中距離核ミサイルが当たり前になった東アジア
(これは5月23日に刊行したメルマガ「文明の万華鏡」第61号の一部です)
日本はこれまで、米国の核の傘で北朝鮮のミサイルを抑止できるし、実際に発射されても日本海のイージス艦から放つSM-3ミサイル、そして日本陸上配備のパトリオット・ミサイルで撃墜できるとしてきた。しかし、北朝鮮ミサイル開発の進展で、両方ともあやふやになってきた。
まず5月15日に発射された最新の「火星12型」は射程4000キロと推定されていて、これはグアムの米軍基地に到達する。もうそろそろ米国西海岸に到達する長距離ミサイルもできるかもしれない。そうなると、「米国は自分が核報復攻撃を受ける危険を冒してまで、日本に核の傘をさしかけるか」という、おなじみの議論が有効性を増してくる。
5月15日発射の火星12型ミサイルは高度2000キロ以上に達したものと思われていて、そうなるとイージス艦のSM-3では最新型のものでも届くか届かないかわからない。これが日本めがけて降下してくるところをパトリオットで撃墜しようとしても、超高度から落下する弾頭の速度はマッハ10を超えるものと思われ、パトリオットでは当たらない。米陸軍が韓国に配備しようとしているTHAADミサイルは、パトリオットより性能がいいが、それでも心もとない。
こうなると、北朝鮮が核で威嚇してくる場合(20日には北朝鮮の朝鮮中央通信が「日本もわが方の打撃圏内にある」と題した論評を出して(産経ニュース)、早速日本を脅している)、聞こえないふりをするか、強がりを言うか、どちらかしかなくなる。自民党安保調査会は、北朝鮮の基地を先制攻撃する能力を日本も備えるべきだと言っているが、北朝鮮のミサイルは地下に隠蔽されていて、どこにあるかわからないのを攻撃はできないだろう。SM-3を更に磨いて、迎撃高度を上げるくらいしか手はなくなる。
火星12型は液体燃料を使用するので、発射間際に時間をかけて燃料を充てんしないといけない。すると上空の衛星に探知されやすいので、発射前に撃破されやすい。今回も、日本政府は発射準備を知っていた、と23日付報道では書いてある。しかし長距離ミサイルも固体燃料を用いることは可能で、米国のミニットマンは固体燃料である。
だから日本は撃墜のことばかり考えず、自分でも中距離ミサイルを抑止手段として持つべきだろう。まず、通常爆薬の弾頭を装備した巡航ミサイルの保有が考えられる。アジア北東部では、中距離核ミサイルによる相互抑止が常態になりつつある。中国はDF21等、中距離ミサイルをつとに保有しているし、ロシアも1987年の米ソINF(中距離核ミサイル)全廃条約では禁じられている、陸上発射の中距離巡航ミサイルSS-C-8を既に開発ずみで、2015年11月にはカスピ海からシリアに向けてその海上版を発射して実験済みである。北朝鮮情勢の展開次第では、これが極東ロシアに配備され、日本の米軍基地をも射程に収めることが十分考えられる。つまり極東は、中距離核ミサイル同士で相互抑止、相互牽制する時代に入ったのである。
1979年の頃、筆者が西ドイツに勤務していた時、欧州で同じような事態が起きた。ソ連がそれまでなかった中距離核ミサイルSS20の配備を始めたのである。シュミット西独首相、ジスカールデスタン・フランス大統領は、「これは西欧を標的にしている、こうなると米国は米ソ核戦争になる危険を冒してまで西欧に核の傘をさしかけてはくれまい。西欧は自前の中距離ミサイルを持たないとソ連を抑止できない。ついては米国に新型中距離ミサイルを開発してもらい、西欧に配備してもらおう」という論理で(少しつじつまが合わないところがあると思うが)、米国のPershing2というミサイルを欧州に配備してもらうことにしたのである。ドイツ国内ではシュミット首相の足元の社民党を中心に、大変な反対運動が起きたのを押し切って、である。
そして米国はこのPershing2を欧州に配備するという決定を見せ球にしてソ連に軍縮交渉を迫り、実際には配備することなしに1987年、INF(中距離核兵器)全廃条約を勝ち取ってしまう。今ではPershing2、SS-20とも、軍縮の成果として米国のスミソニアン博物館に展示されている(もっともSS-20の発射機の方は、ベラルーシかロシアによって北朝鮮に販売され、今回火星12型の発射に使われているとの報道がある。北朝鮮のミサイル開発に当たっては、ソ連時代の技術者が北朝鮮人と結婚して住み込み、これを助けているとの報道もある)。
北朝鮮に対して、1980年代の欧州の経験を適用できるだろうか? もしかしたら、北朝鮮もそれを勘定に入れているのか? と言うのは、北朝鮮のミサイルの品ぞろえも豊富になってきたので、そのうち一つの廃棄を見せ球に、米中から譲歩を勝ち取り、他のミサイルの大半は温存することができると思っているかもしれないからである。
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