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日本安全保障

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2020年7月 7日

イージス・アショアをなめるな

(これは、6月23日発行のメルマガ「文明の万華鏡」の一部分です)

15日、河野防衛大臣が何を思ったか突然記者会見。「秋田県、山口県にイージス・アショアを配備する計画を停止する」と宣言した。イージス・アショアがなければ天が落ちてくる話でもなし、また秋田県、山口県の住民が嫌がっているので、やめてもしょうがないのだが、河野大臣は何か思い立つとじっとしていられない人のようだ。

米国との合意、そして企業との契約もあるので、外務省とも協議し、政府全体の決定としてから官房長官あたりから発表するべきことなのに、内閣国家安全保障局での議論もこれからなのだという。そして、秋田県などでは配備に難色を示してきただけに、配備計画停止でさぞ喜ぶかと思いきや、「うちに相談もせずにいきなり・・・」とむくれ、河野大臣は地元に釈明に行くしまつ。自民党の二階幹事長も、「大事なことなのに相談を受けていない。これではシビリアンコントロールが効かない」ときつい一発。

まあ、それはそれとして、イージス・アショアがないと、日本の防衛は立ち行かないのかどうか、もしそうだとすればどんな代替策があるのか見てみよう。

1)やはり優れもののイージス、イージス・アショア
 イージス・アショアは、安倍総理がトランプに言われて、何にどう使うかあまり考えもせずに購入を約束したとか言われるが、そうでもないようだ。イージスの利点は広範囲の地域をレーダー探査(秋田県と山口県の2カ所で、日本全域をカバー)して、弾道ミサイルから巡航ミサイルまで様々の敵弾、そして爆撃機・戦闘機に同時に10発以上を発射できる万能性にある。北朝鮮からグァム向けに飛ぶ高空のミサイルを撃墜する能力も持つが、それが主要な配備の目的ではないようだ。だから、簡単に捨てるのはもったいない。

2)THAAD(Theater High Altitude Area Defense missile戦域高高度防衛ミサイル)
 これは、敵の弾道ミサイルしか防げない。地上から発射して、敵ミサイルを空中で破壊する。パトリオット・システムと似ているが、パトリオットよりは射程が長く、パトリオットと2段構えの防御ができる。しかしこれで日本全域をカバーするには、7セット程度を配備しなければいけないと言われる。2018年THAADを購入したサウジ・アラビアは、150億ドルの支払いを約束している。これは今回、河野大臣が言っているようなイージス・アショア用ミサイルの設計変更に必要な額をはるかに上回る。THAADに代えるよりは、イージス・アショアを改修する方が安価だし、しかも防護対象はTHAADよりはるかに広いのである。

3)敵基地攻撃能力
議員や専門家の中には、イージス・アショアに代わってもっと積極的な防衛、つまり敵のミサイル基地を事前に叩く能力を備えることを主張する人がいる。理屈はそのとおりだが、それは「敵のミサイル基地」がどこにあるのか、移動式のミサイルは今どこに隠されているのか、そして敵のミサイルが日本向けに発射寸前であること、あるいは発射直後であることを探知できる能力を日本が持っていれば、の話しだ。そういう能力を日本は持っていないし、米国ですら、北朝鮮や中国のミサイル基地の在処を正確に把握しているわけではない。

4)抑止力としてのINF配備
イージス・アショアは、その気になれば、核抑止力としても使えるものだ。と言うのは、その発射基からは米国が開発中の中距離ミサイルを発射することも可能で、これに核弾頭をつけておけば、相手に核兵器の使用を思いとどまらせる「核抑止力」となるからだ。
もっともそうするためには、日本はまず国会で「非核三原則」の修正を決議しないといけないし、核武装を米国に認めさせないといけない。両方とも、現実的には無理な話だ。仮にそのハードルを乗り越えても、核ミサイルの配備を認める自治体はないだろう。

5)抑止力としての潜水艦発射巡航ミサイルの保有
陸上配備が不可能ならば、潜水艦に核弾頭つき巡航ミサイルを積載するという手がある。しかしこれも、「非核三原則」撤廃の問題が起きる。その潜水艦の母港では、母港化反対の運動が盛り上がるだろう。それに、潜水艦発射の核弾頭つき巡航ミサイルは、米軍もオバマ時代に全廃してしまい、今日本に供与できるものはない(あったとしても、簡単には売ってくれない)。

6)抑止力は米軍に依存する

ではこれまで通り、北朝鮮、ロシア、中国の核兵器に対する抑止力は米軍に期待するか? しかしこれも、弱くなっている。前記のようにオバマ政権時代には、ブッシュ・ジュニア大統領時代の決定を完全に遂行して、トマホーク核弾頭巡航ミサイルを全廃している。それでも西太平洋には、米軍の爆撃機が残っていたのだが、これも中国の事前攻撃を受けやすいということなのか、今年の4月にはグァム島への常駐を停止してしまった。現在は、米本土からいつでも飛んでこられる爆撃機に頼るしかなくなっていて(実際5月にはB-1が飛んできていて、南シナ海などで示威飛行を続けている)、抑止力としては弱い。と言うのは、米本土からということになると、米本土の基地が敵の攻撃を食うリスクが高まるからで、そのリスクを冒してまで日本、台湾、韓国を守るのかという声が、米国内から当然出てくるからだ。

 現在、米軍は「核戦争をエスカレートさせないような小型の」核弾頭を開発しているが、これは当面巡航ミサイルではなく、潜水艦発射の長距離ミサイル「トライデント」、そして開発中の中距離ミサイルに搭載する予定でいる。前者は米ロ、米中の間で使われるもの、そして後者は既に論じた通り、日本本土に配備できる見通しは立たないものである。

以上の通り、迎撃力は不十分(イージス・アショアがあったとしても)、自前の核抑止力はゼロというのが日本の現状。そういう国は、核保有国に核爆弾で脅迫されたら、①言うことを聞いて、相手と「友好関係」を結ぶ、②タカをくくって無視する(これが正解だと思うが)、③相手の言い分を値切る、くらいしかできることはない。
日本が自前の核抑止能力を備えるということは、日本の社会が日本の核武装を容認するかどうか、どこかの地方自治体が核ミサイルの地元への配置を認めるかどうか、そして米国が認めるかどうか、という問題にかかっているので、「日本の政治家にヴィジョンがない」とか「日本の政治家に指導力がない」とか言っていればすむ問題ではないのである。

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