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日本安全保障

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2019年11月19日

日韓対立を米国は止めるか、止められるか

(これは、7月に講談社「現代ビジネス」に掲載されたものですが、まだ賞味期限切れていないと思いますので、ここにアップしておきます。但し、GSOMIA協定の延長問題では、米国も動いている可能性があります。)
                          
徴用工問題で、韓国の原告側は、日系の企業から接収した資産(特許権等)の売却手続きを粛々と進めている。一方、日本政府は半導体製造のための材料・部品3品目の対韓輸出手続きをこれまでより細かくし、更に信頼できる輸出相手国としての「ホワイト・リスト」から韓国を外す準備を粛々と進める。この対立は、対抗手段の投げ合いでどこまでエスカレートするかわからない。そして既に韓国は、2016年に米国が斡旋して苦労の末に結ばせた、日本との日韓秘密軍事情報保護協定(これがないと、米国は日本や韓国と機密情報の共有が難しくなる)破棄をちらつかせる等、安全保障面での日韓協力をご破算にする構えも見せている。

米国は、慰安婦や徴用工のような人道問題では韓国の肩を持ちがちだし、安全保障面での日韓の対立は、米軍の韓国防衛を難しくする。朝鮮半島有事の際の在韓米軍は、日本の基地に置いてある兵員、兵器を動員することなしには機能せず、また補給物資の調達も日本をベースに行うことになる。そしてもし、朝鮮戦争の際の国連軍の枠内でオーストラリアや英国の兵力も加わって来るなら、それを指揮する国連軍司令部は今でも東京の横田基地に置かれているからだ。従って、米国は今回も日韓の対立にタオルを投げ入れ、日本に不利な方向で自重を求めてくるだろうか?

そうはなるまい。米国政府の韓国に対する気持ちは冷えているし、米民間からも日本を糾弾する動きは出てくるまい。そこがトランプ大統領時代の基本構図だ。日本は図に乗ってはいけないし、韓国も感情にまかせて突っ走らずに慎重に落としどころを考えるべきなのだ。では、順を追って説明したい。

7月19日、文在寅・大統領はトランプ大統領に電話をし、日本の対韓輸出管理強化を「告げ口」し、支援を求めた。韓国はそれに先立って、担当の役人を米国に派遣、日本非難の合唱をワシントンで上げさせようと目論んだ。慰安婦問題で、米下院は日本非難の決議をしたことがあるし、2015年慰安婦への補償問題が激化して、韓国政府が設立した財団に日本が10億円ほどの予算を拠出し、安倍総理が日本国の首相として、心からおわびと反省の気持ちを表明した際にも、ケリー米国務長官はこれを歓迎、この日韓合意は慰安婦問題を「最終的かつ不可逆的」に解決するものだと強調する等、レフェリー然とした発言をしている。

しかし、トランプは民主党政権のように人権問題に敏感ではない。しかも韓国は北朝鮮に「瀬取り」で石油を渡す等、制裁破りの行動を疑われているし、昨年10月には米側に協議することなく南北境界線の上空を飛行禁止区域にして、米韓軍事演習を大きく制約し、米側を激怒させている。米側の、韓国を防衛する意欲は萎えている。しかも米韓安保協力の唯一の対象である北朝鮮は、トランプが金正恩と「信頼関係」を築いたことで、敵性をすっかり減じている。米軍が韓国を守らなければならない義理も、必要性もどんどん薄れているのである。だが文在寅大統領は、自分のしていること、自分の国が置かれている状況の意味がわからないのだろう。御人好しの米国は今度も韓国の肩を担いでくれると思い込んで、日本のことをいろいろと告げ口しているのだ。

案の定米国は、7月に日韓を訪問したスティルウェル国務次官補、ボルトン大統領特別補佐官双方とも、日韓対立をほぐすために来たのではなく、この問題についてはおざなりの発言でごまかした。19日、文在寅大統領の「告げ口」を聞かされたトランプ大統領も、「日韓双方から要請があれば手伝ってもいい」、つまり友人の安倍総理から何も言ってこないなら自分は動かないよ、ということを言っている。そして日韓秘密軍事情報保護協定破棄を示唆した韓国軍関係者は、米側からたしなめられているのである。

なぜ、こうなのか? まず貿易面での日本の措置が、米国の対中姿勢に適ったものであるからだ。なぜ対中になるかと言うと、サムスンやSKハイニックスは中国にも大工場を持っていて、ここに日本から輸入したフッ化水素等素材・部品を再輸出して半導体の完成品を生産。その一部は、米国がEntity listに入れて先端部品材料の移転を締め上げようとしているフアウェイにも販売している からだ。

こうなると、韓国を通じて、対中禁輸品が洩れてしまう。85%以上の半導体を輸入に依存している中国に、塩を送ることになってしまうのだ。となれば最悪の場合には、これを韓国に輸出した日本の企業が米政府から制裁をくらって、多額の罰金を課される(払わないこともできるが、そうすると米国との取引を禁じられるだろう)。

3種の品目だけではない。韓国をホワイト・リストから外すことによって、他の先端技術製品が韓国から中国に再輸出されるのを牽制することができる。だから、今回の管理強化は徴用工問題を理由としてとられた措置ではなく、韓国の再輸出規制体制が弱体だからなのだ、という政府の表向きの説明は、あながちウソではないのである。これならば、WTOでも日本が非難されることはないだろう。

徴用工の問題について、米国の人権問題NGOが韓国の肩を持つだろうか。彼らはいつも運動の種を見つけては、諸方から募金を集める。日本と違って米国のNGOは少額の募金を多数集めることで活動を支えており、四半期ごとくらいに諸方にfund-raising letterを発出するのだ。そこに、「日本の企業に徴用工補償として何十万ドルを支払わせることに成功しました」と書ければ、いい宣伝になる。

徴用工の問題をめぐっては、1990年代末、カリフォルニア地裁に集団訴訟が持ち込まれたことがある。元米兵、米国籍韓国人・中国人等、実に数十万人が集団訴訟に名を連ね、日本企業に徴用工補償を求めたのである。米国では弁護士が多く、いつも「儲かる」案件を探しているので、徴用工のような勝てそうな問題では弁護を担当し、一獲千金を夢見るのである。

当時、ドイツの企業も同じ集団訴訟に会った。ドイツは戦後分裂したので、日本程は戦後賠償を行っていない。そのためカリフォルニアの場合、ドイツの企業は多額の補償金支払い示談に応じたのである。日本の場合、1951年のサンフランシスコ平和条約で主権を取り戻すや、直ちに賠償・補償の交渉に取り掛かり、フィリピン、南ベトナム、ビルマ、インドネシアに対しては総計約3600億円分 (当時の日本の国家予算は昭和33年度で約1.3兆円 )を、そして韓国に対しては1965年の「基本関係に関する条約」と「請求権並びに経済協力協定」で、約8兆円 と推計されている残置資産への政府としての請求権を放棄した上で(多くは既に米国が接収していたらしいが)、3億ドルの無償資金、2億ドルの低利借款供与を行った。これは当時のレートで約2000億円に相当するのだが、国家歳出約3.7兆円の当時としては誠意のある金額だろう。

この請求権協定の交渉中、韓国側は、旧徴用工個人への補償は韓国政府が行うので、日本の補償は全て韓国政府に支払って欲しいと述べた 。そしてこれを受けて右の協定第2条は、政府・個人双方とも相手国の政府・個人に対して今後「いかなる主張もできないもの」と定めた。これが今回の件で日本政府が、「韓国による国際約束の無視」を非難する理由である。

米国での訴訟に話しを戻すと、如上の経緯も勘案されたし、また、裁判所は国際協定には干渉しない、という原則もあって、原告側はカリフォルニア地裁で敗北している。連邦高裁でも訴えは却下されたのである。一度失敗した訴訟を、利と機にさとい米国の弁護士が今回蒸し返すはずもない。

そして、人権問題を活動の種にする米国のNGOは、トランプ政権下では意気が上がらない。多分、トランプ政権下では政府からの助成金も減額されただろうし、米国国内で人種差別、移民排斥等の人権問題が激化している中で、偉そうな顔をして外国の人権問題についてあれこれ干渉しても、失笑をかうだけなのだ。これまではクジラを擁護してきた米国の諸NGOも、7月に日本が国際捕鯨委員会IWCを脱退したことについて、目立った批判運動をしかけていない。

というわけで米国は、日韓の「貿易対立」にタオルを投げ込むことはしないだろう。だが願わくば、日韓両国の政府関係者が自ら理性を働かせ、この50余年にわたって築き上げた相互の直接投資や取引関係等をわずか数カ月で破壊してしまうことのないよう、口喧嘩と実際の措置をうまく使い分けて欲しい。韓国がホワイト・リストに入ったのは、近々2004年。それ以前、対韓輸出で問題が生じた例は聞いたことがない。だから、今回の貿易面での措置はまだシンボリックなものに止まっていて、あまり騒ぐ意味はなく、カギは徴用工問題について、補償は韓国政府が行うという原則を韓国国民に納得してもらうと共に、韓国企業が半導体生産を中国から移す等すれば、騒ぎは静まっていくだろう。

しかし韓国政府は明示的に譲歩をすることはなく(そんなことをすれば、政権が存立基盤を大きく失う)、グレーの状況を引き延ばしたまま、素材、部品等の国産化を進めさせようとするだろう。しかし韓国はそれをほぼゼロから進めなければならず、しかもそれを請け負うべき中小企業の足腰が弱い。日本から技術者を引き抜いてくるだけの資力を持った企業はないかもしれないし、サムスン等大企業が内製しようとしても、体制が整備されるまでには数年かかるだろう。その間、韓国の企業はマーケット・シェアを失う。日本の素材・部品企業は韓国企業という顧客を失うだろうが、その時シェアを上げるであろうインテル等の企業向けへの供給を増やせば、対韓輸出なしでもやっていける。

最後にもう一度言おう。日韓の喧嘩はもう、米国も食わない。北東アジアでの日本の立ち位置は、以前より独立性を増したものになっている。だからと言って図に乗らず、責任ある態度を持していこう。反韓感情に任せて突っ走れば、それをポピュリストの政治家達に利用され、戦前の悪夢の繰り返しになる。

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