての制裁緩和へ向けての話し合いを開始する」程度の(漠然たる)合意がせいぜいだろう。北朝鮮の核兵器への査察とか、ICBM以外の核ミサイルの廃棄とか(日本、韓国はこれに切実な関心を持っている)は、「今後の詰め」に丸投げされることになるが、トランプにはこれでも選挙に使えるタマに十分なるだろう。
北朝鮮が米国との首脳会談の約束、そして中国との関係改善というカードをせしめた今、日本が北朝鮮に対して有する価値は低くなった。従って安倍総理が北朝鮮を無理して訪問しても、拉致問題での成果は難しく、それでは日本国内での説明はできなくなるだろう。だから日本は静かに、次の効果的な出番を待つしかない。
日本では、「トランプが裏切って」、ICBMの脅威を防ぐことばかりに関心を向け、日本・韓国にとって脅威となる中距離・短距離核ミサイルを放置するのを危惧する声が強い。しかし実際にそのようになったとしても、情勢はこれまでと変わっていないことに注目する必要がある。つまり数年前は北朝鮮のICBMはなく、他方、ノドン、テッポウドンは多数配備されていて、日本はこれを米国の核の傘で抑止できると言っていたのである。同じ状況が戻ってきたら、日本は自前の抑止力を持つか(潜水艦に巡航ミサイルを搭載するのが最も速く、最も効果的)、米国の核の傘を少し強化してもらう、つまり米国自身が最近の核戦略レヴューで言っているように、巡航ミサイルのトマホークに核弾頭を再装備してもらう(ブッシュ・ジュニア時代の決定に基づき、オバマ時代に撤去されている)だけで十分対処できるだろう。
しかし万一、「朝鮮戦争の平和条約を結ぶ。米軍は韓国から撤退する」というワイルド・カードが出たら、それはゲーム・チェンジを意味する。その時韓国は、安全保障上孤立することとなり、それを埋め合わせるために北朝鮮との提携、あるいは統合に向け踏み出すだろう。それは、ロシア以上のGDPを持つ核大国が地域に誕生することを意味するのである。
日本は、そのような状況が生じるのを止めることはできない。しかしパニックに陥る必要はない。朝鮮半島は古来、中国と並ぶ日本外交の主要な相手。日中関係の消長に応じて、日朝関係もある時は緊密に、またある時は疎遠・敵対的となった。今回「統一朝鮮」を一員として生起するかもしれない諸国間のパワー・ゲームの中でも、統一朝鮮にとって日本は憎くとも、恒常的な敵ではない。統一朝鮮の安全保障にとって主要な懸念の種は中国、ロシアとなるだろう。
朝鮮が統一する場合、米国は朝鮮半島への関与はやめるだろうが、日本での軍事プレゼンスは維持したいところだろう。日本の基地がなければ、台湾防衛は不可能になるし、南シナ海、インド洋、中東方面の軍事プレゼンスを維持することも難しくなる。また日本が米国との同盟関係を薄めるか破棄して中国寄りに傾けば、米国は東アジアでの地歩を大きく失う。従って日本は自主防衛努力は強化しながらも、日米同盟を維持し、その力を足場に東アジアでのパワー・ゲームに参加を続ければいいのである。
北朝鮮とトランプという組み合わせは、何を生むかわからない。悪口雑言の限りを尽くして瀬戸際外交を展開し、その実常識的なところで手を打つのが両者の手口。とは言え、あらゆる場合を想定し、日本にとって望ましくない展開は事前に抑え、パニックにだけは陥らないようにしておこう。
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