台湾防衛は中国を怒らせるからダメ、とはどういうことか
菅総理の訪米で、「日本が米国の過度の中国敵視に巻き込まれた。台湾防衛に巻き込まれた。これでは中国を怒らせて、商売ができなくなる」という声が強くなっている。これは為にする批判で、無責任だと思う。
まず、中国が尖閣周辺海域で対日攻勢を強めていること、台湾や南シナ海周辺のASEAN諸国に猛々しい態度で出ていることを、どう見ているのかと言いたい。なあなあで商売ができればいいと思っていると、そのうち中国に自分の会社を乗っ取られ、政党もマスコミも親中派が牛耳る、ということになりかねない。どころか、そうなる。これをどう考えるのか。
台湾は日本防衛にとっても、橋頭堡。もし台湾を中国が制覇すると、中国の艦隊は太平洋で活動ができるようになる。これまでは台湾南のバシー海峡、台湾北部の日本の南西諸島に遮られて、中国の艦隊は有事には太平洋に出られないし、出たところで兵站が不安定で長期の作戦はできない。台湾を制覇すればこの問題はなくなり、中国の軍艦、潜水艦は西太平洋に常駐して、にらみを利かすことだろう。これは、米海軍、海兵隊が日本の基地からASEAN、インド洋、中近東方面に移動する際の不確定要因となる。
その時、米軍は日本の基地から撤退する可能性が大きくなる。もともと米軍が日本を防衛してくれるのは、日本での自分の基地を守る意味合いが大きい。この基地が使えなくなれば、日本を守る意味は大きく薄れる。
しかし、日本が自前の防衛力を整備する前に、米軍に出て行かれると、困るのは日本。つまり台湾は、日本の防衛にとって非常に大きな意味を持っている。
台湾有事に米軍がどこまでやるか、そして日本の自衛隊がどこまでできるかは、ブラック・ボックス。しかし台湾防衛の決意を日米両国が揃って声明するのは、中国を抑止する材料になる。日本では、「相手の気持ちを傷つけたら商売ができなくなる」という気持ちが強いが、中国は夫婦喧嘩は「表に出て」やるお国柄。派手に喧嘩しても、離婚はしない。中国が黙り込んだら危ないが、叫んでいる間はまだ大丈夫。
あと、「中国は日本の輸出相手No.1。中国を怒らせて、この輸出を止められたらどうするんだ?」というのは俗論。日本の対中輸出の大宗は、中国が止めやすい電気製品などの消費財ではない。中国国内での生産に欠かせない生産財、つまり電子部品、半導体用化学材料、半導体製造機械、自動車部品等々なので、むしろ中国の方から「輸出を止めないでくれ」と言いたいものばかりなのだ。
そしてもう一つ、上記の製造機械、材料、部品を使って組み立てた最終製品の多くは、米国、欧州に輸出されているということ。つまり日本の対中輸出の多くは、隠れ対米欧輸出なのだ。日本や米欧の企業が――中国の輸出の40%程度を占めていると見られている――中国での製品組み立てを止めて、自国、あるいは第三国に組み立て拠点を移せば――簡単ではないが、かつて日米欧の企業は他ならぬ中国に、下請けともども拠点を移したのである――、対中輸出は減るが、その第三国への輸出は増えて、日本全体としては痛くない。
「巨大な中国市場を失う」という声もあるが、考えてみたらいい。中国での個人消費はGDPの40%。米国のGDPは中国のGDPを40%上回り、うち約7割が個人消費。ということだと、中国での個人消費は米国の半分以下(日本の2倍弱)ということになる。確かに中国は世界一の自動車販売数を誇るが、おそらくこの多くは政府・国営企業のカネで購入されるものだろう。財政赤字が年間60兆円の水準に達し、国営企業の負債も増えている今、この政府消費の先行きは危うい。
中国の消費財市場では、中国ブランドの台頭が目立ち、1990年代以来の外資優遇措置が撤廃された今、日米欧の企業は過当競争にさらされて、利益はこれから伸びないだろう。つまり「中国の巨大な市場を失う」という言葉にはいくつかの留保をつけないといけない。
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