沖縄独立――太平洋が中国海になる時
(これは、7月12日発行のNewsweek日本語版に掲載された記事の原稿です)
5月19日沖縄で、日本人女性を暴行した上死体遺棄した米軍軍属が逮捕された事件は、沖縄が置かれた状況に再び焦点を当てた。今回犯人は日本の警察によって逮捕され、日本の裁判所によって裁かれようとしているが、地位協定改定の問題は残っている。普天間の辺野古への移転も、反対派が負傷でもするようなことがあれば、収拾できないほどの反対運動になるだろう。そしてその中で、発展した中国に魅力を感ずる県民も増えていく。中国でも、反日デモが起きるたびに、「沖縄(琉球と彼らは言う)を取り返そう」式のプラカードが掲げられる。米国でトランプ大統領候補が沖縄について不用意な発言をすれば、事態は更に錯綜するだろう。
沖縄と日本の関係は、ハワイと米国の関係を思わせるところがある。ハワイでは列島を支配していたカメハメハ王朝が1893年、米国の官民軍一体となった動きで倒され、1900年米国に併合されたのである。沖縄は、独立した琉球王国として貿易中継で繁栄していたが、1609年に薩摩藩に武力で制圧されて服属、薩摩と清朝双方に朝貢するようになった。明治維新後、1879年には日本に併合されている。そして太平洋戦争末期、沖縄は日本防衛の最前線に立たされて、4人に1人が殺されるむごい運命をも味わった。
カメハメハ王朝打倒から百周年、1993年、米国議会は右王朝を倒したことを謝罪する決議を採択した。だからと言ってハワイ独立はもうないだろう。ハワイが独立すれば、米国は太平洋の制海権を失う。独立したハワイも、現在の安定と繁栄を維持するに苦慮することとなるだろう。沖縄の独立も、ハワイの独立と同様の重みを持つ。慎重かつ率直な議論が必要である。
沖縄が台湾まで続いている南西諸島をも伴って独立すると、その意味合いは更に大きくなる。中国海軍、空軍は、南西諸島によって太平洋への出口をふさがれているために(平時には出られるが、有事には海峡を封鎖されてしまう)、西太平洋での覇権を唱えられないでいるが、沖縄、南西諸島が独立して中国に傾くと、日米中の間のバランスは逆転してしまう。
西太平洋で中国が覇権を確立してそれがどうした、仲良くやっていけばいい、と思う人もいるだろうが、中国は一筋縄ではいかない国である。尖閣や南シナ海での領有権紛争のみならず、次から次へと自分の都合を周辺国に押し付けてくるだろう。米国も自国の都合を他国に押し付ける点では同じだが、中国の場合、法律やルールの軽視が目立つ。そして中国は、米欧日などからの直接投資には、恣意的に課税し、資産没収をして羞じなくなるだろう。
沖縄も、中国との関係はきれいごとではすまない。沖縄に進出してくる中国人との間で激しい利権争いが起きる。そして中国は、沖縄に自国軍の基地を置こうとするだろう。他面、中国が、権力闘争に経済悪化が絡んで情勢が荒れることとなれば、沖縄には中国の海賊、暴力団、難民が押し寄せる。沖縄と中国の関係は沖縄自身、日本全体、そして西太平洋地域全体と世界にとって、非常に大きな意味を持っているのである。
沖縄の社会では、利権と政治的打算の相克が激しい。基地問題が絡んでいるだけに、それは他の県よりはるかに複雑、深刻でもある。米軍基地についても、それで収入を得ている人間と被害を受けるだけの者の間では利害が異なる。基地移転問題などについては、県内建設業者の利益が絡む。基地反対、反米運動については県外からの運動家が多数入り込んでいる。いくつかの政党にとっては、沖縄での反米、反基地運動は数少ない「地盤」ともなっている。
問題は、沖縄のこうした現実を正面から議論するより、米軍基地をめぐって反米とか親米とかシンボル化された言葉、レッテルの投げ合いが横行していることだ。県民の多数意見は何かとか、日本全体にとっての沖縄の意味などについては、本音の議論をあまり見ない。現状からの漸進的改善か、米軍基地撤退か、独立か。地に足をつけた率直な議論の場を確保してほしい。
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